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磁器人形
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しおりを挟む晶紀、知世、佐倉の三人は保健室に戻った。
「佐倉、なんであんなところで手首の痣を」
「あの場以外だと、戦闘になるかもしれないからな。職員室のなかなら向こうも戦えまい」
「けれど、あそこでおっしゃった意味はあまりありませんわ。綾先生と私たちが敵対していることを職員室の先生方に知らせてしまっただけで」
「それでいいんだ。学校で晶紀と綾先生が対峙した時に、無人なら仕方ないが、誰かが見かけたときに『おっ、これは』と思わせなければならない。何のことはない、と思われて通り過ぎるより『また喧嘩か』というぐらいの意識を持って見てもらえれば成功だ」
「先生方に綾先生の監視役をさせるってことですか」
「晶紀。お前も学校内で、気安く神楽鈴を抜くな」
「けど!」
佐倉が晶紀の手首に触れる。
綾先生に握られた部分が痛くて声を上げる。
「気安く抜いた結果、こうなるってことだ」
「晶紀さん、さっき見た綾先生が、大きな霊力を持っていたっていうのは間違いないんですよね」
「ああ。綾先生が職員室を出てくる瞬間だった」
「さっきのスマフォの機械か。過去の履歴も見れるのか?」
晶紀は知世に言う。
「そうだ、その件について、知世に言わなきゃいけないことがあるんだ。さっき児玉とぶつかって」
佐倉が割り込んで言う。
「児玉先生だ」
晶紀は言い直して続ける。
「児玉先生にぶつかって、スマフォごと落としてしまって、霊力レーダーを壊してしまったんだ」
「気にしないでください。もう一度作りますから。研究の段階なんだから、作り直したり改良したりするのはいつものことですわ」
知世は、そのまま家の者に連絡を入れる。
「霊力の大きさ、イコール『力』ではないが、持っている霊力が大きいほど発揮できる力は大きいだろう。晶紀の振り下ろした神楽鈴を片手で止めたことから判断するなら、万一にも勝てる相手ではないだろうな」
「……今度はどうするんだよ。かなえの時はかなえに『剣道』を習ったけど、綾先生に呪術をならえっていうのか」
「敵が教えてくれるわけがないだろう。教えてくれるとしたら、隙をねらって殺しに来るときだろう」
晶紀はため息をついた。
知世が家の者との連絡を終えて、言った。
「そもそも綾先生は敵か、味方か、どちらなのでしょうか?」
佐倉は椅子に座って、クルッと回って机に向かった。
「そこだ。まだ決定的な証拠はない。知世の家の者からの情報を待つしかないのかもな」
「晶紀さん。これから、家に来ていただけませんか。この霊力レーダーの件で、研究者がお話ししたいそうです」
晶紀はスマフォで予定を確認してから、答えた。
「うん。いいよ」
「それでは参りましょう」
知世が晶紀の手を引いて、保健室の外へ向かう。
「晶紀。これを持っていけ」
佐倉がいつもの『くまのぬいぐるみ』を投げて渡した。
学校のすぐ外の駐車スペースに知世の家の者が車を回していた。
車の運転席にパーカーが座って、タブレットを眺めていた。
「あれ? パーカーさん、変なメガネかけてる」
知世もそれに気付いた。
「あれは、モノクルというものですわ。パーカーは左右の視力が極端に違うので、近くのものを見るときだけああやって、モノクルを付けるんですのよ」
片目の方に人差し指と親指で輪をつくって覗くようにして、晶紀に説明する。
「車の運転は大丈夫なの?」
「コンタクトをしているんです」
「えっ、コンタクトに加えてあの片方のメガネを付けるの?」
「そうなんです」
「それは大変だなぁ」
車に近づくと、パーカーが気付いてモノクルを外し、車の外に出る。
後部座席のドアを開けに来たパーカーに、晶紀は訊ねる。
「どうしてそんなに片目だけ視力が悪いの?」
「先ほどの私の姿をご覧になったのですか? 若いころ、少しばかりボクシングをしておりまして」
「えっ」
「どうぞ、お乗りください」
車にのると、パーカーがドアを閉める。
運転席に戻ってくると、知世が言った。
「少しばかりやっていた、程度ではなくて、パーカーは世界チャンピオンだったんですのよ」
「世界チャンピオン!」
車が静かに動き出す。
「ある団体の世界チャンピオンになっただけで、統一王座だとか、複数回の防衛記録だとか、そういうものは何もなく」
「いやいや、すごいじゃないですか」
ゆっくりと交差点を曲がるためにハンドルを切りながら、パーカーは答える。
「最初の防衛戦で、こっちの目だけをひどく狙われて…… 王座陥落と同時に引退です。そして今やこんなコンタクトとメガネを付けねばならない目になってしまいました」
「なんて卑劣な相手なんだろう」
「こっちの技術が足りなかったんです。防御が下手な側から仕掛けるのは、当然の話なんです」
「そこはもう後悔してません。私は防御を鍛えるまで練習が進まなかった。そして相手の方が上手かった。それだけです」
「……」
知世がパーカーの代わりに言う。
「ボクシングを引退した後、パーカーは大学に行って、MBAを取るの。様々な仕事を経て、とある英国の貴族の執事をしていたのですが、そこで父と知り合いになり、父母のいない宝仙寺家の執事を任されることになった、という経歴なの」
「スポーツも出来て、勉強も出来て、こっちの国の言葉も出来て…… すごいですね」
「宝仙寺家の執事は、いろいろ刺激的で楽しいです」
本当は車の運転などをする人ではないのだ。執事として家の管理を任せられているのだから。それこそMBAの資格を発揮して、資産を増やし、家を守らなければならないはずだ。
車が宝仙寺家の門を通過すると、車回しを回って停止した。
パーカーは家の者に車の鍵を渡すと、ドアを開けてくれた。
晶紀と知世はそのままパーカーに導かれながら屋敷の一室に入った。
「お嬢様、天摩様、お待ちしておりました」
部屋には研究者が待っていた。
パーカーは知世と晶紀が座るところまで支度すると、スッと部屋を出て行った。
研究者二人と、晶紀と知世の間にはテーブルがあり、晶紀はそのテーブルに壊れた霊力レーダーを置いた。
「すみません。落とした時に壊れてしまったみたいなんです」
深く頭を下げて謝る晶紀に研究者は慌てて言った。
「いえ、大丈夫です。ちょうど次の試作が出来て、こっちを使ってもらおうと思っていたところです」
テーブルに差し出されたのはケースが付いたスマフォだった。
霊力レーダーが出てくるのを待っていると、研究者は気が付いたように口を開いた。
「前回の大型のレーダーではなく、今回はスマフォケースに隠れるように小さくしました。あと、晶紀さんのスマフォを利用するのではなく、こちらから提供するスマフォを使ってください。バッテリーとか、プライバシー設定とかいろいろ制約が多いので、このやり方にさせてください」
言いながら、スマフォを持ち上げ、いろいろな角度で見えるように回した。
カメラの為にケースに穴が開いている横に、小さなふくらみがあり、そこがレーダーの中心部になっているらしい。
そして、ケースがスマフォのコネクタに接続していて、充電などの際はケース側のコネクタ穴に差すようだった。
ケース一体型であるため、多少の衝撃では壊れなくなっている。今回のようにドジな児玉先生が近くにいても、今度からは心配いらないということだ。
受け取ったスマフォの表裏を軽く確認すると晶紀は言った。
「このスマフォを丸ごと借りるということですか」
「その通りです。今後は、通話もデータ通信もすべて宝仙寺トイズで負担します」
知世が不機嫌そうな顔をして、研究者に対してぼそりと言った。
「今後は、とおっしゃいましたが、以前、使っていただいた『霊力レーダー』のアプリで通信は発生していたんですか?」
二人の研究者はお互いの顔を見合わせて小さい声で何か話した後、
「……多少」
と言った。
「最初からそうすべきだったのでは?」
「す、すみません」
「知世、怒らないで。そんなの問題ないから」
晶紀は知世にそう言った後、研究者に向き直ってから言った。
「前回の霊力レーダーで、計測した霊力の履歴は取れませんか?」
研究者は手を広げて、グラフを示すように手で波を描きながら言う。
「履歴というのは、どういうものを期待されているんですか? 瞬間瞬間で変化するので、すべてを記録することは正直無理です。一定時間以上、既定の強さを超える霊力を記録した、とか条件が必要になってきます」
「……例えば、強い霊力を記録した時の時間とGPS情報を記録するとか」
「何に役立つのかは不明ですが、作りましょう。アプリ側で出来ると思いますので、作ったら更新します。ああ、更新は自動でしますので、使わないときはスマフォを充電するようにしてください。それだけ注意願います」
「ありがとうございます」
「じゃあ、さっそく今日から『それ』使ってください」
研究者は、立ち上がると頭を下げて部屋を出て行った。
二人だけになると知世は晶紀に深々と頭を下げた。
「通信代が掛かっているなんて全く知りませんでした。ごめんなさい」
「いいよ。大丈夫だから。通信制限が掛かったわけでもないし」
「代わりに今度のスマフォはいくらでも使っていいですから。長電話とか、高画質の動画見るときは、このスマフォを使ってください」
晶紀は苦笑いした。
「私も不注意でレーダーを落として壊してしまったんだし、おあいこだよ」
言うと、知世に抱きつかれた。
鼻をすすっているような音が聞こえる。知世にとっては、通信料を負担させていたというのが、泣くほどショックだったらしい。抱きしめながら、本当にやさしい娘だ、と晶紀は思った。
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