神楽鈴の巫女

ゆずさくら

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磁器人形

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 佐倉がシャワールームで体を洗っている音が聞こえてくる。
 ここは知世の宝泉寺家とつながりのある病院で、知世の要望で晶紀は入院棟の特別室に入っていた。
 寝ている晶紀の顔を見ながら、ついさっき処置室から呼ばれた時のことを思い出した。

「佐倉先生! その格好は、どうしたんですか?」
 佐倉先生は一糸まとわぬ姿で、全身に血を浴びていた。
「すべての破片を抜き取った」
 抜き取ったという陶器の破片はどこにも見当たらない。
 蒸気はなかったが、室温が上がっていてサウナかと思ってしまうほどだった。
 晶紀も着ていた制服は床に落ちていて、何も身に付けていなかった。
 佐倉と同じように血だらけだったが、確かに刺さっていたはずの陶器の欠片は一つも残っておらず、傷跡すらなかった。

 その後は、医師や看護士が次々に入ってきて、騒がしく処理してしまってよく覚えていない。
 『何か呪術のようなもの』を行ったと思われた。
 佐倉はシャワールームから出てくると、いきなり買ってきてあった弁当を開けて食べ始めた。
「知世は食べないのか?」
「ちょっと食事をする気分ではありませんので」
「そうか。だが、時間があるときに無理にでも食べておくといい」
「はい」
 知世は佐倉の様子をしばらく見ていると、あっという間に弁当を一つ平らげた。
 躊躇せず二つ目のお弁当を開いて、箸で取れるだけ取った米を、口いっぱいにほおばる。
「いるか? 多分、一つ余る」
 まだお弁当は四つ置いてある。一つ余るということは、後三つは食べるということだ。
 見ているだけでこっちがお腹いっぱいになりそうだ。知世は思ったが、言わなかった。
「ありがとうございます」
「知世、さっきの話の続きだが」
 知世は思いだした。
 佐倉と晶紀に突き刺さった陶器の破片の話をしていた。
「磁器で出来た人形はその『すず』を守るために現れたのだ。以前、山口の近くに行くと出た大男や、石原に近づくと現れた剣道着の女と同じだ。磁器の人形を作り出している根源を倒さない限り、延々と陶器の人形が繰り出される」
「陶器が割れなければ、今回のようなことにはならないのですよね?」
「そうだが、割るように仕向けてくるだろう」
「じゃあ、どうしたらいいですか?」
「それは考えている。だから、知世も考えてくれ。当然、晶紀にも考えさせるんだ。早く対抗策を考えて、何が『すず』を呪い、縛っているのかをみつけるのじゃ」
「簡単に仰いますが……」
わしは疲れた。まだ晶紀も完治していない。今晩は一緒に寝る」
 佐倉はテーブルに食べ終わったお弁当の箱を散らかしたまま、服を脱ぐ。下着すら付けていない状態になると、そのまま晶紀の寝ているベッドに入り込んだ。
「……」
 あっという間に眠っていた。
 晶紀から陶器の破片を抜き取り、回復させるのに相当な力を使ったのだろう。
 それを埋める為のお弁当の量であり、睡眠なのだ。そして添い寝している間中、佐倉の力は晶紀の治療に使われる。知世はそんなことを考えていると、急にお腹が減ってきた。
 佐倉が一つ残してあったお弁当を開き、カツを一切れ口に入れる。
「懐かしい」
 口に入れてから、このお弁当は、知世が子供の頃によく食べたものであることに気付いた。執事のパーカーが気を利かせて、思い出のお店で買ってきたに違いない。
 記憶の中では病院とこのお弁当がセットになって思いだされる。入院した時、定期的な検診の帰り。
 知世はお弁当を半ば食べ終えると、改めて病室を眺めて思った。
「そうか、この病院って……」
 知世は窓の端に行きカーテンをめくって外を見る。
 見える風景は若干違っていたが、記憶にある街並みだった。
 そうだ、ここだ。知世は思いだした。幼稚園から小学校の低学年ぐらいまで病弱だったため、様々な病気に罹っては入院を繰り返していた。そのころから、パーカーと一緒にこの病院に来ていたのだ。
「……」
 大きくなれば身体は変わるというが、今は一年通して風邪すらひかない。最近、体調が悪かった日の記憶がないぐらいだ。人はこんなにも変わるものだろうか。 
 知世は何かを思い出しかけていた。この病院でのことだ。
 とても重大な出来事のはずなのだが、記憶から消されているかのようで、黒く塗りつぶされて思いだせない。そのことは、今健康でいることと関係があるように思えて仕方ない。

 父と母。
 そして見知らぬ老人。老人の、気味悪い、下品な笑い。
『どうして入らなければならないのですか?』
『知世の為なんだよ』
『このおじいさんと一緒に入るのはいやです』
 この出来事以前に、なんどかこの老人と会っている気がする。身体に触れてくる手、露出する奇妙な格好の部位。生理的に受け入れられない何かを感じ、全身に鳥肌が立つ。
『一緒に入らなければダメなんだ』
『知世……』
 と母が祈るように見ているが、父が母を振り返って、首を横に振る。
『知世、入りなさい』
 父が怒っている。怒っていないかもしれないが、苛立っている。知世は父にこれ以上逆らうと、もっとイヤなことが起こることを知っていた。イヤな思いをするのは、知世だけではなく、母にも及ぶことを。
 ニヤついた老人が知世の背中に触れると、知世はあからさまに嫌な顔を老人に向ける。
 父はそれを見て『そんな顔をするのはやめなさい』という。知世は目を伏せ、誰にも表情を読まれないようにした。父が扉を開くと、老人は知世の背中を押しながら部屋に入った。入ると、扉は閉められ、外から鍵がかけられた。
 外から入ってくる光な無くなり、部屋になった。
 目が慣れてくると、部屋の中央にベッドが一つあることが分かる。
 知世はベッドに気付き、ゾッとした。

 知世はその先を思いだすことは出来なかった。
 しかし、この時点で吐き気がする。
 残りの出来事も、おそらく思い出したくもない内容に違いない。本当なら、この部屋に入る前の出来事も合わせて忘れたいぐらいだと知世は思った。知りたいのは結果だけ。その時老人にされたことは、一つも知りたくない。
 知世は自問自答する。
「確かにあの後、わたくしは入院するようなことはなくなったけれど…… 結果として健康を手に入れたということになる。本当に、そういうことだったのかしら」


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