神楽鈴の巫女

ゆずさくら

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磁器人形

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「状況が分かっていないんだけど」
「これを見てください」
 知世はスマフォを見せた。
 研究所から掛かってきた電話の履歴だった。
「それと」
 知世が操作すると、今度はメッセージアプリの画面になった。
 一方的にメッセージが送られ続けている。一つ一つのメッセージは、こんなものだった。
『死ね』
『殺してやる』
『ここから出せ』
 バラのゲートを通過して、地下へとおりる螺旋の通路に入った。
「何、誰?」
「わかりません。研究所の人とメッセージアプリのIDを交換したことはないのです」
「電話番号も知らないはずだって言ってたよね」
「メッセージは地下の研究所からきているような気がします」
 もしそうだとすると、あの球状の部屋にいた霊が急に強力な悪霊に発達したことになる。
 そもそも、スマフォなどの静電容量で認識するタイプは低級な霊でも操作しやすい。逆に、物理キーのあるガラケーは、相当パワーのある霊でないと操作できない。あそこにいた霊は知世が操作するスマフォ画面を覗き見ていて、IDなどを覚えたのではないだろうか。そして、研究所の人間のスマフォを操作して送ったということになる。
 晶紀も何度も見ていたあの霊だとすると、スマフォを操作するレベルには達していなかった。とすると、霊が強くなったか、他の霊が入ってきたかということになる。霊が強くなるという場合でも、他の弱い霊を取り込んで強くなるのが普通だから、あの場所にいた霊が強くなるとか他の霊がいるということは考えにくかった。
「あそこ、霊が通り抜けられるような壁じゃないんだけど」
 螺旋の通路を、スピードを出して曲がりながら降りているため、知世の方に体が引っ張られる。
「霊が通り抜けられない、というと、どういう影響が」
「霊が集まって強くなるとか、他の強い霊とかがあの部屋に入り込まないっていうことだよ」
 いや、本当にそうだろうか。
 霊が拡散と集中を繰り返すなか、最初に散った光とは別の霊が入っていたような気がする。
 もし逃げ出せないのに入ってくるだけ入ってくるとしたら、中に存在する霊はどんどん濃く、それらが取り込まれれば強くなることになる。
「けど、こうなったという結果からすれば、きっと強くなったということだろうから」
「やっぱり何かが入ってきているってことですか」
「あるいは誰かに持ち込まれたか」
 知世は、晶紀の方に振り返った。
「……研究所の人間ということですか」
「そうなるよね。なんか私からすると研究所の人たちは霊の扱いに慣れていないんだけど」
「そうなんですか」
「霊が暴走したらどうすると聞いたけど、答えられなかったし、霊力を表示している値がデシベル表示なのか聞いてもわからなかった」
 車が減速を始めると、運転していたパーカーが口を開いた。
「霊の研究員は確かに最近、大きな異動がありました。今までの研究員がごっそりやめてしまって、他の研究から異動して補充しています」
「それ間違いない?」
 運転席の方に問いかけると、知世が替わりに答えた。
「パーカーは家の執事で、研究所の人事についても把握しておりますわ」
「まずいな」
「霊の扱いを誤った、ということですね」
 晶紀がうなずくと、車が研究所の前で止まった。



 晶紀は以下に知世を守るかを考えていた。
 そして執事のパーカーに墨と筆を持ってくるように頼んだ。
「知世、どこか着替えができる部屋ないかな」
「着替え?」
「知世を悪霊から守るために、全身に経を書く」
「えっ? 体に経を」
「『耳なし芳一』って話知ってる?」
「ええ。昔からある怪談ですわ」
「あのやり方を踏襲するんだ。ちゃんと耳にも書くから大丈夫。あと、絶対返事をしてはダメ。声を上げないこと」
「……」
「約束を守れる? もちろん、知世に何かある前に私が悪霊を退散できればいいんだけど」
「はい」
「お願いだよ。私がダメだった時は、知世だけでも逃げて」
「そんな!」
「ほら、ダメだよ。声を出さない、断固たる決意が必要なんだよ」
「けれど」
「約束できないなら、いやでも外で待っててもらう」
「……」
「なら、外で待ってて」
「約束します」
「私が死んでも声を上げないで」
「……」
「その調子」
 パーカーが墨と筆を持ってきた。
 知世と晶紀は着替えができる部屋に入った。知世は服をすべて脱ぐと、晶紀は一度知世の体に薄くファンデーションを重ねた。
「ここにも書きますか?」
 晶紀は黙ってうなずく。うなずくのを見て、知世も躊躇なく脱ぎ捨てる。
「冷たいっ、くすぐったいっ!」
 身をよじる知世。
「間違えると大変だから、じっとしてて。じっとしているのが出来なさそうなら言って」
 もう一度筆を知世の体に立てる。
 やっぱりくすぐったく感じるのか、体を震わせた。
「ごめんね」
 晶紀は迷わず神楽鈴を抜いて、鈴を真横に持ち、振りながら下げた。
 鈴を下げていくのと同時に、知世の瞼も下がって閉じた。
 体は固くなったかのように動かない。
 ようやく経を書くことが始められたのだが、知世の方から指の先まで書ききった時に気づいた。
「時間がない……」
 このまま書き切るのに何時間かかるのか。そして書き漏れや誤字を正していたら…… 中に残っている研究員の命が危ない。
 晶紀は神楽鈴から鈴を一つ、二つ、三つと外して、鈴を握った手にささやく。
 くうに放つように鈴を放った。
三倉みくら風間かざまあきら
 宙を落ちてくる鈴は、自然と長細く大きくなり、色も形も人の姿へと変わっていった。
 一つの鈴は黒いスーツを着た少年で、もう一人は同じ格好だったが、背が晶紀より高い青年だった。最後の一人は少年と同じぐらいの背丈だったが、白髪の老婆だった。
 三人は晶紀の式神だった。
 三人の式神のうち、老婆は杖を持っていて、それを振りながらしゃべり始めた。
「おい。聖人あきと帯人たいとも苗字で呼ぶのに、なんでわしだけ名前なんじゃ」
「だって……」
 晶紀は杖を避けるような仕草をした。
「儂も同じ天摩てんまなのに、何故そう呼ばんかの」
「苗字が被ってるからだよ」
「そんなもの事実被っておるのじゃから、仕方なかろう」
「もう。いいじゃないどうだって」
 青年は知世に触れるか触れないかというところまで近づいて、言った。
「裸の若い女を目の前に立たせておいて、俺に何させる気だ?」
「風間は黙って」
 そう言うと晶紀は筆を一人一人に配った。
「呼び出したときにやるべきことはわかってるでしょう? 知世に、急いで経を書いて」
「またおあずけか」
「だから風間は呼びたくないのよ」
「たまに世界に出られたんだから、何かしゃべらせてくれよ」
「時間がないのよ」
 三倉と晶は早速経を書きこみ始めていた。
「俺はドラえもんの秘密道具じゃないんだぜ」
 風間はそっぽを向いた。
 晶紀は神妙な表情をしてから、目を伏せ、頭を静かに下げた。
帯人たいと。お願いだから手伝って」
 風間は横目で晶紀が頭を下げているのを確認した。
「な、急に名前で呼んだって……」
「お願いします」
 風間は頭を掻きながら言う。
「わぁったよ。手伝うよ。手伝うから、頭を上げてくれ」
「ありがとう」
 晶紀が顔を上げてほほ笑むと、風間の頬が少し赤くなる。
「そんな、いいって。ほら、急ぐぞ」
「うん」
 風間と晶紀が加わると、知世の体が経で満たされていく。
 まるでマネキンのように固まったまま動かない知世。例えば肩をポンとたたくと、腕を上げ、もう一度たたくと腕を下げる。片足で立たせても床に固定されているかのようにバランスを崩さない。全身に経が書かれたところで、晶紀がチェックする。誤字を訂正し、書き漏れがある場所を埋めていく。さらに最終的に身に着ける知世の肌着にも念入りに経を書いて、晶紀は大きくため息をつく。
 すべてを確認し終え、晶紀は両手を上げ、伸びをする。
「終わり! みんな、ありがとう」
 式神たちも笑ったが、風間だけは笑わなかった。
「まだ、霊の処理は終わってないんだろ」
 晶紀はうなずく。
「手伝うぜ」
「ありがとう。けど、必要な時は、研究所の中で呼ぶわ。だからいったん戻って」
 風間は自ら鈴に戻り、宙を舞って晶紀の手に握られた。
「三倉、天摩。戻れ」
 三倉と晶の二人も、それぞれ鈴に形を変えて宙を飛んで、晶紀の掌に収まった。


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