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見えない刺青
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しおりを挟む教室に戻ると、木村かなえと石原美波はいなかった。
誰も石原の席であった、うじ虫や芋虫、毛虫を使ったいじめについて児玉先生に話す様子もなかった。せめて、座席に燃えたブラウスの灰や、虫たちが残っていれば、先生も気付いたかもしれないのに。知世に聞くと、用務のおじさんが来て石原の席を綺麗にしていったそうだ。晶紀はここで立ち上がって、石原がいじめにあっていたと言おうと立ち上がった。
「どうしたのですか、天摩さん」
児玉先生は、落ち着いた優しい表情をしていた。
「児玉先生。このクラスで」
晶紀がそう言い始めると、児玉先生の視線が、晶紀ではない誰かに向けられた。
視線の移動が、一瞬だったせいか、晶紀はそれが誰かわからなかった。
視線が戻ってくると、表情が一転して厳しいものになっていた。
「座ってください」
「先生聞いてください。このクラスにはいじ」
「座れと言ったら、座りなさい! そして口を閉じなさい」
「ちょっと待って、何で言わせてくれないんですか」
「引き続き授業を妨害する場合は、退室を命じます。黙って座りなさい」
知世が晶紀の手に触れ、小声で言った。
「(晶紀さん、このまま続けると退学になるケースもあります。いったん座ってください)」
そんな馬鹿な。伝えなきゃならないことを言えもしないのか。晶紀は教室の中で誰かが児玉先生に指示をしたのだと考えた。さっき、一瞬目線がこのクラスの中の誰かに向けられ、それから児玉先生の態度が急変したのは間違いない。誰だ、そいつが石原さんをいじめている奴じゃないのか。
晶紀は拳を握りしめていた。震えるほど強く。
「早く。座りなさい!」
座りたくはなかったが、いじめを解決するには自分がここで退学するわけにはいかない。晶紀はそう考え、座席についた。
晶紀は怒りで、この後の授業が頭に入らなかった。
午前中の授業が終わり、晶紀が知世とあきなと一緒に昼食を食べに屋上に出た。
晶紀の様子を察したのか、知世が口を開いた。
「あれは仕方ないですわ」
「けどそれじゃいじめは……」
「そうだよ。いじめはずっとあるよ」
山口は床を見つめてそういった。
「こんな風にずっと残ってる」
「どうして、ふたりともそれを容認しちゃってるの?」
晶紀が立ち上がる。
「違いますわ」
「認めてるわけじゃないけど…… さっきの先生の態度で、晶紀もわかったろ?」
「先生に合図を送ったやつがいる」
晶紀の言葉に山口が反応する。
「もしそんなヤツがいるとすれば、小泉メアリーだろ」
銀髪、碧眼、ショートボブの女生徒が頭に浮かぶ。
晶紀が転校直後、小泉は、教室でわざとぶつかってきて、大げさに倒れ、騒ぎになった事がある。
「あ、あいつが……」
知世がピンと人差し指を上に向けて立てて、言う。
「小泉さんのお父様は国会議員で、その上この学校にも発言力があるとか」
あきなが付け加える。
「つまり、メアリーのいる学校で『いじめ』があったりしたら、お父さんの沽券に関わるってこと」
「こけんて?」
晶紀は『沽券』が何かわからず聞き返すと、あきなが答える。
「メンツとかプライドってところかな」
「『メンツ』って言葉もよくわからないけど、なんで娘が通う学校でいじめがあっちゃいけないのか全く意味わかんない」
「その通りなのですけど、大人とはそういう不思議なことにこだわるものですわ」
晶紀は腕を組んで首をかしげる。
「……」
あまりにずっとそうしている為、みかねて『あきな』が言う。
「先生を頼らずにいじめを解決するしかない。そもそも、この前メアリーに目をつけられているから、こっちだって『いじめ』られる可能性はあるんだけどな」
晶紀は心配して聞き返す。
「あきな、『いじめっぽい』ことがあったの?」
「現時点ではないけどさ」
「知世には?」
「私にもありませんわ」
あきなはチラッと知世を見てから、
「まあ、知世は大丈夫だろうな。お家がお家だから」
と言った。
「そんなことは関係ありませんわ。石原さんのご両親だって大手企業の役員なのですから」
「み、みんなそんな感じなのか」
母が亡くなり、父は行方不明の晶紀は、少し気が引けた。だが、あきなも片親だ。晶紀はこれ以上家や、親の話をするのを止めにした。
「とにかく、石原さんに対するいじめを止めよう」
「でも本人が助かろうとしてくれないと、私たちがいくら手を伸ばしても救えないですわ」
「どういうこと?」
「だって、さっきだって晶紀がせっかく保健室に連れて行こうとしたのに、さっさと家に帰ってしまって。いじめる側からすれば思うつぼだよ」
「じゃ、じゃあさ。石原さんの家に行こう」
「……」
「行って話をすれば」
あきなが言った。
「私はそれが通用したけど、家に行って、石原さんが『ご用はなに?』って出てくると思えないけどな」
「私もそう思います。とにかく刺青が原因なら、こちらから祈るとかして、刺青を取り除いてしまうことは出来ないんでしょうか?」
「刺青? うちの扉に描いてあったような井桁のような模様?」
「まあ、そんなようなもの。あきなの所にはその井桁のような模様『ドーマン』っていうんだけど、その呪符が張ってある下に、実は見えない形で書かれていた方が問題だったんだ。刺青なんて本人がする気もないのに肌に残ってたら気付くでしょ? 霊力の使える人だけに見えるように描かれていたのさ」
山口あきなが首をかしげる。
「本当の刺青なら、体を洗っても落ちないけど、その『呪い刺青』はお風呂入ったら落ちたりしないの?」
「!」
あきなの言葉が何か引っかかった。晶紀は考える。いくら呪術とは言え、体は代謝していく。延々と残り続ける訳はないのに……
知世も何か考えるように右手を顎に当てた。そして、晶紀と目があった。
「あれだ!」
「あそこですわ!」
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