神楽鈴の巫女

ゆずさくら

文字の大きさ
上 下
33 / 73
見えない刺青

14

しおりを挟む



 木村かなえは中学三年にして剣道の達人だった。
 小学生からずっと父に教わった剣道の技術。さらにレベルアップした高校二年の『かなえ』に、晶紀はこれからの数日間で追いつかなければならないのだ。
 四人が武道場に入ると、かなえが声を上げた。
「綺麗になってる」
「綺麗になってるって、どういうこと?」
「私、入学してから毎日この武道場を覗いていたの。誰か剣道をやりたい生徒が戻って来ていないかと思って……」
 おそらく、誰も入らず、掃除もしない武道場は、次第に汚れていったのだろう。晶紀はそんな風に思った。かなえが言葉を続けた。
「だけど、誰もこなかった。武道場が埃だらけになっていくのは悲しかった」
「じゃあ、誰が掃除を」
 晶紀がたずねると、かなえは振り返った。
 かなえの視線の先に、佐倉が腕を組んで立っている。
「お前たちが授業をしている間に儂が掃除をしておいた」
「ありがとうございます」
 かなえは深くおじぎをした。
「さあ、ぞんぶんに稽古をつけてやってくれ」
 佐倉が言うと、かなえは晶紀に向かって言う。
「晶紀さん、経験者?」
「……」
 無言で首を横に振った。
「防具の着け方とかは後で教えるから、まずは軽く振ってみて」
 竹刀を渡される。神楽鈴の剣とは違って、竹刀は重く感じた。
 二人は制服姿のまま、武道場の中央へ移動する。
 晶紀は神楽鈴を振る時の要領で構えてみるが、重さのせいか違和感がある。
「あれっ?」
 振った竹刀の重みで体がバランスを崩しているのが自分でも感じられる。これじゃダメだ。
「もっと。繰り返して」
「こ、う?」
 振って、戻してと繰り返しているだけだが、かなえの真剣な表情を見ると、自然に力が入る。
「全力で。もっと全力でやってみて?」
 かなえの言葉で晶紀は考えた。自分の力だけでやっていたら『かなえ』の10年ちょっとかけて築いた技と力に追い付けないだろう。晶紀は素振りに霊力を加えた完全な全力で素振りを繰り返した。
「……」
 何度も振るうちにさっきの『かなえ』の記憶の長坂先生との試合や、『かなえ』に憑依した昨日の剣道着の女との闘いの記憶が、蘇ってくる。
 腕の振り、足の蹴り、体幹による体の連動。一振り毎に記憶の中の理想との違いを感じる。
「うん。とりあえずストップ」
 息を切らせて声が出ない晶紀に『かなえ』が言葉を続ける。
「素振りは基本だけど、漫然と数を繰り返しても上手くならないから、私がいいというまでは自分で素振りしないでね。その代わり筋トレはいくらやってもいいよ。で、今日のメニューなんだけど、これから素振りを100本やって、それでおしまいにしよう」
 武道場の端で見ていた知世は、となりで胡坐をかいて座っている佐倉に話しかけた。
「今日はすぶり100本だけですって。かなえちゃん、友達には優しいですね」
「それはどうかな」
「?」
 知世は佐倉の言った意味が理解出来なかった。
 かなえの言葉に、晶紀は『100本の素振りでおしまい』では練習量が足りない、と考え焦った。
「もっと教えて欲しいんです。もっと稽古をつけてください」
「……」
 かなえは首を捻った。晶紀が言葉を続ける。
「私には時間がないの。早く剣道が上手くなりたいの」
「私も同じよ。とにかく。素振り100本やってから続きの稽古をするか考えるから」
「……」
 かなえは竹刀を手に取ると、晶紀の横に立った。
「ほらっ、まず『一つ』よ。振ってみて。振って、戻して一回止まって」
 振って、戻す。
 戻した瞬間、手首を竹刀で叩かれた。晶紀は思わず竹刀を落としてしまう。
「痛い」
「そこに力が入っていない。戻すときも同じように力がいるの」
「叩かなくても」
「ごめん。悪いけど、私はこれ以外の方法では教えられない。短期間に上手くなりたいんじゃなかったの?」
「短期間で上手くなりたい」
「なら、我慢して」
「……」
「今言ったことに注意して『二つ』。はい」
 振って、戻す。どちらも同じように力を入れる。晶紀は考えた。
 ブンっ、と竹刀を振って、戻した。
『バシッ』
 言葉より先に『かなえ』の竹刀が晶紀の腹に入った。
「痛っ……」
 片手で軽々と振っているかなえの竹刀を避けることすらできず、晶紀は呆然としている。
「戻した位置が高すぎる。これでは返されて胴を取られる」
 かなえは晶紀にそうやって晶紀に素振りの指導を続けた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

どん底から始まる恋もあるらしい

りゅう
ライト文芸
高校生だが金髪でピアスを開け、いかにも不良のような態度、風貌をしていた風張透也は、ある日電車で女子高校生に痴漢と勘違いされてしまう。印象最悪、危うく逮捕の状況だったが… そしてそこから透也の周りの関係が変わり始めて…?

たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音は忘れない

夕月
ライト文芸
初夏のある日、蓮は詩音という少女と出会う。 人の記憶を思い出ごと失っていくという難病を抱えた彼女は、それでも明るく生きていた。 いつか詩音が蓮のことを忘れる日が来ることを知りながら、蓮は彼女とささやかな日常を過ごす。 だけど、日々失われていく彼女の記憶は、もう数えるほどしか残っていない。 病を抱えながらもいつも明るく振る舞う詩音と、ピアノ男子 蓮との、忘れられない――忘れたくない夏の話。 作中に出てくる病気/病名は、創作です。現実の病気等とは全く異なります。 第6回ライト文芸大賞にて、奨励賞をいただきました。ありがとうございます!

新人種の娘

如月あこ
ライト文芸
――「どうして皆、上手に生きてるんだろう」  卑屈な性分の小毬は、ある日、怪我を負った「新人種」の青年を匿うことになる。  新人種は、人に害を成す敵。  匿うことは、犯罪となる。  逃亡、新たな生活、出会い、真実、そして決断。  彼女は何を求め、何を決断するのか。  正義とは、一体何か。  悪とは、一体何か。  小毬という少女が、多くを経験し、成長していく物語。 ※この物語は、当然ながらフィクションです。

◆青海くんを振り向かせたいっ〜水野泉の恋愛事情

青海
ライト文芸
好きで好きで仕方ないのに、わたしには彼のそばにいることしかできない…。

桃と料理人 - 希望が丘駅前商店街 -

鏡野ゆう
ライト文芸
国会議員の重光幸太郎先生の地元にある希望が駅前商店街、通称【ゆうYOU ミラーじゅ希望ヶ丘】。 居酒屋とうてつの千堂嗣治が出会ったのは可愛い顔をしているくせに仕事中毒で女子力皆無の科捜研勤務の西脇桃香だった。 饕餮さんのところの【希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』】に出てくる嗣治さんとのお話です。饕餮さんには許可を頂いています。 【本編完結】【番外小話】【小ネタ】 このお話は下記のお話とコラボさせていただいています(^^♪ ・『希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々 』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/274274583/188152339 ・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 ・『希望が丘駅前商店街~黒猫のスキャット~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/813152283 ・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232 ・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』 https://ncode.syosetu.com/n7423cb/ ・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/582141697/878154104 ・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376 ※小説家になろうでも公開中※

それぞれの幸せな時間

ROOM
ライト文芸
色んな人の、色んなしあわせな時間を集めました。 これは、あなたへのしあわせのおすそ分け。

10秒で読めるちょっと怖い話。

絢郷水沙
ホラー
 ほんのりと不条理なギャグが香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)

処理中です...