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見えない刺青
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しおりを挟む木村かなえは中学三年にして剣道の達人だった。
小学生からずっと父に教わった剣道の技術。さらにレベルアップした高校二年の『かなえ』に、晶紀はこれからの数日間で追いつかなければならないのだ。
四人が武道場に入ると、かなえが声を上げた。
「綺麗になってる」
「綺麗になってるって、どういうこと?」
「私、入学してから毎日この武道場を覗いていたの。誰か剣道をやりたい生徒が戻って来ていないかと思って……」
おそらく、誰も入らず、掃除もしない武道場は、次第に汚れていったのだろう。晶紀はそんな風に思った。かなえが言葉を続けた。
「だけど、誰もこなかった。武道場が埃だらけになっていくのは悲しかった」
「じゃあ、誰が掃除を」
晶紀がたずねると、かなえは振り返った。
かなえの視線の先に、佐倉が腕を組んで立っている。
「お前たちが授業をしている間に儂が掃除をしておいた」
「ありがとうございます」
かなえは深くおじぎをした。
「さあ、ぞんぶんに稽古をつけてやってくれ」
佐倉が言うと、かなえは晶紀に向かって言う。
「晶紀さん、経験者?」
「……」
無言で首を横に振った。
「防具の着け方とかは後で教えるから、まずは軽く振ってみて」
竹刀を渡される。神楽鈴の剣とは違って、竹刀は重く感じた。
二人は制服姿のまま、武道場の中央へ移動する。
晶紀は神楽鈴を振る時の要領で構えてみるが、重さのせいか違和感がある。
「あれっ?」
振った竹刀の重みで体がバランスを崩しているのが自分でも感じられる。これじゃダメだ。
「もっと。繰り返して」
「こ、う?」
振って、戻してと繰り返しているだけだが、かなえの真剣な表情を見ると、自然に力が入る。
「全力で。もっと全力でやってみて?」
かなえの言葉で晶紀は考えた。自分の力だけでやっていたら『かなえ』の10年ちょっとかけて築いた技と力に追い付けないだろう。晶紀は素振りに霊力を加えた完全な全力で素振りを繰り返した。
「……」
何度も振るうちにさっきの『かなえ』の記憶の長坂先生との試合や、『かなえ』に憑依した昨日の剣道着の女との闘いの記憶が、蘇ってくる。
腕の振り、足の蹴り、体幹による体の連動。一振り毎に記憶の中の理想との違いを感じる。
「うん。とりあえずストップ」
息を切らせて声が出ない晶紀に『かなえ』が言葉を続ける。
「素振りは基本だけど、漫然と数を繰り返しても上手くならないから、私がいいというまでは自分で素振りしないでね。その代わり筋トレはいくらやってもいいよ。で、今日のメニューなんだけど、これから素振りを100本やって、それでおしまいにしよう」
武道場の端で見ていた知世は、となりで胡坐をかいて座っている佐倉に話しかけた。
「今日はすぶり100本だけですって。かなえちゃん、友達には優しいですね」
「それはどうかな」
「?」
知世は佐倉の言った意味が理解出来なかった。
かなえの言葉に、晶紀は『100本の素振りでおしまい』では練習量が足りない、と考え焦った。
「もっと教えて欲しいんです。もっと稽古をつけてください」
「……」
かなえは首を捻った。晶紀が言葉を続ける。
「私には時間がないの。早く剣道が上手くなりたいの」
「私も同じよ。とにかく。素振り100本やってから続きの稽古をするか考えるから」
「……」
かなえは竹刀を手に取ると、晶紀の横に立った。
「ほらっ、まず『一つ』よ。振ってみて。振って、戻して一回止まって」
振って、戻す。
戻した瞬間、手首を竹刀で叩かれた。晶紀は思わず竹刀を落としてしまう。
「痛い」
「そこに力が入っていない。戻すときも同じように力がいるの」
「叩かなくても」
「ごめん。悪いけど、私はこれ以外の方法では教えられない。短期間に上手くなりたいんじゃなかったの?」
「短期間で上手くなりたい」
「なら、我慢して」
「……」
「今言ったことに注意して『二つ』。はい」
振って、戻す。どちらも同じように力を入れる。晶紀は考えた。
ブンっ、と竹刀を振って、戻した。
『バシッ』
言葉より先に『かなえ』の竹刀が晶紀の腹に入った。
「痛っ……」
片手で軽々と振っているかなえの竹刀を避けることすらできず、晶紀は呆然としている。
「戻した位置が高すぎる。これでは返されて胴を取られる」
かなえは晶紀にそうやって晶紀に素振りの指導を続けた。
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