神楽鈴の巫女

ゆずさくら

文字の大きさ
上 下
26 / 73
見えない刺青

07

しおりを挟む



 教室に残された知世は、晶紀の様子からただ事ではないと感じ、佐倉に電話していた。
『どうした? 知世』
「晶紀さんの様子がおかしいのです。おそらくB棟の屋上で何かが」
『解ったすぐいく。お前もこい』
「えっ、でも晶紀さんにここに居ろと」
『教室に寄るから、儂の後に付いて来い』
 電話が切れると、知世は階段付近で佐倉が上がってくるのを待っていた。
 すると、屋上側から数人の生徒が慌てたように階段をおりてきた。
「何見て……」
 一人が言いかけると、一番、怖そうな生徒じょしが制止する。
「やめろ」
 するとその連中は急にゆっくりと階段をおりていくようになった。
 生徒達が去った後、しばらくすると佐倉が階段を上がって来た。
 知世は佐倉を追って上がる。
 佐倉が屋上の扉を出ると、入れ違いに石原が屋上の入口の前に現れた。
 知世が避けようとすると、石原はフラフラとその方向に倒れ込んできた。
「えっ?」
 知世は必死にその身体を支えようとする。
「な、なに、なんで……」
 重い。石原がモデルだとは言え、それほど極端な身長差はない。支えられるはずだと知世は思った。しかし、知世がしがみついて支えようする女性はまるで鉛のように重くそのまま知世は倒れてしまった。
「い、石原さん、だいじょうぶです…… か」
 目の前が暗くなり、知世の意識は飛んでしまった。



 佐倉は屋上で剣道着を着た女が、晶紀の神楽鈴を叩き落すのを目撃した。
 木刀を持った剣道着の女は、前髪を左右に均等に分け、後ろの高い位置で一つに結っていた。ただ、この見かけは信じられんな。と佐倉は考える。何かが体中を覆っているようだった。覆っているものには、姿形を変えているだけではなく、強い殺気を感じる。何か強い霊が憑依していて、それが姿形を覆い、変えているのだ。
 それより、晶紀の様子が変だ。右手をだらりと下げた様子から、怪我をしていることは感じられた。それ上に、なにか、気力を感じない…… この状態では、龍笛を吹いて晶紀を鼓舞するのでは間に合わないだろう。
「おぃっ!」
 佐倉は声をあげる。視線だけ一瞬佐倉に向けるが、道着着た女は晶紀の方に木刀を向けたままだ。
「聞こえないのか」
 佐倉は道着の女をけん制しながら近づく。
「儂のみたところ、おぬしは教師じゃな。この学園の教師」
 半分ハッタリで、半分は推測だった。
「……」
 木刀を持っている右手を離し、その手で顔を覆った。
「ちがう……」
 道着の女が、晶紀に出会ってから初めて『音声』として声を発した。その声は、合成されたようにピッチがズレて聞こえてくる。
「どうやら図星のようじゃな」
「違う!」
 ピッチがズレたケロ声が、さらに裏返って聞こえる。
「この場で本当の姿を暴いてやる」
「!」
 道着の女は、突然、走り出すと、馬跳びの要領で屋上のフェンスに手を付く。
 高く跳躍すると、あっという間にA棟の屋上へ着地した。
 さらにA棟の向こう側へと落ちていくように姿を消した。
「逃げた……」
 佐倉がそうつぶやくと、晶紀が力尽きたように倒れ込んできて、それを抱きとめた。
「晶紀、しっかりしろ」
「指が、足首が……」
「しっかりつかまれ。今、保健室に連れて行ってやる」
「なぜ佐倉には正体が分かったんだ?」
 佐倉は、晶紀を背中に背負いながら説明した。
 以前、知世と晶紀を襲った男の一件以降、学園内の警備が厳しくなっていること。であれば、術をかけられた超人的な人物だとしても、騒ぎを起こさず学園内に侵入することは難しいだろう。そこから推測すると、剣道着の女の『中の人』はもともと学園内にいた者ということになる。最初から学園内にいる人間だとすれば『教師』か『生徒』のどちらかだ。そして、相当の腕前の持ち主ということになる。
「なるほど」
「ここで何があった」
「いじめを止めにきたんだ」
「すまぬ。話しは後だ」
 そう言って、佐倉は足を止めた。
 佐倉が足を止めた理由は、話しが聞きたくないとか、そういう意味ではなかった。屋上の出入り口付近で、知世が倒れているのに気づいたからだった。
「知世!」
 佐倉は晶紀を下ろして、知世の様子を確認する。
 呼びかけても反応はない。息はある。鼓動は聞こえる。
「知世、知世、起きろ」
「知世っ!」
 佐倉が知世の背中に、気を入れると目を覚ました。
「あっ、晶紀さん」
 知世は立ち上がって晶紀を抱きしめる。
「知世、無事で良かった……」
 晶紀の様子が変だったが、同じぐらい知世も様子が変だった。立ってはいるが手足が震えているようで、どこか力ない感じがする。
「知世、ここで何があった?」
 と佐倉が割り込んでくる。知世は振り返る。
「佐倉先生の後を追って、扉を出た瞬間に、石原さんとぶつかって」
「石原さん?」
 晶紀は石原と聞いて、さっきここから下の教室に聞こえてきた会話を思い出していた。『お前、モデルだからって調子に乗りすぎ……』とか『こいつがモデルって言ったって……』などと言っていた。石原も確かモデルだと聞いている。この屋上にいて、モデルがいじめられていたのなら、石原がいじめの被害者ということになる。
「ぶつかったら、何か力が抜けてしまったようになって」
 言いかけた、知世はまだ力が入らないようにふらつく。とっさに晶紀が知世を支える。支えた晶紀の顔が苦痛で歪む。
「痛っ……」
「だ、大丈夫ですか?」
 佐倉が二人の間に入って、二人に肩を貸した。
「知世は、どうやらその石原という生徒に霊力を抜かれたようじゃな」
 三人はゆっくりと、一歩一歩歩き始める。
「どうしてそんなことが分かるのですか?」
「おぬしに触れてみた感じじゃな。体が軽い感じがする」
「えっ、もっと霊力を抜かれたらもっと体重が軽くなりますか?」
 佐倉は知世の方を見て言う。
「『軽い』というのはたとえじゃ」
「なんだ……」
「それどころか知世、霊力を抜かれるのは危険なことなんだよ。霊力をすべて抜かれれば、それは死に繋がるんだから」
「……」
 知世が怯えたように縮こまった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

平凡すぎる、と追放された俺。実は大量スキル獲得可のチート能力『無限変化』の使い手でした。俺が抜けてパーティが瓦解したから今更戻れ?お断りです

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
ファンタジー
★ファンタジーカップ参加作品です。  応援していただけたら執筆の励みになります。 《俺、貸します!》 これはパーティーを追放された男が、その実力で上り詰め、唯一無二の『レンタル冒険者』として無双を極める話である。(新形式のざまぁもあるよ) ここから、直接ざまぁに入ります。スカッとしたい方は是非! 「君みたいな平均的な冒険者は不要だ」 この一言で、パーティーリーダーに追放を言い渡されたヨシュア。 しかしその実、彼は平均を装っていただけだった。 レベル35と見せかけているが、本当は350。 水属性魔法しか使えないと見せかけ、全属性魔法使い。 あまりに圧倒的な実力があったため、パーティーの中での力量バランスを考え、あえて影からのサポートに徹していたのだ。 それどころか攻撃力・防御力、メンバー関係の調整まで全て、彼が一手に担っていた。 リーダーのあまりに不足している実力を、ヨシュアのサポートにより埋めてきたのである。 その事実を伝えるも、リーダーには取り合ってもらえず。 あえなく、追放されてしまう。 しかし、それにより制限の消えたヨシュア。 一人で無双をしていたところ、その実力を美少女魔導士に見抜かれ、『レンタル冒険者』としてスカウトされる。 その内容は、パーティーや個人などに借りられていき、場面に応じた役割を果たすというものだった。 まさに、ヨシュアにとっての天職であった。 自分を正当に認めてくれ、力を発揮できる環境だ。 生まれつき与えられていたギフト【無限変化】による全武器、全スキルへの適性を活かして、様々な場所や状況に完璧な適応を見せるヨシュア。 目立ちたくないという思いとは裏腹に、引っ張りだこ。 元パーティーメンバーも彼のもとに帰ってきたいと言うなど、美少女たちに溺愛される。 そうしつつ、かつて前例のない、『レンタル』無双を開始するのであった。 一方、ヨシュアを追放したパーティーリーダーはと言えば、クエストの失敗、メンバーの離脱など、どんどん破滅へと追い込まれていく。 ヨシュアのスーパーサポートに頼りきっていたこと、その真の強さに気づき、戻ってこいと声をかけるが……。 そのときには、もう遅いのであった。

私はゴミ箱の中に住んでいる

アメ
ライト文芸
私の家は、貧乏だった。いつの間にか両親はいなくて、いつの間にか私はどこかのごみ箱に住んでいた。

雑司ヶ谷高校 歴史研究部!!

谷島修一
ライト文芸
雑司ヶ谷高校1年生の武田純也は、図書室で絡まれた2年生の上杉紗夜に無理やり歴史研究部に入部させられる。 部長の伊達恵梨香などと共に、その部の活動として、なし崩し的に日本100名城をすべて回る破目になってしまう。 水曜、土曜更新予定 ※この小説を読んでも歴史やお城に詳しくなれません(笑) ※数年前の取材の情報も含まれますので、お城などの施設の開・休館などの情報、交通経路および料金は正しくない場合があります。 (表紙&挿絵:長野アキラ 様) (写真:著者撮影)

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

colors -イロカゲ -

雨木良
ライト文芸
女子高生の夏音(かのん)は、物心がついた時から、あらゆる生物や無機物ひとつひとつに、そのモノに重なるように様々な「色」を感じていた。 その一色一色には意味があったのだが、それを理解するには時間がかかった。 普通の人間とは違う特殊な能力を持った夏音の身に起こる、濃密な三日間の出来事とは。 ※現在、二日に一回のペースで更新中です。

たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音は忘れない

夕月
ライト文芸
初夏のある日、蓮は詩音という少女と出会う。 人の記憶を思い出ごと失っていくという難病を抱えた彼女は、それでも明るく生きていた。 いつか詩音が蓮のことを忘れる日が来ることを知りながら、蓮は彼女とささやかな日常を過ごす。 だけど、日々失われていく彼女の記憶は、もう数えるほどしか残っていない。 病を抱えながらもいつも明るく振る舞う詩音と、ピアノ男子 蓮との、忘れられない――忘れたくない夏の話。 作中に出てくる病気/病名は、創作です。現実の病気等とは全く異なります。 第6回ライト文芸大賞にて、奨励賞をいただきました。ありがとうございます!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

【完結】いつの間にか貰っていたモノ 〜口煩い母からの贈り物は、体温のある『常識』だった〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ライト文芸
「いつだって口煩く言う母が、私はずっと嫌いだった。だけどまぁもしかすると、感謝……してもいいのかもしれない」 *** 例えば人生の節目節目で、例えばひょんな日常の中で、私は少しずつ気が付いていく。   あんなに嫌だったら母からの教えが自らの中にしっかりと根付いている事に。 これは30歳独身の私が、ずっと口煩いくて嫌いだった母の言葉に「実はどれもが大切な事だったのかもしれない」と気が付くまでの物語。   ◇ ◇ ◇ 『読後には心がちょっとほんわか温かい』を目指した作品です。 後半部分には一部コメディー要素もあります。 母との確執、地元と都会、田舎、祖父母、農業、母の日。 これらに関連するお話です。

処理中です...