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見えない刺青
04
しおりを挟む部屋に戻って赤い袴と白い小袖を着て階段をおると、居間にはカレンはいなかった。
その代わりというか、ガッチリした三脚の上に大きな黒いデジタル一眼が据え付けられていた。
カメラの反対側には大きい方のソファーが置かれていて、背景になる衝立が立てられていた。
角々にライトのようなものが設置され、明るく輝いている。
晶紀が着替えている間に、撮影スタジオのようになっていた。
ドタドタと階段を下りてくる音がして、カレンが入ってきた。
カレンは傘のような撮影機材を一つ、二つと設置して、カメラの後ろに回ると、
「はい、じゃあ、撮影入りまーす」
「本格的ですね」
「せっかく着替えてくれるのに、中途半端じゃ失礼なので」
「……」
いや、こっちはそんなに本格的に準備をしていないのだが、と晶紀は思い、少し視線をずらした。
「あっ、髪。ポニテじゃなくて、こう下の方でひとまとめにするんじゃないのかな? あと、髪飾り。晶紀さん、髪飾り持ってない? つけましょうよ、ね?」
「えっと……」
「あっ、私持ってるかも。探してくる」
あっという間に居間を去り、階段を上がって行く。
降りてきたカレンは、髪飾りだけではなく、メイク道具も持っていた。
「そのままでも綺麗なんだけど、一応ね」
カレンに腕を引かれて洗面所に行った。晶紀はポニーテールを解いて、髪をとかし、髪飾りをつけ、指示されるままに軽くチークをつけた。
「うん、ばっちり! 巫女だよ巫女。完璧に巫女」
居間に戻った二人は、撮影を始めた。
三脚についたカメラだけではなく、付いているレンズの違うカメラを持ち替えながら、バシャバシャと撮り進めるカレン。
晶紀は指示されるままに手足を動かし、視線を上げ下げし、笑ったり怒ったりする。
「あれ? そういえば神楽鈴は?」
「あ、ありますよ」
懐に手をいれて、神楽鈴を取り出す。
「ちょっとまって!」
カレンは、手に持ったカメラで映像を確認しながら晶紀に近づいてくる。
「もう一度懐に戻して、ゆっくり取り出して?」
「は、はい」
懐に手を入れたとこで止められ、ちょっとずつ動きながら撮影が進む。
「神楽鈴って、懐に忍ばせるものなの?」
「いえ、これは自分のクセで」
「……そうよね。じゃあ、神楽鈴を振ってみて」
晶紀は芳江お婆ちゃんのところで習った通りに、神楽鈴を振ってみせた。
かろやかな鈴の音が、一眼レフのミラーの跳ね上がる音やシャッターの音に交じって響き渡る。
「おお…… それっぽい」
時折、カレンは撮影を止めると、ノートパソコンやカメラの背面で画像を確認し『おお』とか『ああ』とか独り言を吐く。
そんなことを繰り返しているうち、結構な時間が経っていた。
晶紀はお腹が減ってきて、カレンに言った。
「そろそろ、ごはんにしませんか?」
カレンはパソコンの映像を見ながら、叫んだ。
「あっ!」
「な、なんですか?」
カレンはノートパソコンの画面を見つめながら、腕を組んで首をひねる。
「そうだね。ごはんにしよう…… けど、その前に」
晶紀は床に膝をついて座り手を合わせる。それをカレンがソファーの上から見下ろすように撮影する。
カメラを変えながら何度かポーズと表情を変えると、カレンが笑顔になった。
「ありがとう! 最高の資料が出来たよ。着替えてきて。すぐごはんにするから」
「は、はい。おつかれさまです」
「おつかれさま!」
カレンは晶紀の方を見ず、ノートパソコンの映像を確認していた。
疲れて肩を落として晶紀は部屋に戻る。
再び部屋着に着替えて、降りてくると、居間はスタジオ状態のままだった。居間を抜けて、ダイニングキッチンへと出るとカレンがテーブルにごはんを並べていた。
「あっ、ごめんなさい」
「お腹空いてるのよね。いいわよ、座ってて」
カレンに食事の支度をしてもらって、二人は食べ始めた。
お腹が落ち着いてきたころ、晶紀はカレンにたずねた。
「カレンさん、写真部かなんかなんですか?」
「まさか」
「えっ、じゃなんであんなカメラを持ってるんですか」
「カメラは必要だから揃えたというか……」
「必要だから?」
不思議そうに見ている晶紀の顔を見て、カレンはニヤリと笑って、
「私が何部か当ててみて」
と言った。
カメラに関係があるとすれば、と晶紀は考える。写真部とかそういう直接的でないとすれば、芸能とか、演劇部とか、写真や動画で記録する必要がある者かも知れない。
「演劇…… ですか?」
「違います」
「映画研究会」
「それも違う」
「鉄道研究会?」
「ブッブー」
カレンは指で『×』を作ってみせた。
「時間切れね。正解は、漫研。漫画研究会でした」
「ああ、背景とかのロケハンってことでしょうか?」
「人物描写も、ポーズを作ってもらっていると書きやすいし」
「どんな漫画を描くんですか、読みたいです」
「R18でもいい?」
と聞いた瞬間に晶紀は引いた。
「えっ……」
大体、描いている作者自身が十八歳になっていないじゃないか。R18じゃない作品を描かない主義なのか、R18の作品の方が見せる自信があるのか。
「R18以外は……」
「残念ながら」
「……」
極端だ、極端すぎる。カメラ機材もかなり凝ったもので、驚いたが。そこまで考えて、晶紀は気が付いた。
「ちょっと待ってさっき取った写真は『資料』に使うって言ってましたけど、18禁の漫画の資料になるんですか?」
「そうなるわね」
椅子がガタガタと音を立てるほど勢いよく、晶紀は立ち上がる。
「止めてくだ……」
カレンは黙ってスマフォを晶紀の方に向けると、スマフォで動画が再生される。
『写真ってなん…… 資料に使うだけだから。資料に。ね。お願い。 はい』
さっきのやり取りを録画していたのだ。
再生が終わると、カレンは手を膝にのせ、頭を垂れてボソボソと言う。
「せっかく撮ったのに」
少し間を開けて、
「絵にするときは、晶紀ちゃんだってわからないようにするから」
何か、光るものが落ちた気がした。泣いている…… 泣かしてしまったのだろうか、と晶紀は動揺した。
「……けど、どうしてもって言うならやめる」
「わかりました。いいです。資料に使ってください」
「やった!」
顔を上げたカレンからは、泣いていたような様子が、微塵も感じられなかった。
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