神楽鈴の巫女

ゆずさくら

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神楽鈴の巫女

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 晶紀と知世、そして佐倉は路地を通りすぎ、山口の家に向かっていた。
「さっきの蛙や蝙蝠を捕まえれば、誰が術をかけたかわからないのか?」
 佐倉は首を横にふる。
「わかる場合もあるが、ほとんどの場合は分からぬ。人に直接術を掛けないのはそのためじゃ」
「蝙蝠や蛙たちが戻っていく先を追いかけたら?」
 言いながら、学校で蛙を追いかけたことを思い出していた。
 やはり佐倉は首を横にふる。
「蝙蝠や蛙が、人の言葉を理解し、喋れるわけではないからな。戻った場所が民家だったとして、だから家主が犯人というわけではない」
「話は変わるけど、佐倉の吹いた笛ってさ」
 佐倉は自身の胸に手を当てていった。
龍笛りゅうてきのことか?」
「りゅうてきって言うんだ。あれなに? 奴らの中にいたとき、すごく眠くなって、寝てしまいそうだった。けど、佐倉のあの笛の音は、なんかめちゃくちゃよく聞こえた。他の音はくぐもって聞こえないのに。今まで使ったどの目覚まし時計なんかよりずっと強く、はっきりと聞こえたんだ」
「そうか。どう聞こえるかは、わしにもわからん。ただ、わしの龍笛は天摩の者に力を与えるものと聞いている」
 晶紀は佐倉が押さえている胸のあたりを見ながら、龍笛を思い出していた。
「だから大男に取り込まれずに外に出られたのかな……」
「!」
 突然、知世が何かに気づき、晶紀の肩に触れた。
 知世の方に振り向くと指を口にあてた。
「(しっ、静かに)」
 知世の視線の先には気の弱そうな、前髪のあるおじさんが向かってきている。
「(なに?)」
「(あの方、あきなさんのお父様ですわ)」
「えっ?」
 知世が晶紀にしがみつくように引っ張る。
「(思い切り顔を向けたら気が付かれます。何気なく見てください)」
「……」
 晶紀たちとすれ違い、そのままさっきの路地のほうへ消えていった。
 面影が、あきなに似ていた。
 前髪があるせいなのか、若く、優しい男性に思えた。
「あれが『あきな』のお父さん? やさしそうな感じの男性ひとだね」
「家の者が入手した映像と雰囲気が違っていて、一瞬、私も驚きました」
 そう言って、知世が粗い画像をスマフォに映し出した。
 さっきすれ違った穏やかな表情の人と同一人物とは思えないほど、ものすごい形相で怒っている。
「前髪も逆立ったように上がってるしね」
 佐倉が覗き込む。
かれているようにしか見えんな」
 晶紀が言う。
「見た目でわかるのか?」
「いや。しかし見た目が変わるほどの場合、術を掛けられているとか、憑いていることがある」
 晶紀が佐倉をにらむ。
「じゃ、さっきのはなんなんだ」
 佐倉も、晶紀をにらみ返し、
「話を総合して、写真を見れば、憑いている、と思えるということじゃ。わしに怒ってどうする」
 晶紀は目を反らして、両手を開く。
「わぁ、かったよ。可能性があるってことだよな」
 けれどさっき通りすぎた人物からは、なんの気配も感じなかった。
 術が掛けられている、あるいはものいているなら、多少なりとも感じたはずだ。
 知世に言われるまで『お父さん』の気配すら感じなかった。知世が『お父さん』だと言って意識してからも、特に何も感じることのないまま、通り過ぎている。
 確かに映像では激変している。
 人格が違うと言われると信じてしまうほどだ。
「とにかく、山口さんのお家に行ってみましょう」
 言いながら知世が佐倉と晶紀の背中を押した。
 三人が歩いていくと、住宅街の中にアパートが見えてきた。
 知世は、スマフォで確認しながらアパートを指さした
「あれがそうです」
 アパートは、壁があちこち汚れていて、階段の手すりはペンキが剥げていて、錆びて中の空洞が見えるようなところすらあった。
 扉の化粧板が捲れ始めている部屋があり、錆びた洗濯機を廊下に出している部屋もあった。
「確か、お二階の右端だったと……」
 知世が一階の部屋番号の並びを見て、二階を指さす。
 佐倉が先頭で階段を上りはじめると、晶紀は二三段上って立ち止まってから、階段を下りた。
「おい佐倉、お前、体重重すぎないか? 階段がきしんでるみたいだぞ」
「失礼な奴だな。お前たちも早く上がってこい」
「めっちゃくちゃ揺れて怖いんだよ。こっちは佐倉が上り切ってから上がるよ」
 佐倉が上り切っても、階段はめちゃくちゃ揺れた。
「スリルがありますね」
「あきなにはこのこと言うなよ」
 振り返ると知世は笑っている。
「さすがに人が住んでらっしゃる建物が壊れることはありませんよ」
 と、よろけて触れた手すりが、五センチほどポロリと崩れ、地面に落ちていく。
「……こ、壊れませんよ。人が住んでらっしゃるのですから」
 知世の笑みがひきつったものに変わった。



 晶紀、知世、佐倉の三人が山口の家の前で立ち止まってしまった。
「佐倉、扉に変な呪符が」
「いや、これはドーマンじゃな。横五本、縦四本の線で区切られた格子印は魔除けとされておる」
「……」
 晶紀にはそのドーマンが描かれた紙の後ろに、何かが透けて見えていた。
「山口さん、いらっしゃいますか?」
 そう言って、知世が呼び鈴を鳴らした。
 ブーという単純な音の後に、鍵の音がして扉が開いた。
「いらっしゃい。どうぞ、入って」
 山口に言われるまま、晶紀、知世、佐倉が順に入っていく。
「いいにおいがするな」
 晶紀が察するに、出勤する父親が夕食を済ませていったと思われた。大食漢の佐倉は食い物を出せというに違いない。
「おい、やめろよ、佐倉」
 以前、晶紀がお世話になっている家で、食べるだけ食べて寝てしまったことを思い出した。
「いいにおいがする、と言っただけだ」
「……」
 晶紀たちのやり取りを聞いて、台所へ行った山口が言う。
みんなも食事未だだろ? 一緒に食べる?」
「えっと……」
 知世は晶紀と佐倉の答えを待った。晶紀は佐倉の口を手で押さえていった。
「遠慮しておくよ、そのために来たんじゃないからさ」
「わしだけでもごちそうに……」
「やめろよ、佐倉」
 晶紀はそう言って、もう一度手で佐倉の口を押えた。
「本当に大丈夫だから…… そちらが弟さん?」
 奥の襖が開いたところに、長髪の少年が立っていた。
「弟の雅彦まさひこよ」
「よろしく」
 晶紀が挨拶すると、少年は軽く会釈した。その時に、ちらりと見えた目の周りが紫色になっていた。
 やはり父親の暴力があるのだ、と晶紀は思った。弟も、あきなと同じように前髪を垂らして殴られた痕を隠しているのだ。
 もう一度、二人から父親の暴力について、話を聞いた。
 話の間中、雅彦は晶紀たちから視線をずらし、下を見ていた。
 話が終わった後、晶紀がたずねる。
「その暴力は、いつごろからかって覚えてる?」
「正確な日付は覚えてないけど」
 あきなは首をかしげる。佐倉が外の扉の方を指して言う。
「外に貼ってある格子印はいつごろ貼ったんじゃ?」
 それを聞いて雅彦が佐倉を見た。
 あきなはやはり首をかしげて言った。
「こうしいんって?」
「なんじゃ、気づいておらんのか」
 佐倉が立ち上がると、全員が家を出て廊下に立った。
 知世は自分で自分を抱きしめるように腕を組んで、部屋側に立って震えている。
「どうしたの?」
「なんでもありませんわ」
 晶紀は知世が何を怖がっているかわからなかった。
 佐倉が最後に扉を閉めて、しゃがむ。
 扉の低い目立たない場所に貼られているドーマンと呼ばれる横五本、縦四本の格子印が書かれた紙を指さした。
「これじゃ。この魔除けの印のことじゃ」
 あきなが言う。
「うーん、引っ越してきたころからあった気がするけど」
「引っ越してきたころって言うのはご両親が離婚したころってこと?」   
「雅彦は知ってる?」
「……うん」
 そう言ったものの、具体的なことを話し始めない。
 佐倉が立ち上がって、雅彦に近づいていった。
 それでも黙っていると、あきなが言う。
「はやく言いなさいよ」
 雅彦は扉の前で屈み、ドーマンの紙の縁を指でなぞるように触れると、振り返った。
「これ父の暴力が始まったころ、白衣を着た男から手渡されたんです」
「白衣を着た男」
 晶紀は綾先生を思い浮かべていた。
「その男って…… イケメン?」
「晶紀、なんだよ、その質問」
「あきな、そうじゃなくて、学園の先生で」
「綾先生? なら学園のホームページに写真があるよ」
 あきながスマフォを使って学園のウェブサイトを表示して、教師紹介画面から綾先生の画像を表示させた。
「雅彦、この人なんだけど」
「もう前のことだから良くは分からないけど、似てる気がする」
 佐倉が言う。
「そこは置いておこう。この紙自体には何の効果もない。実際は……」
 佐倉はドーマンが描かれた紙をスッと剥がす。
「?」
「……」
 剥がした跡を見ながら、あきなが言う。
「何もないじゃん」
「いえ、私には薄くですが何かが描かれているように見えるのですが」
「お姉ちゃん何も見えないの?」
「ふん、やはりそういうことか」
 晶紀が佐倉の腕をつかむ
「どういうことだよ。この蛙の絵がどうしたって言うんだ」
「神楽鈴を出してみろ」
 晶紀が山口の家に入りなおして、鞄から神楽鈴を取り出して出てくる。
 佐倉は晶紀が神楽鈴を持った腕を取って、扉にかかれた蛙の絵に近づける。
 鈴が振れた。手にもって目の前で見ている晶紀にしかわからないほど、微妙に。
「?」
 他の三人にはなんのことだか分らなかった。
「これは……」
 佐倉は晶紀の顔を見てうなずいた。
「雅彦君、その白衣の男にこの絵を隠すように紙を貼れって言われたんじゃないの」
「……」
「雅彦っ、どうなの」
「あきな、いいよ。皆は中に戻っていて」
 知世、あきな、雅彦の三人が家に入り、佐倉と晶紀がその扉の絵の前に残った。
「確かに、これは『呪い』だ。なんで山口さんの家に」
「わからん。どんなに人格者であっても他人から恨みを買わないとは言い切れん」
「その紙で隠そうとした白衣の男が、そもそもの『呪い』を仕掛けた人物だと思わないか」
「紙は善意で手渡したものだが、効果がなかっただけとも言える。この時点でその人物を怪しいとは断定できない」
 晶紀は、神楽鈴の鈴を一つ外し、口元にもっていくとつぶやいた。
「……」
 手に持った鈴を絵に見せるようにつまんで振る。
 すると扉の蛙が、生きているかのように動き出す。
 絵である蛙が、舌を伸ばして鈴をつかみ、飲み込もうとする。しかし、鈴は晶紀の手に握られていて動かない。
 蛙全体が扉の外に出てくる。と同時に蛙が小さい粒へと分解していき、花火のように一瞬光って消えていく。
 すべてが消えた後、晶紀は鈴をよく振ってから神楽鈴に戻した。
「これでよし」



 晶紀たちが山口あきなの家を訪ねてから一週間がたった。
 教室で知世と山口が話していると、晶紀が登校してきた。
「おはよう」
 突然、山口が真剣な表情になって晶紀の前にやってくる。
「……」
 見つめあう間が怖かった。
 晶紀は考えた。もし山口の父親の家庭内暴力が『呪い』よって引き起こされていたとしても、人の中に起こった変化については、呪いが消えても残り続ける。もし山口の父の暴力が止まっていないのだとしたら……
「ど、どうしたの?」
「ありがとう」
 山口は笑顔になり、晶紀の手を両手で握った。
「DVが止まったよ。晶紀達のおかげだよ」
 知世もやってきて言った。
「さきほども同じ話をしていたのです」
「そう。よかった!」
 晶紀はあきなを抱きしめた。
 正直、晶紀の中にも不安がいっぱいだった。
 あきなも息が乱れていて、泣いているのがわかると、晶紀も泣きだした。
「よかった、本当に良かった」
 二人が抱きしめあって泣きじゃくっているのを、知世は嬉しそうに笑ってみていたが、
「?」
 B棟の廊下からの視線を感じ、振り返った。
 白衣を着た教師がこっちを見つめているのに気づくと、知世は小さく手を振った。
 綾先生は、手を振る宝仙寺に気づき、手を振り返す。先生は何かを独り言でも言ったのか、口元がすこし動いた。
 宝仙寺が晶紀たちに視線を戻して三人で話を始めるのを見ると、綾先生はニヤリと笑った。




 第1章終わり

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