神楽鈴の巫女

ゆずさくら

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神楽鈴の巫女

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 目出し帽を被った男たちに、蝙蝠こうもりが集まってくる。
 黒い蝙蝠が、黒ずくめの人にとまって、黒く溶ける。目出し帽から見えていた目や口が、見えなくなってくる。
「まさか……」
 その三メートルくらいの高さのまま、複数の人が一つの生命のように、一体化していく。
 晶紀は右手に神楽鈴を持ち左手を合わせて真っすぐ正面に突き出すと、両手を開くように、ゆっくりと動かす。
 まるで鞘から剣を抜くように両手が開いていくと、神楽鈴の先に光る剣のようなものが現れた。
 両手で神楽鈴を持って、切っ先を三メートルの大男に向けて、構える。
『この地から去れ。さもなくば殺す』
 大男の声はまるで合成されたようにピッチがズレて聞こえた。学校で襲われた男と同じだった。
 後ろから知世の声が小さく聞こえる。
「オートチューンが掛かっているみたいですわ」
 晶紀が声に反応して後ろを振り返ると、視野の隅で大男が拳を後ろに引くのが見えた。
『何をよそ見している』
 同じような合成音声のような声と同時に、拳が襲ってくる。
 晶紀は後ろに跳ね避け、拳をかわした。
「お前も、公文屋くもんやの一味か」
『もんどう』
 大男が、その大きさに似合わないスピードで間を詰め、
『むよう』
 と言って、サッカーボールをけり込む要領で、身体を左に倒しながら、右足を振り抜いてくる。
 晶紀は横にズレて蹴りをかわす。
 蹴りで、ダンプカーでも通ったような風が巻き起こり、ゾッとする。
「晶紀! 足が戻ります!」
 知世に言われ、後ろを振り向く。足がおりてくる先を読み、かわす。
「ダメだ…… このままじゃ近づくことも出来ない」
 神楽鈴を伸ばせば、大男の顔を攻めることは出来て、動きも止められるだろう。しかし、伸びている途中で、神楽鈴を腕に絡めとられたら、逆にこっちが危ない。
 触れるところから攻めるとしても、どこまで効果があるか。
 晶紀は決断出来ずにいた。
 叩きつけられる拳、一撃必殺で振り込んで来る足。それらを避けるので精一杯だった。
「ひっ!」
 すぐそばで知世の声がして、晶紀は気付いた。
 下がりすぎている。このままだと、知世だけでなく、大通りにこの怪物の姿を晒すことになる。
 それどころではない。通行している人を蹴ったり車を蹴ったりすれば、大きな被害も予想される。
「食い止めなきゃ」
 晶紀は覚悟を決めた。
 蹴り込んで来る足に向かって進み、スレスレで避けて股下に飛び込み、転がるように通過する。
 軸足を替えて後ろ蹴りしてくる足を神楽鈴で払うように跳ね上げる。
 大男はバランスを崩しながらも、晶紀の方に振り返った。
『かてないぞ』
 大男が言う。
『にげていては』
 大男は、左のジャブを繰り返し繰り出し、間合いが詰まると、右ストレートを出してくる。
 作戦を変えたのか、と晶紀は考えた。
「いや、違う」
 大通りの方へと押され気味だったちょっと前と、動きがどこかぎこちなく感じる。
 自ら怪我をしたか、あるいは、さっきの神楽鈴の打撃が効いたのか……
 晶紀は大男の攻撃をかわしながら、視野の隅で微かに足を引きずる動作に気付く。
「それなら!」
 晶紀は大男の左右の拳を避けるのではなく、神楽鈴の剣で叩いて払いはじめる。
 パンチの軌道すら変わらなかったものが、何度も当てるうちに次第に勢いそのものまで弱ってくる。
 大男の腕が上がらなくなったかと思うと、大男の動きが止まった。
「チャンス!」
 そう言って神楽鈴を振りかぶり、踏み込む晶紀。
 顔のない真っ黒な大男が、笑ったような気がした。 
 動かないと思った大男から、サッカーキックの初動の気配を感じ取った。
 晶紀は蹴りの軌道を予測して大男の腹に一撃。
「!」
 神楽鈴の決定的な一撃が、入るはずだった。
 しかし、その一撃は入っていない。腹を抑え、倒れ込んでいるのは晶紀の方だった。
 完全に虚を突かれた。
 右足でキックするのはフェイントだった。右足の蹴りを封印して拳だけで攻撃してくるほど、ダメージがあるのだ、そう簡単に回復するわけもない。
 蹴るぞ、とだけ見せかけるだけだったのだ。
 晶紀が避けた側に逆足でノースッテップから蹴れば、突っ込んでくる相手の力を利用するカウンター攻撃になる。
 大男も痛めた足を軸足にした為か、動きが鈍い。
 立てずにいる晶紀に向かって、一歩、一歩、近づいてくる。
 晶紀の手にしている神楽鈴の光る剣が、光が弱くなり、次第に長さが縮んでいく。
「まず…… い」

「カウンターになってしまいましたわ」
 通りの角に隠れて見ている知世が言った。
 そして指を唇につけ、祈るように言う。
「誰か助けて……」
 知世が見ていると、晶紀の持っていた神楽鈴の先に延びていた、光っている刃の部分が、弱弱しく、縮んでいくのが見えた。
「ヤバいですわ。なんでここにきてあの剣が小さくなってしまうのでしょう」
「神楽鈴が引っ込むのには、いろいろ原因あるのさ。術者本人の回復の為に力が使われるとか、こころの乱れとか」
 突然の声に振り返る知世。
 知世の家の者が乗っていた黒いバイクに跨る、長い髪の女性がいた。
「佐倉《さくら》先生!」

 晶紀は神楽鈴の刃が完全に消えてしまうのを、ただ見ているしかなかった。
 私の油断がこの事態を引き起こしたんだ。あそこで油断しなければ…… 晶紀は目をつぶった。
 とどめの一撃がくる。
「あきらめたらそこで試合終了だって、どっかで聞いたことないのか!」
 晶紀は声の方を振り返る。
 加速するバイク。
 長い髪のバイク運転者…… 佐倉!? 晶紀は目を見開く。
 バイクは縁石を利用して跳ねる。
 そのままバイクを飛び降りる佐倉。バイクだけが一直線に向かって行く。
 身動き取れない大男にバイクが激突する。
「ほら、お前はお前で危険な状態なんだ。早くこっち」
 佐倉に肩を借りて立ち上がった晶紀は、大男の様子を横目で見ながらその場を離れる。
 通りの角を曲がると、もう一台の黒いバイクを受け取り、佐倉が運転し、晶紀はその後ろに乗せられた。
「晶紀さん……」
 知世が祈るように手を合わせている。
 ヘルメット越しにその姿を見ると、
「大丈夫…… だから」
 それ以上口が開けなかった。目を開けているのもつらかった。ただしっかり佐倉にしがみついていなければならなかった。
「バイクは学校に取りに来てくれ」
 真っ黒いつなぎを着た知世と、同じように黒ずくめの知世の家の者がうなずく。
 電動バイクは静かに大通りを曲がって学校の方へ戻っていく。

 晶紀の頭の中で、大男の姿が思い出された。
 足のダメージで大男もバイクを避けられない。飛び込んでくるバイクを受け止めるように両手で抱え、倒れてしまった。
 バイクは勢いあまって通りを少し走ってから倒れる。
 大男は腹を手で押さえながら、のたうちまわっていると、その体から小さな蝙蝠と、蛙が出て行く。真っ黒い煙が吐き出されるように蝙蝠と蛙たちがいなくなると、そこに男が数人現れて、まるで何事も無かったかのように、各々がそれぞれの道に向かって去っていく。
「おい、聞こえるか? 晶紀? 聞こえたらバイクを降りろ」
 佐倉の声に、晶紀は目を開く。
「学校?」
 と言いながら、バイクを下りる。
 歩こうと足を動かそうとするが、力が入らない。
 倒れる、と思った時、佐倉の腕に抱かれる。
「そうだ学校だ。病院では直せんからな」 
 佐倉の肩を借りて、目を閉じたまま歩くと、今度はベッドに寝かされた。
 疲労なのか打撲のせいなのか、腕も足も上げられない。
「いそぐぞ」
 佐倉の声だった。晶紀は目を開けたつもりだったが、視野がボケてろくに見えなかった。
 だが、佐倉に服を脱がされているのだ、それだけは確実だった。
 服を脱ぐために手足を延ばしたり、体に触れられるだけで激痛が走る。
 晶紀の意識はそこで途絶えた。


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