2 / 73
神楽鈴の巫女
02
しおりを挟む「……くしゅん」
教室内から、ハンカチで押さえながらの、小さな『くしゃみ』が聞こえた。
その『くしゃみ』の主は、長い黒髪に、白い肌。前髪は、眉毛にちょうどかかるぐらいのところで、真っすぐそろえられていた。
教室内は、朝礼が始まる直前、担任の先生が学校側に呼び出されて出て行ってしまって、気の抜けた生徒たちの雑談で騒がしかった。
「あれ? 知世《ちせ》風邪でもひいたの?」
知世の左隣に座っていた、木村かなえはそうたずねた。
「……」
宝仙寺知世は、口を押えていたハンカチを丁寧に折りたたみポケットにしまう。そのハンカチにはどこかで見たような『H』の飾り文字が紋章として刺繍されていた。
「けど、好きだねぇ、知世も。翼竜とか巫女とか、必殺技とかさ」
「それですけど、昨日の夢は…… いえ、夢ではないかもしれません。いつもよりずっとリアルでしたのよ」
知世《ちせ》と話している、左隣の生徒『かなえ』は黒髪のボブで、右目の下にはホクロがあるのが特徴的だった。
「地面を割って出てくる翼竜とか、剣のように伸びる神楽鈴とか、巫女なのに必殺技の名前はカタカナだったりするところとか。どこにもリアルな要素なかったけど?」
「かなえちゃん、聞いてくださる? 昨日の晩は、私と、使用人の佐川が庭に放りだされていて」
『かなえ』は不思議そうな様子で聞き返す。
「だれかしらないけど、『悪人』に『放りだされた?』っていうこと?」
「夢と同じ『悪人』に連れ去られたかどうかは、わかりません。けれど実際に私、外にいましたから、何者かに、少なくとも放り出された訳ですのよ。つまり自分の意思ではなくという意味で」
「知世とその佐川って人、二人して夢遊病とかなのかもよ。まあ、けど、昨日の夜中に外に出てたら風邪ひくわ。そこは不思議じゃないんだけどね。結局のところ、二人とも、どうして外に出たか覚えていないってことなのね?」
知世はうなずいた。
「おぼえていることもあるのですけど……」
と言って、物憂げに唇を指で触った。そして言葉をつないだ。
「パーカーが警備員と庭を捜索して見つけてもらった時、私、林で横になって倒れていたらしくて」
「パーカーって…… あの、知世んところの執事さんだよね。けど、パーカーさんは何で知世が外にいるのに気づいたの?」
「パーカーにたずねたのですが、実はそれもわからないのです」
「へ?」
「パーカーもよく覚えていないと言うのです。監視カメラで見ると、私も佐川もパーカーも、警備員も、バラバラに外に出て行く様子が映っているのですが」
「全く話がわからないけど、誰一人、昨日の晩の出来事を覚えていないわけ?」
「そうなんです」
「……」
四人全員の記憶がない、というのは何らか故意に記憶を失わせた、とか、全員に共通の出来事があって、その出来事の影響で記憶を失った、とか。
知世はそんな風に考えたが、それ以上は話せなかった。そして、唯一覚えていることもかなえには話せない秘密の出来事だった。
「起立」
突然、号令がかかった、と思うと、教壇には担任教師が戻って来ていた。
木村かなえも宝仙寺知世も起立して、礼をする。
教室が静かになり、全員が着席すると、担任の児玉《こだま》先生が言った。
「本日、転校生が…… その…… 何故か、急に私のクラスに…… 来ることになりました」
『ええっっっ!?』
驚いた声が教室に響く。
扉の外で待機している影が、少し揺らいだように見えた。
「あの…… その…… 仲良くして、くださいね」
児玉先生は、タブレットを持ってクラスの生徒の氏名を見て、授業を始めようとする。
一人の生徒が手を上げてから、勝手に立ち上がると、勝手に発言する。
「先生、そこで転校生が出番を待っていますけど」
児玉先生は突然の生徒の発言に、ビクッと背筋を伸ばしてから、タブレットをそっと教壇に置く。
メガネの弦を右手の人差し指で、スッと押し上げると、
「そ、そうでした。転校生を待たせていました」
何もないところでつまずき、転びそうになりながら扉に向かい、慌ただしく扉を開けて、転校生が中へ入るように手を伸ばし導く。
「……」
静かに黒髪ポニーテールの女の子が入ってくる。
立ち止まって会釈をすると全員がその顔に注目した。
目は大きいが、いびつではなく、全体のバランスが整っていた。逆に特徴がないともいえるが、美少女の系統だった。
「!」
児玉先生が扉を閉め、教壇に立つと言った。
「どうしました宝仙寺さん。何か発言があるのなら、どうぞ」
教室全員が知世に視線を向けていた。
一人立ち上がって、右こぶしを握り込んで口の高さまで上げている。まるでガッツポーズをしているように見えた。
声には出していなかったが、転校生の姿が、昨日の『夢の中の巫女』そっくりだったのだ。しかも知世の好みのタイプだ。黒髪でポニーテール、大きな瞳、すらっとした体型。これらすべてが『どストライク』だった。そんな女の子が突然目の前に現れたせいで、気持ちが舞い上がってしまっていた。
知世は、ようやく周りの視線に気づくと、自分の取ってしまった行動を思い返し、みるみる内に頬が赤くなっていった。
今、まさにここで握り込んでいる右拳をどうするか悩んだ末、口を開いた。
「転校生さん!」
転校生は宝仙寺を見つめ返した。
「最初はグー! ジャンケン・ポン!」
両者の手が同時に差し出される。
転校生はチョキ、知世はグー。勝った、と思うと知世の体は反射的に動いていた。
「あっちむいて、ホイッ!」
転校生は、知世の勢いに負け、知世から見て右側、教室の扉側を向いてしまっていた。
「勝ちましたわ!」
知世は両手でガッツポーズをしてから、
「発言は以上です」
と言って座った。『あっち向いてホイ!』これなら突然振り上げた拳も不自然ではない。知世の中では問題が解決していたが、知世を除く教室の全員は呆気に取られていた。
転校生は、動揺した様子で、『ホイッ!』のタイミングで横を向いたまま固まってしまっている。
児玉先生が、転校生にやさしく近づいて、手を引きながら教壇に立たせた。
「で、では、あらためて転校生に自己紹介してもらいますね」
ポニーテールの転校生は、恥ずかしそうな表情をして、頭を下げ上げると口を開いた。
「真光学園恐山校から、本校へ転校してきました天摩晶紀です。よろしくお願いします」
もう一度頭を下げた。
クラスの中から、声が聞こえてくる。
『恐山校?』
そんな疑問符がついた声が大半を占めるなか、数人が声を震わせた。
「恐山校《オソレザン》って、確か生徒数人しかいないって。そんなの転校して大丈夫なの?」
「数人ってか、二、三人ほどしかいないって話」
「で、そのごく限られた生徒は超優秀って噂」
「……」
銀髪ショートボブの生徒が、青い瞳で転校生を睨みつけている。
「だってさ、メアリー。どうする?」
銀髪ショートボブの娘に、そう言って話しかける茶髪の生徒。肉感的でグラマラスなボディラインをしている。
「すず。どうするって、決まってるでしょ」
「そうだよねぇ。決まってるよねぇ」
すずと呼ばれた女生徒は、そう言ってニヤリと笑った。
児玉先生は「はい」と声を張って教室内の声を静める。持っていたタブレットに教室の座席配置を表示させる。それから、顔を上げ、ゆっくりと教室を見渡すと、宝仙寺の隣の席が空いているのを肉眼で確認した。
「それじゃ、天摩さん、宝仙寺さんの横の席に」
晶紀が言われた場所を理解できずに戸惑っていると、児玉先生が小声で言った。
「(さっきあっち向いてホイをした娘の隣よ)」
そう言われると、晶紀の表情が、パッと明るくなった。
「はい」
スキップするような勢いで、教室を進んでいく。
銀髪、碧眼の『メアリー』と呼ばれた生徒が、一瞬目配せする。
頭の後ろで腕を組んでいる茶髪の『すず』が何気なく足を動かす。
カッツン、と何かに足がぶつかる音がする。
足を取られた晶紀の体は、勢いあまって宙に浮いてしまう。
晶紀は空中でなんとか態勢を立て直し、次の足を床につくが、バランスは崩れたままだった。
晶紀の行き先で、思わず立ち上がった宝仙寺が、両手を伸ばして両手を広げて受け止めようとする。
そのまま宝仙寺の腕の中に飛び込むが、勢いは止められず、二人は絡み合ったまま教室の後ろへ倒れ込む。
晶紀はとっさに身体を捻り、宝仙寺を抱きかかえるような形で、背中から床に倒れる。
ドン、と二人分の体重を受け、表情が歪む。
しかし、別の感触がなにか分かると、晶紀の背中の痛みは、一瞬で消え去ってしまった。
倒れ込む際、宝仙寺は目を閉じていたが、唇に触れる感触で目を開け、事実を把握する。
目の前に、それも焦点が合わないほど近くに、理想の美少女がいる。その娘と偶然とは言え、キスをしてしまった。
二人は慌てて顔を、体を離す。
「……あっ、あの」
顔を真っ赤にして指で唇を確かめている宝仙寺。
「ごめんなさい。止まり切れずに突っ込んじゃって」
正面にいる美少女に視線を合わせられずに頭を掻く晶紀。
「いえ、こちらこそ、受け止めきれずにごめんなさい」
「私は体鍛えてるんで、これくらい大丈夫」
二人は互いに頬がどんどん熱くなっていくのを感じていた。
「あの…… もしかして…… 昨日……」
宝仙寺が言いかけた時、児玉先生が覗き込んできた。
「二人とも大丈夫? どこか打たなかった?」
先生の顔を見て晶紀が応える。
「大丈夫です。私がちょっと背中を打っただけで」
児玉はそんな言葉は聞き入れずに、保健室に電話を掛けていた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
桃と料理人 - 希望が丘駅前商店街 -
鏡野ゆう
ライト文芸
国会議員の重光幸太郎先生の地元にある希望が駅前商店街、通称【ゆうYOU ミラーじゅ希望ヶ丘】。
居酒屋とうてつの千堂嗣治が出会ったのは可愛い顔をしているくせに仕事中毒で女子力皆無の科捜研勤務の西脇桃香だった。
饕餮さんのところの【希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』】に出てくる嗣治さんとのお話です。饕餮さんには許可を頂いています。
【本編完結】【番外小話】【小ネタ】
このお話は下記のお話とコラボさせていただいています(^^♪
・『希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々 』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/274274583/188152339
・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271
・『希望が丘駅前商店街~黒猫のスキャット~』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/813152283
・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232
・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』
https://ncode.syosetu.com/n7423cb/
・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/582141697/878154104
・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376
※小説家になろうでも公開中※
はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
エロパワーで野球能力アップ!? 男女混合の甲子園を煩悩の力で駆け上がる! ~最強ハーレムを築くまで、俺は止まらねぇからよぉ~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
ライト文芸
「ふんっ! あんたみたいなザコが決勝に残るなんてね!!」
相手チームのキャプテンがこちらを睨みつける。
彼女こそ、春の大会を制した『スターライト学園』のキャプテンであるハルカだ。
「今日こそはお前を倒す。信頼できる仲間たちと共にな」
俺はそう言って、スコアボードに表示された名前を見た。
そこにはこう書かれている。
先攻・桃色青春高校
1番左・セツナ
2番二・マ キ
3番投・龍之介
4番一・ミ オ
5番三・チハル
6番右・サ ユ
7番遊・アイリ
8番捕・ユ イ
9番中・ノゾミ
俺以外は全員が女性だ。
ここ数十年で、スポーツ医学も随分と発達した。
男女の差は小さい。
何より、俺たち野球にかける想いは誰にも負けないはずだ!!
「ふーん……、面白いじゃん」
俺の言葉を聞いたハルカは不敵な笑みを浮かべる。
確かに、彼女は強い。
だが、だからといって諦めるほど、俺たちの高校野球生活は甘くはない。
「いくぞ! みんな!!」
「「「おぉ~!」」」
こうして、桃色青春高校の最後の試合が始まった。
思い返してみると、このチームに入ってからいろんなことがあった。
まず――
【完結】いつの間にか貰っていたモノ 〜口煩い母からの贈り物は、体温のある『常識』だった〜
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ライト文芸
「いつだって口煩く言う母が、私はずっと嫌いだった。だけどまぁもしかすると、感謝……してもいいのかもしれない」
***
例えば人生の節目節目で、例えばひょんな日常の中で、私は少しずつ気が付いていく。
あんなに嫌だったら母からの教えが自らの中にしっかりと根付いている事に。
これは30歳独身の私が、ずっと口煩いくて嫌いだった母の言葉に「実はどれもが大切な事だったのかもしれない」と気が付くまでの物語。
◇ ◇ ◇
『読後には心がちょっとほんわか温かい』を目指した作品です。
後半部分には一部コメディー要素もあります。
母との確執、地元と都会、田舎、祖父母、農業、母の日。
これらに関連するお話です。
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理なギャグが香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる