消えない思い

樹木緑

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第198話 ワインに酔ってしまった僕

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心臓がドキドキする。

これは聞いても良い事か分からない質問だけど、
僕にとっては死活問題だった。

僕は後ろを向いているので先輩の表情が見えない。
一体今どういう顔をしているのだろう?

僕は少し斜めに首を傾げて横目で先輩の方を伺った。

一番に目に入ったのは久しぶりに見る先輩の背中だった。

高校生の時の様な筋肉のラインは無いけど、
それでもまだ奇麗なラインをしていた。

贅肉なんて全然付いて無い。
とてもスマートな立ち振る舞いで、
モデルをしていたポールにも劣っていない。

思わず見とれてしまった。
今は誰かがあの背中に爪を立てているのだろうか?

そう思うと嫉妬で苦しくなった。

でも先輩の背中は奇麗なもので、
傷跡の一つも無かった。
まるで誰も触れたことが無いように。

そして先輩の肩がしなやかに動いて
左腕を上げるのが分かった。

先輩は自分の左手薬指を掲げて見ると、
右手の人差し指でそっと指輪をなぞった。
その後右手でその左手を包み自分の胸に押し当てうつ向いた。

「あのさ……」

先輩がそう言葉を発したので、
僕はビクッとして先輩から目を反らした。

「お前が俺の事、結婚してるって思ったのは
この指輪の所為なんだろ?」

「……」

僕は何も言えなかった。

“イエスなの?
ノーなの?”

早く答えを知りたかった。
早く答えを知って、
このモヤモヤとした気分をスッキリとしたかった。

でも先輩は何も答えてくれなかった。

“何故?
僕がその指輪の事を気にしてるのは分かってるんでしょう?
どうして何も言ってくれないの?

やっぱり結婚していて、
僕に悪いと思っているから?

それとも離婚してしまったけど、
僕に対して愛情をくれた様に、
彼女の事をまだ愛しているから?
だからその指輪が外せないの?”

そう考えていると、先輩がふと僕に尋ねた。

「今度お前の家に行っても良いか?」

“え~? 何その質問!
全然僕の質問の答えになって無いんですけど!
先輩、一体何考えてるの?

昔は先輩の考えている事が手に取りように分かったのに、
今では何を考えているのかさっぱり分からない!

何故結婚の話から僕の家に来る事に変わるの?
両親の前で申し開きするつもり?

一番最初に伝えるべきなのは僕でしょう?

でもダメだ……
僕の家には招待できない……
陽一の存在が……

どうしたらいいんだろう?

先輩の指輪の事は知りたい……

何か良い案は……

そうだ! 矢野先輩にお願いしよう。
訳を話して、陽一を一晩預かってもらおう!”

そう結論を出した。

「僕の家に招待したら、
その指輪の訳を話してくれるのですか?」

そう尋ねると、先輩はコクンと頷いた。

先ずは矢野先輩の許可と予定をチェックしなきゃ……

「じゃあ、僕……
両親と同居してますので、
彼等にも都合を聞いて連絡します」

そう言うと、先輩は

「分かった」

と一言言った。

そしてサッと着替えてしまうと、

「もうこっちを見ても良いぞ」

そう僕に声掛けた。
カジュアルな先輩も凄くステキだ。
やっぱり何を着ても先輩は似合う。

「ソロソロ時間だ……
遅れないよう、もう出よう」

時計を見ると、もうすぐ6時になろうとしていた。

レストランまでそう遠くは無かったけど、
駐車して暫く歩いた。

着いたレストランは静かな雰囲気のビストロだった。
フランスでポールやその仲間によく連れて行ってもらった
レストランの雰囲気に似ていて、少し懐かしかった。

「ここは昼間はラフな感じのレストランなんだが、
夜になるとがらりと雰囲気が変わって
もっと大人よりのメニューになり割とワインの種類が豊富なんだ」

「へ~ レストランとかあまり行かないので楽しみです。
先輩はよくこんなレストラン来るんですか?」

「いや、仕事で接待に使う程度で…」

そういってドアを開けカウンターに居た案内の人に予約の旨を伝えると、
予約席まで案内してくれた。

レストイランの中は上品なのに、
そんなかしこまった感じではなく、
それでいて落ち着いた感じの所だった。

「どのワインにする?」

「凄い数ですね。
僕、どれが何なのか分かりません~
赤は分かるんですけど……」

「お前、本当にあまり飲まないんだな」

「だから言ったじゃないですか!
でも今日は先輩のお誘いなので……
よし! じゃあ僕は赤でお願いします」

そう決めると、先輩が前菜と一緒に赤ワインをボトルで注文してくれた。

出されたワインは本当に美味しかった。
また、先輩が車だからとほとんどワインには手をつけなかったため、
僕が欲張って少し多めに飲んでしまった。

少し陽気になった僕は、気が大きくなって、

「先輩、今夜は先輩の所に泊まってもいい?」

と大胆にも尋ね始めた。

先輩はビックリしたようにして僕を見た。

「お前、もう酔ってるのか?」

「これくらいのワインで酔うわけないじゃないですか!」

「じゃあ、それって本気で聞いてるのか?」

「本気も本気です。
僕はこの7年間、
先輩の事を忘れた事なんで一度もなくって……
会いたくて…… 会いたくて……
やっと会えたんです。
1秒でも離れたくありません!

お昼は僕があんなにバイブを送っていたのに、
先輩ってち~っとも乗ってこないんだもん!
僕、もう手がありませ~ん。
だから今夜泊めて?」

「やっぱり酔ってるな、
泊まるのはいいが、予備の布団とか無いぞ?
それに家族はいいのか?」

「大丈夫!
先輩のベッドで一緒に寝ましょう!
家には今から電話しま~す」

そう言ってる内に、
メインが出て来た。

メインを頂きながらも、
僕はおしゃべりを楽しんだ。

「先輩、僕ね、駅で先輩の匂いを嗅いだ時、
凄くドキドキしたんですよ!

直ぐに分かりました!
絶対先輩だって!

もう心臓壊れるくらいどうしよ~って……

人ごみをかき分けて、
探して、探して、探して見つけたんですよ!

先輩! 聞いてますか!」

「ハハハ、要の武勇伝だろ?
ちゃんと聞いてるぞ。
ほら、探して探して見つけてどうしたんだよ?」

「それでですね、
先輩の後を付けたんですよ~

声掛けようかどうしようか迷いながら……

それで思い切って声掛けようとした時に見つけたんですよ!
先輩の左手薬指の指輪……

その時のショックが先輩には分かりますか~!」

「要、お前もう、ワイン飲むのやめろ!
何時もこうなのか?」

「え? 僕、普通ですよ!
ちょっと気分はいいんですけどね!」

「だから、それが酔ってるっていうんだよ」

「ウフフ。
先輩大好き。
早く先輩のアパートに帰ろ~」

「やれ、やれ、
今度からお前にはオレンジジュースだな」

そう先輩が言ったのを聞いた気がしたのを最後に、
気が付けば朝だった。

目が覚めると、先輩が隣に寝ていた。

え? え? 何これ?
何故先輩の家で寝てるの?

そして何で僕裸なの~!

やったの?
やったの?

先輩も裸?

そう思ってそ~ッとシーツをめくると、
先輩は服を着ていた。

ほーッとしたのも束の間、
先輩が目を覚まして、

「要、昨夜は良かったよ」

と言ったので、サーっと血の気が引いた。
やっぱりやっちゃったの~?
それにしてはお尻が……

そう思っていると先輩が急に笑い出して、

「お前の寝ぐせがな」

と一言言ったので、
先輩の前にすくっと立ち上がり、
寝ている先輩の上にダイブした。

「要! おまえ、何か着た方が良いぞ?
そのままだと、襲うぞ!」

先輩がそう言ったので、
自分が裸だった事を思い出した。

でも先輩はそう言った後、僕を組み敷くと、
僕の体を目で追ってそれが下腹部で止まった。

そしてそっと指で僕の体を辿ると、
下腹部にある傷の所で止まって、

「お前、手術したんだな」

そう言ってその傷跡にキスをした。








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