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第189話 僕の足跡
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僕は先輩の背中を見つめながら後を付いて回った。
「上手くなったんだな。
俺は絵心は無いけど、
上達しているのは凄く分かるよ」
先輩にそう言われ、すごく嬉しかった。
学生の頃は、美術部部室に頻繁に足を運んだりはあったけど、
先輩は僕の絵に興味を示した事は殆どなかった。
部室では何時も他愛無い事を話してはふざけて、
人が来ないのを確認しては隠れてキスをしていた。
先輩が僕の絵が上達していることに気付いた事に驚いた。
「ありがとうございます」
と頭を掻きながらテレて返事をした。
「フランスではどうだったんだ?
要って外国語得意じゃ無かったよな
フランス語学ぶためにデートとか……と言い掛けて、
あ…… いや…… すまん」
と謝られた。
デート?
僕がフランスでデートをしたか知りたかったの?
何故僕がデートをしたとか思うんだろう?
先輩以外僕には誰も居なかったのに……
この7年の間に僕にあった事を
先輩も何か探ろうとしているんだろうか……?
僕は先輩の瞳を見つめて微笑んだ。
「へへ、まあ、現地の言葉を覚えるにはデートが一番だって言いますよね。
向こうへ行って最初は大変でしたけど、
日本語を話せる従兄っていうか
親戚の人が居て、フランス語を沢山教えてくれました。
結構スパルタだったんですよ~」
「あー その従兄って同じくらいの歳なのか?」
「ポールですか?
あ、彼の名前はポールっていうんですけど、僕より少し上です。
7歳? 8歳? 位上で、
僕の赤ちゃんの頃を知ってるから
もう、お兄ちゃん気取りでしたよ」
「その…… 彼とは何も?」
「え? 何もって?」
「あ、いや良いんだ。
向こうでは何不自由無く暮らせたか?」
「そうですねー
ポールがフランスでモデルやってて、
モデル事務所でバイトさせてくれたんです。
とても刺激になりましたよ。
撮影現場とかよく連れて行ってもらったし……
そう言う所は美術の宝庫なんです!
モデル達も良い人ばかりで体のデッサンとか割と協力してもらって……」
「え? 体のデッサンって……」
「ハハハ、先輩、何考えてんですか!
ヌードじゃ無いですよ!
骨格とか筋肉の形とかデッサンさせて貰ったんです。
彼らのラインは凄く綺麗でしたよ」
「そうか、良いサポートがあったんだな」
先輩はポツンとそう言った。
“ねえ、先輩はどうだったの?
先輩の7年は?
先輩は幸せだった?
お父さんの呪縛からは逃れる事が出来た?
それに彼女とはいつ会ったの?
どうやって出会ったの?”
聞きたい事は沢山あったけど、
僕にはとても聞けなかった。
「こっちにはいつ戻って来たんだ?」
「今年の春です。
日本に戻って来てまだ1年もたってませんね。
日本の夏があんなに過ごしにくいって言うの忘れてました!」
「フランスは違ったのか?」
「フランスの夏は日本の様に温度も上がらないし、
カラッとしていて、それでいて天気も良いんですよ!」
「そうか……
何時か行ってみたいな」
“彼女と?
僕が一緒に行きたかった。
そして僕と陽一の思い出の跡を一緒に辿りたかった。
生まれた時から5歳までの陽一が
どういう風にしてフランスで育って来たのか先輩と分かち合いたかった。
でもそんな事は言えない……
僕は精一杯の返事を返した。
「是非!
割と見どころが合って楽しいですよ!
いつか行けたら良いですね」
そう言うと、先輩は凄く優しそうな眼をして僕を見つめた。
“どうしてそんな目で僕を見るの?
止めて、勘違いしてしまう!”
「お前、もう幾つになったんだっけ?」
先輩が不意に尋ねた。
“僕の年?
先輩の2歳下何ですけど……
知ってるでしょう?”
「先輩、もう僕の歳忘れたんですか?
もう23歳ですよ!」
「そうか、もうそんなになるんだな」
「何ですか先輩~
オジサンみたいですよ!
僕と二つしか変わらないでしょう!」
少しずつ先輩と昔の様に話せるようになってきた。
でも先輩はまだ少し緊張したように話す。
「少し大人っぽくなったんだな
髪も伸びたし……」
そう言って、またあの優しそうな瞳をした。
それが僕には逆に悲しくなる。
“そうだよ先輩……
僕、番の跡が隠れる様に髪を少し伸ばしたんだよ。
覚えてる?
僕の頸には先輩の跡がしっかりと付いてるんだよ。
僕にとっては陽一と同じ位の宝物なんだよ
だから先輩に伴侶がいても、
つがいの解消をしようなんて言わないでね。
僕は本当にこのままでも大丈夫だから……”
「僕に大人っぽくなったって言うのは先輩だけですよ!
皆まだ僕の事子供扱いなんですかた!
それより先輩だって少し痩せた……?」
そう言って先輩を見つめると、
先輩はちょっと目を逸らしたようにして、
「あ~ 最近は忙しくて筋トレとかできていないからな。
きっと筋肉が落ちたのかもな……」
と答えた。
“何それ…
僕が見つめると目をそらすの?
僕の事はあんなに優しそうな目で見つめるのに……
でもそう思っているのは僕だけ……?”
そう思いながら、更に先輩の後を付いて館内を回った。
見ていない絵も残り少なくなってきた。
まだ離れたく無い……
何か……
何か先輩を惹きつけておけるもの……
そう考えていると、
「これはフランスなのか?」
と先輩が不意に尋ねた。
先輩が尋ねたのは、
僕が陽一とよく訪れたアパートの近くにあった公園。
まさに陽一の成長過程に無くてはならなかった場所。
もし先輩とフランスへ一緒に行けたなら、
一番に連れて行きたかった場所……
この公園にはアヒルや魚がいる池があり、
良く陽一とパンくずを持って尋ねた。
アヒルを追いかけてはよく転んで泥クチャになっていた。
それに咲いてる花を折っては良く僕にくれた。
お弁当を作ってピクニックした事もあった。
「この公園は僕が住んでいた直ぐ近くにあった公園なんです。
良くスケッチをしに行きました。
ピクニックなんかもよくしたんですよ!
ほら、先輩、こっちも見てください!
これは僕が住んでいたアパートで、
こっちは僕が通っていた大学。
この広場にはバイクで恋人達がよく二人乗りでやって来たりして、
これは雨のエッフェル塔……
そしてポールのモデル仲間達……
全て僕がフランスで過ごした思い出なんですよ」
「そうか……」
そう言って先輩はその絵に見入っていた。
まるで僕の7年間を瞑想するように。
「なあ、お前、もう飲みに行けたりするんだよな?」
「飲み……? お酒ですか?」
「ああ」
「う~ん、
基本的にお酒はあまり飲みませんが、
ワインをちょっと嗜む程度なら……」
「じゃあ、今度美味しいワインが出るレストランでの
夕食にでも誘っても良いか?」
先輩のお誘いに少し戸惑った。
“一体どういうつもりで誘っているのだろう?
頑張った後輩への労い?
これって2人きりでなのだろうか?
浮気にならない?”
僕は迷った末、
「じゃあ、時間が合えば……」
と答えた。
絵を見終わった先輩は、
「凄く良かったよ!
個展まで開けるようになって、
凄く誇りに思うよ!」
と誉め言葉をくれた。
「ありがとうございます。
先輩にそう言ってもらえて凄く嬉しいです」
「お前の絵、俺は凄く好きだな」
先輩のそんな台詞に
「先輩、遠慮せずに僕の絵、
買ってくれても良いんですよ!」
と言ってみた。 でも、
「いや、しがないサラリーマンには手が出ない代物さ……」
と返って来たので、僕は聞き間違えたのかと思った。
“えっ? サラリーマン?
政治家ではなく?
もしかして、まだ下積みみたいな感じで
サラリーマンって言ってるのかな?”
でも、怖くて聞き返すことは出来なかった。
僕がキョトンとしたような顔をしていると、
「あ…… いや……
じゃあ、今度食事に誘うためにライン聞いても良いか?」
そう先輩が尋ねたので、
僕達はラインを交換した。
そして先輩をドアの所まで案内すると、
「今日はありがとうございました」
と丁寧にあいさつした。
先輩も、
「要の活躍する姿が見れて良かった。
じゃあ、また」
そう言ってドアを開けた。
“まだ行かないで……
ここにいて……
あの人のところに帰るの?
嫌だ……”
醜い嫉妬心が込み上げてくる。
僕は先輩を見送るために先輩の後ろに立った。
先輩はドアに手をかけると、
思いっきりそのドアを開けた。
そして何かを考えた様に立ち止まると、
一旦開け、出ようとしたドアを
もう一度閉めて僕の方を振り返った。
その光景をあっけに取られた様に見ていると、
先輩は僕に駆け寄り僕を強く抱きしめた。
先輩の咄嗟の行動にびっくりして硬直してしまった。
そんな僕を余所に、
先輩は僕の肩に顔を落とすと、
少しスンとしたような声を出して、
「ごめん……
ごめん要……」
そう言って、僕から離れて駆け出して行った。
「上手くなったんだな。
俺は絵心は無いけど、
上達しているのは凄く分かるよ」
先輩にそう言われ、すごく嬉しかった。
学生の頃は、美術部部室に頻繁に足を運んだりはあったけど、
先輩は僕の絵に興味を示した事は殆どなかった。
部室では何時も他愛無い事を話してはふざけて、
人が来ないのを確認しては隠れてキスをしていた。
先輩が僕の絵が上達していることに気付いた事に驚いた。
「ありがとうございます」
と頭を掻きながらテレて返事をした。
「フランスではどうだったんだ?
要って外国語得意じゃ無かったよな
フランス語学ぶためにデートとか……と言い掛けて、
あ…… いや…… すまん」
と謝られた。
デート?
僕がフランスでデートをしたか知りたかったの?
何故僕がデートをしたとか思うんだろう?
先輩以外僕には誰も居なかったのに……
この7年の間に僕にあった事を
先輩も何か探ろうとしているんだろうか……?
僕は先輩の瞳を見つめて微笑んだ。
「へへ、まあ、現地の言葉を覚えるにはデートが一番だって言いますよね。
向こうへ行って最初は大変でしたけど、
日本語を話せる従兄っていうか
親戚の人が居て、フランス語を沢山教えてくれました。
結構スパルタだったんですよ~」
「あー その従兄って同じくらいの歳なのか?」
「ポールですか?
あ、彼の名前はポールっていうんですけど、僕より少し上です。
7歳? 8歳? 位上で、
僕の赤ちゃんの頃を知ってるから
もう、お兄ちゃん気取りでしたよ」
「その…… 彼とは何も?」
「え? 何もって?」
「あ、いや良いんだ。
向こうでは何不自由無く暮らせたか?」
「そうですねー
ポールがフランスでモデルやってて、
モデル事務所でバイトさせてくれたんです。
とても刺激になりましたよ。
撮影現場とかよく連れて行ってもらったし……
そう言う所は美術の宝庫なんです!
モデル達も良い人ばかりで体のデッサンとか割と協力してもらって……」
「え? 体のデッサンって……」
「ハハハ、先輩、何考えてんですか!
ヌードじゃ無いですよ!
骨格とか筋肉の形とかデッサンさせて貰ったんです。
彼らのラインは凄く綺麗でしたよ」
「そうか、良いサポートがあったんだな」
先輩はポツンとそう言った。
“ねえ、先輩はどうだったの?
先輩の7年は?
先輩は幸せだった?
お父さんの呪縛からは逃れる事が出来た?
それに彼女とはいつ会ったの?
どうやって出会ったの?”
聞きたい事は沢山あったけど、
僕にはとても聞けなかった。
「こっちにはいつ戻って来たんだ?」
「今年の春です。
日本に戻って来てまだ1年もたってませんね。
日本の夏があんなに過ごしにくいって言うの忘れてました!」
「フランスは違ったのか?」
「フランスの夏は日本の様に温度も上がらないし、
カラッとしていて、それでいて天気も良いんですよ!」
「そうか……
何時か行ってみたいな」
“彼女と?
僕が一緒に行きたかった。
そして僕と陽一の思い出の跡を一緒に辿りたかった。
生まれた時から5歳までの陽一が
どういう風にしてフランスで育って来たのか先輩と分かち合いたかった。
でもそんな事は言えない……
僕は精一杯の返事を返した。
「是非!
割と見どころが合って楽しいですよ!
いつか行けたら良いですね」
そう言うと、先輩は凄く優しそうな眼をして僕を見つめた。
“どうしてそんな目で僕を見るの?
止めて、勘違いしてしまう!”
「お前、もう幾つになったんだっけ?」
先輩が不意に尋ねた。
“僕の年?
先輩の2歳下何ですけど……
知ってるでしょう?”
「先輩、もう僕の歳忘れたんですか?
もう23歳ですよ!」
「そうか、もうそんなになるんだな」
「何ですか先輩~
オジサンみたいですよ!
僕と二つしか変わらないでしょう!」
少しずつ先輩と昔の様に話せるようになってきた。
でも先輩はまだ少し緊張したように話す。
「少し大人っぽくなったんだな
髪も伸びたし……」
そう言って、またあの優しそうな瞳をした。
それが僕には逆に悲しくなる。
“そうだよ先輩……
僕、番の跡が隠れる様に髪を少し伸ばしたんだよ。
覚えてる?
僕の頸には先輩の跡がしっかりと付いてるんだよ。
僕にとっては陽一と同じ位の宝物なんだよ
だから先輩に伴侶がいても、
つがいの解消をしようなんて言わないでね。
僕は本当にこのままでも大丈夫だから……”
「僕に大人っぽくなったって言うのは先輩だけですよ!
皆まだ僕の事子供扱いなんですかた!
それより先輩だって少し痩せた……?」
そう言って先輩を見つめると、
先輩はちょっと目を逸らしたようにして、
「あ~ 最近は忙しくて筋トレとかできていないからな。
きっと筋肉が落ちたのかもな……」
と答えた。
“何それ…
僕が見つめると目をそらすの?
僕の事はあんなに優しそうな目で見つめるのに……
でもそう思っているのは僕だけ……?”
そう思いながら、更に先輩の後を付いて館内を回った。
見ていない絵も残り少なくなってきた。
まだ離れたく無い……
何か……
何か先輩を惹きつけておけるもの……
そう考えていると、
「これはフランスなのか?」
と先輩が不意に尋ねた。
先輩が尋ねたのは、
僕が陽一とよく訪れたアパートの近くにあった公園。
まさに陽一の成長過程に無くてはならなかった場所。
もし先輩とフランスへ一緒に行けたなら、
一番に連れて行きたかった場所……
この公園にはアヒルや魚がいる池があり、
良く陽一とパンくずを持って尋ねた。
アヒルを追いかけてはよく転んで泥クチャになっていた。
それに咲いてる花を折っては良く僕にくれた。
お弁当を作ってピクニックした事もあった。
「この公園は僕が住んでいた直ぐ近くにあった公園なんです。
良くスケッチをしに行きました。
ピクニックなんかもよくしたんですよ!
ほら、先輩、こっちも見てください!
これは僕が住んでいたアパートで、
こっちは僕が通っていた大学。
この広場にはバイクで恋人達がよく二人乗りでやって来たりして、
これは雨のエッフェル塔……
そしてポールのモデル仲間達……
全て僕がフランスで過ごした思い出なんですよ」
「そうか……」
そう言って先輩はその絵に見入っていた。
まるで僕の7年間を瞑想するように。
「なあ、お前、もう飲みに行けたりするんだよな?」
「飲み……? お酒ですか?」
「ああ」
「う~ん、
基本的にお酒はあまり飲みませんが、
ワインをちょっと嗜む程度なら……」
「じゃあ、今度美味しいワインが出るレストランでの
夕食にでも誘っても良いか?」
先輩のお誘いに少し戸惑った。
“一体どういうつもりで誘っているのだろう?
頑張った後輩への労い?
これって2人きりでなのだろうか?
浮気にならない?”
僕は迷った末、
「じゃあ、時間が合えば……」
と答えた。
絵を見終わった先輩は、
「凄く良かったよ!
個展まで開けるようになって、
凄く誇りに思うよ!」
と誉め言葉をくれた。
「ありがとうございます。
先輩にそう言ってもらえて凄く嬉しいです」
「お前の絵、俺は凄く好きだな」
先輩のそんな台詞に
「先輩、遠慮せずに僕の絵、
買ってくれても良いんですよ!」
と言ってみた。 でも、
「いや、しがないサラリーマンには手が出ない代物さ……」
と返って来たので、僕は聞き間違えたのかと思った。
“えっ? サラリーマン?
政治家ではなく?
もしかして、まだ下積みみたいな感じで
サラリーマンって言ってるのかな?”
でも、怖くて聞き返すことは出来なかった。
僕がキョトンとしたような顔をしていると、
「あ…… いや……
じゃあ、今度食事に誘うためにライン聞いても良いか?」
そう先輩が尋ねたので、
僕達はラインを交換した。
そして先輩をドアの所まで案内すると、
「今日はありがとうございました」
と丁寧にあいさつした。
先輩も、
「要の活躍する姿が見れて良かった。
じゃあ、また」
そう言ってドアを開けた。
“まだ行かないで……
ここにいて……
あの人のところに帰るの?
嫌だ……”
醜い嫉妬心が込み上げてくる。
僕は先輩を見送るために先輩の後ろに立った。
先輩はドアに手をかけると、
思いっきりそのドアを開けた。
そして何かを考えた様に立ち止まると、
一旦開け、出ようとしたドアを
もう一度閉めて僕の方を振り返った。
その光景をあっけに取られた様に見ていると、
先輩は僕に駆け寄り僕を強く抱きしめた。
先輩の咄嗟の行動にびっくりして硬直してしまった。
そんな僕を余所に、
先輩は僕の肩に顔を落とすと、
少しスンとしたような声を出して、
「ごめん……
ごめん要……」
そう言って、僕から離れて駆け出して行った。
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