消えない思い

樹木緑

文字の大きさ
上 下
178 / 201

第178話 これは夢?

しおりを挟む
僕達が日本へ帰ってニ週間が過ぎた頃、
橋本さんからメッセージが届いた。

僕の近況報告と、
仕事始めの第一日目のスケジュール確認をする為。

僕の仕事は来週の月曜日から始まる。

時差ボケ調整にと、少し早めに帰ってきたので、
仕事が始まる前には時差ボケも取れそうだ。

陽一は日本に帰り、たったの3日ほどで日本時間に慣れ、
もう既に、元気良く幼稚園にも通っている。

日本語もメキメキと上達している。
発音だって完璧だ。

それに同じくアメリカやイギリスから帰ってきたと言う
同じ歳の帰国子女のお友達ができた。

陽一は逞しく、
彼等から英語を学んでいるようだ。

僕が心配した様な事は一切なく、
陽一は割と“我が道を行くを”実行するタイプの様だ。

ちゃんと自分の意見を言える子だと褒められた。
それに、リーダータイプで、
よく他の子供たちをまとめるのが上手みたい。

そう言う所は佐々木先輩に似てαっぽいけど、
僕の勘は今でも陽一はΩだと言っている。
それに陽一を育てる中に佐々木先輩はいたことが無いのに、
似てるって言うのは、
これもDNAなのかな?と不思議に思った。

こんな感じで陽一の方もまずまずの出だしで、
取り敢えずは安心している。

僕の仕事第一日目はというと、
本社の方で、新入社員の説明会と、
書類作成などが行われるらしい。

今回、僕の所属する部門に配属されたアーチストは
僕のみというか、今の所、
僕だけがこの会社のアーチストと言う事で、責任が重くなりそうだ。
でも、やりがいも同時にある。

あと、もったいないけれども、
僕には秘書が付くと言われた。
その秘書との顔合わせもその時あるらしい。

また、オーナーが直に僕に会いたいそうだ。

これは少し緊張した。

“一体オーナーが僕に何の様なんだろう?”

リクルーターの橋本さんによると、
オーナーが僕の作品を凄く気に入ってくれたと言う事で、
直接僕に会いたいと言う事だった。
それで、月曜日のミーティングが終わった後に会うことにした。

月曜日が来て僕は港区にある本社へと向かった。

東京に戻って数回電車に乗った。
相変わらず電車は苦手ではあるけど、
フランスへ行く前と、何も変わってない。
改札を抜けて、駅店を眺めて、階段を上って、ホームへ行き、
列に並び電車を待つ。

こんな当たり前のことが、
凄く幸せだと思い、知らず知らずのうちに
笑顔が出てくる。

着いた電車のドアが開いた瞬間、
ドッと人の波が電車から降りて来た。

その時、電車から降りて来た数人の人に目が行った。

“あっ…… 僕の通った高校の制服……”

クレイバーグ学園の生徒がグループになって
電車から降りて来た。

恐らく電車通学の生徒だろう。

その途端、高校時代の楽しかった思い出が、
走馬灯のように甦ってきた。

“先輩……”

電車に乗るのを忘れ、
その学生が僕の横を通り去るのを目で追った。

僕はまだ佐々木先輩に会えていない。
その方法もまだ思いつかない。

その時、電車のドアが閉まる
ジリリリリという電車のベルの音がして、
ハッとして電車に飛び乗った。

駅員さんにギュウギュウに詰め込まれ、
僕は顔を押しつぶされそうになりながら
なんとか電車に乗った。

“これさえなければ……”

ラッシュアワーの電車は、
今日で数回経験した。

これも先輩と番ったゆえに出来る事だ。

“この中で発情期になったら一体どうなるんだろ?”

そう言う恐ろしい事がフッと頭をよぎった。

“Ω専用の車両があれば完璧だな”

そう思いながら、多くの通勤、通学の人波にもまれて、
やっとの思いで本社に着いた。

今回僕の所属する会社に採用されたのは僕を含め5人。
会社全体で言うと、約20名ほど。

アーチストは僕のみで、
後は営業、企画、インテリアコーディネーター、
グラフィックデザイナーという顔ぶれだった。

本社は思ったよりも大きかった。

会社概要から行くと、
この総合商社には5つの部門があるみたいで、
一点物の値の張る絵画を扱っている画商、
コピーで複写して数をさばく流通、
アンティークなどの骨董品、
絵画以外のアートウォーク、
そして最近新しく発足された
僕が配属されたインテリアアート、デザイン、雑貨部門などがある。

その他に、アーチストたちのアトリエがあちらこちらにある。
新しく発足された部門は、
インテリアを扱うため、
別の場所にモデルルームが建てられ、
僕のアトリエもそこに入った。

会社は組織化として社長が頂点に立っているけど、
基本的には会社のオーナーが居るらしい。

オーナーは普段は会社の詳細には直接には
関わらず、社長より会社の報告を受けるのみのため、
表舞台には出てこないと言われた。

会社に関わらなければ、
社員と交わることも殆ど無い人で、
話した事も無ければ、会ったことも無いと言う人が殆ど。

だから、オーナーがどういう人なのかも知らない人が
殆どで、社報にさえ載っていない。

基本的には色々な所を忙しく飛び回っているらしく、
そんなステイタスのオーナーだから、
僕がこの後オーナーに会うと言ったら
皆に凄くびっくりされた。

月曜日の大体のミーティングは午前で終わった。
お昼からは自分たちの部署へ行って
簡単なあいさつ回りだった。

それで自分の部署に戻る前にオーナーに会いに行った。

そこへは僕の秘書として紹介された
野口里奈さんが僕を案内してくれた。
野口さんは秘書になって、
初めて担当するのが僕だと教えてくれた。

これまでは本社の受付に居たらしい。
まだ若い可愛らしい人だった。

彼女も、今までオーナーには会ったことが無いらしい。
それで、オーナーに会えることを凄く楽しみにしていた。

オーナーの部屋の前には、
受け付けらしい
若い人が座っていた。

オーナーとの面会があると
秘書の野口さんが告げると、

“聞いております”

と言って、僕達は待合室に通された。

僕は、キョロキョロと待合室を見渡した。
日が良く通って、観葉植物と、白い壁のコントラストが
凄くステキな待合室だった。

ソファーの色合いも、
この部屋に凄くマッチして、

“そうか、これから僕達がこんな部屋を作っていくんだ”

という思いが込み上げてきた。

待合室に通されキョロキョロとしながら待っていると、
オーナー補佐の秘書という田中美穂さんと言う人がやって来た。

オーナーは朝のミーティングが押して、
少し遅れると言う事だったので、
オーナーが着くまで、
オーナー補佐と会う事になった。

オーナー補佐はオーナーの息子さんで、
次期、オーナーとなる人らしかった。

僕の緊張がグンと高まった。

“ちゃんと旨く出来るかな?
どこか変な所無いかな?”

そう思いながら部屋に通されソファーに座っていると、
オーナー補佐の声が
衝立の向こうから聞こえてきた。

「あ、来られましたか?
それではお茶とお菓子の用意
お願いしま~す!」

僕はその声を聞いた時、

“あれ?”っと思った。

その瞬間オーナー補佐の足音がこちらに近ずいてきた。

なんだか訳のわからない汗が噴き出してきた。

“ちょっと待って……
あの声…… あのセリフ…… あのトーン……”

僕の心臓の音が跳ねだした。

足音が近ずいて来る。

僕はその足音を、
夢でも見るかのように聞いていた。

その時、秘書の野口さんに肘でつつかれた。

僕の意識が少し飛んでいたようだった。

オーナー補佐が衝立を回ってこちら側に来たようだったので、
僕は慌てて立ち上がり、

「初めまして、
赤城要と申します。
この度は良い条件の元採用下さり、
ありがとうございました!」

と深々とお辞儀をして挨拶をすると、

「あ~ 要君!」

と懐かしい呼び声がした。

「えっ?」

“まさか……”

「やっぱりそうだった!
リクルーターから名前を聞いた時に、
もしかしたらって思ってたんだよ!

でもフランスって言ってたから、
同姓同名かな?とも思ったけど、
やっぱり要君だったね!」

僕の体が硬直して、
上を向くのが怖かった。

「懐かしいね~

ところで、お茶とお菓子は如何?」

そのセリフを聞いた時、僕は震え出した。

“まさか……
僕、夢を見てる?
本当に……?
嘘じゃない……?”

震えながら顔を上げ、オーナー補佐の顔を見た途端、
僕の目からは涙がボロボロと流れ始めた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした

ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!! CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け 相手役は第11話から出てきます。  ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。  役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。  そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

春風の香

梅川 ノン
BL
 名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。  母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。  そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。  雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。  自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。  雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。  3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。  オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。    番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

【完結】君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが… ※カクヨムにも投稿始めました!アルファポリスとカクヨムで別々のエンドにしようかなとも考え中です!  カクヨム登録されている方、読んで頂けたら嬉しいです!! 番外編は時々追加で投稿しようかなと思っています!

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

あの頃の僕らは、

のあ
BL
親友から逃げるように上京した健人は、幼馴染と親友が結婚したことを知り、大学時代の歪な関係に向き合う決意をするー。

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

処理中です...