龍の寵愛を受けし者達

樹木緑

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内緒話

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翌朝目を覚ました時、
僕はデューデューの翼に包み込まれる様に
寝て居たことに気付いた。

「デューデュー、おはよう。

よく眠れた?」

「私は大丈夫だ。

ジェイドはよく眠れたか?

寒くなかったか?  昨夜は色々とあったからな。

少し目が腫れているぞ」

「え? うそ!」

デューデューにそう言われ、
僕は目をごしごしとこすった。

「痛ーい!」

こすった目が染みて涙が出てきた。

「ほら、言わんこっちゃない」

そう言ってデューデューが立ち上がった。

”そうだ、ダリルは?!”

辺りを見回すとダリルの姿は無かった。

「あれ? デューデュー、ダリルは?」

ダリルの事を探そうと起き上がると、

「奴は日が昇る前から外で剣の鍛錬をしてるぞ」

そうデューデューに言われ、
僕は洞窟から外をのぞいた。

暗かった時とは違い、
迫力のある風景が目の前に広がり、
僕は言葉を失った。

“凄い… ”

その言葉しか出てこなかった。

今まで見たこともないその光景は
岩ばかりの渓谷だったけど、
森や野原とは違い、そのスケールが違った。

耳を澄ますと、風が谷間の隙間を吹き抜けて
ゴォ~っという聞いた事もないような音を立てた。

僕は目を閉じて普段は聞きなれないその音に聞き入った。

少し怖い感じの音だけど、
聞こえるのはその音と、
時折岩が砕けて転げ落ちるような音だけだった。

他の生き物の声も聞こえなければ、
鳥の囀りさえも聞こえない。

水の流れる音もしなければ、
植物のはずれの音さえもしない。

でも張り詰めた空気が音を立てて
流れているようなそんな感じで僕は身震いした。

「ここは何もない所だろう?

私は割と気に入っている」

そう言ってデューデューが隣に立った。

僕はデューデューを見てまた岩山に目を向けると、

「凄く圧倒する様な景色だけど、
凄く寂しいところでもあるね」

そういうと、
デューデューも空を見上げた。

「殿下、おはよう御座います。

昨夜はよく眠れましたか?」

朝の鍛錬を終えたダリルが
上半身裸で汗を拭きながら戻って来た。

僕は昨夜のことが少し恥ずかしくて
デューデューの大きな体の後ろに隠れた。

「なんだ? 恥ずかしいのか?

昨夜は醜態を見せたからな」

デューデューがそう言って揶揄った。

「デューデュー様もおはよう御座います。

昨夜は確かに醜態を晒してしまい申し訳ありませんでした」

そう言ってダリルが深くお辞儀をした。

僕もデューデューの陰から顔を出すと、

「ダリル、僕も御免なさい」

そう言って謝った。

「殿下にはもう昨夜謝って頂きました。

これからもよろしくお願いします」

ダリルがそう言って一礼すると、

「ううん、僕のほうこそお願いします」

そう言ってダリルの側に駆け寄った。

ダリルの顔を見上げると、
汗が太陽の妃に反射して
ダリルがキラキラと光って見えた。

「どうかしましたか? 殿下?」

僕はキラキラと光るダリルに見惚れていた。

いつもは見ないようなダリルの姿に、
変な気持ちになった。

「ダリルって大きいんだね」

僕がそう言うと、ダリルはキョトンとしたような顔をして、

「それは、まぁ、私は大人ですので……

子供の殿下から見れば大きいでしょうけど……」

そう言ったけど、
僕の言った意味はそんなんではなかった。

上手く説明できなかったけど、
僕はダリルの腰にしっかりとしがみ付いた。

「どうしたんですか?

お城に帰りますか?」

ダリルがそう尋ねたのと同時にデューデューが、

「お前達、此処にはお前達が朝食に食べれる物が何もない。

城の近くまで送ろう。

ダリルも着替えたほうが良さそうだしな」

そう言って僕達の横に立った。

そう言えば昨夜ダリルはボロボロだった。

今も上半身は裸だ。

「そうだね。

ダリル、帰る準備をしよう」

僕がそう言うと、ダリルは
岩にかけてあったボロボロのブラウスを身にまとうと、

「私はいつでも大丈夫です。

お城へ帰りましょう」

ダリルがそう言った。

デューデューの背に乗ると、
僕にピッタリとくっついた様にダリルが僕の後ろに乗った。

ダリルの胸にすっぽりと包まれてしまう感覚に、
やっぱり僕は変だと思った。

「行くぞ、しっかり摑まってなよ」

デューデューはそう言うと、
壮絶な谷間を悠々と抜けて森の中へと入って行った。

僕は後ろを振り返りつつ、
デューデューの住処を後にした。

「どうしましたか? 殿下?」

僕が余り後ろを振り返るので、
ダリルが心配して尋ねてきた。

「ううん、何でもないよ」

そう言うと、僕は前を見た。

デューデューの住処を離れるのが
少し寂しく感じた。

何もない岩ばかりの所だったけど、
凄く切なく感じた。

前を向き、遠くを見ると、
ぼんやりとお城の影が見え始めた。

僕はデューデューの首をペチペチと叩くと、

「デューデュー、お城が見えて来たから
ここら辺で良いよ」

そう言うと、デューデューは森の中腹らへんに降り立った。

「此処は湖があるんだ。

割と広いからここに降りる」

デューデューがそう言って降り立った所には
大きくて綺麗な湖があった。

「すごくきれいな湖だね。

こんな所が森の中にあるって知らなかった」

僕があたりを見回していると、デューデューが平然として、

「此処は私が前に捕まった所だ。

水を飲みに降りて来た時に捉えられた」

そう言って辺りを見回した。

「え? 此処で? 又こんなとこに来て大丈夫なの?」

僕は急にデューデューの身が心配になった。

「大丈夫だ。

もうそんなヘマはしない。

今度奴らがやってきたら、
返り討ちにしてやる」

そう言っていきり立った。

「物事を軽く見ちゃだめだよ。

相手はどんな手段で来るか分からないんだから!」

そう言うと、デューデューはフッとしたような顔を見せた。

「じゃあ私は帰る。

又会いたい時は此処で会おう。

此処は降り立ちやすい」

確かに湖のせいで周りは開けている。

「本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だ。お前は心配性だな。じゃあ、又な」

そう言うと、デューデューは飛び立って行った。

「デューデュー、ありがとう!

又此処で!」

大声で叫ぶと、

デューデューは

「デュー!」

と一声鳴いて見えなくなった。

僕はデューデューが見えなくなるまで手を振っていた。

何だかデューデューとすごく離れがたかった。

少し寂しくなって涙が少しだけ出てきた。

「殿下、デューデュー様にはいつでも会えるんですよ?

もう寂しくなられたのですか?」

そう言ってダリルが手を差し出した。

「殿下、私から離れない様に手を取って下さい。

もう明るくはなって居ますが、
何が起こるかわかりません」

僕はダリルの手を優しく払うと、

「大丈夫だよ

何かあったら走って逃げるから。

多分……じゃなくて、
僕、絶対ダリルより走るの早いから!」

そう言うとダリルは

“えー?!”

と言う様な顔をした。

僕がダリルの手を取らなかったのは、
大丈夫と思ったせいではない。

子供だと思われるのが急に恥ずかしくなったからだ。

僕はダリルに先立って歩き始めた。

「多分ね、この辺りの魔物は僕達には襲い掛かって来ないと思うよ?

彼らってわりかし賢いんだよ。

自分より強い物には襲い掛かって来ないんだ。

自我を失くしてるアンデッドとかになると話は変わるけどね」

僕がそう言うと、

「もしかして殿下って良くお城を抜け出してましたか?」

とダリルも割と鋭い。

毎日とまではいかなくても、
僕は割と城を抜け出していた。

ダリルは眉をピクピクと動かすと、

「もしかしてアーウィン様もご一緒にですか?」

と、アーウィンも一緒に抜け出していた事までバレてしまった。

「これからは私もお供しますので、
お城を抜け出す時は、必ず私を呼びに来てください」

「え? お咎めなし?!」

そう言うと、

「陛下も前から知ってらっしゃいますよ。

可愛い子には旅をさせろとはよく言った物ですよね。

陛下は殿下に色々と経験をさせたいと思ってらっしゃいますよ。

だから黙っていらっしゃましたけど、
昨夜のようなことはもう二度となさいませんように」

そう言うと、ダリルは僕の後ろからすまし顔で付いて来た。

僕は父がお城を抜け出していたことを知っていたことに、

「へーそうなんだ…

そんな事、
僕には一度も言った事無いのに!」

とびっくりするばかりだった。

やっぱり親には秘密事は隠せないのかもしれない。

「それだけ殿下の事を信頼してらっしゃるのですよ」

「ねえ、ダリルは今でも父上と話したりするの?」

「それは勿論。

幾ら殿下の護衛になったと言っても、
お城に仕える者の主は陛下ですからね」

「でもダリルは特別に父上の事を慕っているよね?」

僕は知っている。

ダリルがどれだけ父の事を敬愛しているか。

「それはもう!

陛下は素晴らしいい方です。

殿下は陛下の剣の腕前をご存じですか?!」

「え~!! 父上が剣?」

僕は父上が剣を抜いたところを見た事が無い。

「陛下の剣の腕前は素晴らしいです。

きっとアーレンハイム公にも引けを取らないと思います」

生き生きと話すダリルに向かって、

「へー父上が剣の名手だといは知らなかった!

何時も政務室でこーんな顔をして
詰めているのは何度も見てるけどね!」

そう言って顰めっ面をしてみせた。

ダリルは静かに笑って、

「殿下は陛下にそっくりですよ。

美しい銀の髪も、安らぎを与えた様な緑に瞳も……」

そう言うと急に静かになった。

「何言ってるの! そんないいもんじゃないよ!」

ダリルに褒められ、照れ隠しに出た言葉だった。

それと同時に、

”ダリルはそんなに父上が好きなんだ”

そう思うと、少し胸の奥が痛んだ。

「あ、そう言えば、昨夜僕がお城を抜けた後、
アーウィンとマグノリアはどうなったの?」

僕はあの後の事が少し気になった。

「あの後お二人はボールルームにお戻りになり、
普通にダンスやお喋りをお楽しみになりました」

「僕がいなくて皆変に思わなかった?」

「皆様には、殿下はお疲れになり
早めにお休みになられたとお伝えしてあります」

「父上には何と?」

「陛下には夜のお散歩に行かれたので私が向かえに行くと」

「父上は怒ってた?」

「いえ、感心しておられました」

「え? 感心?」

「はい。 殿下は真面目過ぎるところがあるから、
少し心配されておられたので…

殿下にもお城を抜け出す勇気があった事を
お喜びになっておられました」

「え? 変なの~!」

そう言って僕は笑った。

遠くで、

「お~い! ジェーイド! ダリル様~! 

ずっと待ってたんだよ~!」

と、何時もの様にアーウィンが僕達を呼ぶ声が聞こえてきた。

目を凝らすと、森の入り口でアーウィンが
ピョンピョン飛びながら僕達に手を振っていた。

僕は急いでアーウィンに駆け寄ると、
跳んで彼に抱き着いた。

「オーッと! 一体どうしたのジェイド?!」

アーウィンはかろうじて僕を抱きとめたけど、
突然の事でびっくりしていた。

”アーウィン! 僕、アーウィンに内緒の話があるんだ!”

そう言うと、アーウィンは

”何? 何?”

と言うような顔をして僕に耳を近づけた。

僕はアーウィンの耳に口を近付けると、
ダリルの方をチラッと見て、

”僕ね、恋が何だか分かっちゃった!”

そう言ってアーウィンに耳打ちした。









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