龍の寵愛を受けし者達

樹木緑

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ダリルの主張

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「父上~」

僕は何時ものように父の書斎のドアを勢い良く開けた。

そこにいた父と宰相のランカスが同時に僕を見た。

「父上、父上

あれはちゃんとダリル様に渡してもらえましたか?!」

僕はそう言いながら父の胸に向かってジャンプした。

父は僕を抱きかかえると、

「ジェイドはもうジュークからダリルに鞍替えか~?」

そう言って父が揶揄った。

「もう、父上!

そうではありません!

叔父上は永遠に僕の一番です!」

そう言って僕は鼻をフンと鳴らした。

「ハハハ、お前がダリルになつくとはな~」

そう言う父も僕がダリルが苦手なことを知っていた。

「父上、食わず嫌いはダメなんですよ!

ダリル様は無口ですが、
立派な騎士様です!」

そう言うと父は僕の頭をなでながら、

「そうだろう、そうだろう!

お前にならダリルの良さが解ると思っていたぞ!」

そう言って、ワハハと笑った。

「で、あれは何だったのだ?」

僕は父にあの日買った黒龍の浮かびあがる石を
ダリルに渡してもらうようお願いした。

自分で渡すにはまだ怖かったし、
果たして僕から何かを受けとるとは
まだ信じがたかったからだ。

「父上は知らなくてもいいんです。

それよりも、ちゃんと渡してくれましたか?!」

ダリルがちゃんと受け取ったのかそれだけが気がかりだった。

「おお、ちゃんと渡したぞ!」

父のその言葉に、自分でも、顔がパーッと明るくなるのが分かった。

そんな僕を見た父が、

「なんだお前、やっぱりダリルに鞍替え……」

と言ったところで父の口を両手で塞いでやった。

「父上! 違うと言ってるではありませんか!

それで、ダリル様は何か言われましたか?!」

そう言うと、父は顎を撫でながら、

「いや~ジェイドもあいつが口数が少ないのは知っているだろう。

最初はこれは何だ? 何故自分に? 貰う理由は無い
と食い下がっていたが、
父も何なのか知らなかったし、
理由も聞いてなかったからな~

お前の頼みだったから、
押して、押して、
やっと手に取った時は
なんだか不思議そうな顔をしていたぞ?

まあ、その後も機械的に挨拶をしてここを出て行ったが、
あいつを手なずけるのは難しいぞ~?」

とまた揶揄った様にニヤニヤとして言うものだから、
父の頬をイーっとつまんで、
ピョーンと床に飛び降りた。

横からはランカスがいつものごとく、

「殿下、もうお勉強の時間は終わったのですか?」

と尋ねてきた。

「僕はこれから剣のお稽古です!」

そう言うと、そそくさと書斎のドアを開け、
勢いよく駆け出した。

「おいおいジェイド、ちゃんとドアは閉めないか!」

父のそういう声が聞こえたけど、
僕はもう下の階へ行く階段を降り始めていたので、
結局はドアを開けたまま剣の訓練場へと向かった。

今日は叔父上が来る日ではない。

そんな日でも剣の練習を頑張ることにした。

魔法の才能が無いことが分かってからは、
一層剣に力を入れて練習するようになった。

もちろん魔法の勉強も怠ってはいない。

もしかしたら奇跡が起きて……っていう思いも無きにしも非ずだ。

僕は訓練場に来ると、
剣が掲げてある壁際にきて子供用の剣を選らんで掴んだ。

その時に壁の裏側からボソボソと話し声が聞こえてきた。

どうやらそこにいた数人の騎士たちは
ダリルの事について話していたようだ。

それで分かったのが、
ダリルは孤児院の出身である事。

父がダリルの住む町を訪れた時、
ダリルを襲っていた強盗集団を
返り討ちにしてしまったのを偶然に見てしまった事、
またその強盗集団が、ずっと国のお尋ね者となっていた事、
強盗集団に莫大な賞金が課せられていた事、
でもその賞金は全部孤児院に寄付してしまった事。

城へ招待し、剣の腕を見たら
叔父と張り合うような才能を持っていた事、
これらの偶然が重なって父の目を引き、
父の独断で好条件で城に抱えあげられた事。

またそのような条件から、
貴族に目を付けられている事、
そんな貴族に目の敵にされている事。

でもいつも無表情でなんでもスマートにこなすので、
更に風当たりが悪い事など。

でも彼の部下は彼の事を慕っているようだ。

そして分かったもう一つの事。

彼は父を崇拝している。

いつも二人でいる所を見ていたのに、
ちっとも気付かなかった。

父を信頼し絶対忠誠を誓うのは嬉しいことなのに、
少し複雑な気持ちになった。

剣を鞘に納めながら後ろを振り向くと、
そこにはダリルが立っていた。

恐らく彼らの話はダリルにも聞こえていただろう。

僕は少し気まずくてオロオロとしたけど、
彼は何も聞いてなかった様に何本かの剣を持つと、
僕に見向きもせずに訓練中の騎士たちの方へと歩き出した。

僕はバツが悪くてしばらくそこに立ったままで居たけど、
ダリルは何の事もなく、
騎士たちと打ち合いを始めた。

僕はすごくモヤモヤとしていた。

でも僕にはどうすることも出来ない。

僕はチラチラとダリルの方を見ながら
剣の練習をした。

大体叔父がいないときは自己練習のようなものだ。

僕は

「えい! えい!」

とただ無心に剣を振っていたら、
急に誰かに剣を持つ腕を掴まれ、
そちらを振り向くと、
僕の腕をつかんでいたのはダリルだった。

「???」

僕は初めて訓練場でダリルに接触され、
少し戸惑った。

「殿下はいつまで剣の稽古を続けられるつもりですか?」

僕は彼の質問の意味が分からなかった。

「それは剣のお稽古の終了時間の事でしょうか?」

僕が眉を顰めながらそう尋ねると、

「殿下には剣は似合いません。

殿下の剣は優しすぎるのです。

きっと、誰も傷つけられないでしょう。

殿下は人を切る事が出来ますか?」

そう言われたので僕は返事にグッと詰まった。

「もう剣は辞めておしまいなさい」

とそう言われ、

「それは自分でも分かっています。

でも、私には魔法の才はありません。

だから剣を持つしかないのです!」

そう言うと、

「魔法や剣を持つばかりが才では無い。

守られる事も時には必要なのです」

そう言って僕の手から剣をそっと抜いた。

「でも私には民を守る義務があります!」

「殿下、魔法や剣ばかりが民を守るすべではありませんよ。

殿下は先ほど町の偵察に行かれましたよね?

どう思われましたか?」

そう聞かれ、少しその時の事を思い出そうとしていた。

「楽しかった……

町は割と安全で程よい活気があって
皆さん楽しそうでした。

でもどうしてそんな事を?」

そう答えるとダリルは私を見て、

「そこに剣や魔法はありましたか?」

そう尋ねた。

「剣や魔法は……

ありませんでした」

僕は小さく答えた。

「ではどうやって町が守られているかわかりますか?」

ダリルのその言葉に僕は考えた。

そしてハッとして上を向いた。

「そうです。

もちろん、剣や魔法も時には必要でしょう。

でも、あの町、いえ、この国が平和なのは
殿下の父上、陛下がああして昼夜と政務室で
働いておられるおかげです。

そこには魔法も剣もありあせん。

殿下は前にお勉強から逃げられてましたが、
あのお勉強が未来の陛下を作るんですよ」

そう言われ、僕はダリルに深く礼をした。

「でも、剣も知っていて悪いことはありません。

今はアーレンハイム公に学ばれていますが、
彼がいないときは私が殿下の剣を見て差し上げましょう」

そう言われ、僕は舞い上がった。

嬉しくて、

「はい! 是非お願い致します!」

と元気よく答えた。

その時に僕の目線に来たダリルの剣には、
僕のあげた石はまだはめ込まれてはいなかった。

僕はぎゅっと手を握り締めると、
上を向いてダリルの目をしっかりと見た。

ダリルの目をしっかりと見たのは初めての経験だった。

その時には彼の事を怖いとは思わなかった。

それから月日が流れ、
僕は8歳になっていた。

あの日からダリルとの関係はうまくいっていると思っていた。

ある日ダリルに用があり、
その日の日課を終え、僕は彼を探していた。

「マギー、ダリルを見ませんでしたか?」

マギーにダリルは今父の書斎にいると言われ僕は
書斎へ向けて走って行った。

ドアの前に来てノックをしようとした時に
二人の話し声が耳に入った。

ダリルが大声を上げていたからだ。

今でも無表情で何を考えているかわからない人だけど、
それでも彼は何時も礼儀正しい。

特に父王に対しては。

僕はあれから色んな面で、
ダリルが父を崇拝しているというような光景を
嫌という程目撃していた。

そんな王である父に対してダリルが声を荒げるのは
凄く珍しいと思った。

僕はドアをノックするのを躊躇った。

後にして戻ろうとした時、

「我が王よそれだけはお考え直し下さい!

私はジェイド殿下の騎士になるために
此処に来たのでは有りません!」

そうダリルが言っているのが聞こえた。


”父上はダリルを僕の専属騎士にしようとしている…

そしてダリルは…僕の騎士にはなりたく無い…?

どうして? ダリルは僕の事は守りたくないの?!

それとも本音は僕の事が嫌いなの?”

僕はその場に居ることが出来ず、
走ってその場を去った。

ダリルが話していた事は凄くショックだった。

ずっと良い関係を築けていると思っていた。

凄く好かれているとは思っていなかったけど、
あんなふうに嫌われているとは思いもしなかった。

僕の心臓は早鐘のように打ち、
これまでのダリルと築いた関係が
音を立てて崩れていくような感じだった。

僕は悔しくて泣くものかと葉を食いしばって
5歳の時に見つけた城の裏の隅の隠れ家へ走って行った。

隠れ家と言っても、別にそこに誰も来ないような家があるわけではない。

ただそこは蔦の葉が生い茂る壁があり、
緩んだ蔦と壁の間に子供が数人は入れるくらいの空洞が出来ていたのだ。

僕とアーウィンは誰も来ないその一角を隠れ家とし、
勉強や訓練が終わったあと、
良くそこで落ち合うようにしていた。

大人たちは誰も知らない。

僕達だけの秘密の場所。

雨が降っても濡れないし、
風が吹いても晒されない。

きっと庭師のボノでさえも知らない。

外から見ると、単なる蔦の絡まった壁に見えるからだ。

僕はそこに向かって走った。

城の裏手に回ると、ほとんど言って良いほど
人通りがなくなる。

いるとすれば、庭師のボノくらいだろう。

その日ボノは裏手にはいなかった。

庭園に入った時、
母上のバラ園を世話していたからだ。

ボノもきっと僕がそこを走り抜けていったのは
見ていなかったと思う。

僕はバラ園を抜けて蔦の絡まる壁に来た時に、
何かに足を取られて勢いよく転げた。

僕は蔦に足を絡め取られたのだろうと思った。

擦りむいた膝にフーフーと息を吹きかけ、
泥を払いうと、ガサッと音がして、
僕達の隠れ家に何かが入っていく影が見えた。

僕は恐る恐る隠れ家の方へ回り
その蔦をそっと分けて中をのぞいた。

そこに居たものを見て僕はビクッとして後ずさりした。

向こうも僕を見ておびえているようだった。

その小さな生き物は首と足に鉄の輪っかをはめて、
そこからつながる途中で切れたような鎖を引きずっていた。

僕はその生き物を怖がらせないようして、

「どうしたの? 誰かに捕まっていたの?

大丈夫? 首と足から血が……」

静かにそう言ってその子を手で触れようとした。

その子は僕を怖がってビクビクとしながら隅に後ずさりすると、
そこに縮こまった。

僕はそっと彼に話続けた。

「シーッ、大丈夫だよ。

僕は君を傷つけたりしないよ。

誰にも言わないから傷を見せて。

あーそれからその首輪も足輪も外さなきゃ!

一体誰がこんなことをしたの?!

大丈夫だよ。大丈夫だよ」

そう言い続けながら、
そっとその子の翼を撫でた。

その子はじっとして僕に翼を触らせてくれた。

「痛いよね。

傷つけられると痛いよね」

そう言って僕が泣き出すと、
その子はそーっと顔を上げた。

そして僕に近づいてきて、
僕の膝の上にその顔をのせた。

「僕を慰めてくれてるの?

君の方が痛そうなのに。

君は優しい子だね」

その子の頭をなでると、
その子は立ち上がってヒョイッと上を向いた。

その時蔦の間から差し込んだ日に照らされたその子を見て
僕の方がびっくりした。

「君……灰色の子龍だったんだ!」

その子は全身を灰色で覆われた
僕よりも小さな子供の龍だった。



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