龍の寵愛を受けし者達

樹木緑

文字の大きさ
上 下
2 / 152

エピローグ 前編

しおりを挟む
ツルッ 


「ヒャイ~」 


ゴンッ


「あてっ!」


ガンッ


「ぎゃっ!

落ちる、落ちる~」


僕は転がりながら岩山を降りて行ったと言うか、
落ちて行った。


“もう直ぐ…もう直ぐ…”


風が吹き抜ける谷間を見下ろした。

そんな状況でも怖いと思ったことは一度もない。

だって……


“来る!”


そう思った瞬間、
風の音がゴーッと下から吹き上げた。


「父さん!」

僕に向かって高速でやってくる彼に両手を広げると、
ポテっと彼の背に落ち、
その首をギュッと抱きしめ頬ずりをした。

深い谷間の障害物を、ものの見事に避けながら、
それでもスピードを落とさず舞い降りていく光景は、
何度見ても飽きない。

すべての風が彼に従っているようで僕は顔を上げてその風を
体いっぱいに感じた。

瞬く間に、ゴーッと唸る風とドンッと言う振動と共に
彼が地上に着陸した。

黒いモヤが渦巻いたような彼の表情を見た時は

「やっば……」

そう思っても後の祭り。

フシュ~っと彼の姿が人の形に変わると、
ハーッと拳に息を吹きかけて拳骨を温め、

“キシャーッ“

と大口をあけて、

”本当に人の姿に変わったの?!“

と言う様な勢いで僕の頭に拳骨を食わせた。

「父さん、痛いよ~、痛いよ~」

そう言って頭を抱えてヒョイっとかわすと、

「崖の上には行くなと、
あれほど言ったのが分からないのか!」

と、今度は雷が落ちた。

僕は彼を見上げてニカっと笑うと、

「だって、父さんが来てくれる事知ってるもん!
父さんには僕の危険探知機がついてるよね!」

確信の様にそう言うと、

彼が呆れた様にしながらも、

「それが親子の絆と言うものだ。

俺は翠の父親だからな」

と僕の頭をポンポンと撫でてくれた。

「あ、そう言えば、父さん、これ!」

そう言って取って来た白い一輪の花を、
彼の顔目掛けて勢い良く差し出した。

今日崖の上に登ったのはこの花を摘むのが目的だった。

僕達の思い出の花、リリースノーと言う、
育てるのが難しく、人里では咲かず、
岩場ばかりのこの辺りでしか咲かないと言う、
人にとっては薬草よりも貴重な花だ。

何よりも美しく、誰よりも気高い真っ白の汚れなき花。

リリースノーの花を見た瞬間彼の表情が変わった。

「これを俺に?」

そう言ってなんの汚れもない真っ白い一輪の花を受け取ると、
僕の顔をマジマジと見つめて泣き出しそうになった。

「うん、父さん、貰って。
あの時、僕の命を助けてくれた花だよ。
父さんが絶対助けるって探しに行ってくれた花だよ。

この前岩場を探検してた時に見つけたんだ!

あの時はまだ蕾が付いたばかりだったけど、
今日くらいには咲くと思ったんだ。

だから……絶対今日取りに行くんだって……

父さん、今まで色々とありがとうね。

僕は明日、人の里へ行ってしまうけど、
僕の事、絶対忘れないでね。
父さんの事は一生忘れないから!」

そう言うと、僕はクルッと後ろを向いた。

そのまま彼を見て居ると、
僕まで泣きそうになってしまうから。

きっと、彼が人の親だったら
また会えるのだろうかもしれないけど、
彼は人ではない。

また会えるという保証は何もない。

人ではない彼が、
ここまで僕を育ててくれた。

それは奇跡としか言いようがない。

涙を隠すために少しだけ震えた肩で深呼吸をすると、
彼はそんな僕の肩にポンッと手を置き、

「さあ、夕食を済ませよう。

明日の朝は早い」

そう言って焚き火の方へ向き直すと、

「まだスープは暖かいはずだ」

そう言って僕にボウルいっぱいのスープをよそってくれた。

僕はスープがタプタプに入ったボウルをジーッと見つめると、
ゴクリを唾を飲み込んだ。

「どうした?

食べないのか?」

彼のその一言で涙が溢れ出した。

「ねえ、僕、此処に残っちゃダメなの?

僕、父さんがいれば、人の里に行かなくても……」

そう言い掛けたのを遮ってパパは僕の唇にそっと指を押し付け、

「シー」

っと囁いた。

「俺は最初から決めて居たんだ。

お前にもずっとそう言って来たはずだ。

お前も、もう13歳になる。

人の里で生きていく方法はずっと教えて来たはずだ」

「でも……」

僕が自信なさげにそう言うと、

「お前は俺の自慢の息子だ。

だが、人の子は人の世界で生きていくものなんだ。

お前だって今に可愛い人の子に出会い、
恋に落ち、
自分の家庭を築いて行くはずだ。

それに人の子等は、
13歳になると皆家を出る。

それが大人になって自立すると言う事だ。

お前にも旅立ちの時が来たんだ。

心配するな。

お前が望めば、
俺は直ぐにお前に会いに来る。

それに…俺にはお前の危険を察知する機能が付いてるんだろ?

さあ、スープを飲みなさい。

もう直ぐ日が落ちる」

そう言って彼はもうほとんどと言っていほど
沈んでしまった太陽の方向を向いた。

僕の気のせいでなければ、
彼の目にも涙が光って居る。

僕はスープが入ったボウルに目を落とすと、
スプーンに手を差し伸べて最初の一掬いを口に運んだ。

その頃はもう、焚き火の火だけが僕たちの周りを照らして居た。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~

乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。 【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】 エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。 転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。 エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。 死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。 「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」 「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」 全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。 闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。 本編ド健全です。すみません。 ※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。 ※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。 ※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】 ※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。

不幸体質っすけど役に立って、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

婚約破棄される悪役令嬢ですが実はワタクシ…男なんだわ

秋空花林
BL
「ヴィラトリア嬢、僕はこの場で君との婚約破棄を宣言する!」  ワタクシ、フラれてしまいました。  でも、これで良かったのです。  どのみち、結婚は無理でしたもの。  だってー。  実はワタクシ…男なんだわ。  だからオレは逃げ出した。  貴族令嬢の名を捨てて、1人の平民の男として生きると決めた。  なのにー。 「ずっと、君の事が好きだったんだ」  数年後。何故かオレは元婚約者に執着され、溺愛されていた…!?  この物語は、乙女ゲームの不憫な悪役令嬢(男)が元婚約者(もちろん男)に一途に追いかけられ、最後に幸せになる物語です。  幼少期からスタートするので、R 18まで長めです。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...