龍の寵愛を受けし者達

樹木緑

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エピローグ 前編

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ツルッ 


「ヒャイ~」 


ゴンッ


「あてっ!」


ガンッ


「ぎゃっ!

落ちる、落ちる~」


僕は転がりながら岩山を降りて行ったと言うか、
落ちて行った。


“もう直ぐ…もう直ぐ…”


風が吹き抜ける谷間を見下ろした。

そんな状況でも怖いと思ったことは一度もない。

だって……


“来る!”


そう思った瞬間、
風の音がゴーッと下から吹き上げた。


「父さん!」

僕に向かって高速でやってくる彼に両手を広げると、
ポテっと彼の背に落ち、
その首をギュッと抱きしめ頬ずりをした。

深い谷間の障害物を、ものの見事に避けながら、
それでもスピードを落とさず舞い降りていく光景は、
何度見ても飽きない。

すべての風が彼に従っているようで僕は顔を上げてその風を
体いっぱいに感じた。

瞬く間に、ゴーッと唸る風とドンッと言う振動と共に
彼が地上に着陸した。

黒いモヤが渦巻いたような彼の表情を見た時は

「やっば……」

そう思っても後の祭り。

フシュ~っと彼の姿が人の形に変わると、
ハーッと拳に息を吹きかけて拳骨を温め、

“キシャーッ“

と大口をあけて、

”本当に人の姿に変わったの?!“

と言う様な勢いで僕の頭に拳骨を食わせた。

「父さん、痛いよ~、痛いよ~」

そう言って頭を抱えてヒョイっとかわすと、

「崖の上には行くなと、
あれほど言ったのが分からないのか!」

と、今度は雷が落ちた。

僕は彼を見上げてニカっと笑うと、

「だって、父さんが来てくれる事知ってるもん!
父さんには僕の危険探知機がついてるよね!」

確信の様にそう言うと、

彼が呆れた様にしながらも、

「それが親子の絆と言うものだ。

俺は翠の父親だからな」

と僕の頭をポンポンと撫でてくれた。

「あ、そう言えば、父さん、これ!」

そう言って取って来た白い一輪の花を、
彼の顔目掛けて勢い良く差し出した。

今日崖の上に登ったのはこの花を摘むのが目的だった。

僕達の思い出の花、リリースノーと言う、
育てるのが難しく、人里では咲かず、
岩場ばかりのこの辺りでしか咲かないと言う、
人にとっては薬草よりも貴重な花だ。

何よりも美しく、誰よりも気高い真っ白の汚れなき花。

リリースノーの花を見た瞬間彼の表情が変わった。

「これを俺に?」

そう言ってなんの汚れもない真っ白い一輪の花を受け取ると、
僕の顔をマジマジと見つめて泣き出しそうになった。

「うん、父さん、貰って。
あの時、僕の命を助けてくれた花だよ。
父さんが絶対助けるって探しに行ってくれた花だよ。

この前岩場を探検してた時に見つけたんだ!

あの時はまだ蕾が付いたばかりだったけど、
今日くらいには咲くと思ったんだ。

だから……絶対今日取りに行くんだって……

父さん、今まで色々とありがとうね。

僕は明日、人の里へ行ってしまうけど、
僕の事、絶対忘れないでね。
父さんの事は一生忘れないから!」

そう言うと、僕はクルッと後ろを向いた。

そのまま彼を見て居ると、
僕まで泣きそうになってしまうから。

きっと、彼が人の親だったら
また会えるのだろうかもしれないけど、
彼は人ではない。

また会えるという保証は何もない。

人ではない彼が、
ここまで僕を育ててくれた。

それは奇跡としか言いようがない。

涙を隠すために少しだけ震えた肩で深呼吸をすると、
彼はそんな僕の肩にポンッと手を置き、

「さあ、夕食を済ませよう。

明日の朝は早い」

そう言って焚き火の方へ向き直すと、

「まだスープは暖かいはずだ」

そう言って僕にボウルいっぱいのスープをよそってくれた。

僕はスープがタプタプに入ったボウルをジーッと見つめると、
ゴクリを唾を飲み込んだ。

「どうした?

食べないのか?」

彼のその一言で涙が溢れ出した。

「ねえ、僕、此処に残っちゃダメなの?

僕、父さんがいれば、人の里に行かなくても……」

そう言い掛けたのを遮ってパパは僕の唇にそっと指を押し付け、

「シー」

っと囁いた。

「俺は最初から決めて居たんだ。

お前にもずっとそう言って来たはずだ。

お前も、もう13歳になる。

人の里で生きていく方法はずっと教えて来たはずだ」

「でも……」

僕が自信なさげにそう言うと、

「お前は俺の自慢の息子だ。

だが、人の子は人の世界で生きていくものなんだ。

お前だって今に可愛い人の子に出会い、
恋に落ち、
自分の家庭を築いて行くはずだ。

それに人の子等は、
13歳になると皆家を出る。

それが大人になって自立すると言う事だ。

お前にも旅立ちの時が来たんだ。

心配するな。

お前が望めば、
俺は直ぐにお前に会いに来る。

それに…俺にはお前の危険を察知する機能が付いてるんだろ?

さあ、スープを飲みなさい。

もう直ぐ日が落ちる」

そう言って彼はもうほとんどと言っていほど
沈んでしまった太陽の方向を向いた。

僕の気のせいでなければ、
彼の目にも涙が光って居る。

僕はスープが入ったボウルに目を落とすと、
スプーンに手を差し伸べて最初の一掬いを口に運んだ。

その頃はもう、焚き火の火だけが僕たちの周りを照らして居た。
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