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第84話 僕の首に戻って来たチョーカー

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「やっぱりお前にはこれが一番似合うな。

色が白いからサファイアのブルーがよく生えて
宝石も、お前もすごく綺麗だ……」

そう言って矢野君が恥ずかしげもせずに、
臭いせりふを吐きながら、
また僕に一花叔母さんのチョーカーをはめてくれた。

僕が涙ぐんでいると、

「どうした?

俺、なにか気に障る事でも言ったのか?」

そう言って矢野君が僕の頬を撫でた。

僕は矢野君の手に自分の手を添えると、

「違うんだ。

前にも矢野君が同じこと言って……」

そう言って涙声になった。

「記憶の無い俺が言うのもなんだが、
お前な、もう思い出に生きるのはやめろ。

現実の俺はちゃんとここにいて、
変わらずお前を愛している……」

そう言って矢野君がキスをしようとしたところで
玄関のドアの開く音がして、

「陽向~!」

と佐々木君がやって来た。

彼はいつもタイミングが良い。

「なんだ? 仁やつノックもしないで入って来るのか?

前から思っていたけど、お前たちの関係って本当に友達なのか?

お前は付き合ってないって言ってたけど、
どう見ても仁はお前の事好きだろ?!」

矢野君が少し怪訝な顔つきで僕を見た。

僕は矢野君の手を取ると、

「佐々木君! 僕は寝室だよ!」

と、大声で佐々木君を呼んだ。

寝室へと近づく足音と共に、

「なんだお前、ここにいたのか。

専学に行ったら今日は来てないって……

うわ! なんだこの床は!」

と言いながら矢野君が散らかった床にびっくりして立ち止まった。

そして共に立つ僕たちを見て、

「何で光がここに……

それにお前、そのチョーカー……」

そう言って事を察した様だった。

「光…… お前、思い出したのか?」

矢野君は佐々木君を見ると、
首を横に振った。

「じゃあ何で陽向が一花叔母さんのチョーカーを……」

一花叔母さんのチョーカーに手を当てて、

「これは……」

と僕が言いかけると、矢野君が手で遮って僕の前に立った。

そして僕を見て微笑むと、
また佐々木君の方を向いて、

「俺が説明するよ」

そう言って、リビングの方へ行くように誘った。

「じゃあ、僕ちょっと床をかたずけて、
新しいお茶を入れてくるね。
先に二人はリビングへ行ってて」

そう言うと、矢野君は僕に目配せをして、
二人はリビングへと歩いて行った。

床を綺麗にした後キッチンへ行くと、
二人の話声がボソボソと聞こえてきた。

矢野君が佐々木君に説明している内容としては、
此処へ来てからの僕と矢野君の経緯とさほど変わりは無かった。

お茶を入れ終わりリビングへ行くと、
佐々木君が複雑そうな顔をして僕を見た。

きっともう、矢野君が咲耶さんと仮で付き合っていくことを聞いたのだろう。

「お前、本当にそれでいいのか?

これからも変わらずに咲耶と付き合っていくって……」

勿論、僕も何も思わないわけじゃない。
でも、僕たちが先に進むには、
矢野君に取っては必要な事らしい。

僕にはそれが何か分からないので少し悶々としてるけど、
みっともない嫉妬でやっと戻って来た矢野君を失いたくない。

僕は佐々木君をしっかりと見ると、

「うん、ごめんね。

佐々木君が僕の事心配してくれてるのは痛いほどわかるけど、
僕は矢野君を信じて待つ!」

とそう言った。

「あ~あ、俺、完全に失恋か~」

佐々木君はそう言って伸びをすると、
ソファーに不貞腐れたようにして座り直した。

「お前、やっぱり陽向狙いだったな。

陽向ってお前のど真ん中いってるだろ?」

そう言われ、僕は佐々木君の方をカバっと見た。

佐々木君は僕の方をチラッと見ると、

「お前な、陽向を泣かしたら容赦しないからな。

その、咲耶と暫くは付き合うっていうのも、
納得できない理由からだったら東京湾に沈めるからな!」

佐々木君がそう言った途端矢野君が、

「あいつさ、手首を切った後があるんだ……」

と今ままで言わなかったことを言い始めた。

僕はびっくりして

「え? それって自殺しようとしたってこと?」

とすぐさま尋ねたけど、
佐々木君の反応としては、

「自業自得だな」

とあっさりしたもんだった。

「仁…… おまえな~」

そう言って矢野君は笑っていたけど、
直ぐに真面目な顔つきになると、

「きっと、俺と別れた後で何かあったんだ。

俺に助けを求めているに違いない……

俺はそれが解決しないとあいつとは終われないんだ……」

と苦しそうに言った。

「何そんな悠長な事言ってるんだ!

そんやつを助けるよりも、
お前にとって一番に考えなければいけないのは陽向だろ?

あんな奴を助ける前に、
ずっと傷ついてきた陽向の心を救ってやれよ!」

佐々木君が本気で怒ってくれたのが僕には嬉しかった。

でも僕は、矢野君がすべてを解決して僕一人を見てくれるんだったら、
咲耶さんの事を心配して考えながら僕と付き合っていくより、
そっちの方が何億倍も良い。

佐々木君はそんな矢野君が納得できないらしく、

「あいつはお前にそんな風に思ってもらえる資格は無い!
お前があいつに何をされたか覚えてないかもしれないけど、
お前だって……」

佐々木君がそう言いかけると、
矢野君は少し目を伏せて自分の腕を取ると、

「これだろ?」

と、もうほとんど見えなくなった傷跡を僕たちに差し出した。
目を凝らしてみないと、
本当に分からない引っ搔き傷のような小さな薄いものだ。

「お前、知ってたのか?」

「まあ、薄々な。

分からないように整形したんだろ?

俺にも色々とあったみたいだな……」

矢野君が悟ったようにそう言った。

「それは……」

佐々木君もそれ以上は何も言えずに矢野君から目をそらした。

「言わなくても大丈夫だよ」

そう言った矢野君の顔は、
何かが吹っ切れたような感じだった。

「俺は必ず自分で思い出してみせる。

そうしないと意味がないんだ」

矢野君が、そうしてそこまでして
過去を思い出そうとしているのか僕には分からない。

矢野君の気持ちを確認した今となっては、
僕にとってはもうどうでも良いことだ。

「ねえ、それって本当にその方法でないとだめなの?

ほら、催眠療法とか……もっと安全な……」

そう言うと、佐々木君が

「思いつける事はもう全て試してあるんだ……」

そう言って俯いた。

「そうか……

素人の僕の考えじゃ、もう思いつくことはやってるんだね……」

そう言うと、

「なあ……」

と矢野君が何かを言いかけた。

「何? 必要なことがったら、
僕、何でも手伝うよ?

何かお手伝いが必要?」

僕がそう尋ねると、

「陽向はさ、」

と来たからドキンとした。

矢野君との気持ちを確かめ合ったと言っても、
今までの経験から、僕はまだ薄い氷の表面を歩いているような気持ちだ。

何かの拍子にすべてが壊れてしまいそうな感覚に陥る。

誰かが、

“あのさ……”

とか、

“陽向はさ……”

と来た後には、
必ず良くない言葉が待っている。

この時も、矢野君からどんな言葉が飛び出してくるのか
僕はドキドキとしてその次の言葉を待った。
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