上 下
82 / 102

第82話 証

しおりを挟む
僕を抱きしめた矢野君の体からは、
少しの戸惑いが感じられた。

それよりも急に抱きしめられた事に、

”えっ? えっ? え~~~~っっっ!

何? 何? 何?!

今度は何事?!“

と、僕の方がびっくりだった。

まるで予期していなかった出来事……

僕が戸惑っていると、
矢野君は息をハ~っと吐きだして深呼吸した。

「お前、ガチガチだな」

「え? だって……」

僕は棒のようにベンチに座って
ただ矢野君に抱き着かれるままにしていた。

「お前って何だか懐かしい匂いがするな。

きっと前にもこの匂いを嗅いだんだろうな……

俺自身は覚えていなくても、
体が覚えているって事なのかな……」

そしてゆっくりと僕の目を覗き込むと、

「お前のその目なんだ……

なぁ、何故お前は……いつもそんな目をして俺を見るんだ?!」

と言い始めた。

その言葉に僕はピクリとした。
身に覚えがあるからだ。

確かに矢野君の事は良くチラチラとみていたかもしれない。
でも矢野君が疑問に思う程だとは思いもしなかった。

”え? まさか!

僕、変な目をして矢野君を見てた?!“

僕の心臓が再び爆発しそうなほどに脈打ち始めた。

次に矢野君から何を言われるのか少し怖かった。

矢野君は僕を見ると、少し険しい顔つきになった。

「初めてお前を見た時から気になっていたんだ。

お前の事は思い出せないのに、
愁を帯びたお前の瞳が頭から離れないんだ……

何故お前は俺の事をそんな目で見るんだ?

俺は以前、お前に何か酷いことをしたのか?

だからお前は俺にあんな事を聞いたのか?!」

「え? あんな事……って……?」

「俺がお前の事を思い出せない理由だよ」

「いや……あれは物の例えで……
矢野君は僕に酷いことなんて……逆に矢野君は……」

そこまで言った時、
僕の中の何かがプツリと切れてしまった。

“ダメだ。まだ泣くな!
矢野君の前では、まだ泣けない!”

具合の悪かった矢野君を助けに来たはずなのに、
気付けば僕が矢野君に支えてられていた。

流れ始めた涙は止まらなく、
そんな僕の肩を矢野君は優しく抱きしめていてくれた。

「確か前にも……お前ってこういう風に泣いたことあったよな?」

矢野君が何か思い出したようにしてそう言った。

「え? 何か思い出したの?」

矢野君は僕の質問には答えず、

「なあ、今日の講座は出なくちゃいけないものか?」

と訳の分からない質問をしてきた。

「え? 講座って僕の専学の?」

まだ乾ききらない目をして矢野君の顔を伺った。

「ああ、俺はこれから学生課に行って
休学扱いになってた籍を解除してくる。

その後一緒に帰ろう」

「え? 僕は良いけど、矢野君の授業は?
帰りにまた咲耶さんが来るんだよね?」

「咲耶には俺からラインしておく。

だから少しここで待っていてくれ。

直ぐにでも二人だけで話したいことがあるんだ。」

そう言って矢野君は立ち上がると、
足取り軽く走って行った。

僕は、矢野君を待つ間、周りを見回した。

“もし矢野君との再会がこの大学でだったら
僕の運命は変わっていたのだろうか?”

僕の目には、恋人らしき生徒たちが手をつなぎながら、
お互いの指を絡ませて楽しそうに会話しながら歩いて行く姿が映し出された。

もしここで矢野君に再開していたら僕達も……

今更悔いてももう遅い。

僕は静かに矢野君を待つことにした。

時間がかかると思ったのに、
彼は思いのほか早くいやって来た。

息を弾ませながら、

「待たせたな」

という姿は、急いで戻ってきたことを簡単に想像させる。

「ううん、早かったんだね。

もっと時間かかるかと思ってた……」

そう言うと、

「行くか?」

そう言って矢野君が僕に手を差し伸べた。

僕は矢野君の手を取ると、
サッとベンチから立ち上がりパンツの後ろを叩いた。

「これからどこへ行くの?」

そう尋ねると、

「お前の所に立寄ってもいいか?」

と、矢野君は僕の家を指定してきた。

「僕の所?」

「ああ、俺、一花大叔母さんが亡くなってから、
一度もあのコテージを訪れてないんだよ……」

「そうだったんだ……

勿論大丈夫だよ。

何も無いけど……まだまだ花は綺麗に咲いてるよ。

あっ、自分の家だからそれは分かってるか……」

そう言うと、彼はクスっと小さく笑って、

「じゃあ、連れて行ってくれるか?」

そう言って歩き出した。

電車に取ると、家まではあっという間だった。

裏へ回ると、

「何もないけど……」

そう言って僕はコテージの玄関を開けた。

一歩中に入ると、
矢野君は懐かしそうに中を見回した。

「ここは変わってないんだな……」

僕も一緒に中を見回した。

「そうだね。
きっと茉莉花さんがちゃんと管理していたんだね。

引っ越してきたときも、
埃一つなかったんだよ。

ここは良いよね。

窓を開けると緑のインパクトが凄くって、
さらに花の匂いが柔らかく漂ってくるんだよね。

何だかファンタジーに出てくる森の中に居るようだよね」

そう言ってリビングの窓を開けた。

矢野君は窓の方に歩み寄ると、
目を閉じて外の空気を感じているようだった。

「懐かしいでしょう?

色々と見て回っても平気だよ」

僕がそう言うと、
矢野君は部屋の中を歩き回って僕の寝室の前に立つと、

「ここがお前の寝室か?」

と部屋の戸をコンコンと叩きながら尋ねた。

「うん、開けて中に入っても大丈夫だよ。

お茶だったら入れれるから、
ベッドの上にでも座ってゆっくりとくつろいで!」

そう言って僕はそそくさとキッチンへと向かった。
と言っても目と鼻先だけど……

暫く矢野君の歩く足音がコツコツと聞こえていたけど、
それがピタっと止んだ。

“きっと窓を開けたんだな”

僕はヤカンに水を入れると、
コンロに火にかけた。

矢野君は相変わらず静かに僕の寝室にいた。

僕は矢野君は外の花を眺めて
一花大叔母さんを懐かしんでいるのだろうと思った。

矢野君が自分の部屋にいることが信じられなくて、
それでも嬉しくて、
僕は少し鼻歌を歌いながらお茶を入れた。

「矢野君、お茶が入ったよ」

少し上ずった声で自分の寝室へとお茶を運んだ。

すると矢野君は、窓を開けるどころか、
僕のクローゼットの前にたたずんでいた。

「どうしたの? そんなところにぼんやりと突っ立ったままで……

クローゼットに何か……」

そう言かけて僕は手に持っていたお盆を振り払って
矢野君の所に駆け寄って、彼が手に持っているものを取り上げようとした。

僕の声に気付き振り向いた矢野君は
言い表しようのない目をして僕を見た。

そして矢野君の手には
忘れられない夏の記憶が詰まったデジカメと、
あの日矢野君に貰った一花叔母さんのチョーカーが握りしめられていた。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【BL】記憶のカケラ

樺純
BL
あらすじ とある事故により記憶の一部を失ってしまったキイチ。キイチはその事故以来、海辺である男性の後ろ姿を追いかける夢を毎日見るようになり、その男性の顔が見えそうになるといつもその夢から覚めるため、その相手が誰なのか気になりはじめる。 そんなキイチはいつからか惹かれている幼なじみのタカラの家に転がり込み、居候生活を送っているがタカラと幼なじみという関係を壊すのが怖くて告白出来ずにいた。そんな時、毎日見る夢に出てくるあの後ろ姿を街中で見つける。キイチはその人と会えば何故、あの夢を毎日見るのかその理由が分かるかもしれないとその後ろ姿に夢中になるが、結果としてそのキイチのその行動がタカラの心を締め付け過去の傷痕を抉る事となる。 キイチが忘れてしまった記憶とは? タカラの抱える過去の傷痕とは? 散らばった記憶のカケラが1つになった時…真実が明かされる。 キイチ(男) 中二の時に事故に遭い記憶の一部を失う。幼なじみであり片想いの相手であるタカラの家に居候している。同じ男であることや幼なじみという関係を壊すのが怖く、タカラに告白出来ずにいるがタカラには過保護で尽くしている。 タカラ(男) 過去の出来事が忘れられないままキイチを自分の家に居候させている。タカラの心には過去の出来事により出来てしまった傷痕があり、その傷痕を癒すことができないまま自分の想いに蓋をしキイチと暮らしている。 ノイル(男) キイチとタカラの幼なじみ。幼なじみ、男女7人組の年長者として2人を落ち着いた目で見守っている。キイチの働くカフェのオーナーでもあり、良き助言者でもあり、ノイルの行動により2人に大きな変化が訪れるキッカケとなる。 ミズキ(男) 幼なじみ7人組の1人でもありタカラの親友でもある。タカラと同じ職場に勤めていて会社ではタカラの執事くんと呼ばれるほどタカラに甘いが、恋人であるヒノハが1番大切なのでここぞと言う時は恋人を優先する。 ユウリ(女) 幼なじみ7人組の1人。ノイルの経営するカフェで一緒に働いていてノイルの彼女。 ヒノハ(女) 幼なじみ7人組の1人。ミズキの彼女。ミズキのことが大好きで冗談半分でタカラにライバル心を抱いてるというネタで場を和ませる。 リヒト(男) 幼なじみ7人組の1人。冷静な目で幼なじみ達が恋人になっていく様子を見守ってきた。 謎の男性 街でキイチが見かけた毎日夢に出てくる後ろ姿にそっくりな男。

欠陥αは運命を追う

豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」 従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。 けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。 ※自己解釈・自己設定有り ※R指定はほぼ無し ※アルファ(攻め)視点

α嫌いのΩ、運命の番に出会う。

むむむめ
BL
目が合ったその瞬間から何かが変わっていく。 α嫌いのΩと、一目惚れしたαの話。 ほぼ初投稿です。

ある日、木から落ちたらしい。どういう状況だったのだろうか。

水鳴諒
BL
 目を覚ますとズキリと頭部が痛んだ俺は、自分が記憶喪失だと気づいた。そして風紀委員長に面倒を見てもらうことになった。(風紀委員長攻めです)

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

conceive love

ゆきまる。
BL
運命の番を失い、政略結婚で結ばれた二人。 不満なんて一つもないしお互いに愛し合っている。 けど……………。 ※オメガバース設定作品となります。

運命の番と別れる方法

ivy
BL
運命の番と一緒に暮らす大学生の三葉。 けれどその相手はだらしなくどうしょうもないクズ男。 浮気され、開き直る相手に三葉は別れを決意するが番ってしまった相手とどうすれば別れられるのか悩む。 そんな時にとんでもない事件が起こり・・。

処理中です...