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第12話「死んだはずの『明』と、女神の様な女性『榊原アテナ』…」
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「成治よ、お前も心して聞くがよい… これは今までお前にも言ってこなかった我が榊原家に関する話じゃ。」
この老陰陽師は、俺よりもむしろ息子の鳳 成治に聞かせようとしているみたいだった。
「探偵さんや… わしには三人の倅がおった。(※①)長男の榊原竜太郎は当榊原家の主人でアテナの夫じゃ。
ここにおる鳳 成治は名前こそ榊原姓では無いが、れっきとしたわしの血を引く三番目の息子じゃ。
そして、二人の間には竜太郎と同じ母親から生まれた、次男となるもう一人の倅がおった。
名前を明、榊原明と言う。明は行方不明になり、数年経った後に社会的に死亡と認定されたのじゃ。
もちろん、わしら家族は明の死を認めたくは無かった。じゃが、やがては諦めざるを得なかった。
明が行方不明となったのは、成治が小学6年生じゃったから今からちょうど25年前の話じゃ。明は19歳で間もなく成人式を迎えるところだったのじゃ…
明は神隠しのように突然にいなくなったのじゃ。
じゃが、安倍神社の次期当主が神隠しなどと言う発表を公式には出来ぬこと故、ごく近い身内以外に対する明の表向きの扱いは事故による行方不明という事になっておる。警察にもそう届けてあるのじゃ。
当時、まだ小さかった成治もそう信じておる筈じゃが、どうじゃ?」
じいさんは息子の鳳 成治に話を振った。俺も自然と鳳の方を見た。
「ああ… もちろん俺は明兄さんが行方不明になった事も死んだ事も、今の今まで疑った事なんて無かったさ。でも…親父が何を言いたいのか俺にはさっぱり分からない…」
俺の見たところでは鳳 成治は父親から聞かされた事でパニックになっている様だった。
無理もない… 鳳と俺が一緒に、外を元気に駆けまわっていた小学6年生の頃の話だ。兄が亡くなった事のショックで当時の鳳は何も分からなかっただろう。当時から親友だった俺も、鳳からその事について話を聞かされたり相談を受けた記憶はない。
「とにかく、当時19歳だった明は陰陽道に関しては既にわしに匹敵する才能を持っておった。その頃のわしは、明を後継者にすることに何の迷いも不安も持ってはおらなんだ。
20歳の誕生日をもって、正式に明には陰陽術の最終段階の奥義を授ける予定だったのじゃ。それさえ完了すれば、明を正式に安部神社におけるわしの後継者として内外に知らしめる筈じゃった…
ところがじゃ… 明は20歳の誕生日の前夜、突然に姿を消してしまった。父親で陰陽道の師匠でもあるわしに何の相談も話も無く、一枚きりの手紙を残して失踪してしまいおった。
この事に関しては近しい身内にも言ってはおらん。今の今まで、わしだけの秘密にしてきた。
それ以来明は、ここへは帰って来んし何の音沙汰もなく…噂すら聞こえてはこんかった。
その明の残した手紙にはこう書いてあったのじゃ。
************
『父上へ僕は真実を知ってしまった…
そして、あの方の存在と力も…
僕は自分の全てを賭けて、あの方にお仕えする事にした…
父上には明は死んだと思って、お忘れ下さいますよう…
明より』
************
その書置きが明がわしに残した遺言となったのじゃな。それ以来明は、この社会から姿を消してしもうた…そして行方不明となって数年後、明は社会的には死亡した事になったのじゃ…」
話し終えた老陰陽師である安倍賢生の顔に、他人には見せまいとする辛い気持ちがにじみ出ている様に俺は感じた。
俺は、目の前の老人が少し縮んで小さくなったように思った。子を思う親の心とはこんなものかと、俺は少し切ない気持ちになった…
「それで… 逆結界とその明っていうあんたの息子と何か関係があるってのかい?」
酷なようだが、俺としては安倍賢生に尋ねないわけにはいかなかったのだ。
「少し感傷的な話になってしもうたな…
そう… すでに張られている結界に対して逆結界を仕掛けるためには、掛けられている結界をよく理解しておくことが肝心なんじゃよ。
逆結界で元の結界の威力を中和してしまうわけじゃから、風邪を引いている者に風邪薬でなく便秘解消の薬を与えても治らないのと同じ様に、結界に適合しない逆結界では無意味なのはわかるじゃろう。
じゃから、この領域の結界を無効化する逆結界を仕掛けようとする術者は、この領域の結界を熟知していなくてはならん。
わしがお前さんに仕掛けた逆結界は、わしがこの領域の結界を知り抜いているからこそ、お前さんに完璧な作用をもたらすことが出来たわけじゃな。」
そう言って、安倍賢生は俺を見てニヤリと笑った。
「何言ってやがる… そいつのおかげで俺は満月期なのに、死にそうなほど痛い目に遭ったんだぜ…」
だが、じいさんの言った事は俺にもよく理解出来た。
「つまり、バリーに掛けられた逆結界の術式は、この安倍神社を含めたこの領域に掛けられている結界を熟知している術師にしか作り出せないというわけだな、じいさん。」
俺がこう言うと安倍賢生は満足そうに頷いた。
「その『じいさん』というのは気に入らんが、お前さんの言った通りじゃよ。よく理解出来たのう。
お前さんは見かけによらず、なかなか頭は冴えとるようじゃな。」
老陰陽師は俺を見てにやにやと笑ってやがる。見かけもそうだが、食えないじいさんだと俺は思った。
「それで…あんたは、その逆結界を仕掛けた術者がじいさんの次男の明だって言いたいのか?」
俺は当人にとっては答えにくいであろう事を、やんわりとオブラートに包む事などせずストレートに聞いた。
「今となっては、この領域の逆結界を仕掛けることの出来る人間は、わしとここにいる成治だけじゃ。生きておるとすれば明も、もう一人として数えることが出来る…」
俺の目にはじいさんが、次男の明が生きている事を望んでいないように映った。この領域を荒そうとする側に、我が子が加担しているなどと考えたく無いのだろう。その気持ちは俺にも痛いほど分かった。
「じゃが、現実を見なければならんようじゃ。
この玉に刻まれた文字… これは紛れもない、明の手による筆跡じゃ… 父親であるわしには見間違いようがない。」
老陰陽師は目を固く瞑って言った。
「親父… それは本当なのか…?」
鳳 成治もまた、見ているこっちが辛くなるような面持ちで自分の父親を見つめていた。
俺は決して冷血な人間では無い。それに無神経な質でも無かったから、この場の空気にいたたまれなくなってしまった。
この空気… 俺がなんとかしなきゃな。
「ところで、あんたんちのお家事情はともかく… 俺の用件はまだ済んじゃいないんだぜ。
鳳よ、川田明日香はどこだ? それに、あの二人組が彼女の身柄を要求したのは何故なんだ?」俺は、放っておけない自分の仕事を思い出した風を装い、鳳 成治を問い詰めた。
だが…実際のところ、俺にとっては榊原家の家族事情よりも、こっちの方が重要なのは本当の事だった。
何しろ、俺自身が川田明日香の父親から直接に依頼を受けた仕事なんだからな。
「もう、ここまで来て国家機密なんて言う逃げ口上は、通用しないし聞きたくも無いぜ。
俺は川田明日香の父親から正式に彼女の捜索依頼を受けてるんだ、引き下がるわけにはいかない。
話してもらおうか… 日本政府公認である秘密諜報機関の親玉、特務零課長さんよ。」
俺は畳み込む様に鳳 成治に答えを迫った。
老陰陽師の安倍賢生は腕組みをして目をつむったままだったが、鳳 成治は俺に身体の向きを変えて座り直した。
そして、俺の目を見つめて言った。
「千寿… 久しぶりにお前に会ったのに、いろんな事がお前と俺の周りで起こってるようだ。
それに、俺はお前の本当の姿も見てしまった…
お前が話してくれなかったから今日まで知らずに来たが、お前の最大の秘密を知ってしまった以上は、俺もお前に隠しておくわけにはいかんな。
なにせ、今日お前が化け物と死闘を繰り広げる事になったのは、あの化け物どもから俺を助けようとしたのがきっかけだったんだからな。話すよ、千寿…」
そう言って鳳 成治は、ゆっくりと話し始めた。
「まず、川田明日香がこの家にかくまわれているのは本当だ。
お前もすでに知っているようだが、俺がここへ連れてきたんだ。ここが彼女にとって一番安全な場所だと思ったからだ。
だが… あの二人組が襲ってきた以上は、もう安全とは言えなくなってしまったな…
川田明日香を追っている連中は、さっき言った闇ドラッグ『strongest』を精製し新宿一帯に売り捌いている中国マフィアの『地獄會議』の奴らだ。」
「『地獄會議』…?」
俺は聞き覚えのある言葉を耳にして、鳳 成治に聞き返した。
「そうだ… お前もカブキ町に住んで商売をしている人間なら、知ってても当然だろうな。『地獄會議』は、ここ数年来で新宿一帯…特にカブキ町で勢力を伸ばして来た中国マフィアだ。
連中は、あの界隈でも特にあこぎな商売をしているようで、警察や公安当局でも常に目を光らせている危険な奴らだ。 売春や賭博、麻薬の密売でシノギを上げているのはもちろんだが、日本の機密情報の入手なんかも行なっているようだ。つまり、中国情報機関から公式に日本でのスパイ活動も請け負っているわけだ。
『地獄會議』の連中が手に入れた日本の経済界や政治の裏側の機密情報が、中国政府にもたらされているんだ。
日本政府としては、国内でのそんなスパイ行為を黙認する訳にいかないのはもちろんだが、下手な動きをすれば中国から経済的な嫌がらせや、尖閣諸島を含めた領土問題までを取り上げて外交的な圧力がかけられるのは火を見るよりも明らかだ。
俺だって、政府の特務機関のトップである前に一人の日本人だ。
本心を言うと、こんな屈辱的な国内での他国による狼藉を許しておきたくはない。
それに『strongest』の恐ろしい所は、通常の麻薬に見られる常習性や幻覚等によって引き起こされる犯罪行為だけじゃない。
『strongest』を体内に注入した人間は、文字通りに人間では無くなってしまう… お前が獣人化する様に、普通の一般人が怪物と化してしまうんだ。」
ここまで一気にしゃべった鳳 成治は、いったん言葉を切って茶を飲み喉を潤した。
そして、俺と父親である賢生の顔を見比べる様にして、自分の打ち明けた話の反応を見ている。
それまで黙ってずっと鳳の話を聞いていた俺は、ここで話を差しはさんだ。
「ああ、俺ももう関りを持っちまったよ。
俺は今日ここに来る前にカブキ町で『strongest』で怪物化したヤクザの若い衆と戦って、そいつを殺して来た…」
俺の告白を聞いた賢生と成治の親子は、目を見張って驚いていた。
「そのカブキ町での騒ぎは、俺も特務零課の部下からの報告で聞いた。ちょうど、お前がここへ来た頃に…俺はカブキ町に向かおうとしていたところだったんだ。
驚いたな、あれはお前がやった事だったのか…」
鳳 成治が俺に詳細を聞きたがっているのは、目に見えて明らかだった。
俺は自分の体験とデリヘル嬢のシズクから聞いた話の一部始終を、目の前の親子に話してやった。
「そうか… 今のお前の話は有力な情報になる。
『strongest』の絡んだ事件は警察ではなく、うちの特務零課が最終的な処理を担当しているんだ。
警察やマトリの手に入れた情報や押収した証拠、お前の戦った相手の遺体等の全ては特務零課に回されてくる事になっている。
つまり、事実上『strongest』で生じた事件に関する一切の権限は俺に一任されている。」
そう言って鳳は、意味ありげな視線で俺の方を見た。
「つまり、俺がカブキ町からの『strongest』の一掃に乗り出しても、旧友のお前さんとしては見て見ぬふりを決め込む事も出来るって事だな。」
俺はニヤニヤ笑いながら、我が旧友の鳳 成治の目を真っ直ぐ見つめて言った。
すると、鳳も目を逸らすことなく俺の目を真っ直ぐに見つめ返して、やはりニヤリと笑った。
こうしていると、いつも二人でつるんでいたガキの頃を思い出す。たぶん、鳳も俺と同じ気持ちだったのだろう。
「俺は今日、お前とは会っていない… だからお前が何をしようと知った事じゃない。それだけだ…」
鳳はそう言って空中の一点を見つめたが、何かを思い出したように俺の方を見て言った。
「川田明日香に関しては、この家で預かっておくよ。彼女に関してはここが一番安全なんだ。
それに、彼女は『地獄會議』の連中によって洗脳を受け、精神的に自我を崩壊させられている。」
鳳の口から川田明日香についての驚くべき話を聞いた俺は、思わず力が入って持っていた茶碗を握りつぶしてしまった。ほんの少しだけ中に残っていたお茶が、割れた茶碗の破片と共にわずかに飛び散った。
それで俺は落ち着きを取り戻したが下手をするともう少しで我を失い、目の前の分厚い一枚物の板で作られた座卓の縁を引きちぎるところだった…
「すまん…」
俺は二人に詫びたが、茶碗の割れる音を聞いて榊原|アテナが駆けつけてきた。すぐに手際よく俺の粗相を片付けてくれた。
「すまんのお、アテナさんや。」
俺が謝るより先に賢生がアテナに言った。俺は黙って頭を下げてアテナに謝意を示した。
アテナは男だけでは無く女でもうっとりする様な美しい微笑みを浮かべて首を横に振り、片付けた茶碗と布巾を持って立ち上がり部屋から立ち去った。
そして、すぐに淹れたての新しいお茶を運んで来てくれた。お茶を皆に配り終えても今度はアテナは部屋から去ろうとせずに席に着いて座った。
「川田明日香さんの身柄は、この家で預からせていただきます。彼女には私の治療が必要なのです。」
アテナが日本人でも難しいほどの美しい姿勢で正座をした状態で、俺の目を真っ直ぐに見つめる様に言った。言ったというよりも、その口調は宣言する様に揺るぎの無い断固としたものだった。
俺は彼女のルネッサンス期の彫像のように美しい容貌よりも、その毅然とした態度の方に圧倒されてしまった。
この女性は人を引き付けずにはおかない魅力と、人を従わせずにはおかない威厳の両方のカリスマ性を兼ね備えていた。しかも、その相手の精神に働きかける圧倒的な『力』は彼女が生来持っているモノらしかった。
あんな『力』は俺の獣人としての能力と同じで、後天的に与えられて身につくものでは絶対に無い。
そのアテナが宣言した事に、この俺でさえ異を唱える事は出来なかったのだ。その凄まじいまでの彼女の持つカリスマ性…いや、女神性とでも言うのが相応しいかもしれない魅力には、この俺でも逆らうことなど思いも寄らなかった。
「アテナさん… あんたなら、川田明日香を救う事が出来るんだな…?」
俺は彼女の言った事に疑問を持っていた訳では無かったが、そう口にせずにはいられなかった。
「ああ、わし達もアテナさんの起こす奇跡を何度もまざまざと見せられたわい。心配には及ばんよ。
お前さんにも本心では彼女の言う事が真実なのは、もう分かっておるのじゃろう?」
老陰陽師のじいさんが代わりに答えたが、まさしくそうなのだ。実際、俺にも分かっていたのだった。
彼女の言う事には疑問の余地が無いことを、それに彼女が口にする事がいかに聞いた者にこれ以上の無い安心感をもたらすかを…
「分かった… 川田明日香は彼女が正気を取り戻すまでの間、この家に…アテナさんに預ける事にしよう。
その代わり、何かあったり俺の助けが必要な時は必ず報せてくれ。それだけは守ってもらうぜ。」
俺は三人の誰に言うともなく、自分自身に対してもそう宣言した。
三人とも一様に頷いていた。俺は川田明日香に関して依頼を受けてから、初めて安堵を覚えた。
俺はこの家の人々を前にして、風祭聖子以外に初めて安心して背中を預けられる心地がした。少々くすぐったかったが、こんな感情も悪くはないなと俺は心の中で思った。
この家の中でも、榊原アテナに対する俺の信頼は絶大なものとなった。
俺がこの女性のためなら命を懸けてもいいと思ったのは、今は亡き自分の母親と聖子以外では榊原アテナが三人目だった。
俺は依頼人の川田氏には、中国マフィアに追われている娘の明日香が、これ以上ないくらい安全な所に匿われている事を報告する事にした。
だが、明日香が精神を崩壊させられている事については伏せておくことにした。これは娘の身を心配する親に話せることでは無かったからだ。
しがない風俗探偵の俺にだってそのくらいの気遣いは出来るし、娘を想う父親の心情を配慮すべきだと思うぐらいには大人だったのだ。
とりあえず、川田明日香を榊原アテナとこの家に委ねる事にした俺は、アテナから夕食に招かれたので遠慮すせずに相伴に与る事にした。
本来の俺は賑やかな食事と言うのは苦手なのだが… 川田明日香の今後についてや、安倍賢生と鳳 成治親子との話をするのにも都合が良かった。
しかし、何より俺自身の差し迫った緊急と言ってもいい事情があったのだ。バリーとの戦闘と、その後の身体中に負った瀕死の重傷からの肉体の再生と修復にかなりのエネルギーを費やしたために、俺の肉体は大量のカロリーの摂取を早急に必要としていたのだ。
つまり… 早い話が、俺は腹が減って仕方が無かったのだ。
まるで子供の様だが、不死身と言う能力も万能では無く、生物としての肉体の再生・修復を本来の数十倍から数百倍のスピードで行なう訳だから、一気に体内のカロリーを代謝・消費してしまうのも仕方の無い事ではあった。
俺は何日も飯を食っていなかった餓鬼のように、アテナが用意した料理を何人分もガツガツとあっという間に平らげてしまった。
俺としては初対面の美しいアテナの前で少々恥ずかしかったが彼女を含めたこの家の面々は、おかしな事に驚くでも無く不思議がる事も全然無かったのだ。
この反応には俺の方が面食らってしまったが、アテナが微笑みながら教えてくれた事には、この家にも俺と同じ様な大食漢がいるらしかった。何でも大暴れした後は、俺と同じ様にガツガツと大量の飯を食うらしい。
それが驚いた事に、その人物は当家の一人娘だという事だった。この美しいアテナを母としながら、いったいどんなバケモノの様な大女なのかと俺は想像しようとしたがやめた。
非の打ちどころの全く無い、美しいアテナの容姿を汚すような想像はしたくなかったからだ。だが、一度くらいはその娘の顔を見て見たいという興味が起こったのは事実だった。
食事と話が終わった後で、アテナが寝床を用意したので泊まっていくようにと勧めてくれたのだが、さすがに俺もこれに関しては辞退した。
俺はアテナに食事の礼を言い、鳳と安倍賢生にも川田明日香の事をくれぐれも頼んだ後、愛車の『ロシナンテ』に乗って榊原家を後にした。
『ロシナンテ』に乗って少し走らせた俺は途中で車を停めて、俺の事を心配しているであろう榊原聖子に無事である事と、ひと眠りしたら帰る旨の連絡を入れた。
そして、そのまま『ロシナンテ』の中で車中泊をすることにして運転席のシートを倒した俺は眠りに就いた。
ここにきて、川田氏の依頼から始まった俺の長い一日がやっと終わった…
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※①:『ニケ… 翼ある少女 : 第6話「祖父… 大陰陽師、安倍賢生」』参照
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この老陰陽師は、俺よりもむしろ息子の鳳 成治に聞かせようとしているみたいだった。
「探偵さんや… わしには三人の倅がおった。(※①)長男の榊原竜太郎は当榊原家の主人でアテナの夫じゃ。
ここにおる鳳 成治は名前こそ榊原姓では無いが、れっきとしたわしの血を引く三番目の息子じゃ。
そして、二人の間には竜太郎と同じ母親から生まれた、次男となるもう一人の倅がおった。
名前を明、榊原明と言う。明は行方不明になり、数年経った後に社会的に死亡と認定されたのじゃ。
もちろん、わしら家族は明の死を認めたくは無かった。じゃが、やがては諦めざるを得なかった。
明が行方不明となったのは、成治が小学6年生じゃったから今からちょうど25年前の話じゃ。明は19歳で間もなく成人式を迎えるところだったのじゃ…
明は神隠しのように突然にいなくなったのじゃ。
じゃが、安倍神社の次期当主が神隠しなどと言う発表を公式には出来ぬこと故、ごく近い身内以外に対する明の表向きの扱いは事故による行方不明という事になっておる。警察にもそう届けてあるのじゃ。
当時、まだ小さかった成治もそう信じておる筈じゃが、どうじゃ?」
じいさんは息子の鳳 成治に話を振った。俺も自然と鳳の方を見た。
「ああ… もちろん俺は明兄さんが行方不明になった事も死んだ事も、今の今まで疑った事なんて無かったさ。でも…親父が何を言いたいのか俺にはさっぱり分からない…」
俺の見たところでは鳳 成治は父親から聞かされた事でパニックになっている様だった。
無理もない… 鳳と俺が一緒に、外を元気に駆けまわっていた小学6年生の頃の話だ。兄が亡くなった事のショックで当時の鳳は何も分からなかっただろう。当時から親友だった俺も、鳳からその事について話を聞かされたり相談を受けた記憶はない。
「とにかく、当時19歳だった明は陰陽道に関しては既にわしに匹敵する才能を持っておった。その頃のわしは、明を後継者にすることに何の迷いも不安も持ってはおらなんだ。
20歳の誕生日をもって、正式に明には陰陽術の最終段階の奥義を授ける予定だったのじゃ。それさえ完了すれば、明を正式に安部神社におけるわしの後継者として内外に知らしめる筈じゃった…
ところがじゃ… 明は20歳の誕生日の前夜、突然に姿を消してしまった。父親で陰陽道の師匠でもあるわしに何の相談も話も無く、一枚きりの手紙を残して失踪してしまいおった。
この事に関しては近しい身内にも言ってはおらん。今の今まで、わしだけの秘密にしてきた。
それ以来明は、ここへは帰って来んし何の音沙汰もなく…噂すら聞こえてはこんかった。
その明の残した手紙にはこう書いてあったのじゃ。
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『父上へ僕は真実を知ってしまった…
そして、あの方の存在と力も…
僕は自分の全てを賭けて、あの方にお仕えする事にした…
父上には明は死んだと思って、お忘れ下さいますよう…
明より』
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その書置きが明がわしに残した遺言となったのじゃな。それ以来明は、この社会から姿を消してしもうた…そして行方不明となって数年後、明は社会的には死亡した事になったのじゃ…」
話し終えた老陰陽師である安倍賢生の顔に、他人には見せまいとする辛い気持ちがにじみ出ている様に俺は感じた。
俺は、目の前の老人が少し縮んで小さくなったように思った。子を思う親の心とはこんなものかと、俺は少し切ない気持ちになった…
「それで… 逆結界とその明っていうあんたの息子と何か関係があるってのかい?」
酷なようだが、俺としては安倍賢生に尋ねないわけにはいかなかったのだ。
「少し感傷的な話になってしもうたな…
そう… すでに張られている結界に対して逆結界を仕掛けるためには、掛けられている結界をよく理解しておくことが肝心なんじゃよ。
逆結界で元の結界の威力を中和してしまうわけじゃから、風邪を引いている者に風邪薬でなく便秘解消の薬を与えても治らないのと同じ様に、結界に適合しない逆結界では無意味なのはわかるじゃろう。
じゃから、この領域の結界を無効化する逆結界を仕掛けようとする術者は、この領域の結界を熟知していなくてはならん。
わしがお前さんに仕掛けた逆結界は、わしがこの領域の結界を知り抜いているからこそ、お前さんに完璧な作用をもたらすことが出来たわけじゃな。」
そう言って、安倍賢生は俺を見てニヤリと笑った。
「何言ってやがる… そいつのおかげで俺は満月期なのに、死にそうなほど痛い目に遭ったんだぜ…」
だが、じいさんの言った事は俺にもよく理解出来た。
「つまり、バリーに掛けられた逆結界の術式は、この安倍神社を含めたこの領域に掛けられている結界を熟知している術師にしか作り出せないというわけだな、じいさん。」
俺がこう言うと安倍賢生は満足そうに頷いた。
「その『じいさん』というのは気に入らんが、お前さんの言った通りじゃよ。よく理解出来たのう。
お前さんは見かけによらず、なかなか頭は冴えとるようじゃな。」
老陰陽師は俺を見てにやにやと笑ってやがる。見かけもそうだが、食えないじいさんだと俺は思った。
「それで…あんたは、その逆結界を仕掛けた術者がじいさんの次男の明だって言いたいのか?」
俺は当人にとっては答えにくいであろう事を、やんわりとオブラートに包む事などせずストレートに聞いた。
「今となっては、この領域の逆結界を仕掛けることの出来る人間は、わしとここにいる成治だけじゃ。生きておるとすれば明も、もう一人として数えることが出来る…」
俺の目にはじいさんが、次男の明が生きている事を望んでいないように映った。この領域を荒そうとする側に、我が子が加担しているなどと考えたく無いのだろう。その気持ちは俺にも痛いほど分かった。
「じゃが、現実を見なければならんようじゃ。
この玉に刻まれた文字… これは紛れもない、明の手による筆跡じゃ… 父親であるわしには見間違いようがない。」
老陰陽師は目を固く瞑って言った。
「親父… それは本当なのか…?」
鳳 成治もまた、見ているこっちが辛くなるような面持ちで自分の父親を見つめていた。
俺は決して冷血な人間では無い。それに無神経な質でも無かったから、この場の空気にいたたまれなくなってしまった。
この空気… 俺がなんとかしなきゃな。
「ところで、あんたんちのお家事情はともかく… 俺の用件はまだ済んじゃいないんだぜ。
鳳よ、川田明日香はどこだ? それに、あの二人組が彼女の身柄を要求したのは何故なんだ?」俺は、放っておけない自分の仕事を思い出した風を装い、鳳 成治を問い詰めた。
だが…実際のところ、俺にとっては榊原家の家族事情よりも、こっちの方が重要なのは本当の事だった。
何しろ、俺自身が川田明日香の父親から直接に依頼を受けた仕事なんだからな。
「もう、ここまで来て国家機密なんて言う逃げ口上は、通用しないし聞きたくも無いぜ。
俺は川田明日香の父親から正式に彼女の捜索依頼を受けてるんだ、引き下がるわけにはいかない。
話してもらおうか… 日本政府公認である秘密諜報機関の親玉、特務零課長さんよ。」
俺は畳み込む様に鳳 成治に答えを迫った。
老陰陽師の安倍賢生は腕組みをして目をつむったままだったが、鳳 成治は俺に身体の向きを変えて座り直した。
そして、俺の目を見つめて言った。
「千寿… 久しぶりにお前に会ったのに、いろんな事がお前と俺の周りで起こってるようだ。
それに、俺はお前の本当の姿も見てしまった…
お前が話してくれなかったから今日まで知らずに来たが、お前の最大の秘密を知ってしまった以上は、俺もお前に隠しておくわけにはいかんな。
なにせ、今日お前が化け物と死闘を繰り広げる事になったのは、あの化け物どもから俺を助けようとしたのがきっかけだったんだからな。話すよ、千寿…」
そう言って鳳 成治は、ゆっくりと話し始めた。
「まず、川田明日香がこの家にかくまわれているのは本当だ。
お前もすでに知っているようだが、俺がここへ連れてきたんだ。ここが彼女にとって一番安全な場所だと思ったからだ。
だが… あの二人組が襲ってきた以上は、もう安全とは言えなくなってしまったな…
川田明日香を追っている連中は、さっき言った闇ドラッグ『strongest』を精製し新宿一帯に売り捌いている中国マフィアの『地獄會議』の奴らだ。」
「『地獄會議』…?」
俺は聞き覚えのある言葉を耳にして、鳳 成治に聞き返した。
「そうだ… お前もカブキ町に住んで商売をしている人間なら、知ってても当然だろうな。『地獄會議』は、ここ数年来で新宿一帯…特にカブキ町で勢力を伸ばして来た中国マフィアだ。
連中は、あの界隈でも特にあこぎな商売をしているようで、警察や公安当局でも常に目を光らせている危険な奴らだ。 売春や賭博、麻薬の密売でシノギを上げているのはもちろんだが、日本の機密情報の入手なんかも行なっているようだ。つまり、中国情報機関から公式に日本でのスパイ活動も請け負っているわけだ。
『地獄會議』の連中が手に入れた日本の経済界や政治の裏側の機密情報が、中国政府にもたらされているんだ。
日本政府としては、国内でのそんなスパイ行為を黙認する訳にいかないのはもちろんだが、下手な動きをすれば中国から経済的な嫌がらせや、尖閣諸島を含めた領土問題までを取り上げて外交的な圧力がかけられるのは火を見るよりも明らかだ。
俺だって、政府の特務機関のトップである前に一人の日本人だ。
本心を言うと、こんな屈辱的な国内での他国による狼藉を許しておきたくはない。
それに『strongest』の恐ろしい所は、通常の麻薬に見られる常習性や幻覚等によって引き起こされる犯罪行為だけじゃない。
『strongest』を体内に注入した人間は、文字通りに人間では無くなってしまう… お前が獣人化する様に、普通の一般人が怪物と化してしまうんだ。」
ここまで一気にしゃべった鳳 成治は、いったん言葉を切って茶を飲み喉を潤した。
そして、俺と父親である賢生の顔を見比べる様にして、自分の打ち明けた話の反応を見ている。
それまで黙ってずっと鳳の話を聞いていた俺は、ここで話を差しはさんだ。
「ああ、俺ももう関りを持っちまったよ。
俺は今日ここに来る前にカブキ町で『strongest』で怪物化したヤクザの若い衆と戦って、そいつを殺して来た…」
俺の告白を聞いた賢生と成治の親子は、目を見張って驚いていた。
「そのカブキ町での騒ぎは、俺も特務零課の部下からの報告で聞いた。ちょうど、お前がここへ来た頃に…俺はカブキ町に向かおうとしていたところだったんだ。
驚いたな、あれはお前がやった事だったのか…」
鳳 成治が俺に詳細を聞きたがっているのは、目に見えて明らかだった。
俺は自分の体験とデリヘル嬢のシズクから聞いた話の一部始終を、目の前の親子に話してやった。
「そうか… 今のお前の話は有力な情報になる。
『strongest』の絡んだ事件は警察ではなく、うちの特務零課が最終的な処理を担当しているんだ。
警察やマトリの手に入れた情報や押収した証拠、お前の戦った相手の遺体等の全ては特務零課に回されてくる事になっている。
つまり、事実上『strongest』で生じた事件に関する一切の権限は俺に一任されている。」
そう言って鳳は、意味ありげな視線で俺の方を見た。
「つまり、俺がカブキ町からの『strongest』の一掃に乗り出しても、旧友のお前さんとしては見て見ぬふりを決め込む事も出来るって事だな。」
俺はニヤニヤ笑いながら、我が旧友の鳳 成治の目を真っ直ぐ見つめて言った。
すると、鳳も目を逸らすことなく俺の目を真っ直ぐに見つめ返して、やはりニヤリと笑った。
こうしていると、いつも二人でつるんでいたガキの頃を思い出す。たぶん、鳳も俺と同じ気持ちだったのだろう。
「俺は今日、お前とは会っていない… だからお前が何をしようと知った事じゃない。それだけだ…」
鳳はそう言って空中の一点を見つめたが、何かを思い出したように俺の方を見て言った。
「川田明日香に関しては、この家で預かっておくよ。彼女に関してはここが一番安全なんだ。
それに、彼女は『地獄會議』の連中によって洗脳を受け、精神的に自我を崩壊させられている。」
鳳の口から川田明日香についての驚くべき話を聞いた俺は、思わず力が入って持っていた茶碗を握りつぶしてしまった。ほんの少しだけ中に残っていたお茶が、割れた茶碗の破片と共にわずかに飛び散った。
それで俺は落ち着きを取り戻したが下手をするともう少しで我を失い、目の前の分厚い一枚物の板で作られた座卓の縁を引きちぎるところだった…
「すまん…」
俺は二人に詫びたが、茶碗の割れる音を聞いて榊原|アテナが駆けつけてきた。すぐに手際よく俺の粗相を片付けてくれた。
「すまんのお、アテナさんや。」
俺が謝るより先に賢生がアテナに言った。俺は黙って頭を下げてアテナに謝意を示した。
アテナは男だけでは無く女でもうっとりする様な美しい微笑みを浮かべて首を横に振り、片付けた茶碗と布巾を持って立ち上がり部屋から立ち去った。
そして、すぐに淹れたての新しいお茶を運んで来てくれた。お茶を皆に配り終えても今度はアテナは部屋から去ろうとせずに席に着いて座った。
「川田明日香さんの身柄は、この家で預からせていただきます。彼女には私の治療が必要なのです。」
アテナが日本人でも難しいほどの美しい姿勢で正座をした状態で、俺の目を真っ直ぐに見つめる様に言った。言ったというよりも、その口調は宣言する様に揺るぎの無い断固としたものだった。
俺は彼女のルネッサンス期の彫像のように美しい容貌よりも、その毅然とした態度の方に圧倒されてしまった。
この女性は人を引き付けずにはおかない魅力と、人を従わせずにはおかない威厳の両方のカリスマ性を兼ね備えていた。しかも、その相手の精神に働きかける圧倒的な『力』は彼女が生来持っているモノらしかった。
あんな『力』は俺の獣人としての能力と同じで、後天的に与えられて身につくものでは絶対に無い。
そのアテナが宣言した事に、この俺でさえ異を唱える事は出来なかったのだ。その凄まじいまでの彼女の持つカリスマ性…いや、女神性とでも言うのが相応しいかもしれない魅力には、この俺でも逆らうことなど思いも寄らなかった。
「アテナさん… あんたなら、川田明日香を救う事が出来るんだな…?」
俺は彼女の言った事に疑問を持っていた訳では無かったが、そう口にせずにはいられなかった。
「ああ、わし達もアテナさんの起こす奇跡を何度もまざまざと見せられたわい。心配には及ばんよ。
お前さんにも本心では彼女の言う事が真実なのは、もう分かっておるのじゃろう?」
老陰陽師のじいさんが代わりに答えたが、まさしくそうなのだ。実際、俺にも分かっていたのだった。
彼女の言う事には疑問の余地が無いことを、それに彼女が口にする事がいかに聞いた者にこれ以上の無い安心感をもたらすかを…
「分かった… 川田明日香は彼女が正気を取り戻すまでの間、この家に…アテナさんに預ける事にしよう。
その代わり、何かあったり俺の助けが必要な時は必ず報せてくれ。それだけは守ってもらうぜ。」
俺は三人の誰に言うともなく、自分自身に対してもそう宣言した。
三人とも一様に頷いていた。俺は川田明日香に関して依頼を受けてから、初めて安堵を覚えた。
俺はこの家の人々を前にして、風祭聖子以外に初めて安心して背中を預けられる心地がした。少々くすぐったかったが、こんな感情も悪くはないなと俺は心の中で思った。
この家の中でも、榊原アテナに対する俺の信頼は絶大なものとなった。
俺がこの女性のためなら命を懸けてもいいと思ったのは、今は亡き自分の母親と聖子以外では榊原アテナが三人目だった。
俺は依頼人の川田氏には、中国マフィアに追われている娘の明日香が、これ以上ないくらい安全な所に匿われている事を報告する事にした。
だが、明日香が精神を崩壊させられている事については伏せておくことにした。これは娘の身を心配する親に話せることでは無かったからだ。
しがない風俗探偵の俺にだってそのくらいの気遣いは出来るし、娘を想う父親の心情を配慮すべきだと思うぐらいには大人だったのだ。
とりあえず、川田明日香を榊原アテナとこの家に委ねる事にした俺は、アテナから夕食に招かれたので遠慮すせずに相伴に与る事にした。
本来の俺は賑やかな食事と言うのは苦手なのだが… 川田明日香の今後についてや、安倍賢生と鳳 成治親子との話をするのにも都合が良かった。
しかし、何より俺自身の差し迫った緊急と言ってもいい事情があったのだ。バリーとの戦闘と、その後の身体中に負った瀕死の重傷からの肉体の再生と修復にかなりのエネルギーを費やしたために、俺の肉体は大量のカロリーの摂取を早急に必要としていたのだ。
つまり… 早い話が、俺は腹が減って仕方が無かったのだ。
まるで子供の様だが、不死身と言う能力も万能では無く、生物としての肉体の再生・修復を本来の数十倍から数百倍のスピードで行なう訳だから、一気に体内のカロリーを代謝・消費してしまうのも仕方の無い事ではあった。
俺は何日も飯を食っていなかった餓鬼のように、アテナが用意した料理を何人分もガツガツとあっという間に平らげてしまった。
俺としては初対面の美しいアテナの前で少々恥ずかしかったが彼女を含めたこの家の面々は、おかしな事に驚くでも無く不思議がる事も全然無かったのだ。
この反応には俺の方が面食らってしまったが、アテナが微笑みながら教えてくれた事には、この家にも俺と同じ様な大食漢がいるらしかった。何でも大暴れした後は、俺と同じ様にガツガツと大量の飯を食うらしい。
それが驚いた事に、その人物は当家の一人娘だという事だった。この美しいアテナを母としながら、いったいどんなバケモノの様な大女なのかと俺は想像しようとしたがやめた。
非の打ちどころの全く無い、美しいアテナの容姿を汚すような想像はしたくなかったからだ。だが、一度くらいはその娘の顔を見て見たいという興味が起こったのは事実だった。
食事と話が終わった後で、アテナが寝床を用意したので泊まっていくようにと勧めてくれたのだが、さすがに俺もこれに関しては辞退した。
俺はアテナに食事の礼を言い、鳳と安倍賢生にも川田明日香の事をくれぐれも頼んだ後、愛車の『ロシナンテ』に乗って榊原家を後にした。
『ロシナンテ』に乗って少し走らせた俺は途中で車を停めて、俺の事を心配しているであろう榊原聖子に無事である事と、ひと眠りしたら帰る旨の連絡を入れた。
そして、そのまま『ロシナンテ』の中で車中泊をすることにして運転席のシートを倒した俺は眠りに就いた。
ここにきて、川田氏の依頼から始まった俺の長い一日がやっと終わった…
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※①:『ニケ… 翼ある少女 : 第6話「祖父… 大陰陽師、安倍賢生」』参照
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