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第9話「不死身同士の戦い! 風俗探偵vs.ミノタウロス」
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「ファイヤーッ!」
聖子の掛け声と同時に、『ロシナンテ』のPassenger seat キャノンから30mm機関砲の三連バースト砲撃が撃ち出された。
「ドンッドンッドンッ!!!」
狙いを外す事なく、PSキャノンから発射された三発の30mm徹甲弾がバリーの腹部に吸い込まれていく。
「ドスッ! ドシュッ! バシューッ!」
三発目の30mm徹甲弾はバリーの背中をぶち抜いた後、後方へ飛び去った。バリーの身体は三発の着弾の運動エネルギーで数m吹っ飛び、地響きを立てて後ろ向きに地面に転がった。
「やったぜ… さすがは俺の『ロシナンテ』…」
俺は安心と出血多量とで意識を失いかけた… だが視界の片隅にバリーの身体が動き始めたのが映った途端、目をクワッと見開いて意識を取り戻した。
「なんてこった… これでも、まだヤツは死なないってのか…?」俺は絶望した様につぶやいた。しかし、絶望して死んでなどいられるか。俺はスマートウォッチで聖子に命令した。「聖子君! PSキャノンをグレネードランチャーに切り替えろ! 使用擲弾は火炎弾を装填、急げ!」
「了解、所長! PSGランチャーに火炎弾装填! 装填完了!」聖子からの返事が返ったと同時に、俺は即座に命令した。「撃てえっ!」
「ポンッ!」 少々マヌケな射出音と共にPSGランチャー(Passenger seat Grenade launcher)の擲弾発射筒から、火炎弾がバリーに向けて発射された。
そして、立ち上がりかけていたバリーの胸に火炎弾が着弾し炸裂炎上した。バリーの着ている黒のトレンチコートが激しく燃え上がる。
「ブモウウーッ!」
さすがのバリーも燃え上がる自分の身体に慌てふためき、炎を消すべく転げまわった。
「よし、聖子君! 二撃目発射っ!」
俺は休むことなく、聖子に二撃目の火炎弾発射を命じた。
「ポンッ!」
うつぶせになって転げていたバリーの背中に、再び火炎弾が着弾し炸裂炎上した。
「ブモッ…ブモモウウッー!」
バリーの身に着けていた黒の中折れ帽はとっくに脱げ落ちていたが、顔にグルグルに巻いていた大量の包帯も、黒のトレンチコートも火炎弾の炎でほとんどが燃えてしまい、バリーの生身の全身が姿を現した。
バリーは裸体の所々が火が燻って燃えたまま、ゆっくりと立ち上がった。
「駄目か… アイツはどうやっても倒せないのか… ゴフッ…」
俺は力が尽きそうになり、大量の泡状の血を吐き出した。血のかかった左腕にはめていたスマートウォッチが目に入った俺は、一緒に左腕にはまっていた数珠に気が付いた。
「これは…榊原アテナに渡された逆結界の数珠… 逆五芒星… そうかっ! 分かったぞ!」
俺は最後の力を振り絞り、右手で黒の数珠で作られた腕輪を引きちぎった。文字が刻まれた黒の数珠玉は四方に飛び散った。
その瞬間!
俺の全身が白く眩い光を発した。
「ぐおおおおうっ!」
俺の全身に月齢13日の満月のパワーが流入し、無限の力が漲ってくる…
俺の身体に変化が起こる… 獣人化現象(zoanthropy)だ。
「バキバキバキッ!」
俺の口の中では発達した逞しい犬歯が伸びて牙へと変わり、両手両足の爪が硬く伸びていく。
そして、俺の身体中の体毛が逆立ち、太く長く伸び始めた白い剛毛で全身が覆われていった…
「ぐわおおおおううっ!」
牙を剥き出して大きく吠えた俺の顔全体が、白く濃い眉と髭で覆われていく…
そして、顔と全身を覆った白い体毛に現れた黒い縞の模様… それはまさしく虎の模様だった!
そうだ… 俺は虎人間だったのだ。これが真実の俺の姿!
「俺は不死身の白虎だああっ!」
叫び声と共に、バリーに負わされた俺の全身の傷が見る見るうちに治っていく… 折れた全身の骨と傷が凄まじい勢いで再生され修復されていった。
肺や内臓に折れて突き刺さっていた数本の肋骨も全部元に戻り、破裂していた内臓も修復された。これらの再生と修復はわずか数秒で完了した。
獣人化現象で賦活化された細胞の再生は、俺に恍惚感をもたらす。
俺は射精する瞬間の様な表情を浮かべて大量の涎を垂らしながら、自分が倒すべき敵を見た…
バリー… 驚いたことにヤツもまた再生を遂げていた。
火傷の跡も、三連バースト弾で開けられた腹の穴の痕跡すら微塵も残さない、修復された逞しい筋肉のヨロイで包まれた灰色の巨体…
そして… 帽子と包帯の無くなったヤツの顔を見た俺は、楽しくて笑いが止まらなかった。
バリーの正体は俺と同じく獣人だった…
しかし、ヤツの頭部は雄の水牛のそれだった。
逞しく太く、そして湾曲した大きな角を持つ水牛の頭部を持ったそいつの正体こそ…
「ミノタウロス…」
俺は…考えた訳でも誰かに教えられた訳でも無く、自然にその言葉をつぶやいていた。
それ以上の言葉は、二体の獣人と化した二人には必要無かった。
「ぐわおおおおっ!」
「ブモオオオオッ!」
俺達は雄叫びを上げて、互いに相手に向かって真っすぐに突進した。
********************
「何だ… あれは…? 千寿は獣人だったのか…?」
千寿 理の旧友である鳳 成治は茫然として旧友の獣人化現象を見つめていた。
「うむ… あれは、まぎれもない白虎じゃな… 神獣じゃよ。」
式神の狛犬達が倒された後、いつの間にか榊原家の家屋の方に移動していた安倍賢生が、息子である成治に対して言った。
「神獣の白虎… では、彼が四神獣の一つである白虎だったのですね… お義父さま…」
榊原アテナが隣に立った賢生に聞いた。
「そうじゃよ、アテナさん。白虎は妖怪や魔の世界のモノではない。四象の一つで西を司る神獣…とされておる。
わしも、まさか本物を目にする事になるとは思わなんだが… じゃが、彼奴は白虎そのものでは無く、半分は人間の様じゃな…
わしがアテナさんに渡した逆結界の腕輪で、今まで真の力を封じ込められていたのじゃ。
しかし、あのもう一体の牛頭の方は… あれはわしにはさっぱり分からんわい…」
賢生が首をひねって言った。
「お義父さま、あれはミノタウロス… ギリシア神話に登場する伝説の牛頭人身の怪物ですわ。でも、なぜアレがこの現代の日本に現れたのかは私にも分かりません…」
美しい眉をひそめてアテナが賢生に説明した。
「とにかく、俺には何の事かさっぱり分からないが… あの戦っている化け物どもは二人とも川田明日香を目当てにここへ来たのには間違いない。彼女を渡すわけには絶対にいかない。」
鳳 成治が誰に言うともなく、固い決意を込めてつぶやいた。
********************
俺達はがっぷり四つに組んで獣人相撲を…取らなかった。俺は脳みそまで獣人化したわけではない。
俺は身長180cmに70kgそこそこのスリムな白虎で、片やバリーは身長2m60cmに体重も200kgオーバーのバケモノ牛野郎だ。
不死身の獣人同士でも、こんなにガタイのハンデがあるんだ。まともに組み合うには分が悪すぎる。俺は一計を考えた。
俺は自分を牛若丸に、バリーを弁慶に見立てて空中殺法を繰り出す事にしたのだ。
突進してくるバリーに対し、俺は自分の考えた策を実行する地点までヤツを誘った。そして頃合いを見計らって俺からもヤツに突進した。
お互いの地響きを立てての突進の末、激突する寸前に俺はバリーの角を両手でつかんで大地を力一杯蹴った。器械体操の鞍馬の要領だ。
俺自らの突進からの跳躍にバリーが角で俺を上に突き上げようとする力も加わり、俺の身体は体操選手のように軽々と上空へと跳ね上がった。
跳ね上がった先には俺の計算通り、さっきバリーが俺を叩きつけた庭木の大木があった。俺は目を付けていた大木に張り出した大ぶりの枝に飛びつき、鉄棒の様に身体を大車輪で回転させながら自分の飛んでいく方向をバリーへと向けて微妙に修正した。
鉄棒での大車輪の回転エネルギーがさらに加わった俺は、バリーの背中に体重と落下速度を加えた両爪先蹴りを一気にお見舞いしてやった。
「喰らえ! 化け物っ!」
「ブモオオオッ!!」
今度はさっきの千寿 理としての蹴りではない。重力加速度にプラスして、白虎としての俺の桁外れの超人パワーを加えた両爪先蹴りだ。しかも、俺の爪先には必殺の鉄板が仕込んである。
俺の両爪先は、見事にバリーの背中から厚い胸板までを文字通り貫いた。ヤツの胸からは俺の両足の爪先が踵まで「コンニチハ」と顔をのぞかせていた。
だが、俺は再びヤツの強靭な筋肉に両足を囚われる愚を二度と犯すつもりはなかった。 俺は結果に満足することなく、すぐさまバリーの肩に両手をかけて踏ん張り、突き抜けた両足をヤツの身体から引き抜いた。
そして両脚の引き抜き際に、俺は逞しく太いヤツの左の角の付け根にカブリついた。
「ブッ、ブモウーッ! ブモーッ!」
バリーは途轍もない激痛が走ったようだ。激しい絶叫を上げながら、必死に巨体を激しく揺り動かして俺を振り落とそうとする。
だが、俺も怪力なら負けはしなかった。ヤツの左の角をつかみながら、噛みついた牙を決して離さずに砕けよとばかりに噛みしめた。
「バキ、バキッ、バキバキバキッ!」
獣人化した俺の逞しく発達した白虎の顎と牙で噛み砕けぬ物など、この世に存在しなかった。
「メキッメキメキッ! ブチブチッー!」
俺は噛み砕きながら、怪力でバリーの頭から左の角をもぎ取った。
「ブッ、ブモオオオッ… ゴフッ、グボッ!」
今度はバリーが絶叫を上げながら大量の血の泡を吹き出した。
当たり前だ…俺の両足は確実にヤツの心臓と肺を貫き、頭からは角の一本を根元から食いちぎったのだ。俺は引きちぎったヤツの角を遠くへ放り投げた。
「さあ、これでも再生するか…? ミノタウロスさんよ…」
俺はそう言いながらも油断はしなかった。注意深くヤツの様子を窺う…
「ズシーンッ!」
物凄い地響きを立てて、バリーの身体が地面に倒れ込んだ。
さすがのヤツも立っている事は出来ない様だった。
「ブッ、ブモモウーッ! グフッゴボボッ!」
そして両手で俺に角をもぎ取られた左の頭部を押さえて血を吐き、喚き散らしながら地面でのたうち回った。
その時、大声で俺に呼びかける者がいた。
「白虎よう! そ奴の身体に逆五芒星の印が何処かにあるはずじゃ!それを探すのじゃ!」
振り返ると榊原家の軒下にたたずむ三人の姿があった。
俺の旧友鳳 成治に、ヤツの義姉である榊原アテナ、そして今大声で俺に呼びかけてきた安倍賢生の三人だった。
あいつら、戦いの一部始終を見てやがったのか… まあいい…
俺はジイさんに言われた通りに、倒れたバリーの身体に逆結界の印を探そうとした。すると、その時だった…
「させるかよ、トラ野郎っ!」
叫び声がしたと同時に俺の右手に何かが凄い勢いで巻き付いてきた。
それはライラの手にした鞭だった。俺の右腕に巻き付いた鞭をよく見ると、皮で編まれた表面に金属製の鋭く細かい刃がびっしりと無数に埋め込まれていた。
この鞭を、ライラの目にも止まらない高速の鞭捌きで身体に喰らったら、文字通りズタズタに切り裂かれるだろう。
いや、四肢ならば簡単に切断されてしまうに違いなかった。
しかし、ライラにとっては相手が悪かった…
今の俺は、最強無敵の獣人である不死身の白虎だったのだ。ライラの鞭に巻き付かれ切り裂かれた俺の腕はすぐに再生し傷が塞がった。俺にとっては痛くも痒くもなかった。
俺は右手に巻き付いている鞭を軽く引っ張った。俺にとってはほんの軽くだ。
「キャアッ!」
意外に可愛い悲鳴が聞こえると、鞭はライラの手を離れて俺の手元へ飛んで来た。
「バキバキッメキメキメキ! ブチブチッ!」
俺は白虎の強靭な顎と歯を使って、ライラの鞭を使えないぐらいに破壊してバラバラに引きちぎってやった。
これで少しはオイタが止むだろう。もっともライラの美しくずる賢い顔は、そうは言っていない様だったが…
俺はそれ以上はライラを無視して、バリーの身体に逆五芒星の印を探す事を再開した。
何てことだ… もうバリーの背中から胸に俺の貫通させた穴が塞がり始めていた。まったく、コイツの不死身さ加減は俺に匹敵しやがる…
だが、不思議な事に…ヤツの頭からもぎ取った左の角だけは再生しない様だった。
俺はその事実を不可解に思いながらも、必死にバリーの身体中をまさぐって探し続けた。
「あった…」
それはバリーの左足首に巻かれていた。俺がつけていたのと同じ様な黒玉の数珠をつなぎ合わせたアンクレットだった。
数珠の表面には、俺には読めない文字と逆五芒星の記号が刻み込まれていた。
「やめろーっ!」
ライラの悲痛な叫び声が辺りに響き渡った。
俺は躊躇うことなく、バリーのアンクレットを引きちぎった。
すると、目に見えるほどの速度で塞がろうとしていたバリーの胸に開いた穴の再生修復が停まった。
バリーの顔に目をやった俺は、ヤツのグレーをした目に灯っていた命の炎が完全に消えるのを見た。
本当にようやく… あの無敵のタフさを誇ったミノタウロスのバリーが死んだのだ。俺は心底、安堵のため息をついた。こんな野郎には満月以外で絶対に出会いたくは無かった。
「バリーッ! ううう… よ、よくも… よくも、バリーを…」
いつのまにか俺の横にライラが立っていた。この俺に気配を感じさせる前に忍び寄るとは、この女…
ライラはバリーのそばに跪き、妖しくも美しい頬を涙で濡らしていた。この女は残虐だが、見とれるほど本当に美しかった…
ライラは何を思ったかバリーの残った右の角を左手でつかみ、手刀にした自身の右手でバリーの首を切断した。
あれほどの強靭な筋肉のヨロイを纏っていたバリーの首を、ライラは易々と素手の右手一本で切断してしまったのだ。
そして、血の滴るバリーの首を胸に抱きしめたライラは俺の方に向き直り、恨みと激しい憎悪で燃えた瞳で俺を睨みつけながら言った。
「おのれ…白虎… この恨みは決して忘れない… この借りは必ず何倍にもして返してくれる… 忘れるな!」
言い終わったライラの姿は消えていた、バリーの首と共に…
「本当に恐ろしいのは、バリーよりもライラの方かもしれないな…」
俺は風に漂うライラの香りを嗅ぎながらつぶやいた。
俺は落とし前を付けるために、先ほどの三人の前に一気に跳躍した。
今の俺には20mくらいなら助走無しでも跳べるのを証明して見せた。
三人は一瞬で俺が目の前に現れたのに、たじろいだ様だ。俺はまだ白虎の姿のままだった。
「さて… アテナさん、逆結界の腕輪とやらの落とし前を付けさせてもらおうか。」
俺は他の二人には目もくれずに榊原アテナの前に立ち、その神々しいばかりに美しい顔を睨みつけた。
だが驚いた事に、この俺の魔獣の様な白虎の姿で睨みつけられても、榊原アテナは一瞬たりとも青く澄んだ美しい目を逸らさずに、真っ直ぐに俺の目を見つめていた。
しかも彼女は震えもしていなかった。
これには俺の方がたじろいでしまった。
『この女… 美しいばかりじゃないぞ… ただ者じゃない…』
だが、俺もここで引くわけにはいかない。俺は自分より小柄な女を、じっと見下ろした。
「まあまあ、待て待て… 白虎よ、あの腕輪はわしの差し金なんじゃ。アテナさんはわしに頼まれてお前さんに渡しただけじゃよ。」
鳳 成治の親父が、慌てて俺と榊原アテナの間に割って入って来た。
正直言うと、俺はじいさんのお陰で『助かった…』と思った。この美しい白人女はどうにも調子が狂っちまう… 俺はこの手の女は苦手だった。
俺は本心を表情に出さずに老人の方に向き直り、脅かすつもりで唸り声を上げてやった。
「何だと、ジジイ… てめえが俺に孫悟空の輪っかみたいなもんを付けさせやがったのか!」
俺は自分より二回りも小さな老人に向かって本物の虎の牙を剝き出して怒鳴りつけたが、自分が下級生にカツアゲをしてる不良学生になった様で、曲がった事の大嫌いな俺は内心では気分が滅入りそうだった。
だが、おかしな事にこの老人も平気な顔をしてやがる。俺が文字通りの化け物ヅラで脅しても、この家族は一向に平気な様だった。誰も怖がってくれないお化け屋敷の幽霊の気分だ。
アホらしくなった俺は白虎の変身を解き、人間である千寿 理の姿に戻った。
「お前さん達は、俺の獣人の姿が怖くないのか?」
俺の質問に鳳の親父は始めは鼻で笑っていたが、だんだんと笑い声が大きくなり、大笑いに変わっていった。
「はっはっはっは! こりゃいい… これはけっさくじゃ! うっひっひ… ああ、腹が痛い… プックックック!」
このじいさん、本気で涙が出るほど笑ってやがる…
「何がそんなにおかしいんだ…? じいさん、気でも狂ったか?」
俺は助けを求めるような顔つきになって、鳳 成治と榊原アテナの二人を交互に見た。
二人は少しだけ笑って肩をすくめている。
しばらくして、じいさんの笑いが治まってきた。そして完全に治まってから、この老陰陽師は話し始めた。
《次回予告》
激しい死闘の末、自らも不死身の獣人と化して強敵ミノタウロスを倒した風俗探偵、千寿 理…
彼に仕掛けられた逆結界について、大陰陽師の安倍賢生が真実を語り出す。
次回、第10話「探偵に仕掛けられた逆結界とは…」にご期待下さい。
聖子の掛け声と同時に、『ロシナンテ』のPassenger seat キャノンから30mm機関砲の三連バースト砲撃が撃ち出された。
「ドンッドンッドンッ!!!」
狙いを外す事なく、PSキャノンから発射された三発の30mm徹甲弾がバリーの腹部に吸い込まれていく。
「ドスッ! ドシュッ! バシューッ!」
三発目の30mm徹甲弾はバリーの背中をぶち抜いた後、後方へ飛び去った。バリーの身体は三発の着弾の運動エネルギーで数m吹っ飛び、地響きを立てて後ろ向きに地面に転がった。
「やったぜ… さすがは俺の『ロシナンテ』…」
俺は安心と出血多量とで意識を失いかけた… だが視界の片隅にバリーの身体が動き始めたのが映った途端、目をクワッと見開いて意識を取り戻した。
「なんてこった… これでも、まだヤツは死なないってのか…?」俺は絶望した様につぶやいた。しかし、絶望して死んでなどいられるか。俺はスマートウォッチで聖子に命令した。「聖子君! PSキャノンをグレネードランチャーに切り替えろ! 使用擲弾は火炎弾を装填、急げ!」
「了解、所長! PSGランチャーに火炎弾装填! 装填完了!」聖子からの返事が返ったと同時に、俺は即座に命令した。「撃てえっ!」
「ポンッ!」 少々マヌケな射出音と共にPSGランチャー(Passenger seat Grenade launcher)の擲弾発射筒から、火炎弾がバリーに向けて発射された。
そして、立ち上がりかけていたバリーの胸に火炎弾が着弾し炸裂炎上した。バリーの着ている黒のトレンチコートが激しく燃え上がる。
「ブモウウーッ!」
さすがのバリーも燃え上がる自分の身体に慌てふためき、炎を消すべく転げまわった。
「よし、聖子君! 二撃目発射っ!」
俺は休むことなく、聖子に二撃目の火炎弾発射を命じた。
「ポンッ!」
うつぶせになって転げていたバリーの背中に、再び火炎弾が着弾し炸裂炎上した。
「ブモッ…ブモモウウッー!」
バリーの身に着けていた黒の中折れ帽はとっくに脱げ落ちていたが、顔にグルグルに巻いていた大量の包帯も、黒のトレンチコートも火炎弾の炎でほとんどが燃えてしまい、バリーの生身の全身が姿を現した。
バリーは裸体の所々が火が燻って燃えたまま、ゆっくりと立ち上がった。
「駄目か… アイツはどうやっても倒せないのか… ゴフッ…」
俺は力が尽きそうになり、大量の泡状の血を吐き出した。血のかかった左腕にはめていたスマートウォッチが目に入った俺は、一緒に左腕にはまっていた数珠に気が付いた。
「これは…榊原アテナに渡された逆結界の数珠… 逆五芒星… そうかっ! 分かったぞ!」
俺は最後の力を振り絞り、右手で黒の数珠で作られた腕輪を引きちぎった。文字が刻まれた黒の数珠玉は四方に飛び散った。
その瞬間!
俺の全身が白く眩い光を発した。
「ぐおおおおうっ!」
俺の全身に月齢13日の満月のパワーが流入し、無限の力が漲ってくる…
俺の身体に変化が起こる… 獣人化現象(zoanthropy)だ。
「バキバキバキッ!」
俺の口の中では発達した逞しい犬歯が伸びて牙へと変わり、両手両足の爪が硬く伸びていく。
そして、俺の身体中の体毛が逆立ち、太く長く伸び始めた白い剛毛で全身が覆われていった…
「ぐわおおおおううっ!」
牙を剥き出して大きく吠えた俺の顔全体が、白く濃い眉と髭で覆われていく…
そして、顔と全身を覆った白い体毛に現れた黒い縞の模様… それはまさしく虎の模様だった!
そうだ… 俺は虎人間だったのだ。これが真実の俺の姿!
「俺は不死身の白虎だああっ!」
叫び声と共に、バリーに負わされた俺の全身の傷が見る見るうちに治っていく… 折れた全身の骨と傷が凄まじい勢いで再生され修復されていった。
肺や内臓に折れて突き刺さっていた数本の肋骨も全部元に戻り、破裂していた内臓も修復された。これらの再生と修復はわずか数秒で完了した。
獣人化現象で賦活化された細胞の再生は、俺に恍惚感をもたらす。
俺は射精する瞬間の様な表情を浮かべて大量の涎を垂らしながら、自分が倒すべき敵を見た…
バリー… 驚いたことにヤツもまた再生を遂げていた。
火傷の跡も、三連バースト弾で開けられた腹の穴の痕跡すら微塵も残さない、修復された逞しい筋肉のヨロイで包まれた灰色の巨体…
そして… 帽子と包帯の無くなったヤツの顔を見た俺は、楽しくて笑いが止まらなかった。
バリーの正体は俺と同じく獣人だった…
しかし、ヤツの頭部は雄の水牛のそれだった。
逞しく太く、そして湾曲した大きな角を持つ水牛の頭部を持ったそいつの正体こそ…
「ミノタウロス…」
俺は…考えた訳でも誰かに教えられた訳でも無く、自然にその言葉をつぶやいていた。
それ以上の言葉は、二体の獣人と化した二人には必要無かった。
「ぐわおおおおっ!」
「ブモオオオオッ!」
俺達は雄叫びを上げて、互いに相手に向かって真っすぐに突進した。
********************
「何だ… あれは…? 千寿は獣人だったのか…?」
千寿 理の旧友である鳳 成治は茫然として旧友の獣人化現象を見つめていた。
「うむ… あれは、まぎれもない白虎じゃな… 神獣じゃよ。」
式神の狛犬達が倒された後、いつの間にか榊原家の家屋の方に移動していた安倍賢生が、息子である成治に対して言った。
「神獣の白虎… では、彼が四神獣の一つである白虎だったのですね… お義父さま…」
榊原アテナが隣に立った賢生に聞いた。
「そうじゃよ、アテナさん。白虎は妖怪や魔の世界のモノではない。四象の一つで西を司る神獣…とされておる。
わしも、まさか本物を目にする事になるとは思わなんだが… じゃが、彼奴は白虎そのものでは無く、半分は人間の様じゃな…
わしがアテナさんに渡した逆結界の腕輪で、今まで真の力を封じ込められていたのじゃ。
しかし、あのもう一体の牛頭の方は… あれはわしにはさっぱり分からんわい…」
賢生が首をひねって言った。
「お義父さま、あれはミノタウロス… ギリシア神話に登場する伝説の牛頭人身の怪物ですわ。でも、なぜアレがこの現代の日本に現れたのかは私にも分かりません…」
美しい眉をひそめてアテナが賢生に説明した。
「とにかく、俺には何の事かさっぱり分からないが… あの戦っている化け物どもは二人とも川田明日香を目当てにここへ来たのには間違いない。彼女を渡すわけには絶対にいかない。」
鳳 成治が誰に言うともなく、固い決意を込めてつぶやいた。
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俺達はがっぷり四つに組んで獣人相撲を…取らなかった。俺は脳みそまで獣人化したわけではない。
俺は身長180cmに70kgそこそこのスリムな白虎で、片やバリーは身長2m60cmに体重も200kgオーバーのバケモノ牛野郎だ。
不死身の獣人同士でも、こんなにガタイのハンデがあるんだ。まともに組み合うには分が悪すぎる。俺は一計を考えた。
俺は自分を牛若丸に、バリーを弁慶に見立てて空中殺法を繰り出す事にしたのだ。
突進してくるバリーに対し、俺は自分の考えた策を実行する地点までヤツを誘った。そして頃合いを見計らって俺からもヤツに突進した。
お互いの地響きを立てての突進の末、激突する寸前に俺はバリーの角を両手でつかんで大地を力一杯蹴った。器械体操の鞍馬の要領だ。
俺自らの突進からの跳躍にバリーが角で俺を上に突き上げようとする力も加わり、俺の身体は体操選手のように軽々と上空へと跳ね上がった。
跳ね上がった先には俺の計算通り、さっきバリーが俺を叩きつけた庭木の大木があった。俺は目を付けていた大木に張り出した大ぶりの枝に飛びつき、鉄棒の様に身体を大車輪で回転させながら自分の飛んでいく方向をバリーへと向けて微妙に修正した。
鉄棒での大車輪の回転エネルギーがさらに加わった俺は、バリーの背中に体重と落下速度を加えた両爪先蹴りを一気にお見舞いしてやった。
「喰らえ! 化け物っ!」
「ブモオオオッ!!」
今度はさっきの千寿 理としての蹴りではない。重力加速度にプラスして、白虎としての俺の桁外れの超人パワーを加えた両爪先蹴りだ。しかも、俺の爪先には必殺の鉄板が仕込んである。
俺の両爪先は、見事にバリーの背中から厚い胸板までを文字通り貫いた。ヤツの胸からは俺の両足の爪先が踵まで「コンニチハ」と顔をのぞかせていた。
だが、俺は再びヤツの強靭な筋肉に両足を囚われる愚を二度と犯すつもりはなかった。 俺は結果に満足することなく、すぐさまバリーの肩に両手をかけて踏ん張り、突き抜けた両足をヤツの身体から引き抜いた。
そして両脚の引き抜き際に、俺は逞しく太いヤツの左の角の付け根にカブリついた。
「ブッ、ブモウーッ! ブモーッ!」
バリーは途轍もない激痛が走ったようだ。激しい絶叫を上げながら、必死に巨体を激しく揺り動かして俺を振り落とそうとする。
だが、俺も怪力なら負けはしなかった。ヤツの左の角をつかみながら、噛みついた牙を決して離さずに砕けよとばかりに噛みしめた。
「バキ、バキッ、バキバキバキッ!」
獣人化した俺の逞しく発達した白虎の顎と牙で噛み砕けぬ物など、この世に存在しなかった。
「メキッメキメキッ! ブチブチッー!」
俺は噛み砕きながら、怪力でバリーの頭から左の角をもぎ取った。
「ブッ、ブモオオオッ… ゴフッ、グボッ!」
今度はバリーが絶叫を上げながら大量の血の泡を吹き出した。
当たり前だ…俺の両足は確実にヤツの心臓と肺を貫き、頭からは角の一本を根元から食いちぎったのだ。俺は引きちぎったヤツの角を遠くへ放り投げた。
「さあ、これでも再生するか…? ミノタウロスさんよ…」
俺はそう言いながらも油断はしなかった。注意深くヤツの様子を窺う…
「ズシーンッ!」
物凄い地響きを立てて、バリーの身体が地面に倒れ込んだ。
さすがのヤツも立っている事は出来ない様だった。
「ブッ、ブモモウーッ! グフッゴボボッ!」
そして両手で俺に角をもぎ取られた左の頭部を押さえて血を吐き、喚き散らしながら地面でのたうち回った。
その時、大声で俺に呼びかける者がいた。
「白虎よう! そ奴の身体に逆五芒星の印が何処かにあるはずじゃ!それを探すのじゃ!」
振り返ると榊原家の軒下にたたずむ三人の姿があった。
俺の旧友鳳 成治に、ヤツの義姉である榊原アテナ、そして今大声で俺に呼びかけてきた安倍賢生の三人だった。
あいつら、戦いの一部始終を見てやがったのか… まあいい…
俺はジイさんに言われた通りに、倒れたバリーの身体に逆結界の印を探そうとした。すると、その時だった…
「させるかよ、トラ野郎っ!」
叫び声がしたと同時に俺の右手に何かが凄い勢いで巻き付いてきた。
それはライラの手にした鞭だった。俺の右腕に巻き付いた鞭をよく見ると、皮で編まれた表面に金属製の鋭く細かい刃がびっしりと無数に埋め込まれていた。
この鞭を、ライラの目にも止まらない高速の鞭捌きで身体に喰らったら、文字通りズタズタに切り裂かれるだろう。
いや、四肢ならば簡単に切断されてしまうに違いなかった。
しかし、ライラにとっては相手が悪かった…
今の俺は、最強無敵の獣人である不死身の白虎だったのだ。ライラの鞭に巻き付かれ切り裂かれた俺の腕はすぐに再生し傷が塞がった。俺にとっては痛くも痒くもなかった。
俺は右手に巻き付いている鞭を軽く引っ張った。俺にとってはほんの軽くだ。
「キャアッ!」
意外に可愛い悲鳴が聞こえると、鞭はライラの手を離れて俺の手元へ飛んで来た。
「バキバキッメキメキメキ! ブチブチッ!」
俺は白虎の強靭な顎と歯を使って、ライラの鞭を使えないぐらいに破壊してバラバラに引きちぎってやった。
これで少しはオイタが止むだろう。もっともライラの美しくずる賢い顔は、そうは言っていない様だったが…
俺はそれ以上はライラを無視して、バリーの身体に逆五芒星の印を探す事を再開した。
何てことだ… もうバリーの背中から胸に俺の貫通させた穴が塞がり始めていた。まったく、コイツの不死身さ加減は俺に匹敵しやがる…
だが、不思議な事に…ヤツの頭からもぎ取った左の角だけは再生しない様だった。
俺はその事実を不可解に思いながらも、必死にバリーの身体中をまさぐって探し続けた。
「あった…」
それはバリーの左足首に巻かれていた。俺がつけていたのと同じ様な黒玉の数珠をつなぎ合わせたアンクレットだった。
数珠の表面には、俺には読めない文字と逆五芒星の記号が刻み込まれていた。
「やめろーっ!」
ライラの悲痛な叫び声が辺りに響き渡った。
俺は躊躇うことなく、バリーのアンクレットを引きちぎった。
すると、目に見えるほどの速度で塞がろうとしていたバリーの胸に開いた穴の再生修復が停まった。
バリーの顔に目をやった俺は、ヤツのグレーをした目に灯っていた命の炎が完全に消えるのを見た。
本当にようやく… あの無敵のタフさを誇ったミノタウロスのバリーが死んだのだ。俺は心底、安堵のため息をついた。こんな野郎には満月以外で絶対に出会いたくは無かった。
「バリーッ! ううう… よ、よくも… よくも、バリーを…」
いつのまにか俺の横にライラが立っていた。この俺に気配を感じさせる前に忍び寄るとは、この女…
ライラはバリーのそばに跪き、妖しくも美しい頬を涙で濡らしていた。この女は残虐だが、見とれるほど本当に美しかった…
ライラは何を思ったかバリーの残った右の角を左手でつかみ、手刀にした自身の右手でバリーの首を切断した。
あれほどの強靭な筋肉のヨロイを纏っていたバリーの首を、ライラは易々と素手の右手一本で切断してしまったのだ。
そして、血の滴るバリーの首を胸に抱きしめたライラは俺の方に向き直り、恨みと激しい憎悪で燃えた瞳で俺を睨みつけながら言った。
「おのれ…白虎… この恨みは決して忘れない… この借りは必ず何倍にもして返してくれる… 忘れるな!」
言い終わったライラの姿は消えていた、バリーの首と共に…
「本当に恐ろしいのは、バリーよりもライラの方かもしれないな…」
俺は風に漂うライラの香りを嗅ぎながらつぶやいた。
俺は落とし前を付けるために、先ほどの三人の前に一気に跳躍した。
今の俺には20mくらいなら助走無しでも跳べるのを証明して見せた。
三人は一瞬で俺が目の前に現れたのに、たじろいだ様だ。俺はまだ白虎の姿のままだった。
「さて… アテナさん、逆結界の腕輪とやらの落とし前を付けさせてもらおうか。」
俺は他の二人には目もくれずに榊原アテナの前に立ち、その神々しいばかりに美しい顔を睨みつけた。
だが驚いた事に、この俺の魔獣の様な白虎の姿で睨みつけられても、榊原アテナは一瞬たりとも青く澄んだ美しい目を逸らさずに、真っ直ぐに俺の目を見つめていた。
しかも彼女は震えもしていなかった。
これには俺の方がたじろいでしまった。
『この女… 美しいばかりじゃないぞ… ただ者じゃない…』
だが、俺もここで引くわけにはいかない。俺は自分より小柄な女を、じっと見下ろした。
「まあまあ、待て待て… 白虎よ、あの腕輪はわしの差し金なんじゃ。アテナさんはわしに頼まれてお前さんに渡しただけじゃよ。」
鳳 成治の親父が、慌てて俺と榊原アテナの間に割って入って来た。
正直言うと、俺はじいさんのお陰で『助かった…』と思った。この美しい白人女はどうにも調子が狂っちまう… 俺はこの手の女は苦手だった。
俺は本心を表情に出さずに老人の方に向き直り、脅かすつもりで唸り声を上げてやった。
「何だと、ジジイ… てめえが俺に孫悟空の輪っかみたいなもんを付けさせやがったのか!」
俺は自分より二回りも小さな老人に向かって本物の虎の牙を剝き出して怒鳴りつけたが、自分が下級生にカツアゲをしてる不良学生になった様で、曲がった事の大嫌いな俺は内心では気分が滅入りそうだった。
だが、おかしな事にこの老人も平気な顔をしてやがる。俺が文字通りの化け物ヅラで脅しても、この家族は一向に平気な様だった。誰も怖がってくれないお化け屋敷の幽霊の気分だ。
アホらしくなった俺は白虎の変身を解き、人間である千寿 理の姿に戻った。
「お前さん達は、俺の獣人の姿が怖くないのか?」
俺の質問に鳳の親父は始めは鼻で笑っていたが、だんだんと笑い声が大きくなり、大笑いに変わっていった。
「はっはっはっは! こりゃいい… これはけっさくじゃ! うっひっひ… ああ、腹が痛い… プックックック!」
このじいさん、本気で涙が出るほど笑ってやがる…
「何がそんなにおかしいんだ…? じいさん、気でも狂ったか?」
俺は助けを求めるような顔つきになって、鳳 成治と榊原アテナの二人を交互に見た。
二人は少しだけ笑って肩をすくめている。
しばらくして、じいさんの笑いが治まってきた。そして完全に治まってから、この老陰陽師は話し始めた。
《次回予告》
激しい死闘の末、自らも不死身の獣人と化して強敵ミノタウロスを倒した風俗探偵、千寿 理…
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次回、第10話「探偵に仕掛けられた逆結界とは…」にご期待下さい。
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