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第6話「愛車『ロシナンテ』を駆り安倍神社へ…」

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「内閣情報調査室特務零課とくむぜろかのコンピューターにハッキングして、鳳 成治おおとり せいじの業務用スマホを見つけ出し、すでにアクセスしました。このスマホのGPS機能から彼がどこにいても居場所はすぐに判明しますわ。」
と、俺の優秀な秘書である風祭かざまつり聖子が言った。

「本当に君が優秀で俺は助かってるよ。俺は勘と鼻だけが頼りのレトロな探偵だから、聖子君のアシストでいつも助かってる。」
俺はがらにもなく頭を下げて、聖子に感謝を表して見せた。

「ふふふ… おだてても何も出ませんわよ。あの娘みたいにフェラチオは上手じゃありませんしね。」
そう言って、聖子はとなりの俺の個室で寝ているシズクの方を見た。

「もう勘弁してくれ、その事は… 事務所で不謹慎ふきんしんな事をしたのは謝る。あれはシズクじゃなくて俺が悪いんだ。」
 俺は聖子に決定的な瞬間を押さえられた弱みがあった。二度と彼女に頭が上がらないな…

「ごめんなさい、ちょっといじめすぎたかしら? まあ、その話は置いておきましょう。
 ところで、鳳 成治おおとり せいじのスマホの情報は全て抜き出しましたけど、どうしますか… 彼に直接連絡なさいます?」
聖子は真面目まじめな顔に戻って俺にたずねてきた。

「そうだな… だがやっぱり、ここは俺らしく直球勝負で行くよ。
 ヤツを…鳳 成治おおとり せいじを直接たずねてみる。真正面からヤツに事の真相を問いただしてみる。」
俺は深く考える事もせず、思ったままを聖子に告げた。

「はあ… やっぱりそれがあなたなんでしょうね… 分かりました。
 私は今まで通りあなたをサポートしますし、独自に調べて判明した事は所長にお知らせします。スマホの電源はいつも切らないようにして下さいね。」
 ため息をついてあきらめたような表情で、聖子は俺にとってありがたい事を言ってくれた。それでこそ、俺の頼りになるスーパー秘書だ。

「それじゃあ聖子君、俺は今から安倍あべの神社に行って来るよ。鳳 成治おおとり せいじがいなくても、川田明日香あすかの事が何か分かるかもしれない。」
 俺はシズクに着せていた上着を取り上げて自分で着た。シズクの残り香が残っていて、いいにおいがした。
 俺のイチモツが彼女の素晴らしいフェラを思い出して少し反応してしまう…危ない危ない。聖子に気付かれたら厄介やっかいだった。

「あっ、そうだ。聖子君… シズクの事をよろしく頼むよ。それから、今回は遠出とおでになるから『ロシナンテ』を使うよ。」
そう言った俺に対し、聖子はうなずいて了解の意志を示した。

俺は聖子に手を振り、ドアを開けて事務所の外に出た。
俺の事務所は前にも言ったが聖子の所有する『wind festivalかざまつり』ビルの二階にある。
 10階建てのビルの他のフロアには別のテナントが入っている訳だが、1階は駐車場になっている。しかも、その駐車場は完全に俺専用の物であり、俺の愛車『ロシナンテ』のみが駐車されている。
 つまり、この1階駐車場は俺だけの貸し切りなのだ。ここには『ロシナンテ』をメンテナンスする器具や工具、部品などが山の様にあった。車を一台作り出す事が可能なくらいの物がそろっているのだ。
俺は仕事の無い時やひまな時には、この愛車『ロシナンテ』をいじっている事が多い。
俺には女房も子供もいない分、この『ロシナンテ』に愛情と金を注いでいるのだ。

 ちなみに『ロシナンテ(Rocinante)』っていうのはスペインの作家ミゲル・デ・セルバンテスの小説、『ドン・キホーテ』で主人公が乗る馬の名前から取った。
 名前の由来はスペイン語の「Rocín(駄馬だば)」と「ante(以前いぜん)」から来ているらしい。つまり、「元は駄馬だば」といった意味のようだ。

 俺の愛車にこの「元は駄馬だば」と言う意味の『ロシナンテ』は、これ以上ないくらいにピッタリなのだ。
 それは、この車は元々事故でスクラップ同然だった車を、ある仕事の依頼者から譲り受けた物で、本当に廃車するしかない車だったのだ。
 走らないわ走ったとしても燃費は悪いわの代物で、廃車寸前だったのを俺が自費でレッカーを使ってこの駐車場まで運んで来た。 それから、俺とその車との格闘が始まった。俺は自分がガキの頃に夢見ていた車にするべく、そいつを一人で毎日修理と改造をし続けた。

 しかし、素人の俺が一人で夢のマシンを作れるはずが無かった。見かねた俺の秘書である風祭かざまつり聖子女史が、亡き夫の古くからの友人を集めてくれたのだ。
 風祭かざまつり未亡人の呼びかけで、自動車界の各分野で活躍したが今は引退した連中が集まった。その方面では最高の腕を持ち伝説とまで言われた、かつての超一流だった面々が顔をそろえた。引退して悠々自適の連中が俺の夢に賛同してくれたのだ。
まさに、自動車界の老ドリームチームの誕生だった。

 彼らは老体にむちを打ちながら、しかし全員が少年に戻ったかのように目を輝かせ、嬉々ききとして自分の専門分野の作業に没頭した。
 老人達それぞれが自らの長年つちかってきた頭脳と技術を結集させて、自分達が子供の頃から夢に描いて実現出来なかった荒唐無稽こうとうむけいなアイディアを出し合い、そいつの完成に向けて持てる力の全てをそそいで打ち込んだのだ。

 そして、かつての超一流だった男達の英知を集めた夢の結晶が、1年以上の歳月と莫大ばくだいな費用をかけて探偵 千寿 理せんじゅ おさむの愛車として誕生した。
 エンジンからシャーシ、ボディーにいたるまで一から作り直したその車の中身は、全く別の車に生まれ変わった。それ以外にも様々な機能を装備したモンスターマシンとでも言える代物だった。

 みんなで完成したそいつに名前を付ける事になった時、持ち主である俺にその栄誉えいよが与えられた。俺はガキの頃に大好きだった物語『ドン・キホーテ』に登場する、主人公が乗る馬の名前『ロシナンテ』を拝借はいしゃくする事にした。
 廃車するしかなかった車が不死鳥の様によみがったのだ。こいつには「元は駄馬だば」を意味するこの名前しかないと俺は思った。老ドリームチームの面々は全員一致で賛同してくれた。

 こうして、俺の愛車『ロシナンテ』は誕生した。集まってくれた老ドリームチームの連中は、最後に手掛けることの出来た自分達のガキの頃からの夢の結晶である『ロシナンテ』に満足して去って行った。
 彼らの中にはこの『ロシナンテ』の完成に満足して燃えきてしまったのか、完成後数か月もずして亡くなった者もいた。俺は感謝と哀悼あいとうの意を込めて彼の墓前ぼぜんまいった。

 外観上こそ元の車だったのだが、中身はエンジンを含めて何から何まで規格外のモンスターマシンに生まれ変わった『ロシナンテ』は、もちろん車検を通るはずが無かった。
 しかし、そこで俺のスーパー秘書である風祭かざまつり聖子女史の登場だ。彼女は国土交通省のコンピューターにハッキングして、『ロシナンテ』がぞくに車検と言われる『自動車検査登録制度』に全て合格している様に、偽の情報を登録したのだ。偽と言っても全て正式な登録として有効なのは言うまでもない。
 もちろん、作成された車検証は警察等どこへ提出しても本物として何の問題も無く受理された。

 こうして廃車寸前だった車は俺の愛車『ロシナンテ』として堂々と、公道を走る事が出来る車に生まれ変わった。ちなみに『ロシナンテ』は元はT社の『ランドクルーザー』と呼ばれる世界的に著名なクロスカントリー車である。

 とにかく、『ロシナンテ』には現在のジャンボ宝くじで一等前後賞を合わせたよりも多くの大金をそそぎ込んである。何にそんなに金がかかったのか、機会があったらコイツの性能を紹介出来るかもしれない。

 俺は『ロシナンテ』に乗って鳳 成治おおとり せいじの実家でもある安倍あべの神社に向かった。途中で聖子から通信が入った。
 『ロシナンテ』に搭載されているカーナビは俺の探偵事務所のパソコンと5Gと呼ばれる第5世代移動通信システムでつながっている。
 聖子が世界中のコンピューターでハッキングした全ての情報を『ロシナンテ』に転送し、即座に車内で利用することが出来る移動型端末を搭載したマシンだった。

 このカーナビをはるかに越えたコンピューターシステムは聖子の独壇場どくだんじょうで作り上げられた物だ。
 彼女はMIT(マサチューセッツ工科大学)の大学院までを首席で卒業しており、MITで電子工学および情報工学に加えて機械工学と、三つの博士号を取得した権威けんいでもあったのだ。
 聖子にかかれば『ロシナンテ』は、世界中のスーパーコンピューターを利用可能な高性能移動型情報システム搭載車として機能し、走る電子要塞ようさいと化した。

 聖子から転送されたGPSが示す鳳 成治おおとり せいじの位置情報では、現在ヤツは安倍あべの神社にいるとの事だった。 これは幸先さいさきが良いと言えた。鳳 成治おおとり せいじと俺との直接の対決は、どうせけられないのだから早いほうがいい。

 俺は聖子に礼を言い『ロシナンテ』で一般道を使い、山手通りを抜けて玉川通りに向けて走らせた。この時間帯では一般道も高速もさして時間は変わらない。
 俺はガキの頃に見慣れた風景がすっかり変わってしまった事に、郷愁きょうしゅうの念を抱きながら『ロシナンテ』を走らせた。

 平日で道がそんなに混んでいなかったため、カブキ町の事務所から40分弱で安倍あべの神社に到着した。俺は『ロシナンテ』を安倍あべの神社の敷地内にある神社専用の駐車場に停めた。他にも数台の車が駐車してあった。

 安倍あべの神社は田園調布の中でも高級住宅街から少し離れた山手にあった。結構大きな神社で、神社の敷地内に立ててある案内板によると陰陽道おんみょうどう大家たいかだった伝説の安倍晴明あべの せいめいを神としてまつっているらしかった。
 ガキの頃の俺は、そんな事はお構いなしで鳳 成治おおとり せいじと走り回って遊んでいたから、よく知らなかったのだ。

 『ロシナンテ』から降り立った俺は、おかしなことにかすかに目まいを覚えた。それに身体じゅうがピリピリとする感覚があった。
 この俺が風邪かぜなんかで体調不良を起こすはずなんてあり得ないので、俺にとっては珍しい事だと言えた。
 しかし、違和感が完全に去った訳では無かったが、少しすると身体が慣れて来たのか思ったほどの事でも無かった。
 ここまで来て体調の不良などで帰ったりしたら、俺の探偵としてのプライドが許すはずが無い。それに、俺を知るヤツ等から大笑いされちまうところだ。これ以上は気にせず仕事を続けよう…

 さっき言った案内板にも表示されていたが、この神社にはあちこちに五芒星ごぼうせいが描かれていた。五芒星ごぼうせいってのは子供でも一筆ひとふで書きで描ける五つの角を持ったお星さまのマークの事だ。

五芒星ごぼうせいは、陰陽道おんみょうどうでは魔除まよけの呪符じゅふとして伝えられている。

 俺は別におまいりに来たわけでも無く、御託ごたくうらないを聞きに来たわけでも無いから、安倍あべの神社自体には用は無かった。
 だから、神社に入るのをためらって、どうしたものかと神社の敷地内を当ても無くぶらぶらと歩いた。そうしていても何も始まらないので、俺はスマホを取り出して聖子に連絡を入れた。
「あっ、聖子君… 俺だ。鳳 成治おおとり せいじの現在地を示すマップを俺のスマホで見られるようにしてくれないか… 頼むよ。」

 聖子から、すぐにアプリケーションがアップロードされてきた。俺はすぐにスマホにアプリをインストールして、さっそく起動した。
 すると、スマホの画面上にこの安倍あべの神社の敷地がマップとして表示された。中央の黄色い輝点が俺だろう。その近くに赤で点滅している輝点があった。これが鳳 成治おおとり せいじを示しているのに間違いなかった。
 その赤い輝点がともっているのは安倍あべの神社の敷地の外側だった。裏手に当たる場所だろうか、そちらの方を見てみると旧日本家屋が建っていた。

 そうか… 思い出して来たぞ。あれが鳳 成治おおとり せいじと家族が実際に生活していた家だったんだ。俺達は神社の敷地で遊んでばかりいたから…忘れちまってた。
俺はアイツの部屋にも入ったことがあったんだ。

 どうやら、スマホに映し出されたナビゲーションシステムによると、GPSはあの家に鳳 成治おおとり せいじが存在する事を示しているようだった。

 それじゃあ、ヤツに会いにあっちへ回るとするか。俺はそう考えて安倍あべの神社をいったん出てその日本家屋の家に向かった。こちらの家も広い敷地を持っていた。東京でこれだけの土地の家を構えるなんて、かなりの金持ちなんだな。

 この家には見覚えがあった。今まで忘れていたが、俺の少年時代の古い記憶にしっかりときざみ込まれていた。

 総ヒノキで作られた立派な門に取り付けられた表札が二つあって、片方には『榊原さかきばら』、もう一方には『安倍あべ』と記されていた。鳳 成治おおとり せいじの家では無いのか…と、俺は思った。

 だが、何か嫌な感じだった。この家に近付くにしたがって、俺の全身に神社で感じた以上の違和感を感じるのだ。
 身体で感じる違和感ってのも妙な話だが、俺にとっては口で表現しようの無い変な感じだったのだ。それは、全身の体毛がピリピリと逆立つような感覚を俺にもたらした

 これはさっき、『ロシナンテ』を安倍あべの神社に駐車して以来感じていた感覚と同一の物だった。いったい何だってんだ。この俺にここまでのプレッシャーを与えるなんて、この土地には特別な何かがあるのか?

 俺は木でられた表札とは別に、門の上部にくっきりと描かれた五芒星ごぼうせいに気が付いた。

「ここにも五芒星ごぼうせいが…」
俺は五芒星ごぼうせいを見て、先程からの違和感の正体に思い当たった。

「そうか… 結界か… 俺の感じていた違和感の元凶は、この領域に張り巡らされている結界だったんだ。」
 なぜ結界が人間の身体に影響を及ぼすのかと思われる向きもあろう、何しろ安倍あべの神社は公的に一般の客に解放されているのだ。
 まあ、そういった疑問も追々おいおいと分かっていくかと思うので、ここではあえて触れない事にする。

 俺は門柱に設置されているインターフォンを鳴らした。少し間をおいて女性の声で返事があった。
「はい… どちら様でいらっしゃいますか?」
機械を通してはいたが、聞いていて非常に心地良く感じる綺麗な声だった。

「突然にすみません、私… 探偵の千寿 理せんじゅ おさむと申す者です。失礼ですが、こちらに鳳 成治おおとり せいじさんが御在宅かと思い、昔の友人としてお会いしたくて参上いたしました。」
唐突だったが、俺は直球勝負でど真ん中にストレートを投げてみた。

また少し間をおいて返事があった。
「少々お待ちくださいませ… 只今ただいまそちらへ参ります。」

俺は門外で待った。
間もなく門が開かれて、中から姿を現したのは…
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