【Rー18】ヒッチハイカー

幻田恋人

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第8話「どうしても南へ行きたいんだ…⑥『突然現れた男… そして伸田は一人戦場へ向かう』」

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第8話「どうしても南へ行きたいんだ…⑥『突然現れた男… そして伸田は一人戦場へ向かう』」

 いまだ火の勢いがおとろえる事無く炎上し続けるガソリンスタンドを中心とした林の周辺一帯に、数十秒間に渡って複数のSMG(サブマシンガン)による発砲音が鳴り響き、〇✕県警から派遣されているSIT(Special Investigation Team:特殊事件捜査係)の隊員達のものと思われる悲鳴や怒号がひとしきり飛び交った後、それらの音は始まった時と同様にパタリとやんだ。

 部下の富山とみやま巡査をともなったSITのAチームリーダーであるしま警部補は、鳴り響いた仲間達のものと思われるSMGの斉射音せいしゃおんを聞いて立ち止まった。
 二人はクラクションを鳴らした車を調べるために、それまで歩いて来た林の中から舗装された道路へと、ちょうど抜け出ようとしていたところだった。
 突然、周辺に響き渡った悲鳴や怒号と激しいSMGの斉射音を聞いた彼らは、すぐにそばに立っていた木のかげに身を隠すと同時に肩からっていた自分のSMGを構えた。
「何だ、今の銃声は…? 交戦が始まったのか?
 聞こえて来た方角から言って…展開しているBチームの連中か?」
 島は顔を銃声のした方に向けたまま、部下の富山に対して言った。
「はい、自分もおそらくBチームかと…」
 富山も銃声のした方角を見つめながら、そう返事をした後でゴクリとつばを飲み込んだ。

「Bチームリーダーの山口巡査部長からは事前に何の連絡も無かった… あの何事にも慎重な彼が、他チームに連絡をする間も無く交戦にいたったというのか? 信じられんな…
 俺は無線でBチームを呼び出してみる。富山、お前はCチームリーダーの金田巡査部長と連絡を取って向こうの様子を聞いてみてくれ。」
 そう富山に命じた島は、さっそく自分でも装備した無線を使ってBチームの呼び出しにかかった。

「こちらAチームの島… Bチームリーダー山口巡査部長、応答せよ。」
何度かBチームへの呼びかけを行ったが、向こうからは一切いっさいの応答が無かった。

「ダメだ… Bチームリーダーの応答が無い。そっちはどうだ?」

 島に問われた富山が即座に答える。

「はい、自分の方はCチームリーダーの金田巡査部長と連絡が取れました。向こうでも今の発砲音は寝耳に水だったらしく、やはりBチームから交戦前に何の事前連絡も無かったそうです。」

「そうか… しかし、考えたくは無いが…応答の無い所を見るとBチームのメンバーは交戦の結果、全滅したという事も…」
 そうつらそうに言った島が富山の顔を見ると、彼も悲しげに首を振るばかりだった。
 自分も含め、誰にもBチームの現況げんきょうなど分かるはずが無かった。悲惨な状況で無い事を祈るばかりだった。

「よし。とりあえず俺達は初期の目的を果たすぞ。クラクションを鳴らした車はすぐそこだ。ここまで来た以上は予定通り、俺とお前で車内及び車の周辺状況を確認した後、再びAチームの他のメンバーと合流しよう。
 分散したままでいるのは危険だ。」
 そう言い終えた島はAチームの他隊員達に無線で連絡を取ると富山に言ったのと同じ事を相手に伝え、追って自分からの指示を待つように命じた。

 島達二人はクラクションを鳴らしたと思われる大型SUV車の地点に到着した。

「俺が車内を調べる。お前は周辺を警戒しつつ、俺を援護えんごしろ。」
 島はそう言って運転席のドアを調べ、鍵の掛かっていない事を確認すると静かにドアを開け、何かあればすぐに発砲出来るようにSMGを構えて警戒しながら車内を慎重に調べ始めた。
 富山は運転席を背にして立ち、SIT正式装備のSMG(サブマシンガン)であるMP5SFKを構えたまま周囲を警戒した。

「よし、もういいぞ。」
 車内を数分調べた島は、運転席のドアを開いて出て来ると外を警戒していた富山に対して言った。そして現場を少しでも保存するために運転席のドアを再び閉めながら、目で問いかけてくる富山に軽く首を振って答えた

「ダメだ、中に生存者は一人もいない。それに、皆元みなもとさんから聞いていたのより、もっと悲惨な状況になってる。彼女から聞いた後部座席の首を切断された男性遺体の他に、中央のシートに重なるように倒れた女性一人に男性一人の遺体があった。皆元さんの証言と考え合わせて、この二名は彼女が車を出た後に新たに加わったと考えられる。
 女性の方は詳しい死因は分からんが、死後に首を切断されている。男性は左手首を切断された事が原因の失血死と言ったところで、こちらは首は切断されていない。
 詳しい事は遺体の検死を待たねば不明だが、とにかく事態は最悪の様相を呈して来たようだ。皆元さんの話ではあと一人強姦された上に凍死に至ったと思われる女性がいるはずだが、その人の遺体は見当たらない。だが死者は合計で4名になる。凶悪な連続殺人事件として県警本部の指示を仰がねばならない。
 我々SITとしては残る男性一名の生死を確認し、彼が無事ならば必ず救出するんだ。何が何でも、救出対象者の全滅だけは防ぎたい。
 とにかく、すぐにでもAチームの他の隊員達と合流しよう。行くぞ。」
 島の報告の内容があまりに悲惨な事に真っ青になっている富山の肩を強く叩き、二人で前後左右を警戒しつつ元居もといた林の中へと戻る道を進んだ。
 
 
 
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 製材所の事務所を間借りした臨時の作戦指揮所内では、この作戦の現場指揮官でありSIT隊長の長谷川警部が、被害者の皆元静香みなもと しずかから彼女の知っている限りの情報を聞き終えたところだった。
 長谷川の隣にいた副長の横田警部補は、先ほど部下の警官に呼ばれて途中から退席していた。
 代わりに、先ほど静香にコーヒーを入れてくれた西山巡査と名乗る女性警官が静香から聞き取った話をノートPCに入力し報告書として記録していた。

「ありがとうございました、皆元さん。あなたのお話は事件解決のための貴重な情報とさせて頂きます。また本署でも同じ事をお聞きする事もあるかと思いますが、その際は引き続きよろしくお願いします。」
 静香に対していたわりを込めた優しい声でそう言いながら頭を下げた長谷川警部が立ち上がりかけた時、退席していた横田警部補が戻って来た。だが、彼の顔色は真っさおひたいから汗を流し、ひどくあわてている様子だった。
 静香の見ている前で、長谷川警部に急いで耳打ちする。

「何? 分かった… 報告は向こうで聞く。皆元さん、失礼して私は少し席を外します。西山巡査、皆元さんのお相手を頼む。」
 横田警部補の耳打ちで、やはり顔色の変わった長谷川警部は女性警官の西山巡査にそう言い残し、静香に頭を下げてから事情聴取をしていた事務所内の応接セットのソファーから立ち上がり、横田警部補と共にドアを開けて外へ出た。

 連れ立った二人がドアの向こうに出たと言っても、そんなに広い事務所でも無く、仕切りとなっているパーテーションも大した物では無かったため、外で立ち話をする二人の話が静香にも聞こえて来た。

「どういう事だ? 被疑者とBチームが指揮所に何の連絡も寄越よこさず勝手に交戦したというのか? しかも、装備したSMGを発砲した側のBチームの隊員達の方が全滅したらしいだと…? そんな馬鹿な事が…」
 SITの隊長であり、この作戦の現場責任を任されている長谷川としては、現場からの報告を聞いても信じられない…いや、信じたくないのだった。彼の顔は苦渋に満ち、暖房の効いた部屋から出たと言うのに額には玉の様な汗が浮かんでいた。

「自分も信じたくはありませんが、Cチームリーダーの金田巡査部長からの無線報告では交戦の結果、Bチームリーダー山口巡査部長以下6名全員の殉職じゅんしょくを確認したとの事でした。加えて、Aチームの島警部補の報告では皆元さんの証言にあった救出対象者の3名の内2名の死亡が新たに確認されたとの事です。」
 声を震わせながら部下達の死を含めた現場の状況報告を終えた横田の顔は真っ青で、話し終えた後も唇がわなわなと震えている。やや顔を上に向けた彼の両目からこらえ切れずに涙がほほを伝った。
 長谷川に関してもショックが大きかったのは同じで、少しの間,、目を閉じ呼吸を整えようとする彼の握りしめた拳はブルブルと震えていた、

 ドア越しに漏れ聞こえてくる二人の会話に応接セットに座っていた静香と女性警官の西山巡査は、互いに真っさおになった顔を見合わせた。
「ああ…何てこと… 剛士たけしさん、エリちゃん…」

 静香の向かいのソファーに座っていた西山巡査が席を立ち、静香の隣に腰掛けて彼女の手を強く握ってやった。
 静香は震えながら西山巡査にすがりつく様にして彼女の肩に頭を預けた。西山巡査は優しく静香の頭を撫でてやる。

「お願いよ… ノビタさん、あなただけでも無事でいて…」
 静香は恋人である伸田伸也のびた のびやの安全をひたすら祈った。
 
 
 
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 間もなく島と富山は、林の中で他の4名の隊員達と無事合流した。
 静香を作戦指揮所まで送り届けた安田巡査も、すでに帰還してAチームに復帰していたのだ。

 島がAチームの全員に向けて言った。

「みんな無線で聞いたな? 現場を確認したCチームリーダーの金田巡査部長からの報告では、Bチームは6名全員が殉職じゅんしょくしたとの事だ。残念だが生存者はいない…
 Bチーム各員の遺体は、驚くほど強い力で刃物と殴打おうだによる攻撃を受けいちじるしい損傷を受けているが銃創じゅうそうは確認出来ず。
 逆に殉職した全隊員が手にしていたSMGに装填そうてん中だった銃弾は全弾撃ち尽くされていたにもかかわらず、被疑者の遺体はいまだ確認出来ていないとの事だ。
 Bチームの全滅は、同じSITの隊員として共に命を張って職務を遂行すいこうしてきた我々にとって非常に悔しいし残念だが、これは目をつむる訳にはいかない現実だ。信じたくはないが、相手は怪物のようなヤツと考えて行動しろ。各員、自分の装備を再確認し敵との遭遇そうぐう・交戦に備えろ。俺の私見を述べるが、ここからは被疑者の逮捕というよりも戦闘と考えろ。残った救出対象者の男性の救出保護が最優先されるが、各個にZん力で味方と自分の命を守れ。
 これは命令だ、絶対に死ぬな!」

「了解!」
 5名の部下達全員がチームリーダーである島に対し、力強い声で答えた。
 
 
 
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 伸田のびたは倉庫の中で高く積まれたタイヤのかげかくれてふるえながら軽機関銃の発砲音を聞いていたが、発砲音と悲鳴が聞こえなくなってからもしばらくは恐怖で立てなかった。
 ミチルの首のない遺体も須根尾すねおの切断された首も、伸田が倉庫を出る前の状態のままだった。

 恐怖による身体の震えが少し落ち着くと、伸田は今の状況を自分なりに考え始めた。

「さっきの機関銃の発砲音らしき音と悲鳴や怒号は、いったい何だったんだ?
 機関銃なんて所持できるのは、この日本で自衛隊か警察の特殊部隊しかない。となると、僕達を救助に来てくれた組織の人達って事で間違い無いはずだ。
 でも、機関銃を撃っている側の人間が悲鳴や怒号を上げるなんてのは、考えられる理由は一つだけだ。
 信じられない事だけど…ヒッチハイカーを逮捕し、僕やシズちゃんを救出するために派遣された部隊が、逆にヤツに返り討ちにってしまった…」
 伸田は自分と同じ様に静香が生きているという考え方に固執こしつし、どうしても捨て切れなかったのだ。それは、あくまでも彼がすがろうとする希望なのだが…

「救出部隊は全滅してしまったのか、他にもいるのか僕には何も分からない。でも…あのヒッチハイカーは、一体どれだけ化け物じみたヤツなんだ。機関銃を装備した部隊でも手に負えないなら、僕なんかがこんなタイヤレバーを一本持っただけで、立ち向かえるはずが無いじゃないか…」
 伸田は自分が強く握りしめていたタイヤレバーを見つめて、ため息をついた。

「僕にも銃があれば… はっ、そうだ! やられてしまった救出部隊の連中が使ってた銃を、今なら手に入れられるんじゃないか…? きっと、まだ回収されていないだろう。
 現場に行ってみる値打ちは大いにあるぞ。他にも何か使える物があるかもしれない…」
 そう考えた伸田は、居ても立っても居られなくなった。
 一刻も早く武器を手に入れて、ヤツに一矢いっしでもむくいてやらなければ、殺された剛士たけし須根尾すねおにエリやミチルに申し訳が無い… 伸田はそう思わずにはいられないのだった。
 そして何よりも、静香を自分の手で救い出したいとせつに願ったのだ。

 今まで生きて来た彼の人生の中で、静香への愛の告白にぐほどの一大決心をした伸田は、さっそく行動を開始した。機関銃の発砲音のした方角は、おおよそだが分かっている。
「何としてでも、銃を手に入れるんだ。」
 伸田はタイヤレバーを握りしめ、固い決意を胸に倉庫を後にした。
 
 
 
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 現時点における現場での状況報告を副長の横田警部補から受けた長谷川警部は、有能な部下達の命を作戦行動中に失ってしまった事を非常に悲しみ、そして同時に犯人に対する猛烈な怒りを覚えていた。
 横田警部補も全く同じ気持ちだった。
 何度も命がけの任務を、共に遂行すいこうしてきた戦友の様な部下達… 家族よりも多い時間を一緒に過ごしてきた、心から信用のおける存在で子供の様に可愛いかった若者達…

「行くか? 横田君。」
 二人の間では、その一言で十分だった。

「もちろんです、隊長。可愛い部下達のとむらい合戦に我々が出向かないのでは、あの世でアイツらに顔向け出来ません!」
 横田警部補は即答するとともに、長谷川警部に対し最敬礼しながら不敵な笑みを見せた。

「よく言ってくれた。私も君と全く同じ気持ちだ。それに、あたら有能な若い連中をこれ以上死なす訳にはいかん。
 よし、これより君にDチームをまかせる。私は全体の指揮をる。」
 そう言って長谷川警部が差し出した右手を、横田警部補が尊敬のまなざしと共に嬉しそうに握り返した。この二人は県警のSIT創設時の若手メンバーで先輩後輩の関係だったのだ。

 その時だった。
 この事務所の出入り口を警備していたDチーム隊員である関本巡査が扉を開けて入って来て、そこで立ち話をしていた隊長と副長に対し最敬礼した後、二人に向かって報告した。

「隊長! 県警本部長の発行された命令書を持参の方が、隊長にお会いしたいと外にお見えになっています。いかがいたしましょう?」

 上司に対してかしこまった関本巡査の報告を聞いた二人は、まゆを寄せて顔を見合わせた。
「本部長の命令書…? いったい、この緊急時に誰が現れたというんだ? よし、お通ししろ。」

「了解いたしました!」
 そう言って敬礼しながら答えた関本巡査が扉を開けると、招き入れられるのを待たずして外にいた一人の男がズカズカと入って来た。
 入って来たのは、パリッとしたスーツの上に防寒用の軍用コートを着込んだ、スラリと背が高く、りの深い顔立ちをした美男ではあるがきびしい印象の表情をした男だった。見た感じでは、年齢は30代後半といったところだろうか…
 男は長谷川の前に立つと真っぐに目を見つめて来た。長谷川は自分よりも一回り以上年下の相手の目に射すくめられると、どういう訳か蛇ににらまれたかえるのような気分になり、またもや額に緊張の汗が吹き出すのを感じた。

 男は長谷川の目を見つめながら軽く会釈すると、自分の名刺を差し出しながら言った。
「あなたが、この作戦の指揮官である長谷川警部ですね。私はこういう者です。」
 
「どうも… 私がSIT隊長で、この現場の指揮を任されている長谷川警部です。こちらは副長の横田警部補です。」
 そう自己紹介しながら、長谷川は男から受け取った名刺に目を通した。

「はあ… 内閣情報調査室、特務零課とくむぜろか課長の鳳 成治おおとり せいじさん…でいらっしゃる。」
 長谷川警部が声を出して読み上げてから、となりに立つ横田警部補に名刺を渡した。

「それで…おおとりさん。今、当方は緊急事態の真っ最中なのですが、どう言った御用件でこちらへお越しになられたのでしょうか?」
 男の名刺に書かれた肩書かたがきに少し興味を覚えたが、長谷川は少しイラついていた。こんな男の相手をしているより、一刻も早く自分達も現場に向かいたかったのだ。

「これをごらんいただきたい。県警本部長から長谷川警部に当てた正式の命令書です。」
 そう言って、今度はおおとりは取り出した一枚の紙を長谷川に手渡した。

「はあ、拝見します… む、これは…」
 県警本部長の名を出され、その命令書となると無視する訳にはいかなかった。内容に黙って目を通した長谷川は、大きく見開いた目でおおとりを見つめ返しながら、横田に命令書を渡した。命令書の内容を読んだ横田の反応も長谷川と同じで、彼もまた眉間みけんに深いしわを寄せながらおおとりの顔をジッと見つめた。

「では、おおとりさん。今から、この事件一切いっさいの指揮をあなたがおりになると…」
 露骨に納得のいかない表情を顔に浮かべた長谷川は、おおとりに面と向かって言った。

「その通りだ。あなた達は気に入らんだろうが、これは要請ではなく決定事項だ。君達SITには、これより私の指揮下に入ってもらう。
 不服がある者には、遠慮なくこの作戦よりはずれてもらって構わない。その時は、私の直属の部下達が後を引きぐ。我々は、この種の作戦活動には君達よりもいささか慣れているのでね。
 詳細は国家機密のために言えないが、今回の事件は県警で対処出来るレベルを遥かに超えている。
 仲間を殺された君達の心情を考慮するから、私の全面的指揮下に入るという条件でこのまま作戦遂行にとどめておいてあげようと言っているのだ。
分かったかね、長谷川警部?」
 この男のえらそうな物言いにムッとした横田警部補が一歩踏み出して言い返そうとするのを、長谷川警部が間に立ちふさがるようにしてさえぎった。こんなところで自分達が作戦からはずされたのでは、死んでいった部下達に顔向け出来ない。

「了解しました… これより、隊長である私以下の全SIT隊員は、あなたの指揮下に入ります。」
 長谷川は、自分より一回り以上も年下と思われる男に最敬礼をする事で恭順きょうじゅんの意を示し、相手にSITの全権をゆだねた。
 不承不承ふしょうぶしょうではあったが、横田警部補も仕方なく上司の長谷川にならって鳳に対し最敬礼して見せた。

「よろしい。素直に従ってくれた事を感謝する。では、被害者の女性の話を私も聞かせてもらいたい。そちらかね?」
 長谷川達の返事を待つまでもなく、鳳は応接室のドアを自分で開けて中に入って行った。
 
 
 
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「な、何だ、これは…? ひどい… 滅茶苦茶めちゃくちゃだ… うっ!」
 伸田のびたに状況の詳細は分かるはずも無かったが、今彼が立っているのはSITのBチームとヒッチハイカーの交戦が行われた場所だった。
 伸田には、その場で行われたのが戦闘などと表現出来る行為では無く、一方的な殺戮さつりくとしか思えなかった。
 それほどに現場に残された目をおおいたくなる様な凄惨せいさんさに、伸田はき気を覚えた。いや、あまりのおぞましい光景に彼は実際に身体を二つ折りにしてゲエゲエ吐いたのだが、しばらく飲まず食わずだったため胃の内容物はほとんど無く、込み上げて来たのはっぱい胃液だけだった。それでも吐き気が治まるまで彼はしゃがみ続けた。

 それはまさに、見る者全てが吐き気を覚えずにはいられない凄惨せいさんそのものとしか言えない光景だった。伸田は15歳未満には視聴禁止となる事間違いなしのスプラッター映画を見ている気がした。しかし、彼の目の前に広がっている光景は夢ではなく、特撮やCGの様な作り物でも無い正真正銘の本物なのだ。

 その場に数人いたと思われる特殊部隊の隊員達の遺体は、一人として正常な人体の原形をとどめている者は無かった…
 ある者は首が切断され、別の者は顔を人相が判別出来ないほどひどく叩きつぶされていた。
 そして、恐ろしい事に生きたまま刃物で切断されたり、断面から見て引き千切られたらしいバラバラになった四肢や人体の破片が、飛び散った大量の血しぶきと共にあちこちに散乱していた。それは、もはや殺害現場などという生易なまやさしいものでは無く、屠殺場とさつばとでも表現する方が相応ふさわしい光景だった。

 隊員の着込んでいた防弾防刃ぼうだんぼうじん用ボディアーマーが紙切れの様に簡単に切り裂かれ、斬られた腹部から飛び出したぬらぬらとした血と粘液にまみれた内臓を枯れ葉と雪の積もった地面にぶちまけている遺体も一つ二つでは無かった。
 どんな刃物を用いたのか、かぶったヘルメットごと頭をぶち割られた者もいる。大量に飛び散った隊員達の血は、降り積もった雪を赤く染め、大半が枯れ葉や腐葉土ふようどの地面に吸い込まれていたが、冷たい外気にさらされた血はすでに凍り始めていた。

 なんとか吐き気のおさまった伸田は、目的である使い物になりそうな武器を求めて凄惨せいさんな現場を探し回った。
 落ちていた数丁のSMG(サブマシンガン)には上腕部から切断された腕がまだ握りしめたままの状態の銃もあり、中には銃で受け止めたためだろうか…真っ二つに断ち割られたSMGもあった。

「鋼鉄製の銃を刃物で両断するなんて… 一体どんな怪力なんだ…?」

 伸田は驚きと恐怖のつぶやきを上げながら、使い物になりそうなSMGを選別して拾い上げた。だが、どの銃も弾丸を撃ち尽くした状態だったため、胴体部分の無事だった隊員の着用装備していたタクティカルベストの収納ポケットに収められていた予備の弾倉を取り出しからの弾倉と交換した。そして初弾を薬室に送り込む。

 こう書くと意外な様に思えるが、ダメな伸田の数少ない才能の一つに射撃があった。小さい頃から射的しゃてきたまはずした事はなく、中学生になってからはガンマニアとなりエアガンやモデルガンを収集する様になった。
 射的やエアガンと実際の射撃では全く違うと普通は思うだろう。
 だが、家族旅行や恋人の静香とともに海外へ行った時などには、必ずと言っていいほど伸田は射撃場に行って射撃をを体験した。そこでの伸田の射撃の腕前はほぼ百発百中で、見ていた射撃場の教官をうならせるほどだった。
 誰かに教えられた訳ではなく、射撃は伸田の持って生まれた才能と言って良かった。もっとも、民間人が銃を上手く撃てたところで銃の規制された日本では役に立つ事なんて無いと、伸田自身でも思っていた。
 元来がんらいが臆病で腕っぷしもからっきしな伸田は、警察や自衛隊に入ろうと思った事など一度も無かったのだ。
 
 しかし、その伸田の天賦てんぷの才能が役に立つ時が、思いもかけずにやって来たのだった。

 伸田は出来るだけ無傷むきずな装備を探して、隊員の遺体から防刃防弾用のボディーアーマーと、複数の弾倉や装備を収納出来るタクティカルベストを脱がせて防寒具を脱いだ自分が着用した。それにベストのいている収納ポケットに、持ち主に使用される事の無かった新品の特殊音響閃光せんこう弾『M84スタングレネード』を入れた。

 そして、伸田は同じ隊員が太もものホルスターに着用していた拳銃の『ベレッタ90-Two』を抜き出した。SMGよりもこちらの拳銃の方が、伸田の射撃の腕前の真価を発揮出来るだろう。自分でもそう考えた伸田はSMG(サブマシンガン)を肩から吊るして携行し、拳銃のベレッタ90-Twoを手に持つ事にした。
 〇✕県警SITチームの正式装備として隊員達が携行する銃器はプライマリ・ウエポン(第一武器)であるSMG(サブマシンガン)『MP5SFK』と、セカンダリー・ウエポン(第二武器)である自動拳銃『ベレッタ90-Two』なのだ。

「僕には、やっぱりこっちの方がSMGより手にしっくりくるな。ベレッタ92Rなら海外の射撃場で実際に何度も撃った事がある。」
 
 自分に納得のいく装備を身に着用し終えた伸田は立ち上がったが、全装備の重量がものすごく重かった。
「ダメだ… こんなに重いんじゃ走れないし、いざという時に行動がにぶくなる。」
 伸田は自分には操作の難しいSMGの携行はあきらめて肩から外し、SMG用のマガジンも全てタクティカルベストのポケットから取り出して捨てた。
 代わりに、他の隊員が携行していた『ベレッタ90-Two』をもう一丁持っていく事にした。予備の専用マガジンも合計4本、収納ポケットに入れた。
「これで二丁拳銃だな。おっと、それにもう一つ…これももらうよ。」
 そう言って伸田は別の隊員の切断されていた首からかぶっていたヘルメットを外し、自分の頭に被ってベルトで固定した。
 この時点で伸田は損壊遺棄そんかいいきされたバラバラの死体を見ても、気持ち悪くも何とも思わなくなっていたのだ。すでに彼の正常な感覚がマヒしていたのだろう。それよりも4人の親友達や、自分達を救助に来たためにこんな目にった隊員達の復讐をする事の方が、今の彼には重要だったのだ。
 そして、何よりも恋人の静香を無事に助け出したかった。それしか伸田の頭には無かったのだった。
 
 この時、伸田が静香がSITの別チームによって救助された事を知っていたなら、あるいは自分で戦う事など考えず、すぐにこの場を逃げ出していれば、この後彼の周りでに繰り広げられる悪夢のような一夜は変わっていたかもしれない。
 しかし、神でも無い身のただの大学生にしかすぎない伸田に、そんな事が分かる筈も無かった。

 伸田は自分が頂戴ちょうだいした装備の本来の持ち主だった全ての隊員達の遺体に向けて合掌がっしょうし、自分なりに彼らの冥福めいふくを祈りながら|黙とうをささげた。

「それじゃあ、行くか… 待ってろよ、ヒッチハイカー!」

 そこから一人で歩き始めたのは、もうグズでマヌケで泣き虫の男では無かった…
 恐怖を感じながら逃げもせず、殺戮さつりくを続ける怪物に向かって無謀な戦いをいどむ一人の勇敢な男のうしろ姿だった。
 
 
 
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「分かりました。参考になる話をしていただき、ありがとうございました。
 ご協力いただいた事に感謝します。あなたとっては何度もつらい話をさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
 後の事は我々におまかせください。
 あなたの恋人である伸田のびたさんが生存されているのなら、我々が必ず救出いたします。それでは、あなたには西山巡査の指示に従って救急班とともに本署へ戻っていただきます。西山君、後は頼んだよ。」
 新たに現れ指揮官のおおとりと名乗った男が落ち着いた声で静香にそう言うと、座っていた応接セットのソファーから立ち上がった。
 そして静香に向けて軽く会釈えしゃくしたおおとりが、部屋を出ようとその場から一歩踏み出した時だった。

「待って下さい! これからヒッチハイカーを逮捕して伸田さんを救助に向かわれるのなら、私も連れて行ってください。お願いします!」
 すっくと立ち上がった静香が、歩き始めようとした鳳に向かって必死な想いのこもった声で呼びかけた。
 横に座っていた西山巡査も慌てて立ち上がり、ハラハラした顔で静香の左腕をつかんだ。
「何を言ってるんですか、皆元みなもとさん!」

 静香に呼びかけられたおおとりが彼女を振り返った。

「正気ですか、皆元さん? あなたのヒッチハイカーと呼んだ被疑者は、これまでにも27名の人間を殺害し、今日もまたあなたの友人4名に加えてSITの隊員6名をすでに殺害している。
 総勢37名に上る人間を殺した嫌疑で我々が追っている凶悪な殺人鬼なのですよ。これからだって、この被害者の人数は増えるかもしれないんです。そんな所へ民間人のあなたを連れて行ける訳がない。
 それでは、これで我々は失礼します。長谷川警部に横田警部補、行こう。」
 鳳は冷たく言い放つと、再び静香に背を向けた。

「待って下さい! 私をおとりに使って下さって結構ですから、連れて行って下さい!」
 必死で懇願こんがんする静香の叫びにおおとりは足を止めた。そして、立ち止まったまま少し考えるように間をおいてから再び静香を振り返った。

「なるほど… では、皆元さんは御自身の意思で我々にご協力いただけるという事ですな? それでは、あなたには捜査協力を申し出られたいち民間人の女性として、我々と共に同行していただくという事でよろしいですね?」
 おおとりが顔に怪しい笑みを浮かべながら静香に言った。静香は突然物わかりが良くなった鳳の態度に薄気味悪さを感じながらも、美しい顔に固い決意を浮かべてうなずいた。

「何を言ってるんですか?おおとりさん! あなたは、ようやく危険な場所から救出された皆元さんを、またしても何人もの命が失われた現場に連れて行くと言うんですか!」
 先ほどと180度方向を変えた今の発言を聞いた長谷川が激高げっこうした調子を隠しもせずに鳳に詰め寄った。長谷川の一歩後ろに立っていた横田警部補も上司の横に並びながら、とんでもない事だと言わんばかりの噛み付きそうな表情で鳳をにらんだ。

「皆元さん! 本当に危険なんですよ! バカな事を言わないで!」
 西山巡査が静香に腕に取りすがって何とか彼女をなだめようとする。
 静香は優しく西山の腕を振りほどいて言った。

「いえ、これはおおとりさんがおっしゃったように私の個人的な意思です。誰に強要されたものでもありません。私は恋人の伸田伸也のびた のびやを危険な場所に残したままで、自分だけ山を下りるなんて考えられないんです。」
 静香は涙を流しながら必死で訴えている。その場にいた全員が、恋人を思う彼女のあまりの熱情に感動したほどだった。

「分かりました、皆元さん。この作戦の最高指揮官は私です。私があなたの同行を許可しますので、一緒に参りましょうか。」
 あやしい笑顔で静香にニコッと笑いかけながら、鳳は手のひらを返したように態度を変えた。そして、彼女の肩に手を置いて促すように歩き始める。

「ちょっと、鳳さん!」
 あわてた長谷川警部が鳳に意見しようとした。

「私が決定した事だ。気に入らんのなら君には残ってもらうが、それでもいいのかね?」
 静香の肩を抱くようにして歩きながら、長谷川に顔を向けた鳳が厳しい声で告げる。

「う…」
 こう言われてしまうと、長谷川には何も言い返せなかった。今では作戦の指揮権は自分では無く、この鳳 成治おおとり せいじにあったのだ。
 
 
 
     ********
 
 
 
タタタタタタタタッ!

 吹き荒れる吹雪ふぶきの中に明らかに異質なSMG(サブマシンガン)の斉射せいしゃ音が、周辺一帯に響き渡った。

「島警部補! こちらCチームの金田です! 敵! 被疑者を発見しましたた!
 隊員の一人が襲われ発砲! 全員で敵と交戦に入ります! う、うわあっ!」

「ガーーーーッ!」

「おい! 金田巡査長! どうした!」

「ガーーーーッ!」

 突然鳴り響いたSMGの斉射音に引き続き、Aチームの島の無線にCチームリーダーの金田巡査部長より交信が入った。だが、叫び声を最後にすぐに会話出来なくなった無線からは、空電によるノイズが聞こえるだけになった。

タタタタタタタッ!
「ギャアーッ!」
タタタタタタタッ! タタタタタタタッ!
「うわああ! 助けてくれー!」
タタッ…タタタッ! カシッ!カシッ!
「クソ! 弾切れだ!」
「あっちへ行け! 化け物めっ!」

 無線ではなく耳に直接、近くで実際に起こっている交戦の発砲と悲鳴が響き渡る。Bチームが壊滅した時と同じだった…

「Cチームの救助に向かうぞ! 総員、全速で走れ! 日頃の訓練の成果を見せろ!」
 そう叫ぶと同時に真っ先に走り出した島に続き、Aチームの5人が一斉に走り出した。

「遅れるな!Cチームを救うぞ!」

 全員が装備したSMG(サブマシンガン)を構え直し、重装備の重さを物ともせずに懸命けんめいに走った。
 
 
 
     ********
 
 
 
「また始まった…」

 響き渡る軽機関銃の発砲音と悲鳴を聞いた伸田は、手に持った拳銃『ベレッタ90-Two』の安全装置を外して両手にしっかりと構え、周囲を警戒しながら林の中を現場へと向かった…
 
 
 

【次回に続く…】
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