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第29話「安倍賢生と鳳 成治、父子の決意」
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「ここまでがわしの長男竜太郎と、ギリシア人で女神アテナの生まれ変わりである嫁のアテナとの結婚から、孫のくみ誕生を経て現在に至るまでの物語です。」
賢生は竜太郎とアテナの馴れ初めから結婚、くみの誕生から現在に至るまでを一同に話して聞かせた。
会議室全体が賢生の話が終わってからざわつき始めた。
成治を除いた全員が、賢生の話を俄かには信じられないのも無理のない事だった。
話を聞き終えた太田首相が恐る恐ると言う感じで賢生に尋ねた。
「すると、安倍さんはその孫のくみさんが今回のテロリストどもの要求にある『ニケ』であると仰るのですな。」
「その通りです、総理。くみもまた勝利の女神ニケの転生した少女なのです。」
太田総理に答えた賢生の言葉を聞いた誰かが「ぷっ」と吹き出したのが一同の耳に聞こえた。もちろん、それは賢生の耳にも聞こえていた。
息子である鳳 成治は、父に代わって怒鳴りつけてやりたい気持ちを必死に耐えた。悔しくて涙が出そうになる。
「ほう、わしが何かおかしなことを言いましたかな?」
そう言った賢生は懐から青い色紙を取り出して軽く何かの形を折り始めた。
そして、折り終わった色紙を床に投げ捨てて、両手指で独股印を結び口で「臨」と唱えた後、順に大金剛輪印「兵」、外獅子印「闘」、内獅子印「者」、外縛印「皆」、内縛印「陣」、智拳印「烈」、日輪印「在」、宝瓶印「前」と次々に手印を結びながら唱え終えた後で、右手で刀印を結んで四縦五横の格子状に線を空中に書いて九字を切った。
するとどうだろう… 先ほど賢生が床に投げ捨てた青い折り紙が立ち上がりムクムクと大きくなり、一頭の青い狛犬に変化した。
青い狛犬は四つ足で立ち上がり、仔牛ほどの身体を滑らかに動かして「ううう…」とうなり声を上げている。そして賢生の隣に移動して主人を護る忠実な犬の様に横に控えた。
この安倍賢生が引き起こした術式を見た鳳 成治を除いた一同全員が立ち上がり、驚きの声を上げた。
「これは、わしが陰陽術によって打った式神です。わしら陰陽師にはこういう事も出来ます。
つまり、あなた方一般の方には理解出来ない不可思議な事も起こり得るという事ですな。
神話に出てくる神々が存在しないとする根拠など何もありませんのじゃ。我が国、日本にもかつては八百万の神々が人間と共存共栄しておったでな。
昔の人間は、それらの神々を理解し敬っておった。皆が当たり前の存在として神々を認知しておったのじゃ。
わしの長男の嫁と生まれた孫が神々の転生した姿だとして、何の不思議があろうか。日本人は現代科学にどっぷりと浸かり過ぎて、自分達の身近な存在であった神々が見えなくなってしまったのじゃ。
しかし、人間の目には見えなくなっても神々はちゃんと現在でも存在しておる。他国のギリシアの神々もまたしかりじゃ。
お分かりいただけたかな? テロリストどもに我が日本に住む女神を渡してしまってよろしいものかのう? のう、皆様方。」
そう言って賢生は隣に控えた青い狛犬の頭を撫でてやった。狛犬は気持ちよさそうに喉を鳴らしている。
一同は狛犬の出現に驚いて立ち上がり、今にも逃げ出しそうだったのだが賢生の穏やかな口調の話を聞き終え、床に大人しく跪く青い狛犬を見て安心して席に着いた。
鳳 成治は賢生のやり方を驚きながらも感心して見つめていた。
『すごいぞ、親父のヤツ… 皆を信じさせたばかりか、自分に恭順させてしまった。一同の心を完全に把握してしまいやがった。さすがは稀代の大陰陽師…』
席に着いた太田首相が一つ咳をしてから発言した。
「さて、皆さん… 安倍さんのお陰で集中して話が出来そうだ。意見のある者は挙手をして発言して欲しい。」
ここで松本防衛大臣から手が上がった。太田首相に指名されて立ち上がり意見を述べる。
「まず、テロリストの言っている核ミサイルが本物かどうかの確認が取れない事には、向こうの要求を呑むわけにはいかないでしょう。」
ここで初めて鳳 成治が手を挙げて指名され、立ち上がった。
「しかし、まずは本物であると言う前提の下で我々が動かない事には、仮にテロリストの要求を蹴って返答をせずに本物の核ミサイルを撃ち込まれて東京が壊滅してしまったのでは、日本全体の滅亡へと繋がってしまう。
ここにいる我々は、たとえ仮定であっても核ミサイルが本物であると言う前提の下で検討を進めるべきでしょう。」
「私もそう思う。東京都民および日本国民の命を軽々しく扱ってはならない。危険を前提とするのなら安全策を取ろうじゃないか。」
太田首相の一言に全員が頷いた。
ここで桂自衛隊統合幕僚長が挙手をして指名された。
「ヤツ等の言っている原子力潜水艦というのは、どうも私にはうさん臭く思えるのです。
いかに本物のSLBMの筐体が投棄されていたとは言え、公的には原子力潜水艦は国連安全保障理事国でしか所有されていないのですから。
一テロリスト集団風情が所持して一つの国家を脅迫するなどというのは、どうも私には信じられません。」
この発言に対して浜田警察庁長官が手を挙げた。
「しかし、そう疑ってかかっていたのでは、いつまでたっても議論が前に進まない。ニケの所在が明らかなら、いっその事テロリストどもに引き渡す旨を伝えて見てはどうでしょうか?
一人の少女と東京都民全ての命では天秤にかけようとする方がバカげている。今すぐにでも相手に通知してみては…」
「バカ者! 一人のいたいけな少女の命を、君は軽々しく見捨てると言うのか! 君にも孫の一人くらいいるのだろうが!」
黙って聞いていた太田首相が、この発言をした浜田警察庁長官を怒鳴りつけた。この首相は人情家で定評のある総理大臣として有名である。怒鳴りつけられた浜田警察庁長官はシュンとなって腰を下ろした。
「すまん、私にも孫が三人いるものでね… その内二人が女の子なのだ。他人ごとでは無くてな… 怒鳴ったりしてすまなかった。」
そう言って太田首相は一同に対して頭を下げた。
ここで、田中官房長官が大きく手を挙げて立ち上がった。初めての発言である。
「ええっと… では、ニケを引き渡すふりをするというのはいかがでしょう?
そうすれば奴らも原子力潜水艦をニケを受け取るために浮上させるか、そうでなくても誰かを受け取りに寄こすしかない。そうすれば、奴らも簡単に核ミサイルを発射するわけにもいかんでしょう。
なあに、本当にニケを引き渡すわけじゃない。」
皆が一斉に田中官房長官の方を見ている。中には拍手している者までいた。それには田中官房長官の方が照れてしまい、赤い顔をして頭を掻きながら着席した。
「うん、いい考えだな。田中官房長官の意見を、皆でもう少し検討しようじゃないか。」
太田首相の一声で一同の活気が戻った。
少しザワつき出したが、場の雰囲気は明るく前向きになったようだ。いい傾向だと鳳 成治は思った。彼自身、少し希望が見えて来たように思えたのだ。
そこで、成治は自分も賢生に続いて、思い切って一同に打ち明けてみる気になって挙手をし指名された。
「皆さん、私も安倍賢生氏と同じように私事を打ち明けようと思います。聞いていただけますか。
私、鳳 成治はそこにいる安倍賢生の実の息子です。母方の姓を名乗っておりますので、父の旧姓である榊原とも異なりますが…
つまり、私から見てニケこと榊原くみは実の姪に当たります。申し遅れたことをお詫びいたします。」
成治は一同に対して深々と頭を下げた。賢生も座ったままだが同様に頭を下げた。この急な告白に一同は驚き、ざわめいた。しかし、誰一人非難めいたことを口にする者はいなかった。成治は頭を上げて話を続けた。
「恐縮です。それと、もう一つ… これは非常に重要な事なのですが、私にはテロリストの首謀者だと思われる男に一人心当たりがあります。」
「何っ!」
「それは本当か?」
「なぜそれを早く言わんのだ!」
「早く言いなさい、君!」
口々に一同から声が上がった。ひと通り声が出て、また静まってから成治は話し始めた。
「その男とは私の前任者である、前内閣情報調査室の特務零課長だった男、北条 智であります。」
また大きなどよめきが起こる。中でも上司である志村内閣情報調査室長の驚きは大きかった。顔が真っ赤になっている。
「これは断定では無いことを前提に申し上げています。そのつもりでお聞き下さい。
北条 智は在職中にニケの捕獲に異様なほどの執着を示し、『作戦ニケ』なる企画を自ら立ち上げてニケ捕獲を目指しておりました。
もちろん、私も部下の一人としてその指示に従っておりました。しかし、途中からニケの正体が徐々に判明し始めてからは、私は北条の命令に従うのに躊躇してしまったのです。
そして、『作戦ニケ』の進行中に安倍賢生の政財界への口利きでニケの捕獲に対して上層部からの圧力がかかり、『作戦ニケ』そのものが途中で頓挫してしまいました。
これに、宮仕えの限界を感じた北条は辞職を決断し、かつて自身をヘッドハンティングしてきたアメリカの裏組織である諜報機関に身を投じる事を決意をしたようです。
その際に私も誘われたのですが、私はこれを断り現在に至っております。
そして、北条は辞める際に『作戦ニケ』で得たニケに関する情報を内閣情報調査室のサーバーから全て消去し、自分だけがニケの情報を持ったまま姿を消しました。
私は後任の特務零課長として北条を捕まえるべく、特務零課の総力を挙げて彼の足跡を追いましたが、結局見つけ出すことは出来ませんでした。
北条 智は完全に日本から消息を絶ってしまったのです。北条の逃げ込んだ先の組織に関しても一切不明であります。
今回の核テロ犯行予告声明を出して来た組織である『underworld』に北条 智が絡んでいる事は、ほぼ間違いないと思われます。
少し長くなりましたが、私の話は以上です。」
鳳 成治の非常に重要な一連の話を聞き終わった一同は、深いため息をついて緊張を少し解いた様に皆が座り直した。
「分かった、鳳君。非常に重要な話をよく正直に話してくれた。君に問われる責任が無い事は私が保証しよう。
君には今まで通りに今のポストで働いてもらう。いいね、志村内閣情報調査室長。」
名指しされた志村内閣情報調査室長は慌てて立ち上がり、太田首相に対して返事をした。
「も、もちろんです… 総理。鳳課長には従来通り働いてもらいます。私が確約いたします。」
「よろしい、皆も聞いての通りだ。それで、鳳君に今回のテロ事件について何か考えがあるのかね?」
太田首相は穏やかな親しみを込めた口調で鳳 成治に直に尋ねた。
「はっ、恐れ入ります…総理。では私の考えを申し上げます。私は北条 智とは、互いに大学時代からの無二の親友と言える存在でした。
北条の考え方も理解していますし、彼の思考パターンも読むことが出来ます。今回の『underworld』からの核テロ犯行予告声明は全て事実であると考えます。」
ここで一同のざわめきが頂点に達した。
「諸君、静かにしたまえ! 鳳君、話を続けてくれ。」太田首相が一喝し、成治に先を促した。
「はっ、ありがとうございます。
北条 智の性格及び考え方としては、ニケの捕獲に関しての一切の妥協は許さないでしょう。我々日本政府にも北条自身にもです。
彼のやり方として断定できるのは核弾頭の保有についても事実だろうし、SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)に核弾頭を搭載して東京に発射する事が可能である事も向こうが言ってきた以上、間違いないと見ていいでしょう。
北条という男はいい意味でも悪い意味でも真っ直ぐな男でして、やるといったら必ず実行します。
こちらからの駆け引きには一切乗って来ません。偽物のニケなどの引き渡しで北条 智を騙すことは不可能です。
本物のニケを引き渡すことでしか、北条 智を納得させることは出来ないでしょう。」
ここで鳳 成治は話をいったん切り、決意を秘めた真っ直ぐな目で一同を見渡して言った。
「太田総理、そして皆さん、北条 智と交渉するのは私に一任してもらえないでしょうか?
私が全責任を持って北条 智相手の交渉人を引き受けます。」
言い終わった鳳 成治は、その場に居る太田内閣総理大臣を始めとした一同の顔を静かに…しかし、真剣に見回した。
**************************
『次回予告』
核テロリストが日本政府に対して回答を指示した午後19時…
くみは固い決意の元、テロリストの指示した東京湾に成治、賢生と共にヘリで向かう。
いっぽう原子力潜水艦『クラーケン』が北条 智の指図で東京湾へと無音航行で潜航した。
次回ニケ 第30話「カウントダウン… 飛び立つヘリと浮上する原子力潜水艦」
にご期待下さい。
賢生は竜太郎とアテナの馴れ初めから結婚、くみの誕生から現在に至るまでを一同に話して聞かせた。
会議室全体が賢生の話が終わってからざわつき始めた。
成治を除いた全員が、賢生の話を俄かには信じられないのも無理のない事だった。
話を聞き終えた太田首相が恐る恐ると言う感じで賢生に尋ねた。
「すると、安倍さんはその孫のくみさんが今回のテロリストどもの要求にある『ニケ』であると仰るのですな。」
「その通りです、総理。くみもまた勝利の女神ニケの転生した少女なのです。」
太田総理に答えた賢生の言葉を聞いた誰かが「ぷっ」と吹き出したのが一同の耳に聞こえた。もちろん、それは賢生の耳にも聞こえていた。
息子である鳳 成治は、父に代わって怒鳴りつけてやりたい気持ちを必死に耐えた。悔しくて涙が出そうになる。
「ほう、わしが何かおかしなことを言いましたかな?」
そう言った賢生は懐から青い色紙を取り出して軽く何かの形を折り始めた。
そして、折り終わった色紙を床に投げ捨てて、両手指で独股印を結び口で「臨」と唱えた後、順に大金剛輪印「兵」、外獅子印「闘」、内獅子印「者」、外縛印「皆」、内縛印「陣」、智拳印「烈」、日輪印「在」、宝瓶印「前」と次々に手印を結びながら唱え終えた後で、右手で刀印を結んで四縦五横の格子状に線を空中に書いて九字を切った。
するとどうだろう… 先ほど賢生が床に投げ捨てた青い折り紙が立ち上がりムクムクと大きくなり、一頭の青い狛犬に変化した。
青い狛犬は四つ足で立ち上がり、仔牛ほどの身体を滑らかに動かして「ううう…」とうなり声を上げている。そして賢生の隣に移動して主人を護る忠実な犬の様に横に控えた。
この安倍賢生が引き起こした術式を見た鳳 成治を除いた一同全員が立ち上がり、驚きの声を上げた。
「これは、わしが陰陽術によって打った式神です。わしら陰陽師にはこういう事も出来ます。
つまり、あなた方一般の方には理解出来ない不可思議な事も起こり得るという事ですな。
神話に出てくる神々が存在しないとする根拠など何もありませんのじゃ。我が国、日本にもかつては八百万の神々が人間と共存共栄しておったでな。
昔の人間は、それらの神々を理解し敬っておった。皆が当たり前の存在として神々を認知しておったのじゃ。
わしの長男の嫁と生まれた孫が神々の転生した姿だとして、何の不思議があろうか。日本人は現代科学にどっぷりと浸かり過ぎて、自分達の身近な存在であった神々が見えなくなってしまったのじゃ。
しかし、人間の目には見えなくなっても神々はちゃんと現在でも存在しておる。他国のギリシアの神々もまたしかりじゃ。
お分かりいただけたかな? テロリストどもに我が日本に住む女神を渡してしまってよろしいものかのう? のう、皆様方。」
そう言って賢生は隣に控えた青い狛犬の頭を撫でてやった。狛犬は気持ちよさそうに喉を鳴らしている。
一同は狛犬の出現に驚いて立ち上がり、今にも逃げ出しそうだったのだが賢生の穏やかな口調の話を聞き終え、床に大人しく跪く青い狛犬を見て安心して席に着いた。
鳳 成治は賢生のやり方を驚きながらも感心して見つめていた。
『すごいぞ、親父のヤツ… 皆を信じさせたばかりか、自分に恭順させてしまった。一同の心を完全に把握してしまいやがった。さすがは稀代の大陰陽師…』
席に着いた太田首相が一つ咳をしてから発言した。
「さて、皆さん… 安倍さんのお陰で集中して話が出来そうだ。意見のある者は挙手をして発言して欲しい。」
ここで松本防衛大臣から手が上がった。太田首相に指名されて立ち上がり意見を述べる。
「まず、テロリストの言っている核ミサイルが本物かどうかの確認が取れない事には、向こうの要求を呑むわけにはいかないでしょう。」
ここで初めて鳳 成治が手を挙げて指名され、立ち上がった。
「しかし、まずは本物であると言う前提の下で我々が動かない事には、仮にテロリストの要求を蹴って返答をせずに本物の核ミサイルを撃ち込まれて東京が壊滅してしまったのでは、日本全体の滅亡へと繋がってしまう。
ここにいる我々は、たとえ仮定であっても核ミサイルが本物であると言う前提の下で検討を進めるべきでしょう。」
「私もそう思う。東京都民および日本国民の命を軽々しく扱ってはならない。危険を前提とするのなら安全策を取ろうじゃないか。」
太田首相の一言に全員が頷いた。
ここで桂自衛隊統合幕僚長が挙手をして指名された。
「ヤツ等の言っている原子力潜水艦というのは、どうも私にはうさん臭く思えるのです。
いかに本物のSLBMの筐体が投棄されていたとは言え、公的には原子力潜水艦は国連安全保障理事国でしか所有されていないのですから。
一テロリスト集団風情が所持して一つの国家を脅迫するなどというのは、どうも私には信じられません。」
この発言に対して浜田警察庁長官が手を挙げた。
「しかし、そう疑ってかかっていたのでは、いつまでたっても議論が前に進まない。ニケの所在が明らかなら、いっその事テロリストどもに引き渡す旨を伝えて見てはどうでしょうか?
一人の少女と東京都民全ての命では天秤にかけようとする方がバカげている。今すぐにでも相手に通知してみては…」
「バカ者! 一人のいたいけな少女の命を、君は軽々しく見捨てると言うのか! 君にも孫の一人くらいいるのだろうが!」
黙って聞いていた太田首相が、この発言をした浜田警察庁長官を怒鳴りつけた。この首相は人情家で定評のある総理大臣として有名である。怒鳴りつけられた浜田警察庁長官はシュンとなって腰を下ろした。
「すまん、私にも孫が三人いるものでね… その内二人が女の子なのだ。他人ごとでは無くてな… 怒鳴ったりしてすまなかった。」
そう言って太田首相は一同に対して頭を下げた。
ここで、田中官房長官が大きく手を挙げて立ち上がった。初めての発言である。
「ええっと… では、ニケを引き渡すふりをするというのはいかがでしょう?
そうすれば奴らも原子力潜水艦をニケを受け取るために浮上させるか、そうでなくても誰かを受け取りに寄こすしかない。そうすれば、奴らも簡単に核ミサイルを発射するわけにもいかんでしょう。
なあに、本当にニケを引き渡すわけじゃない。」
皆が一斉に田中官房長官の方を見ている。中には拍手している者までいた。それには田中官房長官の方が照れてしまい、赤い顔をして頭を掻きながら着席した。
「うん、いい考えだな。田中官房長官の意見を、皆でもう少し検討しようじゃないか。」
太田首相の一声で一同の活気が戻った。
少しザワつき出したが、場の雰囲気は明るく前向きになったようだ。いい傾向だと鳳 成治は思った。彼自身、少し希望が見えて来たように思えたのだ。
そこで、成治は自分も賢生に続いて、思い切って一同に打ち明けてみる気になって挙手をし指名された。
「皆さん、私も安倍賢生氏と同じように私事を打ち明けようと思います。聞いていただけますか。
私、鳳 成治はそこにいる安倍賢生の実の息子です。母方の姓を名乗っておりますので、父の旧姓である榊原とも異なりますが…
つまり、私から見てニケこと榊原くみは実の姪に当たります。申し遅れたことをお詫びいたします。」
成治は一同に対して深々と頭を下げた。賢生も座ったままだが同様に頭を下げた。この急な告白に一同は驚き、ざわめいた。しかし、誰一人非難めいたことを口にする者はいなかった。成治は頭を上げて話を続けた。
「恐縮です。それと、もう一つ… これは非常に重要な事なのですが、私にはテロリストの首謀者だと思われる男に一人心当たりがあります。」
「何っ!」
「それは本当か?」
「なぜそれを早く言わんのだ!」
「早く言いなさい、君!」
口々に一同から声が上がった。ひと通り声が出て、また静まってから成治は話し始めた。
「その男とは私の前任者である、前内閣情報調査室の特務零課長だった男、北条 智であります。」
また大きなどよめきが起こる。中でも上司である志村内閣情報調査室長の驚きは大きかった。顔が真っ赤になっている。
「これは断定では無いことを前提に申し上げています。そのつもりでお聞き下さい。
北条 智は在職中にニケの捕獲に異様なほどの執着を示し、『作戦ニケ』なる企画を自ら立ち上げてニケ捕獲を目指しておりました。
もちろん、私も部下の一人としてその指示に従っておりました。しかし、途中からニケの正体が徐々に判明し始めてからは、私は北条の命令に従うのに躊躇してしまったのです。
そして、『作戦ニケ』の進行中に安倍賢生の政財界への口利きでニケの捕獲に対して上層部からの圧力がかかり、『作戦ニケ』そのものが途中で頓挫してしまいました。
これに、宮仕えの限界を感じた北条は辞職を決断し、かつて自身をヘッドハンティングしてきたアメリカの裏組織である諜報機関に身を投じる事を決意をしたようです。
その際に私も誘われたのですが、私はこれを断り現在に至っております。
そして、北条は辞める際に『作戦ニケ』で得たニケに関する情報を内閣情報調査室のサーバーから全て消去し、自分だけがニケの情報を持ったまま姿を消しました。
私は後任の特務零課長として北条を捕まえるべく、特務零課の総力を挙げて彼の足跡を追いましたが、結局見つけ出すことは出来ませんでした。
北条 智は完全に日本から消息を絶ってしまったのです。北条の逃げ込んだ先の組織に関しても一切不明であります。
今回の核テロ犯行予告声明を出して来た組織である『underworld』に北条 智が絡んでいる事は、ほぼ間違いないと思われます。
少し長くなりましたが、私の話は以上です。」
鳳 成治の非常に重要な一連の話を聞き終わった一同は、深いため息をついて緊張を少し解いた様に皆が座り直した。
「分かった、鳳君。非常に重要な話をよく正直に話してくれた。君に問われる責任が無い事は私が保証しよう。
君には今まで通りに今のポストで働いてもらう。いいね、志村内閣情報調査室長。」
名指しされた志村内閣情報調査室長は慌てて立ち上がり、太田首相に対して返事をした。
「も、もちろんです… 総理。鳳課長には従来通り働いてもらいます。私が確約いたします。」
「よろしい、皆も聞いての通りだ。それで、鳳君に今回のテロ事件について何か考えがあるのかね?」
太田首相は穏やかな親しみを込めた口調で鳳 成治に直に尋ねた。
「はっ、恐れ入ります…総理。では私の考えを申し上げます。私は北条 智とは、互いに大学時代からの無二の親友と言える存在でした。
北条の考え方も理解していますし、彼の思考パターンも読むことが出来ます。今回の『underworld』からの核テロ犯行予告声明は全て事実であると考えます。」
ここで一同のざわめきが頂点に達した。
「諸君、静かにしたまえ! 鳳君、話を続けてくれ。」太田首相が一喝し、成治に先を促した。
「はっ、ありがとうございます。
北条 智の性格及び考え方としては、ニケの捕獲に関しての一切の妥協は許さないでしょう。我々日本政府にも北条自身にもです。
彼のやり方として断定できるのは核弾頭の保有についても事実だろうし、SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)に核弾頭を搭載して東京に発射する事が可能である事も向こうが言ってきた以上、間違いないと見ていいでしょう。
北条という男はいい意味でも悪い意味でも真っ直ぐな男でして、やるといったら必ず実行します。
こちらからの駆け引きには一切乗って来ません。偽物のニケなどの引き渡しで北条 智を騙すことは不可能です。
本物のニケを引き渡すことでしか、北条 智を納得させることは出来ないでしょう。」
ここで鳳 成治は話をいったん切り、決意を秘めた真っ直ぐな目で一同を見渡して言った。
「太田総理、そして皆さん、北条 智と交渉するのは私に一任してもらえないでしょうか?
私が全責任を持って北条 智相手の交渉人を引き受けます。」
言い終わった鳳 成治は、その場に居る太田内閣総理大臣を始めとした一同の顔を静かに…しかし、真剣に見回した。
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『次回予告』
核テロリストが日本政府に対して回答を指示した午後19時…
くみは固い決意の元、テロリストの指示した東京湾に成治、賢生と共にヘリで向かう。
いっぽう原子力潜水艦『クラーケン』が北条 智の指図で東京湾へと無音航行で潜航した。
次回ニケ 第30話「カウントダウン… 飛び立つヘリと浮上する原子力潜水艦」
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