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第27話「ニケのサンプル解析結果報告と、『作戦ニケⅡ』第二段階開始」
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ここは、六本木にあるマクガイバー社(MacGyver)の東京本社ビル(地上47階、地下3階)の42階にある北条 智のオフィスである。
「Mr.北条、こちらが生物科学分野での世界最高権威の一人でいらっしゃる早川博士です。早川博士、こちらは私の上司で我が『クトニウス機関』の極東支部参謀のMr.北条 智です。」
北条の頭脳であり、作戦情報分析のアナリストでもあるチャーリー萩原が二人を引き合わせ、双方を相手に紹介した。
早川博士はいくつもの博士号を持った科学者で、もともとは四菱製薬本社にて主にBERSの開発、研究を一手に任されていた人物であり、その研究手腕の高さを評価した『クトニウス機関』に破格の待遇で引き抜かれ、現在は『クトニウス機関』の極東支部におけるBERSの開発と研究を専門に担当している。
「早川博士、私が北条 智です。あなたのお噂はかねがね伺っておりました。お会い出来て光栄です。
さて早川博士、博士にお渡ししたニケのサンプルの件で早速お話を伺えますか? 現時点で判明出来ている事で結構です。」
北条は回りくどい話が嫌いな男だったので、挨拶もそこそこに単刀直入に自分の用件を切り出した。
「はあ… では現時点で分かっている所までという事でお話しします。我々は今回、本来の研究を中止してまで最優先プロジェクトとしてニケのサンプルの研究を行なってきた訳ですが、あれは驚くべき代物ですな。
まず、私は医学博士でもあるのですが、あれは人間の血液、毛髪、皮膚片で間違いありません。しかも科学的な手は一切加えられていない、普通の人間の十代の女性の物でしょう。私はサンプル提供者の素性は聞かされておりませんが、この点はいかがですか、北条参謀?」
早川博士が北条に質問をする。
「博士のおっしゃる通りです。あのサンプルは15歳の日本人の少女…さらに正確に言うと、日本人の父親と純粋なギリシア国籍の白人女性の母親との間に生まれたハーフの少女から採取した物です。」
その答えに納得した早川博士が話を続ける。
「なるほど… 15歳のハーフの少女ですか。まあ、人種間における混成等はこの際、あまり評価の対象にはならないでしょうな。
それよりもニケのサンプルは、成分や組成、特質等は人間の物でしかああり得ないのですが、ある種の電気信号や熱を加えてみると驚くべきことが起こったのです。」
北条は身を乗り出した。
「いったい、どんな事です?」
「ええ。熱で大抵の細胞はタンパク質が破壊されます。タンパク質は熱に弱いからですな。ところが、ニケの細胞は熱に対してかなりの耐性を示しました。おそらく身体全体としても、熱にはかなり強いと思われます。
電気によるショックに関しては、人体は適度な電気ショックは身体の細胞に活性化を与えたり、疲労の軽減にも効果を示すのはご存じかと思いますが、度を越した電気による刺激は感電死の様に死に至ります。
ところが、何度も実験を繰り返して見たのですが、ニケの細胞は通常の人体では感電死を10回生じさせる量の電気ショックを与えても、全く平気だと思われる反応しか返さないのです。
この実験結果から、電気に対しても普通の人間よりも十数倍~数十倍レベルの耐性を示すと予想されます。」
ここで早川博士は、いったん話を切って前に置かれたコーヒーを飲んだ。そして北条の顔を窺っている。博士に対して北条が答えた。
「で、博士… 率直に伺いますが、他の者がニケと同様の体質を手に入れることは可能なのですか?」
早川博士はこの質問を待っていたとばかりに応じる。
「正直なところ、まだ不明です。ですが、そのためにはもう少し大量のニケの血液及び組織片が欲しいですな。あれだけの量では研究にはとてもじゃないが足りません。」
北条は早川博士の要望を聞くと、ソファーに深く腰を下ろしてため息をついた。
「簡単に言ってくれますがね…早川博士、それがそんなに簡単に出来るのなら我々は、とっくにニケを丸ごと捕まえていますよ。それが出来ないから苦労している。」
二人のやり取りを見ていたチャーリー萩原が、話に割って入った。
「Mr.北条。こうなったら、いよいよ例の『作戦ニケⅡ』の第二段階を実行に移しましょう。うまくいけば、苦労せずにニケを丸ごと確保する事が出来ます。」
北条はチャーリー萩原に対して苦笑を浮かべながら答えた。
「そう上手くいけばいいがな… だが、やって見るだけの価値はあるな… よし、手筈を整えたまえ、チャーリー。『作戦ニケⅡ』の第二段階を本格的に開始するんだ。」
「イエッサー! Mr.北条!」
チャーリー萩原は、北条にニヤリと笑って頷いてから部屋を出て行った。
「さて、早川博士。もし、ニケ本人が手に入れば研究は進むのでしょうな?」
今度は早川博士が北条に対してニヤリと笑って頷いた。
「それは、もちろんですとも。我々の研究が進めば世界の軍事バランスは丸っきり変わってしまうでしょうな。もっとも私達の様な科学者にとっては、純粋にニケの身体の秘密を解明出来る事自体に、興味がそそられて仕方がありませんが…」
「そうでしょうな、博士。私としても、あなた方科学者に大いに興味を持って研究をしていただきたいものだ。」
二人は互いの立場を越えて、ニケの捕獲を心より願った。
********************
ここ、榊原家では和風の応接間で家族会議が開かれていた。今日は人数も多く、主人である榊原竜太郎、アテナ、くみの三人家族に加えて、安倍賢生に飄、そして鳳 成治までがいる。いつもよりも大人数の家族会議となっていた。
くみは大好きな飄が同じ部屋にいることで、緊張のしっぱなしである。ドキドキして飄の方をチラチラと見てばかりいる。飄はというと、いつも通りのクールな態度だが少しはくみが気になるらしく、なるべく彼女の方を見ないようにしているようだ。
大人達の中でそんな二人の態度に気が付いているのは、母のアテナ一人の様だった。アテナは時々、くみと飄の方を微笑みながら温かく愛情のこもった表情で見ていた。
珍しく榊原家を訪れている鳳 成治が飄に言った。
「そうか、飄君。君が追いかけたサンプルを持ち去った男は千葉方面へ逃走し、君は途中の山中にあるトンネルで見失ってしまったんだね… それは残念だが、仕方が無いよ。
多分、トンネル内で車を捨てて別の車に乗り換えたか、徒歩で逃げたんだろう。プロの手口だ。君やくみちゃんの話にあった様な奴らなら、君だって危険だったんだ。本当に君が無事でよかったよ。」
そう言った成治の言葉に飄は黙ったままだったが、くみは我が意を得たりとばかりに大きく頷いている。成治はそんなくみに笑顔で頷き、皆に対して話し始めた。
「みんな、聞いて欲しい。最近、SNS上でニケの情報が頻繁に流れてるんだ。都市伝説風な情報も有ったりするが、目撃者に撮影された画像や動画までが出回っている。
うちの特務零課でサーバー内にあるニケの情報の削除や、書き込まれたサイトの閉鎖を行なったりしているのは北条 智が課長をしていた時と同じなんだが、あの時に比べても今度のは規模が大きい。誰かが意図的に情報を流しているのではないかと考えられる。」
これを聞いた賢生が成治に尋ねた。
「それは何のためにじゃ?」
皆が一斉に成治の方を見る。
「ああ、そこなんだが… ニケの情報提供に賞金提供を呼びかけているサイトまであるんだ。その辺が前とは違う。その事がSNS上で評判になっていて、巷ではニケの事が口々に語られているようだ。
最近では地上波ではなくネットのワイドショー的な番組にまで取り上げられ始めた。もちろん、そう言う情報が入り次第我々が番組をつぶしにかかるんだが、実際問題として規模の小さなネットニュースまでは押さえられないのが現状なんだ。まるでもぐら叩きみたいにね… 正直言ってお手上げだよ。」
「ふうむ… 何者かがニケの情報を流しているとして、何が目当てなんだろう…?」
竜太郎が腕組みをして天井を見上げながらつぶやく。
これに対して、飄がめずらしくボソッとした口調ではあったが意見を述べた。
「まるで、魔女狩りみたいだ…」
これにアテナが賛同する。
「そうね、わざと情報をばら撒いて世論を焚き付け、ニケの情報を募って私達に対してプレッシャーを与える。それで、ニケの情報が実際に得られれば、さらに良しと言うところかしら。」
「わしには、そのSNSというのはよく分からんが… くみにとっては危険じゃのう。それが心配じゃな。」
賢生の言葉に頷いた成治が話をしようとした時に、成治の携帯電話が鳴った。成治は皆に頭を下げて縁側に出た。そこで数分通話をしていたが、また皆の前に戻って来た成治の顔は真っ青だった。
「たいへんだ… 今、日本政府にテロリストを名乗る者から連絡があったらしい。内容は『巷で評判になってるニケを当方に引き渡せ、さもないと東京都内に核弾頭搭載のミサイルを撃ち込む』と言ってきた様だ…」
「何だって?」
皆が一斉に成治を見つめて、大同小異の言葉を口にした。
「ニケを渡せだって?」
竜太郎が身を乗り出して、弟の成治を問い詰めるように聞いた。
「そう要求しているらしいんだ、兄貴。これについては日本政府としては公表は出来ないし、させる訳にもいかない。政府は箝口令を敷いたようだ。当然の処置だが…」
「じゃあ、うちのくみはどうなるんです?」
アテナが美しい顔を曇らせながら心配そうに成治に聞く。
「僕の元上司で前の課長だった北条 智が、ニケに関する記録はバックアップまで全部消去してしまったが、もちろん人の頭の中の記憶までは消せないから、榊原くみの情報は政府にも報告されて把握もされている。
だが、政府内にも顔が利く親父のお陰でこれまでは何とか抑えられていたんだ… だが、この状況ではそうも言っていられなくなるだろう。
それで今、僕に連絡があって総理大臣から非常招集が掛かったんだ。これから、首相官邸で緊急対策会議が開かれるようだ。仕方が無いだろうな… これは事実上の国家に対するテロ宣言だからね。」
「何てこった…うちの娘はまだ15歳の少女なんだぞ!」
竜太郎が拳で卓を叩いた。その拍子に中身が残っていた茶碗がひっくり返って、残っていたお茶が飛び散った。
アテナが慌てて布巾で拭き取り、卓上の物を片付けにかかった。くみも無言のまま立ち上がり、母を手伝う。 アテナとくみが台所へと出て行った後で、それまで黙っていた飄が低いが怒気の籠った声でつぶやいた。
「くみに手を出す奴は、俺が叩きのめす…」
他の三人は飄が発散する怒りのオーラの凄まじさに息を吞んだ。部屋の中の空気が飄を中心に流れ始めたのだ。静かに気流が生まれていた。成治は飄の剣幕にたじろぎながら、上着を着て皆に言った。
「と、とにかく僕は会議に出なきゃならないから、これで失礼するよ。必ず連絡するから!
義姉さん、くみちゃん、ご馳走様でした。帰るよ!」
台所にいる二人に聞こえるように言った成治は、慌ただしく帰って行った。
「いったい…どうなるんじゃ、くみは…?」
そう言った賢生は竜太郎と飄を交互に見た。
「僕にもわからないよ、父さん…」
竜太郎はそう言って顔を伏せるが、飄は思いつめた顔で言った。
「俺がぶっ潰してやる、そいつらを…」
そう言った飄は立ち上がって縁側に出た。すると、どうだろう… 庭に強い風が巻き起こり渦を巻き始め、やがて小さな竜巻となった。その竜巻の中心に入り込んで飄が言った。
「じいさん、今日は帰るよ… 怒りが制御出来ないと家をメチャクチャにしてしまいそうだ… くみに何かあったら思念で連絡してくれ、すぐに飛んで来る。必ず報せてくれよ!」
飄の言葉が終わらないうちに竜巻は上空高く舞い上がり、彼方へと飛び去った。
竜太郎は驚きのあまり尻もちをついて、茫然と飛び去った竜巻を見送った。
「と、父さん… あの少年はいったい…?」
と、父である賢生を振り返りながら問いかけた。
「お前は初めてじゃったな… ヤツは…飄は風神の倅じゃ…」
賢生は飄の飛び去った方角の空を見つめながら、長男の竜太郎に静かに言った。
**************************
『次回予告』
ついに第二段階へと進んだ『作戦ニケⅡ』。
北条達はテロリストを名乗り、東京核攻撃を予告して日本政府にニケの引き渡しを要求した。
これに対し日本政府はいかなる対応で臨むのか。
鳳 成治は果たして日本政府をまとめることが出来るか?
次回ニケ 第28話「核テロ犯行予告声明と開催される国家安全保障会議」
にご期待下さい。
「Mr.北条、こちらが生物科学分野での世界最高権威の一人でいらっしゃる早川博士です。早川博士、こちらは私の上司で我が『クトニウス機関』の極東支部参謀のMr.北条 智です。」
北条の頭脳であり、作戦情報分析のアナリストでもあるチャーリー萩原が二人を引き合わせ、双方を相手に紹介した。
早川博士はいくつもの博士号を持った科学者で、もともとは四菱製薬本社にて主にBERSの開発、研究を一手に任されていた人物であり、その研究手腕の高さを評価した『クトニウス機関』に破格の待遇で引き抜かれ、現在は『クトニウス機関』の極東支部におけるBERSの開発と研究を専門に担当している。
「早川博士、私が北条 智です。あなたのお噂はかねがね伺っておりました。お会い出来て光栄です。
さて早川博士、博士にお渡ししたニケのサンプルの件で早速お話を伺えますか? 現時点で判明出来ている事で結構です。」
北条は回りくどい話が嫌いな男だったので、挨拶もそこそこに単刀直入に自分の用件を切り出した。
「はあ… では現時点で分かっている所までという事でお話しします。我々は今回、本来の研究を中止してまで最優先プロジェクトとしてニケのサンプルの研究を行なってきた訳ですが、あれは驚くべき代物ですな。
まず、私は医学博士でもあるのですが、あれは人間の血液、毛髪、皮膚片で間違いありません。しかも科学的な手は一切加えられていない、普通の人間の十代の女性の物でしょう。私はサンプル提供者の素性は聞かされておりませんが、この点はいかがですか、北条参謀?」
早川博士が北条に質問をする。
「博士のおっしゃる通りです。あのサンプルは15歳の日本人の少女…さらに正確に言うと、日本人の父親と純粋なギリシア国籍の白人女性の母親との間に生まれたハーフの少女から採取した物です。」
その答えに納得した早川博士が話を続ける。
「なるほど… 15歳のハーフの少女ですか。まあ、人種間における混成等はこの際、あまり評価の対象にはならないでしょうな。
それよりもニケのサンプルは、成分や組成、特質等は人間の物でしかああり得ないのですが、ある種の電気信号や熱を加えてみると驚くべきことが起こったのです。」
北条は身を乗り出した。
「いったい、どんな事です?」
「ええ。熱で大抵の細胞はタンパク質が破壊されます。タンパク質は熱に弱いからですな。ところが、ニケの細胞は熱に対してかなりの耐性を示しました。おそらく身体全体としても、熱にはかなり強いと思われます。
電気によるショックに関しては、人体は適度な電気ショックは身体の細胞に活性化を与えたり、疲労の軽減にも効果を示すのはご存じかと思いますが、度を越した電気による刺激は感電死の様に死に至ります。
ところが、何度も実験を繰り返して見たのですが、ニケの細胞は通常の人体では感電死を10回生じさせる量の電気ショックを与えても、全く平気だと思われる反応しか返さないのです。
この実験結果から、電気に対しても普通の人間よりも十数倍~数十倍レベルの耐性を示すと予想されます。」
ここで早川博士は、いったん話を切って前に置かれたコーヒーを飲んだ。そして北条の顔を窺っている。博士に対して北条が答えた。
「で、博士… 率直に伺いますが、他の者がニケと同様の体質を手に入れることは可能なのですか?」
早川博士はこの質問を待っていたとばかりに応じる。
「正直なところ、まだ不明です。ですが、そのためにはもう少し大量のニケの血液及び組織片が欲しいですな。あれだけの量では研究にはとてもじゃないが足りません。」
北条は早川博士の要望を聞くと、ソファーに深く腰を下ろしてため息をついた。
「簡単に言ってくれますがね…早川博士、それがそんなに簡単に出来るのなら我々は、とっくにニケを丸ごと捕まえていますよ。それが出来ないから苦労している。」
二人のやり取りを見ていたチャーリー萩原が、話に割って入った。
「Mr.北条。こうなったら、いよいよ例の『作戦ニケⅡ』の第二段階を実行に移しましょう。うまくいけば、苦労せずにニケを丸ごと確保する事が出来ます。」
北条はチャーリー萩原に対して苦笑を浮かべながら答えた。
「そう上手くいけばいいがな… だが、やって見るだけの価値はあるな… よし、手筈を整えたまえ、チャーリー。『作戦ニケⅡ』の第二段階を本格的に開始するんだ。」
「イエッサー! Mr.北条!」
チャーリー萩原は、北条にニヤリと笑って頷いてから部屋を出て行った。
「さて、早川博士。もし、ニケ本人が手に入れば研究は進むのでしょうな?」
今度は早川博士が北条に対してニヤリと笑って頷いた。
「それは、もちろんですとも。我々の研究が進めば世界の軍事バランスは丸っきり変わってしまうでしょうな。もっとも私達の様な科学者にとっては、純粋にニケの身体の秘密を解明出来る事自体に、興味がそそられて仕方がありませんが…」
「そうでしょうな、博士。私としても、あなた方科学者に大いに興味を持って研究をしていただきたいものだ。」
二人は互いの立場を越えて、ニケの捕獲を心より願った。
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大人達の中でそんな二人の態度に気が付いているのは、母のアテナ一人の様だった。アテナは時々、くみと飄の方を微笑みながら温かく愛情のこもった表情で見ていた。
珍しく榊原家を訪れている鳳 成治が飄に言った。
「そうか、飄君。君が追いかけたサンプルを持ち去った男は千葉方面へ逃走し、君は途中の山中にあるトンネルで見失ってしまったんだね… それは残念だが、仕方が無いよ。
多分、トンネル内で車を捨てて別の車に乗り換えたか、徒歩で逃げたんだろう。プロの手口だ。君やくみちゃんの話にあった様な奴らなら、君だって危険だったんだ。本当に君が無事でよかったよ。」
そう言った成治の言葉に飄は黙ったままだったが、くみは我が意を得たりとばかりに大きく頷いている。成治はそんなくみに笑顔で頷き、皆に対して話し始めた。
「みんな、聞いて欲しい。最近、SNS上でニケの情報が頻繁に流れてるんだ。都市伝説風な情報も有ったりするが、目撃者に撮影された画像や動画までが出回っている。
うちの特務零課でサーバー内にあるニケの情報の削除や、書き込まれたサイトの閉鎖を行なったりしているのは北条 智が課長をしていた時と同じなんだが、あの時に比べても今度のは規模が大きい。誰かが意図的に情報を流しているのではないかと考えられる。」
これを聞いた賢生が成治に尋ねた。
「それは何のためにじゃ?」
皆が一斉に成治の方を見る。
「ああ、そこなんだが… ニケの情報提供に賞金提供を呼びかけているサイトまであるんだ。その辺が前とは違う。その事がSNS上で評判になっていて、巷ではニケの事が口々に語られているようだ。
最近では地上波ではなくネットのワイドショー的な番組にまで取り上げられ始めた。もちろん、そう言う情報が入り次第我々が番組をつぶしにかかるんだが、実際問題として規模の小さなネットニュースまでは押さえられないのが現状なんだ。まるでもぐら叩きみたいにね… 正直言ってお手上げだよ。」
「ふうむ… 何者かがニケの情報を流しているとして、何が目当てなんだろう…?」
竜太郎が腕組みをして天井を見上げながらつぶやく。
これに対して、飄がめずらしくボソッとした口調ではあったが意見を述べた。
「まるで、魔女狩りみたいだ…」
これにアテナが賛同する。
「そうね、わざと情報をばら撒いて世論を焚き付け、ニケの情報を募って私達に対してプレッシャーを与える。それで、ニケの情報が実際に得られれば、さらに良しと言うところかしら。」
「わしには、そのSNSというのはよく分からんが… くみにとっては危険じゃのう。それが心配じゃな。」
賢生の言葉に頷いた成治が話をしようとした時に、成治の携帯電話が鳴った。成治は皆に頭を下げて縁側に出た。そこで数分通話をしていたが、また皆の前に戻って来た成治の顔は真っ青だった。
「たいへんだ… 今、日本政府にテロリストを名乗る者から連絡があったらしい。内容は『巷で評判になってるニケを当方に引き渡せ、さもないと東京都内に核弾頭搭載のミサイルを撃ち込む』と言ってきた様だ…」
「何だって?」
皆が一斉に成治を見つめて、大同小異の言葉を口にした。
「ニケを渡せだって?」
竜太郎が身を乗り出して、弟の成治を問い詰めるように聞いた。
「そう要求しているらしいんだ、兄貴。これについては日本政府としては公表は出来ないし、させる訳にもいかない。政府は箝口令を敷いたようだ。当然の処置だが…」
「じゃあ、うちのくみはどうなるんです?」
アテナが美しい顔を曇らせながら心配そうに成治に聞く。
「僕の元上司で前の課長だった北条 智が、ニケに関する記録はバックアップまで全部消去してしまったが、もちろん人の頭の中の記憶までは消せないから、榊原くみの情報は政府にも報告されて把握もされている。
だが、政府内にも顔が利く親父のお陰でこれまでは何とか抑えられていたんだ… だが、この状況ではそうも言っていられなくなるだろう。
それで今、僕に連絡があって総理大臣から非常招集が掛かったんだ。これから、首相官邸で緊急対策会議が開かれるようだ。仕方が無いだろうな… これは事実上の国家に対するテロ宣言だからね。」
「何てこった…うちの娘はまだ15歳の少女なんだぞ!」
竜太郎が拳で卓を叩いた。その拍子に中身が残っていた茶碗がひっくり返って、残っていたお茶が飛び散った。
アテナが慌てて布巾で拭き取り、卓上の物を片付けにかかった。くみも無言のまま立ち上がり、母を手伝う。 アテナとくみが台所へと出て行った後で、それまで黙っていた飄が低いが怒気の籠った声でつぶやいた。
「くみに手を出す奴は、俺が叩きのめす…」
他の三人は飄が発散する怒りのオーラの凄まじさに息を吞んだ。部屋の中の空気が飄を中心に流れ始めたのだ。静かに気流が生まれていた。成治は飄の剣幕にたじろぎながら、上着を着て皆に言った。
「と、とにかく僕は会議に出なきゃならないから、これで失礼するよ。必ず連絡するから!
義姉さん、くみちゃん、ご馳走様でした。帰るよ!」
台所にいる二人に聞こえるように言った成治は、慌ただしく帰って行った。
「いったい…どうなるんじゃ、くみは…?」
そう言った賢生は竜太郎と飄を交互に見た。
「僕にもわからないよ、父さん…」
竜太郎はそう言って顔を伏せるが、飄は思いつめた顔で言った。
「俺がぶっ潰してやる、そいつらを…」
そう言った飄は立ち上がって縁側に出た。すると、どうだろう… 庭に強い風が巻き起こり渦を巻き始め、やがて小さな竜巻となった。その竜巻の中心に入り込んで飄が言った。
「じいさん、今日は帰るよ… 怒りが制御出来ないと家をメチャクチャにしてしまいそうだ… くみに何かあったら思念で連絡してくれ、すぐに飛んで来る。必ず報せてくれよ!」
飄の言葉が終わらないうちに竜巻は上空高く舞い上がり、彼方へと飛び去った。
竜太郎は驚きのあまり尻もちをついて、茫然と飛び去った竜巻を見送った。
「と、父さん… あの少年はいったい…?」
と、父である賢生を振り返りながら問いかけた。
「お前は初めてじゃったな… ヤツは…飄は風神の倅じゃ…」
賢生は飄の飛び去った方角の空を見つめながら、長男の竜太郎に静かに言った。
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