ニケ… 翼ある少女

幻田恋人

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第22話「暴かれていく風神の正体と、榊原家の団結」

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「いったい、これは何だ…? この細切こまぎれの肉片と機械のゴミくずがHybridハイブリッド BERSバーズだった連中の成れの果てだとでも言うのか…」

 北条 智ほうじょう さとる茫然ぼうぜんとしながらゴミ処理場の惨状を見て、き気をもよおした。いや、実際にいたのだが胃液しか出てこなかった。北条はHybridハイブリッド BERSバーズ達を指揮していたたちばな三尉からのニケ捕獲作戦失敗の報告を受けて、『クトニウス機関』の処理チームを引きれて自らも現場にやって来たのだ。

「これをニケの仲間がやったと言うのか…? いや、ニケは中学3年生の少女だぞ。いくら憎んでいるBERSバーズ相手と言っても、まさかこんな大量殺戮さつりくを仲間にだってやらせるはずがない。」

 北条はそうであってほしくないという、自分の希望的推測を口にしていたのだった。だが、目の前の惨状はまぎれもない事実である。しかし、殺戮さつりくの瞬間を目撃した生き残りの隊員が一人もいない現状では、事実は闇の中だった。

 たちばな三尉は殺戮さつりくの瞬間には現場にはいなかった。もっともその場にいたならば、この肉片の中に彼自身も混ざっている事になったのだろうが… 突風が吹きすさび、建物の影に入って風をやり過ごしたたちばな三尉が出てきた頃には、すでに大量殺戮さつりくは終わった後だった。

 『クトニウス機関』の現場処理班が、周辺に散乱していた残骸ざんがいを回収している。これらを調べることで、何か事実の一部でも判明するかもしれない。そう思った北条は徹底的に周辺を調べさせて、取りこぼしが無いように厳重げんじゅうに作業を徹底てっていさせた。このごみ処理場一帯は不発弾が発見されたというにせの情報で封鎖ふうさされていた。もちろん、司法も行政も北条が裏から手を回して言いなりにしてある事は言うまでもない。

「あのう… Mr.北条… お話があるのですが…」

 後ろから声をかけられた北条が振り返ると、クトニウス機関のBERSバーズセクション担当主任技師の名札を付けた男が立っていた。

「何だね、君は。私は忙しいから手短にしてくれよ。」


「はい、お時間は取らせません。もう少しで現場からの残存物回収作業は終了します。これは回収されたHybridハイブリッド BERSバーズの肉片の一部なのですが、ごらん下さい。」

と言いいながら、血まみれの肉片の入った容器を北条の目の前に差し出してくる。元来が潔癖けっぺき症で神経質な性格の北条には、見るのもおぞましいシロモノだった。

「うっぷ… 何だ…そんな物を私に近づけないでくれないか! それがどうしたと言うんだね⁉」

「はあ…申し訳ありません。ですが、御覧ごらんになるとMr.北条もお分かりかと思いますが、この肉片はニケの攻撃を受けて切断されたのではないと、私は思うのです。」

「どうして、そんな事が言いきれる? まだ調べてもいないのだろう?」

「はあ、ニケのおもな攻撃武器は目から放出するレーザー光線だと聞いていますが、この肉片はレーザー光線で焼き切られたものではあり得ません。」

「何だって?」

「レーザー光線で切り取られたのなら肉の断面は焼かれて炭化たんかします。したがって、このように表面から血がしたたるるはずが無いのです。表面は鉄板でよく焼いたサイコロステーキの様な状態になるはずなのです。」

「なるほど… そう言われればその通りだ。君はなかなか優秀なようだな。では、どういう事が考えられる?」

「はあ、この断面はかなり切れ味の良い鋭い刃物で、瞬時に切断された様に見えます。つまり、のこぎりの様な押して引いてと言う切り方ではなく、スパッと一瞬で切断されたのです。こんな事は通常の刃物では不可能です。しかも今回のケースの場合はHybridハイブリッド BERSバーズだったからこそ、余計に奇妙だと言える事があります。それは、彼らの機械化部分も生身の部分と同じような切断面を持っている事ですね。こんな金属も生身も一緒にスパっと一刀両断するなんて芸当は、アニメかマンガででもなければ、いよいよもって不可能だと言わざるを得ません。」

「それはいったい何を意味してると考えられる? 君だけの見解でも構わないから言ってみたまえ。」

「では、僭越せんえつながら言わせていただきますと、今回のこの大量殺戮さつりくは一種の自然現象ではないかと…いえ、最後までお聞きください。私も目にしたのは初めてですが、空気の断裂だんれつによって生じる真空のやいばとでも言うべき現象が、今回のこの惨事を引き起こしたのではないかと、私には思われてならないのです。」

今の意見を聞いた北条には、ある言葉が頭に浮かんだので口に出してみた。

「それじゃあ、まるで鎌鼬かまいたちじゃないか…」

「はっ? カマイタチ…?」

初めて聞く言葉に戸惑とまどう主任技師に対して、北条が首を振りながら言う。

「いや、いい… 日本古来の物の怪もののけによるとされた怪現象で、都市伝説みたいなものだ。アメリカ人の君には理解出来ないだろう。とにかく君は、この大虐殺ぎゃくさつ竜巻たつまきの様な自然が引き起こした現象であり、敵対する勢力の攻撃によるものではないと、こう言うんだな。」

「はあ、推測ですが私の結論ではそうなります。しかし、この様な真空状態を使って、敵を切断可能な攻撃をあやつる者がいるとしたなら…恐るべき事態だと考えます。これ以上の見解を述べることは、私の仕事の範疇はんちゅうを越えていると思われますのでひかえます。私見ではありますが、以上です。」

「ふうむ… いや、ありがとう。たいへん参考になった。君の功績は大きいぞ。君は非常に優秀な頭脳を持っているとして、心にとどめておくと約束しよう。では仕事を続けてくれたまえ。」

「ありがとうございます、Mr.北条。それでは私は仕事に戻ります。」

主任技師が離れていった。北条はその後姿を見送りながら考えた。

「彼の意見は非常に参考になった。しかし、偶然起こった竜巻たつまき等が今回の事態を引き起こしたとは考えられん。つまり攻撃手段としてこのような方法を取れる者がニケの味方にいるという事か…? あの陰陽師おんみょうじのジジイだろうか? いや、待てよ…?一人いるじゃないか、該当がいとうする人物が。たちばな三尉の報告に有った、前回の神社でのニケ襲撃の際に現れたという空を飛ぶ少年。BERSバーズ達への攻撃に風を使ったという…ヤツがそうなのではないか…? 風と竜巻たつまき…似ているではないか。しかし、いずれにせよ今まで以上にニケの捕獲ほかくが難しくなったと言わざるを得んか…」

考える北条に別の係官が声をかけてきた。

「Mr.北条、Hybridハイブリッド BERSバーズの中にいた戦闘記録担当者によって撮影された映像が見つかりました。その者は原形をとどめておりませんが、記録の書き込まれたマイクロSDカードは奇跡的に無事です。このカードの解析で戦闘に関する詳細な状況が判明すると思われます。」

「それは大変結構だ。すぐに記録を解析し視聴可能な状態にして私に届けてくれたまえ。出来るだけ早急に頼むぞ。」

「はっ、ただちにかかります。」

 係官は一礼をして立ち去った。北条は満足そうな表情で、そちらを見送りながら思った。

「これは大きな発見だな。うちの連中は優秀で役に立つ人間が多い。大いに結構だ。これで敵の正体の判明に役立つだろう。必ず突き止めてやるぞ。」

 北条は間もなく終了する現場の作業に一瞥いちべつをくれてから、自分の移動用の車に乗り込んだ。




       ********************       




 榊原さかきばら家では、安倍賢生あべの けんせいとアテナ、それに風神であるひょうの三人が、折り鶴型の式神しきがみを通じて鳳 成治おおとり せいじから「作戦ニケ」の始まりから、特務零課とくむぜろかの前課長であった北条 智ほうじょう さとるに関しての話を聞き終わったところだった。

「と言う訳で北条が辞職した後任として、今では僕が内閣情報調査室の特務零課とくむぜろか長をつとめている。」

「なんかよく分からんが、お前はスパイ稼業かぎょうのボスとしてニケの正体をあばく側におる、という事か?」

賢生けんせいは自分の息子に対して、腹立たしそうに言った。

「まあ、だいぶ省略されてるが、早く言うとそういう事になるかな。」

成治せいじが苦笑しながら返事をした。

「では、成治せいじさんは北条の引き抜きの誘いをって特務零課とくむぜろかに課長として残ったんですね。」

それまで黙って話を聞いていたアテナが、式神しきがみを通じて成治せいじたずねた。

「ああ、そうなんだ、義姉ねえさん。僕は徐々に明らかになってきたニケの情報の中で、奇妙な術を使うと言う老人についての報告から父さんに思い当たった。それに、ニケの年齢とを考え合わせて竜太郎りょうたろう兄貴とアテナさん夫婦の間に生まれた女の子が、ニケなのではないかと考えたんだ。僕はくみちゃんには赤ん坊の頃に、ちょっと顔を合わせた程度だったけどね。義姉ねえさんに似て本当に可愛かったなあ…くみちゃんは。あのくみちゃんがニケだと知った時の僕のおどろききと言ったら… 

 とにかく、僕はニケの敵に回ることは出来ないと思ったんだ。それで北条 智ほうじょう さとるの誘いをった。北条は出て行く際にニケに関する情報を全て持ち出し、それらを保管していたサーバーから全ての情報を消し去ったんだ。父さんが裏で上層部に手を回して、ニケに関しての捜査を出来なくした事で、我々がニケの情報を集めることは公的には不可能になったんだ。つまり、我々はお手上げさ。」

「以上が僕が知りる『作戦ニケ』と北条 智ほうじょう さとるについての情報だよ。ただ、アメリカの秘密機関らしき連中がかげ暗躍あんやくし始めたのには気を付けないといけないな。もう、ニケに対して直接手出しまでしてきているのだから…」

 鳳 成治おおとり せいじの長い話は終わったようだ。榊原さかきばら家の人々はそれぞれ一息ついて、もうとっくに冷めていたお茶で口を湿しめらせた。

「父さんに義姉ねえさん、それにひょう君も、くみちゃんや榊原さかきばら家に敵の手が迫る事に注意していて欲しい。そいつらには日本の法律も当てはまらないし、取りまる事など出来ないんだ。目的のためには手段も選ばない奴らだから油断は一切いっさい出来ない。今後、僕も可能な範囲でそちらをサポートするし、手に入る情報も回すようにするつもりだ。」

鳳 成治おおとり せいじの真剣な声が式神しきがみから聞こえる。聞いている三人は顔を見合わせてうなずき合った。賢生けんせいが代表する形で、式神しきがみを通じて成治せいじに対して言った。

成治せいじよ。敵に関してわしらに出来んことは、お前にまかせるより他にどうしようもないようじゃな。ここは、わしにめんじて榊原さかきばら家に力を貸してくれい、頼む。」

 賢生けんせいはその場に居もしない成治せいじに対して、居ずまいを正して律儀りちぎに頭を下げた。

「私からもお願いします、成治せいじさん。」

 アテナも本心から成治せいじに助力を求めた。ひょうは黙ったままだったが、気持ちは二人と同じだった。

「やめてくれ…父さんも義姉ねえさんも… よく分かったよ、みんなの気持ちが。僕にも北条 智ほうじょう さとるに対して立場上責任があるし、はばかりながら僕はこれでも榊原さかきばら家の一員のつもりなんだ。はなから協力するつもりで、こうして式神しきがみをそちらへ飛ばしたんだからね。僕からもぜひ協力させてほしい、頼むよ。」

 成治せいじ榊原さかきばら家の一員として心から協力をちかった。そして全員が自分達の置かれた立場と覚悟をあらためて認識し、それぞれが決意を新たにした。




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『次回予告』
新たに北条 智ほうじょう さとるの部下に加わった謎の人物チャーリー萩原はぎわら
彼を加えて進行していく『作戦ニケⅡ』…
そして、毒に犯されアテナの奇跡の治療を受けたくみが目を覚ます。

次回ニケ 第23話「ニケ対策会議と目覚めたくみ」
にご期待下さい。
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