ニケ… 翼ある少女

幻田恋人

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第18話「くみの初恋… 飄への想い」

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「アイツら、生身なまみで空を飛んで行きやがった… 俺達以上のバケモンじゃねえか…」

 台風以上の風で吹き飛ばされた上に、一緒に飛ばされたゴミ処理場のゴミの山をかき分けて出てきたBERSバーズ特殊潜入部隊のたちばな三尉は、茫然ぼうぜんとした顔で青空を見上げていた。このたちばな三尉こそ、くみをおどした蛇の様な顔をした男だった。

 榊原さかきばら家でくみ達が家族会議を開いていた夕食後よりも時はさかのぼって、場所はくみとBERSバーズ特殊潜入部隊員が激突したゴミ処理場である。

 神社の社殿から出て別の車で追いかけてきた北条 智ほうじょう さとるが、先行していたたちばな三尉率いるBERSバーズ特殊潜入部隊員とゴミ処理場で合流した。北条は無様ぶざまたちばな三尉達の姿を見てあきれた。しかし、北条自身も台風の様な風に車の進行をはばまれて、近くの神社からここまでたどり着くのに難航したのだ。

 とにかく、パトカーや消防車のサイレンが近づいて来ているこの場所に長居は出来なかった。北条は全員に撤収てっしゅうを命じた。ニケに右足首を切断された隊員も大型バンに乗せた。大型バンそのものは運転席後部のドアを失っていたが、運転そのものに支障は無かった。

 自分の乗っていた車をBERSバーズの隊員に運転をさせ、北条はたちばな三尉と共に後部座席に乗り込んだ。たちばな三尉の詳しい報告を聞くためである。

 たちばな三尉から全ての経緯けいいを聞きおえた北条は、神社で自分が目にしたニケの姿と合わせて、自分自身だけの検討を始めた。車の座席に深く座って目をつぶり、誰にも発言を許さずに考えにふけった。

『ニケとはあまりにもすさまじい力を持った存在だ。果たして私の手に負えるのだろうか? 怒りに燃えると身体から稲妻いなずまを発するほどの放電現象を生じさせ、空を超高速で飛び、目から高出力のレーザー光線を放出する… しかも力はBERSバーズ随一ずいいちの剛力を誇る隊員と互角に渡り合ったという。ヤツは白熊でも素手で殺せるんだぞ。調査によると榊原さかきばらくみは普通の中学3年生の少女だという事だったが… どこを取っても普通な点など無いではないか。全ての能力が我々のBERSバーズを上回っている。

 しかも、今回現れたという空を飛ぶ少年…ヤツは一体何者なんだ? あの安倍賢生あべの けんせいと言う陰陽師おんみょうじがいないという事で、榊原さかきばらくみの登校時の襲撃を許可したのに、また新手のニケの仲間の登場か…? これではアメリカの機関への手土産てみやげどころか、私の失態続きじゃないか。ただ、今回もニケの撮影にだけは成功した。これだけでも収穫と言えるだろう。そうとでも考えなければやってられないぞ、全く…』

『こうなったら、アメリカで開発されて最近四菱よつびし重工に届いたプロトタイプのHybrid型BERSバーズを投入するか…? ふふふ、そうだった… 私はもう特務零課とくむぜろかの課長でも何でもない身だったな… それでは新たな就職先で『作戦ニケⅡ』に関してのプランをり直すとするか…』

 北条は今後の自分と、たちばな三尉を含むBERSバーズ特殊潜入部隊のメンバー全員を乗せた2台の車を、東京湾のマリーナへと向けさせた。




       ********************        




 ここ、榊原さかきばら家では家族会議も終わり、くみが入浴中だった。榊原さかきばら家は旧家屋であり、風呂ふろも和風で浴槽は総ヒノキで年季が入った物だった。くみは昔ながらのこの風呂ふろにつかるのが大好きだった。総ヒノキ造りの気の匂いを嗅ぎながら湯船につかっていると、くみのような中学3年生女子の現代っ子でもとても落ち着くのだ。身体だけではなく、心までリラックス出来るのだった。くみにとってくつろぎながら考え事をするのに最適な場所であった。

 今も、くみは湯船につかってひとり考えていた。

ひょう君… またいたいな…」

 くみはつぶやきながら、今日初めて出会った少年ひょうの事を考えていた。彼女の顔が上気しているのは、湯船につかっていたためだけでは無いようだった。

 生まれて初めて男の子に助けられた。くみは小さい頃から喧嘩けんかでも何でも男の子に負けた事が無かった。くみの青い瞳と日本人にしては明るすぎる栗色の髪は、口さがない男の子達によくからかわれた。そんな時はいつも、その子達をやっつけてやった。二度とからかわないと言うまで許してやらなかった。喧嘩けんかをして家に帰ってから、アテナと一緒によく相手の家にあやまりりに行ったものだった。でも、くみはあやまりはしても自分が間違っていると思ったことは一度も無かったのだ。暴力は良くないが、あいつらが意地悪な事を言うから悪い、と幼いながらも自分の見解をはっきりと持っていた。そんなくみを両親ともにめこそしなかったが、間違ったことをしたと言ってしかる事は無かった。

 物心がつき、ニケとしての自覚を持ってからのくみは変わった。母アテナの教えと、自分がすべてにおいて特別な人間であることを知って、くみは幼いながらも分別ふんべつがつくようになっていったのである。そして自身の力の制御をするための厳しい特訓も、幼い頃よりアテナからせられた。自分がニケとしての力を使って本気で人を傷つけてしまうと、大変なことになる事を自覚してからのくみの精神状態は落ち着いていく。

 そして精神的な面での成長は祖父の安倍賢生あべの けんせいによるところも大きかった。人間の身でありながら、賢生けんせいもまた陰陽師おんみょうじとしての特別な能力を持っていた。賢生けんせいと、ニケとしてのくみとは全く異なる存在と能力でありながらも、祖父の厳格な教えはくみの精神をさらに成長させていった。くみは両親と祖父の様々な教えとたくさんの愛を受けて、真っぐで正直な気持ちを持った少女に育っていった。くみは自分を導いてくれる家族を信頼し、誇りに思い、そして愛していた。

 だが、くみがそんな愛する家族にも言えずにどうしようもなくさびしく感じられたのは、異性に対する思いであった。同級生の少女達から聞く初恋やあこがれる男の子達の話をよく耳にした。親友の愛理あいりにしてもそうだった。彼女には早くも彼氏がいるらしい。愛理あいりから聞かされる彼氏の自慢やのろけ話、または喧嘩けんかをした話などをくみには興味深く、しかしうらやましくさびしい気持ちで聞いていた。

 自分は普通の人間ではない。私は一生恋なんて出来ないのだろうか? くみは誰にも打ち明けることも出来ずに悩んだ。母のアテナに対しても話せなかった。アテナには愛する夫である竜太郎りょうたろうがいる。二人は精一杯の愛情をくみにそそいでくれるし、くみ自身も負けないぐらいに両親を愛していた。しかし、自分には一生、うことの出来る男性などは現れるはずなどない。くみはそうしたあきらめの気持ちを抱きながらも、湧き上がってくる15歳の少女特有の異性に対する興味やあこがれをおさえることが出来ない自分の気持ちとの間でくみの心はれていたのだ。

 そして、今日突然、自分の前に現れた少年ひょう

 初めて出会った、自分と同じく人間と神の血を引く者。しかも、ひょうは同年代の異性の少年だった。特別な力を持ち、それをくみの目の前であやつったひょう… 日本における八百万やおよろずの神の一人である風神であると言う。祖父賢生けんせいの話によると陰陽おんみょう道における五行の分類では、女神ニケもまた風神と同じ『もく』の気に入るということだった。その事もくみには嬉しかった。

 湯船につかる、くみのまだ発達途上だが美しくふくらんだ乳房の奥で心臓の鼓動がトクトクと、いつにも増して早鐘はやがねを打っていた。

『これが初恋なの…? 胸がちょっと苦しい… ひょう君は私の事をどう思ったんだろう…?』


くみは自分の顔が火照ほてってくるのを意識した。

『もう一度いたい… ひょう君にって話がしたい… ああ… ひょう君…』

切ない想いに、くみは自分の胸を両腕で抱きしめていた。



**************************


『次回予告』
特務零課とくむぜろかを辞めた北条 智ほうじょう さとる
原子力潜水艦『クラーケン』に搭乗した彼が、次に身を置く組織『クトニウス機関』とは…?
強大で新たな敵が現れ、ニケたちの前に立ちふさがる。

次回ニケ 第19話「『作戦ニケⅡ』発動… 北条 智とクトニウス機関」
にご期待下さい。
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