ニケ… 翼ある少女

幻田恋人

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第17話「運命の出会い… 少年の名は飄(ひょう)」

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 ニケと少年は、なるべく目立たないように高い空を飛び、体育館の裏に静かに舞い降りた。学校ではすでに2時限目が始まっていた。

 ニケは変身をいて、くみの姿に戻った。くみは愛理あいりを両腕に抱いたまま、少年に向かって頭を下げた。

「本当にありがとう。お礼をちゃんとしたいし詳しい話も聞きたいんだけど、とにかくこのを保健室に連れて行って、私はテストに戻らなきゃいけないの… ごめんなさい。私は榊原さかきばらくみ、あなたの名前は…?」

 くみは少年の目を見つめて聞いた。『すごくんだ綺麗きれいな目をしているな』とくみは思った。

「礼なんかいいよ、俺の名前は『ひょう』。飄飄ひょうひょうと風が吹くっていうだろ… あのひょうさ、一文字で『ひょう』って言うんだ。苗字みょうじはそうだな…風野かぜのってことにしておこうか。風野 飄かぜの ひょう が俺の名前さ。よろしくね、くみちゃん。」

 少年は笑いながらそう言った。なんてさわややかで素敵な笑顔なんだろう… くみはそう思って、少年の美しく整った顔に見とれてしまった。くみは自分の顔が少し熱いように感じ、胸の動悸どうきが高まったような気がしたが、気にせず少年に頭を下げた。

「ありがとう、ひょう君。あの… また、あなたにえるかな…?」

少しドキドキする気持ちを押さえて、くみはひょうに聞いてみた。

「ああ、もちろんさ。俺も君ともっと話がしたいから。」

 ひょうの答えを聞いたくみはうれしくなった。自分の顔がさらに熱くなったように感じた。


「じゃあ、またね… ひょう君…」

 くみはひょうに手を振りたかったが、愛理あいりを抱いていたので精いっぱいの笑顔でひょうに向けて微笑ほほえんだ。くみは自分の笑顔が何だかいつもと違って、ぎこちない気がした。ひょうは、そんなくみに向かって笑顔で手を振ってくれた。

 くみは愛理あいりを保健室の先生にたくし、自分は2時限目の途中からだがテストを受けた。テスト終了後に担任教師に対して、愛理あいりが通学の途中で気分を悪くしたので、介抱かいほうをしていて遅くなったと説明した。担任はくみの説明に納得なっとくして、愛理あいりの自宅へ連絡しておくと言ってくれた。愛理あいりの欠席とくみの1時限目のテスト不在に関しては、後日に補習事業を行う事で落ち着いた。

 テスト終了後に愛理あいりの自宅から母親が車で迎えに来たので、くみは一人で下校した。くみは下校時には用心していたが人通りが朝より多いのと、さすがに一日で二度目の襲撃は無く、無事に帰宅することが出来た。


       ********************


 夕食終了後、くみは家族に対して今朝けさあったことをくわしく報告した。ただ、父の竜太郎りょうたろうは海外へのフライトで数日間不在である。その代わりという訳ではないが、くみの祖父で稀代きだいの大陰陽師おんみょうじでもある安倍賢生あべのけんせいが家に来ており、一緒に食事をしたのだ、といっても賢生けんせいの住む安倍神社あべのじんじゃ榊原さかきばら家と背中合わせに位置していた。くみの母アテナを入れての三人での家族会議だった。

 「それで、BERSバーズって言ってたけど、例のあやしい人達がおそってきて、私と愛理あいりが大ピンチだったのを、突然空からあらわれた風野 飄かぜの ひょう君が助けてくれたの。でね、ひょう君ってカッコいいのよ… 私みたいにつばさが無いのに空を飛べるし、大風おおかぜを起こしてBRRSバーズ達を遠くまで吹き飛ばしちゃったのよ。」

 身振り手振りをまじえて一生懸命説明するくみだが、ひょうの事を話す時にほほが赤くなっているのを自分では気づいていない。そんなくみの姿を見て、話を聞いていた母のアテナと祖父の賢生けんせいは顔を見合わせて微笑ほほえんだ。

「くみ、大変だった様ね。でも、そのひょう君って何者なのかしら…? 私も彼にお礼が言いたいし、それに彼の正体を知りたいわね。」

アテナがそう言うのに対して、くみは少しムッとしたように母に言った。

「ちょっと、ママ。正体っていういい方は、何かおだやかじゃない気がするからやめて。ひょう君は私達の命の恩人なのよ。ねえ、お祖父じいちゃん。」

 くみが助け舟を求めるように祖父の賢生けんせいを見た。賢生けんせいはニヤニヤと笑ってくみを見ている。

「何よ、お祖父じいちゃん… 変な笑い方して…」

くみがとがめるのに賢生けんせいは、やはり笑いながら答えた。

「ほっほっほ… すまんすまん、くみがあんまりうれしそうにその少年の話をするもんじゃからな、つい笑ってしもうた。ゆるしとくれ。」

アテナも微笑ほほえんでいた。

「何よう、二人とも… 私が真剣に話してるのに… もう、知らない!」

 ついにくみは、ふくれてしまった。あわてたアテナと賢生けんせいは声をそろえるようにしてあやまった。

「ごめん、ごめん… 怒らないで、くみ。」

 くみはふくれっつらのままそっぽを向く。賢生けんせいはため息をついて、くみに向かって話を始めた。

「くみや… その少年、ひょうの事を知りたいんじゃな。」

 くみはびっくりしてふくれっつらき、机の向かいの席に座っていた賢生けんせいの横にまで膝でいざり寄っていき、賢生けんせいの隣にきちんと正座をして祖父のそでにすがり付いた。

「えっえっえー! おじいちゃんひょう君の事知ってるのうっ⁉」

 もう、くみは恥ずかしげも無く祖父の腕に自分の腕をからみつけていた。賢生は満更まんざらでもないように相好そうこうくずした。

「うん…まあな。知っておる… 聞きたいか?」

「うんうんうん! 教えてっ!」

「これ、くみ! お祖父じいさまを離しなさい!」

見かねたアテナがたしなめに入る。

「はーい… 分かりました、ママ。もう…」

くみは自分の席に戻り、きちんと正座をした。

「これでいいでしょ、ママ。はい、話して。お祖父ちゃん!」

「分かった、分かった。話すよ。」

 賢生けんせい居住いずまいを正して、ゆるんでいたジジ馬鹿づらから真面目まじめな顔に戻って話し出した。

「実はな… ひょうには、わしが命じてくみを護衛ごえいさせておったのじゃ。」

「えええー!」

 頓狂とんきょうな声を上げるくみをアテナがまたたしなめる。くみは口を閉じて大人しくした。

「あの旅客機事件から、お前の身の回りが騒がしくなってきたじゃろう。一度はわしの裏からの手回しで大人しくなったように見えたが、いつかはこんな物騒ぶっそうな目にう事もあるのじゃないかと危惧きぐしておったのじゃが、どうやら予感は悪い方に当たってしまったようじゃのう。それで、くみをまもるためにひょう護衛ごえいを頼んだのじゃ。」

 賢生けんせいはここでいったん言葉を切って、アテナの入れたお茶で口を湿しめらせた。くみとアテナは大人しく賢生けんせいの話が始まるのを待った。

ひょうの正体はのう… お前さん達二人と同じじゃよ。日本の八百万やおよろずの神の一人である風神ふうじんの息子なんじゃ。」

「ええっ! 私達と同じ神… 私と同じなの、ひょう君は…」

 くみは自分と同じ存在の者がいたことに感動をおぼえた。そして再び賢生けんせいの話が始まるのを待った。

「ああ、そうじゃ。日本にもお前さん達の祖国ギリシア同様、神々がおったのじゃよ。いや、今でもちゃんと存在しておるのじゃが、人々がその存在に敬意を抱かんようになって、心で感じ取ることが出来んようになってしまったのじゃな。

 八百万やおよろずの神々とは目だけで見る存在ではなく、人々の心で見、心で声を聞き、心で存在を感じ取るのじゃ。そうやって互いに認識して神々と人々は共存共栄をしてきたのじゃよ。それが、科学技術の進歩で神々の存在のありがたさやとうとさを忘れてしまった現代の日本人には、その存在を身近なものとして感じ取れなくなってしまった… わしらのような一部の人間を除いてはな。どうじゃな、アテナさん?」

賢生けんせいは女神であるアテナにたずねた。

「ええ、私達の祖国ギリシアでも全く同じです。人々の信仰心が薄れてしまい、神々への尊敬と感謝を人々が失ってしまって久しく、私達神々と人々との心の交信も出来なくなってしまいました。人々はただ伝説の中だけに、私達の存在を追いやってしまいました。人間として転生した私とニケの姿は人々に認識出来ても、本当の神々の姿はほとんどの国民には感じ取れません。悲しくてさびしい事です。」

 アテナの目には涙が光っていた。くみも母の話を聞いて悲しくなってしまった。賢生けんせいはそんな悲しそうな二人を見つめて、深くうなずき話を続けた。

「わしは知っての通り、陰陽師おんみょうじじゃ。陰陽師おんみょうじは全ての事象じしょう陰陽おんみょうもくきんすい五行ごぎょうの組み合わせによって成り立っておると考えるのじゃ。その五行ごぎょうを結んだものを五芒星ごぼうせいとしてあらわし、シンボルとして安倍あべ家の家紋にもなっておる。

 五行ごぎょうではもくを生じ、を生じ、きんを生じ、きんすいを生じ、すいもくを生ず、という木火土金水の順に万物の流れを表しておる。えきあらわされる"風"と"雷"は、五行ごぎょう思想では『もく』に相当するのじゃ。

 すなわち、神話上の風神ふうじん雷神らいじん共に五行ごぎょうで言う『木気もくきの神』という事になる訳じゃな。わしら陰陽師おんみょうじもくきんすい五行ごぎょうの神々とそれぞれ契約けいやくを結んでおってな。陰陽おんみょう術式じゅつしきにおいて、それぞれの神々の力を借りるのじゃよ。


 したがって、風神ふうじんはわしの『木気もくきの神』として守護してくれておるのじゃ。今回、くみの護衛ごえいに当たって風神ふうじんの力を借りることにしたのじゃが、風神ふうじんおのが人間の女との間に生まれしせがれであるひょうを、くみの警護けいごに付けてくれたのじゃ。

 あのひょうは風神のせがれとは言っても、その力では風神ふうじんに準じるほどの腕前じゃから、わしもくみの警護けいごを安心してヤツにまかせたという訳じゃな。超大型台風並みの風でもあつかえるほどじゃから、くみの言ったBERSバーズとやらを吹き飛ばしたのもひょうにとっては朝飯前あさめしまえだったじゃろうな。

 長い話になったが…以上がひょうに関しての話じゃよ、お二人さん… くみや、これで満足かの?」

賢生けんせいはアテナが入れ直したお茶を飲んでから、二人の顔を順に見た。

「ええ、お義父とうさま… よく分かりました。くみ、やっぱりひょう君はあなたをまもってくれたのね。私も彼に会ってお礼を言いたいわ。」

 アテナがくみを見つめて言った。くみはかすかにふるえながら、賢生けんせいとアテナに言った。

ひょう君は、私と同じで神と人間の間に生まれた子供なんだね。お祖父じいちゃん、ママ… 私達って同じなんだ… 私はひとりぼっちの存在じゃなかったのね…」

 うれしそうにつぶやいたくみの青く美しい目からは、涙がこぼれ落ちていた。

 アテナと賢生けんせいは顔を見合わせてうなずき合った。アテナがくみの肩に手を置き、優しく語りかけた。

「よかったわね、くみ。ひょう君と仲良くするのよ。」

 くみは涙を流しながら大きくうなずき、自分の愛する家族である二人を順に見て、まぶしいほどに美しく輝く笑顔で笑った。



**************************


『次回予告』
今まで男の子に負けたことの無かったくみ…
自分と同じ境遇の人に出会ったことの無かったくみ…
そんなくみが初めて知ったどちらも合わせ持った少年 ひょう
彼へのおもいがつのっていく… 初めてのこの気持ち、これって…?

次回ニケ 第18話「くみの初恋… ひょうへのおもい」
にご期待下さい。
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