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 調査会の日から、エドガーは各種学者の調査の護衛で出かけてしまい、結局話す機会が訪れたのは1週間も経った後だった。
 とりあえず、始まりのスタンピート前に話す事が出来そうで良かったが、時期的に明日にでも発生してもおかしくない。
 夕食後応接間のソファーにエドガーが腰掛ける。
 その向かい側にシルバリウスの膝の上に乗った俺。
「……」
「……」
「……」
 色々と気まずい。
 たが、時間もないので話を始める。
「スタンピートの事だけどさ」
「そのまま話し出すんかい」
 ……そういえばエドガーはツッコミ気質だったかも。
 忘れていた記憶が思い起こされて少し懐かしい感じもしつつ、スルーして本題に入る。
「今度のスタンピート、もうそろそろだから」
「は?」
「あと、次のスタンピート5,000体位だから」
「は?」
「なんか質問ある?」
 エドガーもちょっと強面ではあるが、なかなか顔は悪くないのだが、その阿保面がちょっと面白い。
「……いやいや、質問しかないわ。もうそろそろって?」
「そろそろはそろそろだよ。明日かもしれないし、遅くても2週間後には起こっているかな」
「はぁ? おま、……例の勘か?」
「うん」
 エドガーはリューイを睨んだ後、頭を抱え込んだ。
 エドガーは俺の時属性の事をとても鋭いよく当たる勘だと認識しているらしい。
 まぁ、あながち間違ってはいないかな。
「2週間って、全然時間が無いじゃないか」
「遅くて2週間ね」
「全然時間が無いじゃないか」
 エドガーは再び同じ言葉を重ねた。
「って言っても5,000体位だし」
「いやいや、何言ってんの? 今戦える人員騎士団と兵団併せて80人程だよ? 魔物の強さも分からない状態だし……」
「あー戦力については、うちの屋敷の使用人とシルバリウスがいるから大丈夫じゃないかな?」
「は? 使用人って言ったってたかが20人程だろ? しかも実家の使用人はそんなスキル持っているやついないぞ」
 エドガーは呆れた顔から怪訝な顔をする。
「あー。俺の方に付いていた使用人だよ。地道に修行して貰ったからきっと大丈夫」
「……修行ってどんな修行だよ。それに5,000体って1回目のスタンピートでその数なのか? そうしたら、国内どころか世界最大級のダンジョンなんじゃないか?」
「そうかも? 俺もダンジョンの場所とかは分からないんだよね」
「そうか。まぁ、そうだよな。そうしたら、この国内のどこかか、その規模だと近隣諸国の可能性もあるのか……」
「漆黒の森だよ」
「知ってるんじゃねーか!」
 エドガーの鋭い突っ込みが入るが、俺もすかさず返す。
「何言ってんの? “漆黒の森”が広い事は知ってるでしょ? それをしらみつぶしに探さなきゃならないんだから」
「お、おう。わりぃ。……ん? 俺悪いか?」
 エドガーが違う意味で頭を抱えるが話を続ける事にしたようだ。
「……まぁ、じゃスタンピートは漆黒の森で発生するのか?」
「そう。詳しい場所はどことは分からないけど、十中八九漆黒の森が発生場所で、多分ルート的にこの屋敷の裏を通ると思うよ。今この屋敷人多いし」
 魔物は何故か、人の多い所にむかうのだ。そして人を襲う。だから、スタンピートが発生すると必ず、村や街がなくなってしまう。
「なんて言って応援を呼ぶべきか……。ここに引き連れてくるのも、無理矢理それらしいデータを並べて、フォンデルク領で発生する可能性が高いってこじ付けて来たからな」
「……そうなの?」
「ああ、まぁ、俺じゃなくてその辺の工作は親父だけどな」
 ちょっと気になったことがあったので念の為に確認する。
「……俺の時属性の事とか言ってないの?」
「はぁ? お前国に縛りつけられたいのかよ? 今お前は複数人の光魔法を受け入れる事が出来る特殊体質の為に、奇跡的に回復し療養中って事になっているよ。治癒も可能な光魔法だからこそ何とかなったって事にしている。親父に感謝しろよ。必死に国内・国外の光魔法使える奴に口裏合わせるようお願いして回っているんだから」
「……」
 エドガーは一瞬躊躇った後、再度真剣に俺に話しかける。
「……確かに俺達はお前から逃げたかもしれない。でも家族として愛しているから、お前を失うのが怖くて逃げた。お前の気持ちを蔑ろにした事は悪かったと思う。それでも少しでも長生きして欲しかったんだ。
 だからこうして元気になってくれて嬉しい。お前が生きているだけで俺達は嬉しいんだ。だから、極力お前の嫌がる事はしたくない。
 今更国に繋がれるなんて嫌だろう? 出世とか権力とか興味ないよな? この屋敷で3年間も1人で我慢させた分、この先はお前の自由に生きて欲しいと思っているんだ。今度はお前の気持ちを優先したい」
 エドガーの思い、家族の思いを初めて知った。
 胸が熱くなり目元に涙が溜まりそうだ。
「捨てたんじゃなかったの? 早く死んで欲しかったんじゃないの?」
「そんな訳ないだろ。少しでも長生きして欲しいから、この屋敷を用意して、全部今では使っていないアンティークの道具にしたんだ。いまだに使えるアンティークなんて、いくらすると思っているんだよ。わざわざ村からも離れているこの屋敷にしたのも人の魔力に触れることが減るように選んだんだ。
 それに、ラルフ兄上は隣国に王命で王太子と共に留学させられている。この国と交流がない国に行っている為、数年は帰って来られなさそうだし、手紙のやり取りは検閲が入るから送れなかったんだと思う。
 親父はさっきも言った通り、仕事の合間にずっと治療法を探してたぞ。
 俺が一番お前から逃げた。いつも前を向くお前が、諦めしか宿さない目が見たくなくて全寮制を言い訳に一度もこっちへ来なかった。悪かったな。この前思わず手が出てしまったのも悪かった」
 
 ……捨てられたわけではなかったのか?
 いらない子ではなかったのか?

 ぶわっと涙が止まらず、シルバリウスの胸の中に埋まる。
「……おい、そこは兄の俺の胸の中じゃないのかよ」
「ひっ、っく、だ、だっで、遠いもん、グス」
「じゃそっち行ってやるよ」
「別に、いい、グスッ」
「いいのかよ!?」
 そう言いながらも、エドガーはわざわざ席を立って近付いてきて、俺の頭を撫でてくれた。
「グスッ、やっぱ、ヴィー、のが良い」
「おい! それはないだろ!?」
 ……だって力加減が下手くそだし雑で痛いんだもん。
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