2 / 10
序
始
しおりを挟む
*
灯台郷帝国_東大陸の征服を果たせし巨大帝国。
その存在は三千年前、神話の時代から続くと言われた。『初代皇帝は“文明の創始者”として信仰されている』と。世の多くの歴史学書に記されている。
そして現在。歴史上の表記で、新しい年号の元年から数年が経った。
_帝国は、大きな混乱のさなかにある。
混乱には名称がつけられている。それは皇帝曰く「反逆者狩り」であった。
それは、国民の中に潜伏する“国家反逆者”と呼ばれる者を処刑するという、現皇帝が打ち出した政策である。「反逆者狩り」の標的は『邪』と呼称される人種のひとつだ。また、皇帝が‟反逆”とみなしたのは、帝国の民ならすべてが扱えて当たり前といわれる『法術』を、術具に頼らねば使えない者らである。 彼らは帝国にとっての“穢れ”。その穢れが国内に存在する、すなわち身分を偽った罪人らが神聖なるべき地に潜伏しているという事実が現皇帝および『邪』と逆の人種、法術の才に恵まれた『聖』たちを震撼させていた。それがことの所以だ。
処刑は三年に一度、調査のたびにこれまで二度行われた。執行は皇帝直属軍による。立会人は第三六〇代皇帝__現に国を治める皇帝__と、皇位継承順位第一位の皇女である。皇帝と妃の間には不幸にも娘ひとりのみが生まれた。一人娘は名を「葎」という。
二度目の狩りでは、リツは齢十三であった。軍吏らからは幼すぎると反対論が上げられたが、皇帝はそれを一蹴。彼女を大量処刑の立会人として任命したのである。
…ある官吏の話によると、彼女は驚くほど冷酷であったという。
“斬首された首無し死体を見ても顔色一つ変えなかった。斬りつけられもがき苦しむ反逆者の顔を間近で見ても、助けてくれと手を伸ばされても、“呪ってやる”と毒を吐かれても。彼女は、まだ幼い顔面を一度たりとも歪めなかったのだ。”
続けることに、“ただ処刑人の側に立ち、処刑を終始見届ける。次期皇帝になる方だと囁かれる皇女は、いち立会人としての役割を極淡々と全うした”…という。
そんな皇女の人間離れした姿に、恐怖の念を抱かなかった者は一人とて存在しない。
そのような二度目の「反逆者狩り」から三年が経った。
そう、三度目の始まりである。
城下街から悲鳴が聞こえてくる。
それは女の泣き喚く声だ。女は地面を這い、執行者の足元に這いつくばっている。血塗れの口からは夫を返せと叫びをあげている。それはもはや声にならないしゃがれた悲鳴だった。
ある商人の家にて。幼い子供が三名、伏した両親の首を前に絶句している。
街路を若い男が必死に走っている。彼は逃げ惑う。反逆者の首を斬り落とす剣を持った執行者の影から。
しかし逃げる彼すら理解している。もはや逃げ果せる手立てなどないと。他でもない皇帝陛下が自分らを呪っているのだ。陛下の呪詛を前にして、よもや逃げ道など用意されているはずがない、と。
城下街では貴族や商人らが戸建てを構えて暮らしているが、狩りはその街を拠点として行われる。執行者は反逆者か否かを徹底的に調査し、反逆者は問答無用で家屋を襲撃され、その場で処刑された。既にこの時点で、空虚となった建物が半数ほど存在している。執行者は反逆者の屍こそ持ち去るが、後始末は疎かだ。冷たい風が家中を駆け抜け、死臭を街へ撒き散らした。
執行の様子を退屈げに眺めるは、城下町上層部に住う『貴族聖者』たち。彼らは「反逆者」と呼ばれない存在だった。彼らは気だるげにこの現場を傍観している。
あるものは嘲笑う。“気高いはずの貴族が、下民のように汚らしく喚き散らかしながら死んでいくなんて。ああ、なんと滑稽な!”
彼らは助けを求める貴族を足蹴にし、血汚れた地面を避けつつ歩く。絢爛なシルクの巻きスカートの裾を捲し上げ、口元を覆って不快そうに眉を潜めながら、足早にその現場から離れていく。
この日、多くの者が死ぬ。人の賑わいで溢れていた街は、冷たく残酷な空気で満たされる。頻繁におこなわれていた催しにあった鮮やかな色彩までもが、この日はその全てが無に帰すかのように。この街は街でなくなるのである。
貴族聖者の中では、正体のない化け物に怯えるように、しかし自分は反逆者でないのだからという生暖かい安堵感が漂っている。
この日、異臭に満ちた城下街には、誰も近寄ることはない。
*
_足音立てず歩く人影がある。
城下町から宮城にむかう坂を歩く「彼」はこの惨憺たる光景に表情を揺るがす事はない。
彼は帝国に従う従者の証である臙脂色の外套の下に藍色の制服を身に纏い、蒸し暑いこの場には似ても似つかぬばかりの分厚い布を外套の上に巻いて頭に被せ、顔をさらすことを忌むようにして歩いていた。彼はしばらく歩みを進め_坂道の途中で立ち止まる。少しばかり顔を上へ向けた。
彼が見上げるは皇帝と皇女のおわす、ふたつの堂と宮殿、そしてその背後に聳える『聖神の塔』。
「…」
黄昏の空の色が静かに広がっている。
彼は再び、音を立てずに歩み出した。
*
あのお二人の運命が決されたあの日。
あの日が全ての始まり。…帝国の破滅を招いた一端の始まりだったのだ。
灯台郷帝国_東大陸の征服を果たせし巨大帝国。
その存在は三千年前、神話の時代から続くと言われた。『初代皇帝は“文明の創始者”として信仰されている』と。世の多くの歴史学書に記されている。
そして現在。歴史上の表記で、新しい年号の元年から数年が経った。
_帝国は、大きな混乱のさなかにある。
混乱には名称がつけられている。それは皇帝曰く「反逆者狩り」であった。
それは、国民の中に潜伏する“国家反逆者”と呼ばれる者を処刑するという、現皇帝が打ち出した政策である。「反逆者狩り」の標的は『邪』と呼称される人種のひとつだ。また、皇帝が‟反逆”とみなしたのは、帝国の民ならすべてが扱えて当たり前といわれる『法術』を、術具に頼らねば使えない者らである。 彼らは帝国にとっての“穢れ”。その穢れが国内に存在する、すなわち身分を偽った罪人らが神聖なるべき地に潜伏しているという事実が現皇帝および『邪』と逆の人種、法術の才に恵まれた『聖』たちを震撼させていた。それがことの所以だ。
処刑は三年に一度、調査のたびにこれまで二度行われた。執行は皇帝直属軍による。立会人は第三六〇代皇帝__現に国を治める皇帝__と、皇位継承順位第一位の皇女である。皇帝と妃の間には不幸にも娘ひとりのみが生まれた。一人娘は名を「葎」という。
二度目の狩りでは、リツは齢十三であった。軍吏らからは幼すぎると反対論が上げられたが、皇帝はそれを一蹴。彼女を大量処刑の立会人として任命したのである。
…ある官吏の話によると、彼女は驚くほど冷酷であったという。
“斬首された首無し死体を見ても顔色一つ変えなかった。斬りつけられもがき苦しむ反逆者の顔を間近で見ても、助けてくれと手を伸ばされても、“呪ってやる”と毒を吐かれても。彼女は、まだ幼い顔面を一度たりとも歪めなかったのだ。”
続けることに、“ただ処刑人の側に立ち、処刑を終始見届ける。次期皇帝になる方だと囁かれる皇女は、いち立会人としての役割を極淡々と全うした”…という。
そんな皇女の人間離れした姿に、恐怖の念を抱かなかった者は一人とて存在しない。
そのような二度目の「反逆者狩り」から三年が経った。
そう、三度目の始まりである。
城下街から悲鳴が聞こえてくる。
それは女の泣き喚く声だ。女は地面を這い、執行者の足元に這いつくばっている。血塗れの口からは夫を返せと叫びをあげている。それはもはや声にならないしゃがれた悲鳴だった。
ある商人の家にて。幼い子供が三名、伏した両親の首を前に絶句している。
街路を若い男が必死に走っている。彼は逃げ惑う。反逆者の首を斬り落とす剣を持った執行者の影から。
しかし逃げる彼すら理解している。もはや逃げ果せる手立てなどないと。他でもない皇帝陛下が自分らを呪っているのだ。陛下の呪詛を前にして、よもや逃げ道など用意されているはずがない、と。
城下街では貴族や商人らが戸建てを構えて暮らしているが、狩りはその街を拠点として行われる。執行者は反逆者か否かを徹底的に調査し、反逆者は問答無用で家屋を襲撃され、その場で処刑された。既にこの時点で、空虚となった建物が半数ほど存在している。執行者は反逆者の屍こそ持ち去るが、後始末は疎かだ。冷たい風が家中を駆け抜け、死臭を街へ撒き散らした。
執行の様子を退屈げに眺めるは、城下町上層部に住う『貴族聖者』たち。彼らは「反逆者」と呼ばれない存在だった。彼らは気だるげにこの現場を傍観している。
あるものは嘲笑う。“気高いはずの貴族が、下民のように汚らしく喚き散らかしながら死んでいくなんて。ああ、なんと滑稽な!”
彼らは助けを求める貴族を足蹴にし、血汚れた地面を避けつつ歩く。絢爛なシルクの巻きスカートの裾を捲し上げ、口元を覆って不快そうに眉を潜めながら、足早にその現場から離れていく。
この日、多くの者が死ぬ。人の賑わいで溢れていた街は、冷たく残酷な空気で満たされる。頻繁におこなわれていた催しにあった鮮やかな色彩までもが、この日はその全てが無に帰すかのように。この街は街でなくなるのである。
貴族聖者の中では、正体のない化け物に怯えるように、しかし自分は反逆者でないのだからという生暖かい安堵感が漂っている。
この日、異臭に満ちた城下街には、誰も近寄ることはない。
*
_足音立てず歩く人影がある。
城下町から宮城にむかう坂を歩く「彼」はこの惨憺たる光景に表情を揺るがす事はない。
彼は帝国に従う従者の証である臙脂色の外套の下に藍色の制服を身に纏い、蒸し暑いこの場には似ても似つかぬばかりの分厚い布を外套の上に巻いて頭に被せ、顔をさらすことを忌むようにして歩いていた。彼はしばらく歩みを進め_坂道の途中で立ち止まる。少しばかり顔を上へ向けた。
彼が見上げるは皇帝と皇女のおわす、ふたつの堂と宮殿、そしてその背後に聳える『聖神の塔』。
「…」
黄昏の空の色が静かに広がっている。
彼は再び、音を立てずに歩み出した。
*
あのお二人の運命が決されたあの日。
あの日が全ての始まり。…帝国の破滅を招いた一端の始まりだったのだ。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
異世界の剣聖女子
みくもっち
ファンタジー
(時代劇マニアということを除き)ごく普通の女子高生、羽鳴由佳は登校中、異世界に飛ばされる。
その世界に飛ばされた人間【願望者】は、現実世界での願望どうりの姿や能力を発揮させることができた。
ただし万能というわけではない。
心の奥で『こんなことあるわけない』という想いの力も同時に働くために、無限や無敵、不死身といったスキルは発動できない。
また、力を使いこなすにはその世界の住人に広く【認識】される必要がある。
異世界で他の【願望者】や魔物との戦いに巻き込まれながら由佳は剣をふるう。
時代劇の見よう見まね技と認識の力を駆使して。
バトル多め。ギャグあり、シリアスあり、パロディーもりだくさん。
テンポの早い、非テンプレ異世界ファンタジー!
*素敵な表紙イラストは、朱シオさんからです。@akasiosio
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる