上 下
333 / 335
第4章(最終章)

【4-63】開戦

しおりを挟む
 ジェイデンの許可を受けたカインは、大仰な仕草で一礼し、嫌味な視線で周囲を見渡した。油断していて隙だらけのように見えるが、そうではないとウィスタリア側の兵たちは頭に叩き込んでいる。事前にイヴからの情報として、繰り返し国王から伝達されていたのだ。
 隙があるように見えても罠の術式を張っている可能性が高く、いざ開戦となるそのときまで攻撃を仕掛けてはならない、と。逆に、明らかに混戦状態となる場では自分たちも巻き込まれる確率が上がることから罠は解除するはずだ、と。皆で足並みを揃えた奇襲であればいざ知らず、誰か一人が暴走すれば統率が取れなくなってその隙を突かれ、それ即ち敗北へ直結する、と。
 だからこそウィスタリア側の兵たちは奥歯を噛みしめて屈辱を押し殺し、開戦の合図をじっと待ち続けていた。そんな様子を見て、カインは口元を歪めてニヤリと笑う。

「……へーぇ、随分と躾が行き届いている兵隊じゃん。こうやって無防備に背中を見せていたら、誰か一人くらい行儀悪く噛みついてくるかなーって思ったのに」
「ここに集っている精鋭たちは、話をしようとしている者へ不躾に武力をぶつけたりはせず、耳を傾ける礼儀を持っているのだよ。……それで、貴殿の話とは?」

 ジェイデンが言外に「早く話せ」と意味を込めて語り掛けると、カインはニヤニヤとした笑みを浮かべたまま国王を見つめ返した。

「君みたいに知性と落ち着きのある奴は嫌いじゃないよ。人間だというのが惜しいけど。まぁ、そんな知的な王様に免じて、ひとつ取引をしてあげてもいいかなって思って」
「取引、とは?」
「君たちは、今日、ここでカイン様たちと戦おう! あわよくば勝っちゃおう! なぁんて考えてるんだろうけど、どー考えたってそれは無理だよ。僕らの魔術の前で、君たちに勝ち目は無い。だったらさー、はじめから降伏しちゃいなよ」
「……降伏?」
「そー、そー。降伏するっていうなら、この島にいる全員を苦しませずに殺すことを約束する。眠るように死ねるって、けっこう幸せなことだと思わない? 無駄に戦ってさぁ、痛かったり苦しかったりする絶望と共に死ぬよりも、絶対に良いと思うけど」

 人間たちから憎悪の込められた視線を浴びせられても、カインは全く動じない。むしろ、麩の感情を向けられるのが心地よいと言わんばかりに、恍惚とした表情で上機嫌に語り続ける。

「君たちは、なぜ分からない!? この世界には、無能な者が増えすぎたのだと! この世界は生まれ変わるべきなんだ! 僕は世界を統べるに相応しい頭脳と魔力を持っている! ならば、僕のこの素晴らしい遺伝子を起点にして、人型生物は一新されるべきじゃないか! 遺伝子って何か、分かるかい? 君たちにはそれすら理解できないんじゃないか? その程度の知識の発展しかしてないんだろう!? あぁ、なんて愚かなんだ君たちは! そんな愚かしい奴らへ慈悲深く、心地良い死を提供してやろうと持ちかけている僕は、素晴らしく尊い存在だと思わないか?」

 芝居がかった長台詞を聞いた一同は皆、冷たい眼差しで魔族の男を見据えていたが、彼の取り巻きの女性魔族たちは涙ぐみながら拍手していた。カインを心酔しているのは本当なのだろう。あまりにも理解できない感覚に、キリエはゾッとした。

「──貴殿の話は、以上か?」

 己に酔いしれながら語っていたカインの言葉が途切れたところで、ジェイデンが静かに切り出す。カインは相変わらずの嫌な笑みと共に、尊大な仕草で頷いた。

「以上だよ。それで、僕からの取引への答えは?」
「我らの答えは──、こうだ!」

 ジェイデンが勢いよく片手を上げると、その合図を受けたチェットが己の率いる弓部隊へ号令を掛けつつ、彼自身も弓を引く。

「撃てェ──ッ!」

 矢の雨が降り注いでくるのを見ながら、カインは何故か嬉しそうに笑い、興奮した声を上げた。

「あははっ! あはは、ははっ! やっぱりねー! やっぱそう来ると思ってたよ! この蛆虫共がァ! お望み通りブッ殺してやるよ! 行くぞ、お前らァ!」

 主の声に「はい」と答えた女性魔族四人、そしてカイン自身も魔石を掲げ持ち、矢を防ぎ撥ね返す防御壁のようなものを出現させる。それは想定内である白兵たちが、一斉に敵へ向かって駆け出した。その光景を見て、カインは余裕たっぷりに嗤う。

「あっはははははッ! ばぁーか! 矢で目眩ましして、その隙に剣で斬っちゃいますってかー!? 僕らに剣は通用しないっつーの!」

 防御壁を消した魔族たちは、白兵たちを一掃しようとそちらへ魔石を向けつつ魔術式を構築しようとしたが、その瞬間、

「銃撃隊、撃て!」

 リツの号令が響き、銃弾が魔族目掛けて暴風雨の如き勢いで降り注いだ。それに続き、再び大量の矢が射られてゆく。

「なッ……、味方が混ざっているのに遠撃だと!?」

 想定外だったのか、カインは矢と銃弾を魔法で防ぎながらも声を上擦らせる。そして、ウィスタリア側の白兵たちは魔石の効果によって守られていると察して「そういうことか」と呟いた。

「アベルだ! 先にアベルを探して潰せ! アイツを殺せばこいつらの防御は無いに等しい! オラぁ、どけよ! アベルごときの魔石なんか、僕の魔術の前では雑魚なんだよ!」

 そう吠えたカインは、その言葉通り、近くの王国騎士を炎の魔術で押し攻め、その勢いは魔石が生み出していた防御膜に勝り、五人の兵の身体が燃え上がる。
 しかし、その苦悶の声が響き渡ったのも束の間で、一瞬にして発生した水流がカインの炎を打ち消した。水の魔術を繰り出したのは、イヴだった。

「これ以上、貴方に好き勝手はさせない、カイン」
「イヴ……、ははっ、後でたっぷり可愛がってやるから大人しくしてろ」

 兄妹がそれぞれに魔石を構えたとき、カインの背後で彼の取り巻きの一人の悲鳴が上がる。魔族の男が思わず振り向くと、部下である彼女は手首に銃撃を受けたのか、魔石を取り落とす瞬間だった。
 カインはほぼ無意識で彼女を庇うためにそちらへ魔石を向けて防御の魔術を発動しようとしたが、それより早く白百合の騎士・リリーが駆けつけ、その華奢な身体に似つかわしくないような禍々しい大斧を振りかざし、何の躊躇も無く魔族の女の胴を叩き斬る。更に、数瞬遅れて到着した赤薔薇の騎士・ローザが断末魔の悲鳴を上げる女の首を容赦なく斬り落とした。

「貴様ッ、何をォォォォ──ッ!」

 憤怒の咆哮を上げて女騎士たちへ炎の魔術をぶつけようとするカインの攻撃を、イヴの水魔術が打ち消そうとする。魔力の差があるため完全に相殺は出来なかったが、威力の弱まった炎は彼女たちを焦がすことなく、魔石の防御膜で十分に守られた。

「イヴ! どけ! 僕はそこの女共をすぐに殺さねばならない!」
「断る。──それに、貴方の相手は彼女たちじゃない」
「何を……ッ」

 再び魔石を掲げ持とうとしたカインは、不意に背後へ迫った殺気を感じ取り、振り向きざま、そちらへ向かって炎を放った。
 その炎は不思議な強風に打ち消され、風が渦巻く中心には、カインも見覚えのある騎士が立っている。

「お前は……!」
「久しぶりだな、カイン。今度は勝たせてもらうぞ」

 絶対零度の怒りを滾らせる藍紫の瞳が、憎き敵を睨みつけていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

処理中です...