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第4章(最終章)
【4-51】妖精人の介入
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食堂を出てキリエの私室へ駆け戻るまでの間、リアムは何も問い質そうとしなかった。部屋へ入り、扉を閉めたところで、彼はようやく疑問を口にする。
「急に、どうした?」
「首飾りの石が熱を持っているのです。おじいさまが呼んでいるのかもしれません」
「プシュケ殿が? ……まぁ、確かに、前回話そうとしたとき、追って連絡するから待てと言われていたな」
キリエは頷いた。
──リアムが言うように、十日ほど前にプシュケと話そうと呼びだしたところ、今は忙しいからまた改めてこちらから合図する、という旨を言われたのだ。
カインの襲撃はウィスタリア中大陸の北側から向かってくるものであるため、王都で彼を足止めできれば、南方に位置するルース地方の森に生息している妖精人たちへの影響はほぼ無いだろう。そう考えて、キリエも無理にプシュケの時間を貰おうとはしていなかった。
しかし、年末が間近に迫った今、こうしてプシュケのほうから連絡を取りたいであろう合図を出されると、何かあったのではないかと心配になってしまう。そのため、すぐに祖父を呼び出すべく、慌てて部屋へ戻ってきたのだ。
「とりあえず、おじいさまを呼びますね」
「ああ」
キリエはどこかへ腰掛けることもせず、部屋の中央に立ったまま、服の襟元から首飾りの石を引き出して握り、祖父へ向けて念を送る。おじいさま、と心の中で一度呼び掛けただけで室内に柔らかな風が吹き、銀髪を靡かせた妖精人の長老──プシュケが姿を現した。
「こんばんは、おじいさま」
「ああ。……今は、私に応じてもらっても大丈夫な状況か?」
「はい、問題ありません」
室内を見渡し、キリエとリアムの他に誰もいないことを確認したプシュケは小さく息をつき、近くにあった寝台へのそりと座る。彼がどことなく疲弊しているように感じたキリエは、祖父の前に立ち、小首を傾げた。
「おじいさま、何やら御疲れの御様子ですが……」
「ああ……、まぁ、私もそれなりに年寄りだからな。だが、私以上に同胞たちは疲れているはずだ。そもそも、時間に縛られずに生きている我々が、根を詰めて話し合いを重ねること自体が異例だ」
「……ということは、おじいさまは何か大切な話し合いをされていた、と?」
「ああ。その結論がでたゆえ、そなたに伝えておかねばと思ったのだ」
プシュケは、自身の隣をぽんぽんと叩く。促されたキリエは祖父の隣に腰掛け、リアムは傍に立った。
「王都の人間を地方に避難させる、とそなたは以前に言っていたな。避難先で魔族から民を守護する人員は足りているのか?」
孫が座るとほぼ同時に本題を語り出すプシュケを見上げ、キリエは小さく首を振る。
「いいえ。ジョセフ──此処の執事であり、リアムの剣の師匠でもある方が元傭兵でして、そのときの伝手をお借りして、実力のある傭兵たちに避難地での警備任務を請け負っていただいていますが、……正直なところ、もしもカインが彼らに魔術を用いたとしたら、勝ち目はほぼ無いのではないか、と。傭兵たちの警備は対魔族というよりも、避難地での治安を維持するためのものですね」
「やはり、そうか」
溜息を零したプシュケは、予想外のことを言い出した。
「我らが、避難している民の守護を引き受けよう」
「……えっ!?」
「プシュケ殿、それは一体……、」
驚愕の声を上げるキリエとリアムを手で制し、プシュケは再び溜息をつく。
「此度の戦に立ち向かっている人間たちも、先日話した魔族の小娘も、皆が揃いも揃って妖精人の手を借りるつもりは無いと言い張る。確かに、我らが積極的に関わる道理は無いし、そう望んでいるわけではない。……だが、この地は元々、我らのものだった。別に、人間たちに出て行ってほしいというわけではないし、我らの生息地も現在の規模で十分だ。ただ、どちらにせよ、我らもまた此処で生き続けてゆく存在なのだ。この地が危殆に瀕しているというのに、何もせずに護られるだけでよいのか否か、その話し合いを重ねてきた」
キリエと同じ銀色の瞳が向けてくる眼差しは、穏やかに凪いでいた。絶望や希望に左右されない、永い時を過ごしてきた者特有の深みのある瞳に見つめられ、キリエは声を出そうにも出せない。そんな孫の肩を抱き、祖父は柔らかな口調で先を続けた。
「外界へ出て行く余力のある同胞たちが、魔族側の首謀者が通りがかるであろう地域に潜み、もしもの場合には守護の結界を張る。ただし、人間たちの前に姿を見せる予定は無く、魔族側を攻撃するつもりもない。無論、避難地において人間同士の中で何か問題が生じても、手を貸したりはしない。……それでもよければ、協力させてほしい」
「それでも、十分に心強いですし、ありがたいです。だけど、本当に良いのですか、おじいさま……? 妖精人の皆さんは、それで納得しているのですか?」
「皆に納得してもらうために、話し合い続けてきたのだ。皆、それでよいと言っておる。……そして、私は当日、そなたの傍にいる」
「……えっ?」
戸惑うキリエの頭を撫で、プシュケは静かに言葉を重ねる。
「そなたが最前線で体を張っているときに、私が安全圏でのうのうと過ごしているわけにはいかぬ。私だけならば、人前に姿を見せても構わない。キリエの傍にはリアムがいると分かっているが、大切な孫の安否を人任せにしたくはない」
「おじいさま……」
「慣れ合うつもりはない。決戦のときだけだ。王族と魔族以外は、私に害なすことは出来ぬ。問題ないだろう」
ちらりとリアムを見ると、彼はキリエに頷きを返してきた。プシュケの介入を拒む気が無いのか、そもそも人間の彼にとって妖精人の善意を断るという選択肢が無いのか、その判断が難しいところだが、リアムは必要であればキリエを叱り嗜めることも出来るのだから、そこまで問題視していないのは確かだろう。
それを踏まえて考えたうえで、キリエはとあることを思いつく。そして、真剣な眼差しでプシュケを見つめた。
「おじいさまには我儘なお願いばかりしていて申し訳ないのですが、御力を貸していただきたいことがあります」
「急に、どうした?」
「首飾りの石が熱を持っているのです。おじいさまが呼んでいるのかもしれません」
「プシュケ殿が? ……まぁ、確かに、前回話そうとしたとき、追って連絡するから待てと言われていたな」
キリエは頷いた。
──リアムが言うように、十日ほど前にプシュケと話そうと呼びだしたところ、今は忙しいからまた改めてこちらから合図する、という旨を言われたのだ。
カインの襲撃はウィスタリア中大陸の北側から向かってくるものであるため、王都で彼を足止めできれば、南方に位置するルース地方の森に生息している妖精人たちへの影響はほぼ無いだろう。そう考えて、キリエも無理にプシュケの時間を貰おうとはしていなかった。
しかし、年末が間近に迫った今、こうしてプシュケのほうから連絡を取りたいであろう合図を出されると、何かあったのではないかと心配になってしまう。そのため、すぐに祖父を呼び出すべく、慌てて部屋へ戻ってきたのだ。
「とりあえず、おじいさまを呼びますね」
「ああ」
キリエはどこかへ腰掛けることもせず、部屋の中央に立ったまま、服の襟元から首飾りの石を引き出して握り、祖父へ向けて念を送る。おじいさま、と心の中で一度呼び掛けただけで室内に柔らかな風が吹き、銀髪を靡かせた妖精人の長老──プシュケが姿を現した。
「こんばんは、おじいさま」
「ああ。……今は、私に応じてもらっても大丈夫な状況か?」
「はい、問題ありません」
室内を見渡し、キリエとリアムの他に誰もいないことを確認したプシュケは小さく息をつき、近くにあった寝台へのそりと座る。彼がどことなく疲弊しているように感じたキリエは、祖父の前に立ち、小首を傾げた。
「おじいさま、何やら御疲れの御様子ですが……」
「ああ……、まぁ、私もそれなりに年寄りだからな。だが、私以上に同胞たちは疲れているはずだ。そもそも、時間に縛られずに生きている我々が、根を詰めて話し合いを重ねること自体が異例だ」
「……ということは、おじいさまは何か大切な話し合いをされていた、と?」
「ああ。その結論がでたゆえ、そなたに伝えておかねばと思ったのだ」
プシュケは、自身の隣をぽんぽんと叩く。促されたキリエは祖父の隣に腰掛け、リアムは傍に立った。
「王都の人間を地方に避難させる、とそなたは以前に言っていたな。避難先で魔族から民を守護する人員は足りているのか?」
孫が座るとほぼ同時に本題を語り出すプシュケを見上げ、キリエは小さく首を振る。
「いいえ。ジョセフ──此処の執事であり、リアムの剣の師匠でもある方が元傭兵でして、そのときの伝手をお借りして、実力のある傭兵たちに避難地での警備任務を請け負っていただいていますが、……正直なところ、もしもカインが彼らに魔術を用いたとしたら、勝ち目はほぼ無いのではないか、と。傭兵たちの警備は対魔族というよりも、避難地での治安を維持するためのものですね」
「やはり、そうか」
溜息を零したプシュケは、予想外のことを言い出した。
「我らが、避難している民の守護を引き受けよう」
「……えっ!?」
「プシュケ殿、それは一体……、」
驚愕の声を上げるキリエとリアムを手で制し、プシュケは再び溜息をつく。
「此度の戦に立ち向かっている人間たちも、先日話した魔族の小娘も、皆が揃いも揃って妖精人の手を借りるつもりは無いと言い張る。確かに、我らが積極的に関わる道理は無いし、そう望んでいるわけではない。……だが、この地は元々、我らのものだった。別に、人間たちに出て行ってほしいというわけではないし、我らの生息地も現在の規模で十分だ。ただ、どちらにせよ、我らもまた此処で生き続けてゆく存在なのだ。この地が危殆に瀕しているというのに、何もせずに護られるだけでよいのか否か、その話し合いを重ねてきた」
キリエと同じ銀色の瞳が向けてくる眼差しは、穏やかに凪いでいた。絶望や希望に左右されない、永い時を過ごしてきた者特有の深みのある瞳に見つめられ、キリエは声を出そうにも出せない。そんな孫の肩を抱き、祖父は柔らかな口調で先を続けた。
「外界へ出て行く余力のある同胞たちが、魔族側の首謀者が通りがかるであろう地域に潜み、もしもの場合には守護の結界を張る。ただし、人間たちの前に姿を見せる予定は無く、魔族側を攻撃するつもりもない。無論、避難地において人間同士の中で何か問題が生じても、手を貸したりはしない。……それでもよければ、協力させてほしい」
「それでも、十分に心強いですし、ありがたいです。だけど、本当に良いのですか、おじいさま……? 妖精人の皆さんは、それで納得しているのですか?」
「皆に納得してもらうために、話し合い続けてきたのだ。皆、それでよいと言っておる。……そして、私は当日、そなたの傍にいる」
「……えっ?」
戸惑うキリエの頭を撫で、プシュケは静かに言葉を重ねる。
「そなたが最前線で体を張っているときに、私が安全圏でのうのうと過ごしているわけにはいかぬ。私だけならば、人前に姿を見せても構わない。キリエの傍にはリアムがいると分かっているが、大切な孫の安否を人任せにしたくはない」
「おじいさま……」
「慣れ合うつもりはない。決戦のときだけだ。王族と魔族以外は、私に害なすことは出来ぬ。問題ないだろう」
ちらりとリアムを見ると、彼はキリエに頷きを返してきた。プシュケの介入を拒む気が無いのか、そもそも人間の彼にとって妖精人の善意を断るという選択肢が無いのか、その判断が難しいところだが、リアムは必要であればキリエを叱り嗜めることも出来るのだから、そこまで問題視していないのは確かだろう。
それを踏まえて考えたうえで、キリエはとあることを思いつく。そして、真剣な眼差しでプシュケを見つめた。
「おじいさまには我儘なお願いばかりしていて申し訳ないのですが、御力を貸していただきたいことがあります」
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