294 / 335
第4章(最終章)
【4-24】三国と一国と一族の均衡
しおりを挟む
◇
プシュケを見送った後、キリエたちは食堂へ戻った。そちらがまだ話し合い中であれば再び応接室で待機するつもりだったが、三国側も何かしらの結論が出たところだったようで、快く迎え入れられた。
先程までと同じ席順で主要人物が座り、騎士たちもそれを取り囲む形で各々の立ち位置で背を伸ばす。
イヴとアベルが着席すると、ジェイデンが視線で促し、その指示を受けたレオンとルーナが魔族の姉弟の拘束を解いた。
「さて。──挨拶が遅れてすまなかった。僕は、ジェイデン=フォン=ウィスタリア。ウィスタリア王国の王だ。キリエ、マデリン、そしてそこの水色の髪の姫君・ジャスミン、あとは、君たちの兄・カインに唆されて動いていたライアンという者と兄弟だ」
唐突に身の上を明かしたジェイデンの発言を聞き、驚いているのは、キリエだけだった。もともと食堂で話し合っていた皆は勿論、リアムも眉ひとつ動かさず、イヴとアベルも全く驚いていない。
唖然としているキリエを置き去りにして、挨拶が続いていく。
「私は、リツ=レイ=アルスと申します。魔族の方々が把握していらっしゃるか分かりませんが、現在、この地は三つの国に分かれているのです。私はそのうちのひとつ、アルス市国の王家の末端に名を連ねている者です」
「オレは、チェット。モンス山岳国の頭領だ。オレ個人としてはもっと早くネタばらししたかったんだが、まぁ、立場的にもそうはいかねぇからさ。名乗りが遅れて悪かったな!」
「……別に、構わない」
イヴは驚愕は見せないものの、やや警戒を高めたようだった。急に自己紹介をした主要人物三名の顔を順に見ながら、訝しげに問い掛ける。
「どうして、急に名乗る気になったの? 貴方たちが正体を明かさずとも、交渉や話し合いは進められたはずなのに」
「進行は可能だが、精度は低くなるはずなのだよ。なぜなら、そこに信頼が積み重ねられないからだ」
金髪を揺らしながら首をすくめつつ、ジェイデンが答えた。砕けた様子のようでいて、その金眼には隙が無い。
「僕たちは、話し合いの末、君たちが真実を語っていると仮定することにした。となれば、真実を語る相手に腹の内を見せないのは悪手になる。互いに腹を割って本音をぶつけ合ったほうが、同じ敵に立ち向かうにあたり絆を深められ、良い相乗効果に期待できるからな。……そうだろう、リツ殿、チェット?」
「ええ。ジェイデン様の仰る通りです。そして実際、我々の判断は正しかった、とイヴとアベルの反応で分かりました」
「本音を隠してオレたちを利用したいってんなら、こんな好機に戸惑いを見せるはずがねぇからな。信じてくれて嬉しい~って媚びを売ってくるのが定石だろ。裏を掻いて演技できるような器用な奴らにも見えねぇしな」
ジェイデンたちの言葉はイヴへ向けられていると同時に、キリエへの説明も兼ねていた。なぜ急に名乗ったのかという理由と意図を十分に理解したキリエは、ジェイデンへ感謝の視線を向ける。それに気づいたジェイデンは、目元を和らげて小さく頷いた。
「……つまり貴方たちは、あたしたちの話を信じてくれたというわけか。それで、手を組むかどうか話し合ってくれる、と?」
「その通り。ただ、条件如何によっては交渉決裂となる可能性もあるのだよ」
「ああ、それはあたしも理解している。──あたしとアベルも考えた。魔族保守派としては、カイン討伐後は今までと同じ関係性に戻るべきだと考えている。魔族はこの地には関わらない、貴方たちもこの地の外には関わらない、そして、人間たちも妖精人と関わらない。それぞれがそれぞれに距離を保ち、これまで通りの平和を保っていくべきだ。……そう考えている」
イヴの発言を受け、三国の代表者が視線を交わし合う。そうして意思疎通した末、リツが穏やかに問い掛けた。
「なるほど。でも、それはイヴの個人的な考えでしょう? ああ、無論、アベルはそれに賛同しているのでしょうが……、魔族保守派に属している他の方々はいかがです?」
菫色の瞳は優しい笑みを浮かべながらも、鋭い棘が見え隠れしているようだ。この話し合い以前にはそんな眼差しに怯んでいたイヴだが、今は落ち着いて見つめ返している。
「あたし以外の者たちも、賛同してくれるはずだ。もともと我々は妖精人の意思にそぐわないことは好まない。妖精人の長老に愛されている半妖精人のキリエが、人間たちの三国の要である貴方がたの間で歯車を回している。そして、それを妖精人は黙認している。……それで十分に分かる。妖精人がこの地の人間の滅亡など望んでいない、と」
その言葉は建前に近く、実際にはプシュケとの対話を経てイヴの考えが定まったのであろうが、妖精人との接触を伏せてほしいというキリエとの約束を守るためにそんな言い方になったのだろう。キリエは心の中で深く感謝した。
三国の代表者たちは再び視線を交わし合い、小さく頷く。そして、重々しい空気を祓うかのように、チェットが豪快な笑い声を上げた。
「ははっ! よかったなぁ、イヴ。無事に交渉成立になりそうだぜ!」
チェットに続き、ジェイデンとリツも自然な笑みを見せる。安堵したらしいイヴは肩の力を抜き、彼女の唇もまたささやかな微笑を描いて見せたのだった。
プシュケを見送った後、キリエたちは食堂へ戻った。そちらがまだ話し合い中であれば再び応接室で待機するつもりだったが、三国側も何かしらの結論が出たところだったようで、快く迎え入れられた。
先程までと同じ席順で主要人物が座り、騎士たちもそれを取り囲む形で各々の立ち位置で背を伸ばす。
イヴとアベルが着席すると、ジェイデンが視線で促し、その指示を受けたレオンとルーナが魔族の姉弟の拘束を解いた。
「さて。──挨拶が遅れてすまなかった。僕は、ジェイデン=フォン=ウィスタリア。ウィスタリア王国の王だ。キリエ、マデリン、そしてそこの水色の髪の姫君・ジャスミン、あとは、君たちの兄・カインに唆されて動いていたライアンという者と兄弟だ」
唐突に身の上を明かしたジェイデンの発言を聞き、驚いているのは、キリエだけだった。もともと食堂で話し合っていた皆は勿論、リアムも眉ひとつ動かさず、イヴとアベルも全く驚いていない。
唖然としているキリエを置き去りにして、挨拶が続いていく。
「私は、リツ=レイ=アルスと申します。魔族の方々が把握していらっしゃるか分かりませんが、現在、この地は三つの国に分かれているのです。私はそのうちのひとつ、アルス市国の王家の末端に名を連ねている者です」
「オレは、チェット。モンス山岳国の頭領だ。オレ個人としてはもっと早くネタばらししたかったんだが、まぁ、立場的にもそうはいかねぇからさ。名乗りが遅れて悪かったな!」
「……別に、構わない」
イヴは驚愕は見せないものの、やや警戒を高めたようだった。急に自己紹介をした主要人物三名の顔を順に見ながら、訝しげに問い掛ける。
「どうして、急に名乗る気になったの? 貴方たちが正体を明かさずとも、交渉や話し合いは進められたはずなのに」
「進行は可能だが、精度は低くなるはずなのだよ。なぜなら、そこに信頼が積み重ねられないからだ」
金髪を揺らしながら首をすくめつつ、ジェイデンが答えた。砕けた様子のようでいて、その金眼には隙が無い。
「僕たちは、話し合いの末、君たちが真実を語っていると仮定することにした。となれば、真実を語る相手に腹の内を見せないのは悪手になる。互いに腹を割って本音をぶつけ合ったほうが、同じ敵に立ち向かうにあたり絆を深められ、良い相乗効果に期待できるからな。……そうだろう、リツ殿、チェット?」
「ええ。ジェイデン様の仰る通りです。そして実際、我々の判断は正しかった、とイヴとアベルの反応で分かりました」
「本音を隠してオレたちを利用したいってんなら、こんな好機に戸惑いを見せるはずがねぇからな。信じてくれて嬉しい~って媚びを売ってくるのが定石だろ。裏を掻いて演技できるような器用な奴らにも見えねぇしな」
ジェイデンたちの言葉はイヴへ向けられていると同時に、キリエへの説明も兼ねていた。なぜ急に名乗ったのかという理由と意図を十分に理解したキリエは、ジェイデンへ感謝の視線を向ける。それに気づいたジェイデンは、目元を和らげて小さく頷いた。
「……つまり貴方たちは、あたしたちの話を信じてくれたというわけか。それで、手を組むかどうか話し合ってくれる、と?」
「その通り。ただ、条件如何によっては交渉決裂となる可能性もあるのだよ」
「ああ、それはあたしも理解している。──あたしとアベルも考えた。魔族保守派としては、カイン討伐後は今までと同じ関係性に戻るべきだと考えている。魔族はこの地には関わらない、貴方たちもこの地の外には関わらない、そして、人間たちも妖精人と関わらない。それぞれがそれぞれに距離を保ち、これまで通りの平和を保っていくべきだ。……そう考えている」
イヴの発言を受け、三国の代表者が視線を交わし合う。そうして意思疎通した末、リツが穏やかに問い掛けた。
「なるほど。でも、それはイヴの個人的な考えでしょう? ああ、無論、アベルはそれに賛同しているのでしょうが……、魔族保守派に属している他の方々はいかがです?」
菫色の瞳は優しい笑みを浮かべながらも、鋭い棘が見え隠れしているようだ。この話し合い以前にはそんな眼差しに怯んでいたイヴだが、今は落ち着いて見つめ返している。
「あたし以外の者たちも、賛同してくれるはずだ。もともと我々は妖精人の意思にそぐわないことは好まない。妖精人の長老に愛されている半妖精人のキリエが、人間たちの三国の要である貴方がたの間で歯車を回している。そして、それを妖精人は黙認している。……それで十分に分かる。妖精人がこの地の人間の滅亡など望んでいない、と」
その言葉は建前に近く、実際にはプシュケとの対話を経てイヴの考えが定まったのであろうが、妖精人との接触を伏せてほしいというキリエとの約束を守るためにそんな言い方になったのだろう。キリエは心の中で深く感謝した。
三国の代表者たちは再び視線を交わし合い、小さく頷く。そして、重々しい空気を祓うかのように、チェットが豪快な笑い声を上げた。
「ははっ! よかったなぁ、イヴ。無事に交渉成立になりそうだぜ!」
チェットに続き、ジェイデンとリツも自然な笑みを見せる。安堵したらしいイヴは肩の力を抜き、彼女の唇もまたささやかな微笑を描いて見せたのだった。
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚
咲良喜玖
ファンタジー
アーリア戦記から抜粋。
帝国歴515年。サナリア歴3年。
新国家サナリア王国は、超大国ガルナズン帝国の使者からの宣告により、国家存亡の危機に陥る。
アーリア大陸を二分している超大国との戦いは、全滅覚悟の死の戦争である。
だからこそ、サナリア王アハトは、帝国に従属することを決めるのだが。
当然それだけで交渉が終わるわけがなく、従属した証を示せとの命令が下された。
命令の中身。
それは、二人の王子の内のどちらかを選べとの事だった。
出来たばかりの国を守るために、サナリア王が判断した人物。
それが第一王子である【フュン・メイダルフィア】だった。
フュンは弟に比べて能力が低く、武芸や勉学が出来ない。
彼の良さをあげるとしたら、ただ人に優しいだけ。
そんな人物では、国を背負うことが出来ないだろうと、彼は帝国の人質となってしまったのだ。
しかし、この人質がきっかけとなり、長らく続いているアーリア大陸の戦乱の歴史が変わっていく。
西のイーナミア王国。東のガルナズン帝国。
アーリア大陸の歴史を支える二つの巨大国家を揺るがす英雄が誕生することになるのだ。
偉大なる人質。フュンの物語が今始まる。
他サイトにも書いています。
こちらでは、出来るだけシンプルにしていますので、章分けも簡易にして、解説をしているあとがきもありません。
小説だけを読める形にしています。
婚約破棄されて異世界トリップしたけど猫に囲まれてスローライフ満喫しています
葉柚
ファンタジー
婚約者の二股により婚約破棄をされた33才の真由は、突如異世界に飛ばされた。
そこはど田舎だった。
住む家と土地と可愛い3匹の猫をもらった真由は、猫たちに囲まれてストレスフリーなスローライフ生活を送る日常を送ることになった。
レコンティーニ王国は猫に優しい国です。
小説家になろう様にも掲載してます。
スウィートカース(Ⅲ):二挺拳銃・染夜名琴の混沌蘇生
湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
ファンタジー
家族を皆殺しにされ、染夜名琴はその日、自分で自分を殺した。
だが憑依することでナコトの命を救い、力を与えたのは心優しき〝星々のもの〟
稀有な〝なりそこない〟であるナコトは、もう魔法少女でも人でもない。
復讐の鬼と化し、ただひたすらに家族の仇を追うハンターだ。
現実と悪夢のはざまに閃くダーク・アクション。
「夢でもいい。おまえの血で化粧をさせてくれ」
Another Of Life Game~僕のもう一つの物語~
神城弥生
ファンタジー
なろう小説サイトにて「HJ文庫2018」一次審査突破しました!!
皆様のおかげでなろうサイトで120万pv達成しました!
ありがとうございます!
VRMMOを造った山下グループの最高傑作「Another Of Life Game」。
山下哲二が、死ぬ間際に完成させたこのゲームに込めた思いとは・・・?
それでは皆様、AOLの世界をお楽しみ下さい!
毎週土曜日更新(偶に休み)
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
ダンジョン探索者に転職しました
みたこ
ファンタジー
新卒から勤めていた会社を退職した朝霧悠斗(あさぎり・ゆうと)が、ダンジョンを探索する『探索者』に転職して、ダンジョン探索をしながら、おいしいご飯と酒を楽しむ話です。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
Heroic〜龍の力を宿す者〜
Ruto
ファンタジー
少年は絶望と言う名の闇の中で希望と言う名の光を見た
光に魅せられた少年は手を伸ばす
大切な人を守るため、己が信念を貫くため、彼は力を手に入れる
友と競い、敵と戦い、遠い目標を目指し歩く
果たしてその進む道は
王道か、覇道か、修羅道か
その身に宿した龍の力と圧倒的な才は、彼に何を成させるのか
ここに綴られるは、とある英雄の軌跡
<旧タイトル:冒険者に助けられた少年は、やがて英雄になる>
<この作品は「小説家になろう」にも掲載しています>
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる