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第4章(最終章)

【4-16】証拠の代わりに

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 キリエはみるみる顔色を悪くさせて、無意味に何度も首を振る。

「あ、あの、それは……、困るというかなんというか……、ああいった危ないものを国内に持ち込まれるのは……、ちょっと……」
「キリエ、勘違いしてる」

 動揺するキリエを、イヴは一言で制した。

「あたしたちが配ろうとしているのは、防御のための魔石。魔術での攻撃の威力を無効化あるいは軽減化するためのもの。黒炎の魔石のような攻撃性は無いし、扱いも易しいもの。……それを提供する代わりに、共にカインを討伐してほしい。そのために、あたしたちは此処へ来た」

 そして、イヴは以下の内容を静かに説明し始めた。

 最高位の魔術士であるカインを殺すには、彼が魔術を使用できない瞬間を生み出し、その隙に一気に畳み込んで命を奪うしかない。
 しかし、魔術を扱える者には魔反射という能力が備わっているらしく、魔術による攻撃を向けられた際、無意識的に反撃魔術を放つことが出来るという。その反射速度は魔力の高さに比例しており、魔術士同士の争いの勝敗の行方は反射速度──即ち、魔力の高さが重要になるのだ。同程度の魔力の持ち主同士の場合には、より複雑な魔術式を把握している者が強い、となるようだ。いくら奇襲を企てようと戦略を練ろうと、能力値が相手を上回らない限りは無意味となる。
 つまり、魔術士としての資質の全てが最高位であるカインを倒せる魔術士はいないのだ。

 また、魔族内での優劣は全て魔術士としての素質が左右しているため、魔国においては白兵戦の知識や技術がほぼ無い。魔国内に存在している武器は古い型の剣や弓矢ばかりで、それらで魔術士を攻撃しようとしても遠くから魔術で倒されて終わりだ。魔力が枯渇する頃合を狙おうとしても、その前に武器で挑む側が消耗してしまう。

 大昔からそのような有様であるから、武力や暴力によって魔術へ打ち勝たんとする者はおらず、魔力を持たなかったり微弱である者は肩身の狭い思いをして細々と暮らしているらしい。現在は魔力を持たない者が大半という状態であるため、少数の魔術士たちによって劣悪な支配をされており、その頂点にいるカインは度々弱者を虐殺しているのだと云う。

「カインは、魔術で全てを支配できると思い込んでる。魔力を持たない者は、敵にもならないと思っている。妖精人がいて精霊の力が働いているこのウィスタリアの地においても、自分が負けることなどないと考えている。……でも、そんなことはないはず。この地においては思うように魔術を駆使できないのは確かで、魔術が無い土地でなら違う形の武力が発達しているはず。勝ち目がないわけではないはずだ」

 そう言って唇を閉ざしたイヴは、周囲に立つ騎士たちが腰に下げている剣を見つめた。武器が発達していない国から来た彼女の目には、心強い逸品に見えているのかもしれない。
 話を聞いていた一同が魔族姉弟を見る目も、だいぶ柔らかくなっている。彼らの来訪の目的が明らかになってきて、警戒心がやや緩んできたのだろう。

 だが、だからといって完全に信用しているわけではない。特に、王国騎士たちは、表情を和らげつつも緊張感はそのままで、注意深く魔族の二人の様子を観察している。
 その中でも、特にマクシミリアンは厳しい眼差しで姉弟を眺めているようだった。彼が忠誠を捧げて常に付き従っているのはジェイデン──つまり、この国の王なのだ。国王を案じているのは皆が同じだろうが、直属の側近であるマクシミリアンの懸念は他者の比ではないのだろう。
 普段のにこやかな表情をすっかり引っ込めている暁の騎士は、挙手をして発言の許可を得てから、率直な問いを魔族たちへ投げかけた。

「話は分かった。これまでの説明が全て真実であるのなら、確かに協力したほうが勝利を掴める確率が上がるだろうね。だけど、君たちが嘘をついていないという証拠は? 積極的に疑いたいわけではないけれど、君たちがカインから遣わされた密偵である可能性だってあるわけだ。私たちは、君たちを信用するに足る情報をまだ得られていない」

 畏まってほしくないというイヴの要求に沿って友好的な口調ではあるものの、その内容は場合によっては無礼だと罵られかねないものだ。あえて憎まれ役を引き受けようとしたマクシミリアンへ賛同するかのように、他の騎士たちも次々に頷く。
 だが、イヴもアベルも落ち着いた面持ちのままで、誰かを睨みつけようとすらしない。

「まぁ、そうだろう。もっともな疑問だと思う。ただ、あたしたちが貴方たちの味方であろうとしていることを完全に証明する手段は無い。マデリンが手紙にあたしたちを擁護する内容を書いていてくれていたらしいことに免じて信じてもらう、というのは難しい?」
「残念ながら、私たちはそこまでマデリン様を信用しているわけではないんだ」
「えっ、そうなの?」

 イヴの表情に動きがある。明確に驚愕を面に出している彼女へ、マクシミリアンは誠実に語った。

「ここにいる全員が、とは言わない。そもそも、マデリン様と面識のない方もいらっしゃる。……でもね、マデリン様はキリエ様を殺そうとなさったんだ。また同じことがないとも言い難いじゃないか」

 マデリンはきっと、もう二度とキリエを裏切らないはずだ。そう主張しようとしたキリエだったが、それはあくまでも主観の話であり、マクシミリアンがどう感じるのかは彼次第であり、今の語り手は彼であることも踏まえて思い止まる。ちらりとリアムを見ると、藍紫の瞳も「今は口を出さないほうがいい」と告げていた。

「なるほど……、マデリンと貴方たちの間にも色々あるようだ。それなら、信用してもらいづらいのも納得できる。……だったら、あたしとアベルの両腕を切り落としてもいいよ」

 イヴから突飛な提案が出た瞬間、その場はしんと静まり返った。
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