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第4章(最終章)

【4-2】ひととせ

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「えっ……、おめでとうって、え……っ?」

 キリエは混乱しながらも、改めて食堂の様子を見渡した。普段は室内のほぼ中央に置かれている大きな食卓は隅へ置かれており、其処には沢山の軽食や焼菓子が所狭しと並べられている。

 室内には、キリエがよく見知っている人々が笑顔で集っていた。ジョセフ、エドワード、セシル、キャサリン、エレノアというサリバン邸の面々。ジェイデン、ジャスミン。彼らの側近であるマクシミリアンにダリオ。アルス市国にいるはずのリツ、同じくモンス山岳国にいるはずのチェット。彼らの護衛を務めていると思われるローザとリリー。そして、端のほうにはルーナとレオンもひっそりと佇んでいた。

「どうして、こんなにみんなが……?」

 ひたすら驚き目を丸くしているキリエを、皆は微笑ましそうに眺めている。彼らを代表するかのようにジェイデンがキリエの前へ進み出て手を取り、入室を促すように引いてきた。

「やはり、君はまったく意識していなかったようだな。今日という記念日を」
「記念日……?」

 今日はウィスタリア王国の何がしかの記念日に該当するのだろうかと、キリエは脳内で年表を繰り広げるものの、思い当たるものは無い。ジェイデンは楽しそうな笑い声を上げ、キリエの背後に立つ男へ声を掛けた。

「あははっ! リアム、正解を教えてあげてくれ」
「承知いたしました」

 リアムは若き国王へ一礼してから、嬉しそうにキリエを見つめる。

「キリエ様。本日は、貴方様が王都へおいでになってから、ちょうど一年という節目の日でございます」
「あっ……」
「おめでたい記念日であると仰って、ジェイデン様が発起人となってくださり、こうして祝宴を催すこととなりました」

 まだ入口付近で唖然としたままのキリエの元へジャスミンが駆け寄り、無邪気に腕を引いた。

「ほら、キリエ! こっちに来て! 主役の席はこっちなのよ」
「えっ、あ……」
「見て、見て! 可愛い椅子でしょ? キリエやリアムのお洋服を作ってる仕立て屋さんが、布を張ったり飾りをつけたりしてくれたんですって! あそこの可愛い人も、一緒に作ってくれたらしいわ」

 元はおそらく屋敷内にあった一人掛けのひとつだったと思われる椅子が、白と金を基調とした布やリボン、花などで豪奢に仕上げられている。マリウスの作品なのだろう。ジャスミンの揃えた指先で指されたセシルは、メイド服の裾を持ち上げるようにして愛らしく一礼して見せた。

 水色の姫君に促されるままキリエが座ると、今度はマクシミリアンが前へと進み出て、恭しく跪く。

「嗚呼、麗しき銀月の君! 今日という素晴らしい日を祝し、貴方様こそが本日の主役であるという証を、その胸へ添える御役目を私にいただけますか?」
「えっ!? え、えぇと……」
「今の戯言を翻訳すると、要は仕立て屋が椅子と同時に作り上げたブローチを君の胸に飾りたいと言っているのだよ。余計なことを言ってないで、さっさと役目を果たせマックス」

 ジェイデンの辛辣な言葉を聞いた一同が、どっと笑った。つられて思わず笑ってしまったキリエの肩から余計な力が抜け、ようやく自然な表情を浮かべる。

「お願いします、マックス」
「嗚呼、愛らしい銀の小鳥! そのように笑いかけていただけるなど、恐悦至極! 暫し喜びに浸っていたいところではございますが、主君とそちらの男の冷えた眼差しが恐ろしいですから、手早く任務を遂行いたしましょう」

 「そちらの男」と称されたリアムが冷え切った視線で見下ろす中、上機嫌なマクシミリアンは丁寧な仕草でキリエの胸元へブローチを装着した。椅子の装飾と同じようなデザインで仕上げられているブローチは、性別や年齢を問わずに楽しめる雰囲気のもので、キリエにもよく似合っている。

「よくお似合いですよ、キリエ」
「ほんと、そーゆーのが似合っちまうのが凄ぇよ。アンタみたいに最高に可愛い顔じゃなきゃ無理だ。オレが付けても笑えるだけだぜ」
「リツ、チェット、ありがとうございます。でも、これはどんな人にでも似合うように作られていると思いますので、お二人にもよくお似合いになると思いますよ」

 両隣国からの客人たちからの賛辞に礼を返したキリエは、その場で立ち上がり、改めて集っている人々を見渡した。この一年で出会ってきた、大切な人たちだ。キリエを見守り、励まし、支えてくれる、大事な仲間や家族である。
 一人ひとりの顔を見つめながら、キリエは心からの感謝の言葉を口に出した。

「皆さん、こうして集まってくださって、ありがとうございます。僕が王都へ来て一年が経ったというこの日、自分でも意識していなかったこの日が、こうして皆さんに集まってお祝いしていただけるような大層なものであるかは正直わからないのですが、僕が大切に思っている人たちが集合しているだなんて幸せで贅沢な時間だと感じています。本当にありがとうございます。この一年で皆さんに出会えたことを、とても誇らしく、嬉しく思います」

 そう言って深々と頭を下げると、温かな拍手が盛大に湧き起こる。長く続く拍手が落ち着いた頃、家主であるリアムが宴の開催を宣言した。

「さぁ、皆様。ここからは、御自由に御歓談や御食事を楽しまれてください。拙宅は手狭でございますので、立食形式にさせていただきました。とはいえ、休憩のためにお掛けいただける椅子も御用意しておりますので、そちらも御自由にお使いください。合間でキリエ様にお声掛けいただけますと、側近としても嬉しゅうございます」

 リアムの言葉を受けて皆は互いの様子を見つつ分散していき、キリエの元にリツ、チェット、ローザ、リリーが近づいてきた。
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