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第3章

【3-104】心の隙間を埋めてくれるもの

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「結論を言えば、キリエの言うように、受霊の儀において身体が動くか否かは重要項目ではない。リアムの屋敷の環境であれば、実行も可能であろう」
「でしたら……!」

 キリエの顔がパッと輝いたが、それを制するようにプシュケは首を振る。

「可能ではあるが、するとは言っていない。キリエ、今は精霊の力を得るよりも先に、魔族との戦いに集中するべきなのではないか。私が人間の国のことに口を出すのも変な話だが、そなたも王族の一員としてやらねばならないことがあるだろう」

 プシュケの説得を聞き、リアムも同意するように何度か頷いたが、その表情にはあからさまに諦めが滲んでいた。リアムの予感を肯定するかのように、キリエは強い意志を宿した瞳でまっすぐに祖父を見上げる。

「おじいさま、今だからこそです。僕は今、まともに身体を動かせませんので、公務へ積極的に参加できない状態なのです。その空き時間を有効に使いたいですし、早めに自分の特性を自分で制御できるようにもなりたいのです」
「確かに、いずれはその必要もあるだろうが、何も今ではなくともよいだろう。そなたが戦場に立つわけではなかろうに」
「でも、王都までカイン一行を引き入れるということは、此処が戦地となる可能性もあるのです。そのとき、僕が自身の力を行使できるようになっていれば、多少なりとも皆の……、リアムの役に立てるのではないかと」
「ふむ……、以前からそなたは自身の力をリアムの力の強化に宛がいたいと言っておったな」

 どこか遠くを見つめたプシュケは再びキリエへ視線を移し、小さく嘆息してから昔を懐かしむ口調で言った。

「受霊の儀を早めにやりたがるところまで母親譲りとは恐れ入った。……そなたの母プロテアは、さっさと終わらせたいと言い張って受霊の儀に挑み、平均的に三日は掛かる儀式を半日で終わらせたのだ」
「そうだったのですね」
「そうだ。プロテアは破天荒なところがあったが、そのぶん、心の強さには揺るぎないものがあった。だからこそ、受霊の儀も半日で終わらせ、先代の長老からいかなる圧を掛けられようともそなたの命を守りきって産んだのだ。……強く芯が通っていたからこそ、致命的なヒビが入ってから崩れるのも早かったが」

 そなたはどうだ、とプシュケの銀眼がキリエへ問い掛けてくる。
 受霊の儀は、己の心の強さを試されるもの。意志が弱ければ弱いだけ時間が掛かり、成功率も下がってゆくものなのだろう。
 生命に危険が及ぶようなものであれば、プシュケもリアムももっと本気で止めるのだろうが、そうではないからこそ、キリエの気持ちを尊重しようとしてくれているのだ。全てを左右するのは、キリエの心の強さである。

「……僕自身はきっと、母よりも心が強くないのでしょう。そうなんだろうな、という予感はします。でも、リアムと出会って、他のたくさんの人たちと出会って、僕は少しずつ強くなってきたと思うのです。大切な人たちを守るための力を得られると思えば、その気持ちは僕の心を強化してくれます」
「……精霊は、決して意地が悪い存在ではない。しかし、彼らが力を託せるだけの存在であるのかを試すために、心の隙を突いてくるのだ。私から見れば、そなたは隙だらけだ」
「そうでしょうね。でも、その隙間を埋めてくれる人たちがいます。僕の心の中に、大切な人たちがいてくれますから。……他力本願のように見えるかもしれませんし、それを否定はしませんが、きっと大丈夫です」

 にっこりと笑った拍子にずり落ちそうになったキリエの身体を、リアムの片腕が抱き支えた。心どころか、身体さえも他者の手に支えられている状態のキリエだ。何を言っても説得力は無いだろうなと考えるキリエを見下ろし、プシュケは長々と溜息をつく。

「ちっとも大丈夫だと思えないのだが……、まぁ、いい。そこまで言うのなら、リアムの屋敷で受霊の儀を行えるように整えてやろう」
「本当ですか……! ありがとうございます、おじいさま」
「しかし、森の中で行うわけではなく、私も長老としてこなさねばならない仕事もあるからつきっきりにはなれぬ。頻繁に様子を見に訪れようとは思っているが、基本的には己の力だけで乗り切らねばならぬものだと、しかと心得よ」
「分かりました」

 何を言われようと、キリエの決意は曲がらない。円い銀色の瞳からそれを読み取ったプシュケは、リアムへ苦笑を向けた。

「……そういうわけだ。また、そなたには苦労をかけてしまうな」
「以前にも申し上げたはずです。俺は振り回される苦労よりも、傍で見守り支えられる喜びのほうが大きい。むしろ、その程度のこと、何の苦労とも思いません。……ただ、キリエが大丈夫かどうか、心配なのはそれだけです」
「まったく、そなたはキリエに甘すぎるな」
「その言葉、そっくりお返しいたします。俺はプシュケ殿ほど甘くありませんので」
「……リアム、それは本気で言っておるのか?」
「……えっ?」

 意味が分からないというように目を瞬かせるリアムと、呆然としているプシュケを交互に見たキリエは、小さく吹き出し、楽しそうな笑い声を上げるのだった。
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