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第3章

【3-88】それって悪いこと?

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 ◇


 キリエの気持ちが落ち着き、リアムが来訪者用の椅子を並べて準備したところで、ジャスミンとダリオがやって来た。水色の姫君は普段と変わらない笑顔でキリエの元へ駆け寄り、手を握ってくる。

「キリエ、あなたって妖精人だったのね! 妖精人エルフの天使様だなんて、素敵すぎるにも程があるわ!」

 彼女の唐突な言動も、我が道を行く感性も、いつも通りのようだ。褐色肌の騎士はジャスミンの後ろからキリエを覗き込み、控えめな苦笑と共に礼儀正しく頭を下げた。
 キリエは驚いて呆気にとられていたが、ダリオにつられるようにして苦笑いを浮かべる。

「……ジャスミン、僕は天使ではないと何度も言っているでしょう?それに、完全な妖精人ではありません」
半妖精人ハーフエルフでしょ? ジェイデンとプリシラから聞いたわ。なんて嬉しい驚きなの!」

 興奮したように声を弾ませるジャスミンは、掴んだままのキリエの手を勢いよく振る。ハラハラしながら様子を見守っていたリアムは、思わず口を挟んだ。

「ジャスミン様。恐れ入りますが、キリエ様は御身体が動かない状態でございまして……、御自身の意思で動かせる範囲が狭いものですから……、」
「あっ、ごめんなさい! 自分の力で庇えないのだから、大きく動かしたらどこか痛めてしまうかもしれないわ。ごめんね、キリエ。どこか痛かった?」

 ジャスミンはリアムへ頷いてみせつつキリエの手をそっと布団へ下ろし、心配そうに顔を覗き込んでくる。その菫色の瞳には、偏見など欠片も無い。
 キリエは微笑んで首を振り、彼女の澄んだ眼差しをまっすぐに見つめ返した。

「いいえ、全然痛くありませんよ。大丈夫です。……ジャスミンは、大丈夫ですか?」
「えっ? わたしは何も怪我はしていないわ」
「そうではなくて、……僕が普通の人間ではなかったこと。僕たちは兄弟でしょう? 気になるのではないか、と」

 水色の姫君は大きな瞳を瞬かせ、頬に指先をあてがって暫し考える。その末に、彼女は明るい声音で言った。

「そうね、気になるといえば気になるわ。お父様と、キリエのお母様が、どうやって出逢ったのかとか! ジェイデンたちはあんまり詳しく話してくれなかったから、キリエのお母様が妖精人だってこと以外はよく知らないままなの」
「あ……、えぇと、そういうことではなくて。……嫌な気分にはなりませんでしたか?」
「どうして?」
「……半分だけとはいえ、僕は妖精人という異質な存在の血を引いているのです。そして、半分だけとはいえ、僕たちは血が繋がっています。……気味が悪いと思わせていたら、申し訳ないので」

 ジェイデンには、次期国王選抜期の時点で己が普通の人間ではないかもしれないことを明かしていたし、彼もまたそれを自然と受け入れてくれていた。だが、他の者がそうだとは限らない。ましてや、異母兄弟の間柄であれば複雑な心情を抱かれるのも致し方ないことだろう。
 そう考えてジャスミンを気遣ったつもりだったのだが、姫君はそんなキリエを見下ろし、両拳を腰に当てて唇を尖らせる。怒るわよ、という意思が伝わってくる動作と表情だ。

「妖精人の血を引いているから、何? それって、悪いことなの? ……異質な存在の血を引いているって話なら、わたしだってそうじゃない。アルス市国の姫君とウィスタリア王国の国王の間に生まれたんだもの。この国の民にとって、妖精人もアルス人も同じくらい異質よ」
「えっ……、そんなことはないのではないかと……」
「そんなこと、ある! だって、アルスとは百五十年間も国交断絶状態なのよ。そんな隣の国の人なんて、伝説的な存在だわ。同じよ。わたしも、キリエも、同じ。……キリエは、わたしを気持ち悪いと思うの?」
「まさか!」

 キリエは反射的に首を振った。

「珍しいな、とは思いました。ずっと国交がなかったはずの隣国の姫君が嫁入りして来たなんて、どんな事情があったのかな、と興味もありました。……でも、ジャスミンを気持ち悪いだなんて思ったことありません。水色の髪も、淡い紫の瞳も、とても綺麗だと思います。それに、君はとても優しい人だと知っています。もしも君がアルスの血を引いているからと悪し様に言う人がいるのなら、僕はその人を許せないでしょう」

 素直な気持ちを言葉にするキリエを見つめて、ジャスミンは嬉しそうに頷く。そして、姫君は花開くようにふわりと笑った。

「わたしだって、同じよ。今のキリエが言ってくれたのと同じ気持ちを、わたしも持っているの。わたし、キリエがとても素敵な人だって知っているわ。それはね、キリエが半妖精人だからではないの。キリエが、キリエだからよ。キリエのお母様が妖精人っていうのは、あなたをもっと輝かせる要素のひとつにすぎないもの」

 ジャスミンの言葉の合間に、ダリオも深く何度も頷いている。リアムは穏やかな眼差しで、この場を黙って見守っていた。

「ジャスミン……」
「たぶん大丈夫だと思うけれど、もしもキリエが半妖精人だと知って意地悪を言う人がいたら、わたしに言って! 仕返しをしに行くから!」
「えっ……、き、君が……?」
「そうよ! わたしの大切で自慢な天使である兄上を悪く言ったら許さないわよ、って怒りに行くわ。大事なものは自分の手で守りたいもの。わたしに任せて!」

 華奢な両腕を振り上げて得意気な顔をしているジャスミンを見て、キリエは思わず笑い声を上げる。そして、感謝の気持ちを込めて礼を言った。

「ふふっ、……ありがとうございます、ジャスミン」
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