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第3章

【3-86】初めての贈り物

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「リアムと同期の方々なのですね」
「はい。付け加えますと、マクシミリアンも同期です」
「そうなのですね! ……でも、あれ?」

 キリエが見ている限り、王国騎士は上下関係にうるさいようで、名誉称号の有無や階級、所属年数によって互いの立場や態度が変化している。リアムとマクシミリアンが王城内でも気安く言葉を交わしていることも、今しがたの彼女たちとのやり取りも、同期入団であれば納得できた。

 だが、リアムとマクシミリアンは三つほど年齢が離れているはずだ。ローザとリリーもおそらくはリアムよりも年上と思われる。王国騎士へ志願できる年齢をキリエは知らないが、大抵は同年齢の者が集うのではないだろうか。

 そんなキリエの疑問を感じ取ったのか、ローザが爽やかな微笑と共に口を開く。

「ご紹介いただきました、ローザ=グリフィスと申します。通常、王国騎士団へ志願する者は新成人が多いのですが、リアムの場合は十五歳のときに既に騎士としての才能を見出されて入団したんです。逆に私は二十歳での入団でしたから、周りより遅かったんですが」
「……ローザの場合、家族を説得するのに時間が掛かってしまったのです。彼女の弓から放たれた矢は的確に目標へ刺さりますし、実力は名誉称号をいただくに値するものですので」

 ローザの言葉に、リアムがフォローを挟んだ。キリエは首を傾げる。

「王国騎士は名誉なお仕事でしょう? 入団を家族が反対することもあるのですか? 危険な任務もあるからでしょうか」
「わたしのところもそうだったのですが、娘を騎士団へ入れたがる親って殆どいないんですよねぇ……。女が騎士なんてするものじゃない、剣を握るよりも楽器や刺繍でもしていなさい、という風潮が強くて。もっとも、わたしは剣ではなくて斧を握っているのですがぁ」

 キリエの疑問に対し、リリーがのんびりとした口調で答え、ローザもそれに頷いた。

「騎士なんか辞めて早く貴族令息と結婚しろ、と親がうるさくて。それで、私もリリーも国境付近の警備に配属してもらえるよう志願し、そうしています。私はモンス、リリーはアルスの国境警備をしておりまして、今回はそれぞれ隣国からの客人を警護するために王都まで随行しました」
「親と顔を合わせるとすぐに結婚云々の話をされてしまうので、あまり王都には戻りたくないのですけどねぇ……。ですが、このような機会でもないと、噂の聖なる銀月に御挨拶できませんので。それはよかったなぁと思うのですけどぉ」

 王城内で見かける女性といえばメイドばかりで、時々は文官の中に女性も見掛けるが、女騎士と出くわした機会は無いに等しい。そういう事情があるのであれば納得できる現状ではあるが、そのような風潮は好ましくないとキリエは感じた。

「ローザ、リリー。ご挨拶に立ち寄ってくださって、ありがとうございます。僕はキリエと申します。このような体勢で申し訳ないです。……僕は、ジェイデンと共に、皆に優しい王国を目指していきたいと考えています。男性だからこうすべき、女性だからこうすべき、という風潮は、皆に優しいとは言い難いです。そういった国の『常識』も変えていけるように頑張りたいです」

 キリエの言葉を聞いた女騎士二人は驚いたように目を瞬かせていたが、すぐにそれぞれが柔らかい笑みを浮かべる。

「なるほど。流石は、堅物な夜霧の騎士の心を溶かしたと噂されるだけの御方ですね。キリエ様はあたたかく、柔軟な御方だ」
「御傍でお仕えしているリアムが羨ましいわぁ」

 引き合いに出されたことは気に入らないのだろうが、キリエが褒められたことは嬉しいリアムは、なんとも複雑な表情をしていた。そんな同期騎士を見て楽しげに笑うリリーは、キリエへ視線を向けてくる。青い水晶のような瞳は、どこか悪戯めいていた。

「ところで、キリエ様。ローザはとても格好いいでしょう? 貴族令嬢からとても人気があって、親衛隊もいくつか結成されているのです。そして、熱心な親衛隊員は、自分に娘が生まれたら『ローザ』という名をつける、という風潮が七、八年ほど前からあるのですよぉ」
「リリー、私の話などキリエ様の御耳汚しになるだけだ。……まぁ、それこそ、やめてほしい風潮というやつです。名前というものは、この世に生まれ出て最初に与えられる贈り物ですから。大切に考えられるべきです」

 呆れたような溜息まじりのローザの発言だったが、キリエの心の深い部分へ降りてくる言葉だった。
 ──名前は、贈り物。命が受け取る、初めての贈り物。

「キリエ様……?」

 リアムが慌てたように名を呼び、ローザとリリーも息を呑んでいる。彼らを驚かせていると分かっていても、キリエの銀眼が湛えた涙は一筋だけ頬を伝っていった。

 ──キリエは、両親を知らない。いや、誰が親であるかは判明したが、会ったことも話したこともない。母親に関して云えば産まれたときに少しだけ腕に抱かれていたのだろうが、父親とは一度も顔を合わせていない。
 しかし、キリエという名は両親が考えてくれたものだという。もしも子どもを授かったらこう名付けようと二人で決めていたという名前、……彼らが考えた贈り物は彼らの子へ与えられ、今に至るのだ。
 今まで、両親の存在があまりにもぼんやりとしていたため、彼らがもうこの世にはいない寂寥をあまり感じていなかったのだが、キリエという名が両親から贈られたものだと自覚した瞬間、胸を寂しさと切なさが満たしてしまった。

「あの……、ご、ごめんなさい、僕……」

 自分でも上手く説明できそうにない感情で胸を震わせるキリエの目元を、傍に跪いたリアムの大きな手が覆ってきた。
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