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第3章
【3-82】王家の意思
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◇
ジェイデンとマクシミリアンがキリエたちの元に戻ってきたのは、一時間半ほどが経過した頃だった。
流石に気疲れが滲み出ている表情のジェイデンは、寝台横の椅子に腰掛け、リアムとマクシミリアンも着席するように手で促す。騎士たちが腰を下ろすと、ジェイデンは溜息をひとつ零してから、口を開いた。
「なかなかゆっくり休ませてあげられなくて、すまない」
「いいえ、僕は十分に休ませていただいています。むしろ、ジェイデンの負担が心配です。大変なときに身動きが出来なくて、役に立てず、申し訳ないばかりで……」
「そんなことはないのだよ。僕は、キリエが味方でいてくれることを本当に心強いと思っている。……そして、今回もまた、君の力を借りたい」
「はい。こんな僕でも力になれることがあるのなら、何でも言ってください」
ジェイデンは頷き、真摯な金眼でキリエの顔を覗き込んでくる。
「……まず、君にひとつ尋ねたい。このウィスタリア王国は神から授かったものではない、という事実が明らかになった。今後、この国の教会や信仰はどうしたらよいと思う?」
調査兵からの報告に関連した問い掛けがくるのではと思っていたキリエは、予想外の質問を受けて驚いたものの、少し考えてから正直な考えを口にした。
「そうですね……、これまでは、この国を与えてくださった唯一神への信仰を国民の義務としていましたが、この国が神からの贈り物ではなかった以上、国民に信仰を強いることは出来ないでしょう。……ですが、だからといって神様がいないというわけではないと思うのです。なので、希望する神父様や信仰者がいる限り、教会は存続していくべきではないかと……思います」
「なるほど」
ジェイデンは頷き、安堵したように短く息を吐き出す。
「うん、僕もおおむね同意見だ。神の存在を信じることで救われる者も少なくはないだろうからな」
「はい。……それに、教会が無くなるのは困るのです。僕がそうだったように、教会で保護されている孤児が沢山います。どんなに辛いことがあっても、神へ祈りを捧げていればいずれは救われると信じている人たちも沢山います。出産も、結婚も、……お葬式も、現時点では全て教会を通じて行われている大切な人生儀礼です」
「そうだな。君の言う通りだ。そして、実際に教会で育ったキリエだからこそ、その発言に重みが出る。……だから、君にお願いしたい。国民へ向けて千年前の事実を公表する際、キリエにも立ち会ってもらって、神や教会に対しての見解を述べてもらえないだろうか? これは、君を通して国民へ呼び掛けるからこそ、余計な混乱が起きないよう働きかけることが出来るようになる、王家の意思となるのだよ」
「王家の……、意思……」
主君たちの会話を、騎士たちは黙って聞いている。キリエはちらりとリアムを見たが、彼の目は「お前の望むようにするといい」と語っていた。
元々、リアムはキリエの意志を尊重したいと言っている。キリエの身に危険が迫ると考えられる場面ではない限り、キリエの決定に口を出したりはしないだろう。
キリエは暫し考え込み、己の意見を脳内でまとめたうえで、ジェイデンへ答えを返した。
「僕は、君の力になりたいと思っています。ジェイデンが必要だと感じているのであれば、国民への呼び掛けにも喜んで協力します。千年前の真実を知れば、神の存在や教会の存続について不安をおぼえる人々も多いでしょうから、彼らの心情に寄り添うためにも、是非そうしたいです。……ですが、その前に。『王家の意思』と語るからには、他の王族の意見も聞いておきたいです」
「……それは、そうかもしれないが。まぁ、ジャスミンとは、きちんと話をしておくべきだと思うのだよ。だが、それ以外にはもう、王族として機能している者はいない」
マデリンとライアンが罪人となった以上、もはや彼らに王族としての発言力は無い。その母親たちも、王都から退きそれぞれ国境近くの田舎で隠居状態らしく、国政へ口出ししてくるはずがない。ジャスミンの母はアルス市国へ帰還して以降はウィスタリア王国については何も首を突っ込まなくなっているので、逆に、今になって意見を述べられても国民の反感を買うだけだろう。
そういった事情は、リアムやジョセフと共に国政の学習をした際に聞いたため、キリエも分かっている。だが、片田舎の孤児として、貧しい一般国民として過ごしてきた年月が長いキリエだからこそ把握している感覚というものもあるのだ。
「一般国民の元へ、千年前の真実、そして魔族との争いが勃発する可能性の報せが届いたとき、彼らが何を思うか分かりますか? 初代国王はもういないのですから、一般国民が抱える怒りや不安は現在の王家へ向けられます。千年前のことを責めても仕方がないと頭では理解しながらも、王家が責任を取ることを望むでしょうし、現在の王家がきちんと国民を守ろうとしているのかを気にするはずです」
今後、魔族との戦争という大舞台が目前に迫る中、国内の混乱を抑えられるかどうかは王族の姿勢次第だろう。ジェイデンもそれは分かっており、だからこそ聖なる銀月として国民から慕われていて尚且つ半妖精人の特性を持つキリエへ表舞台へ立ってもらおうとしたのだろうが、それでは足りないのだ。
「僕だけでは、足りません。ジャスミンにも現時点で得ている情報をきちんと話し、彼女の意見も聞き、共に立ち上がってもらうべきです。可能であれば、ライアンにも」
「正気か? ライアンは僕たちを殺そうとした罪人なんだぞ」
「ですが、処分は保留になったままでしょう。王族から除名になったわけでもありません。……でしたら、一般国民の目から見ればライアンもまだ王族の一員です。罪を犯していたとしても、王族には変わりないのです」
ずっと王都で暮らしているような王族貴族には想像できないかもしれないが、田舎の国民にとっては王家などあまりにも遠すぎて現実味の無い存在である。ライアンが犯した罪についても「大変な出来事があったんだな」とは考えるものの、それ以上の感想は無い。そんなことよりも、日々の食糧確保のほうが大事なことだからだ。
マデリンのように幽閉されたと大々的に喧伝されていれば話は別だが、特にそういった情報が出回ってない以上、罪人とはいえ王族は王族と捉われる。
「千年前の責任を取るため、民を守るため、王族がどこまで結束して立ち向かうのか。それがいかに国民に伝わり、理解を得られるのか。……この国の皆が心を鎮めて真実を受け入れるために、『王家の意思』をきっちりとひとつに纏めるのは大切なことだと思うのです」
ジェイデンとマクシミリアンがキリエたちの元に戻ってきたのは、一時間半ほどが経過した頃だった。
流石に気疲れが滲み出ている表情のジェイデンは、寝台横の椅子に腰掛け、リアムとマクシミリアンも着席するように手で促す。騎士たちが腰を下ろすと、ジェイデンは溜息をひとつ零してから、口を開いた。
「なかなかゆっくり休ませてあげられなくて、すまない」
「いいえ、僕は十分に休ませていただいています。むしろ、ジェイデンの負担が心配です。大変なときに身動きが出来なくて、役に立てず、申し訳ないばかりで……」
「そんなことはないのだよ。僕は、キリエが味方でいてくれることを本当に心強いと思っている。……そして、今回もまた、君の力を借りたい」
「はい。こんな僕でも力になれることがあるのなら、何でも言ってください」
ジェイデンは頷き、真摯な金眼でキリエの顔を覗き込んでくる。
「……まず、君にひとつ尋ねたい。このウィスタリア王国は神から授かったものではない、という事実が明らかになった。今後、この国の教会や信仰はどうしたらよいと思う?」
調査兵からの報告に関連した問い掛けがくるのではと思っていたキリエは、予想外の質問を受けて驚いたものの、少し考えてから正直な考えを口にした。
「そうですね……、これまでは、この国を与えてくださった唯一神への信仰を国民の義務としていましたが、この国が神からの贈り物ではなかった以上、国民に信仰を強いることは出来ないでしょう。……ですが、だからといって神様がいないというわけではないと思うのです。なので、希望する神父様や信仰者がいる限り、教会は存続していくべきではないかと……思います」
「なるほど」
ジェイデンは頷き、安堵したように短く息を吐き出す。
「うん、僕もおおむね同意見だ。神の存在を信じることで救われる者も少なくはないだろうからな」
「はい。……それに、教会が無くなるのは困るのです。僕がそうだったように、教会で保護されている孤児が沢山います。どんなに辛いことがあっても、神へ祈りを捧げていればいずれは救われると信じている人たちも沢山います。出産も、結婚も、……お葬式も、現時点では全て教会を通じて行われている大切な人生儀礼です」
「そうだな。君の言う通りだ。そして、実際に教会で育ったキリエだからこそ、その発言に重みが出る。……だから、君にお願いしたい。国民へ向けて千年前の事実を公表する際、キリエにも立ち会ってもらって、神や教会に対しての見解を述べてもらえないだろうか? これは、君を通して国民へ呼び掛けるからこそ、余計な混乱が起きないよう働きかけることが出来るようになる、王家の意思となるのだよ」
「王家の……、意思……」
主君たちの会話を、騎士たちは黙って聞いている。キリエはちらりとリアムを見たが、彼の目は「お前の望むようにするといい」と語っていた。
元々、リアムはキリエの意志を尊重したいと言っている。キリエの身に危険が迫ると考えられる場面ではない限り、キリエの決定に口を出したりはしないだろう。
キリエは暫し考え込み、己の意見を脳内でまとめたうえで、ジェイデンへ答えを返した。
「僕は、君の力になりたいと思っています。ジェイデンが必要だと感じているのであれば、国民への呼び掛けにも喜んで協力します。千年前の真実を知れば、神の存在や教会の存続について不安をおぼえる人々も多いでしょうから、彼らの心情に寄り添うためにも、是非そうしたいです。……ですが、その前に。『王家の意思』と語るからには、他の王族の意見も聞いておきたいです」
「……それは、そうかもしれないが。まぁ、ジャスミンとは、きちんと話をしておくべきだと思うのだよ。だが、それ以外にはもう、王族として機能している者はいない」
マデリンとライアンが罪人となった以上、もはや彼らに王族としての発言力は無い。その母親たちも、王都から退きそれぞれ国境近くの田舎で隠居状態らしく、国政へ口出ししてくるはずがない。ジャスミンの母はアルス市国へ帰還して以降はウィスタリア王国については何も首を突っ込まなくなっているので、逆に、今になって意見を述べられても国民の反感を買うだけだろう。
そういった事情は、リアムやジョセフと共に国政の学習をした際に聞いたため、キリエも分かっている。だが、片田舎の孤児として、貧しい一般国民として過ごしてきた年月が長いキリエだからこそ把握している感覚というものもあるのだ。
「一般国民の元へ、千年前の真実、そして魔族との争いが勃発する可能性の報せが届いたとき、彼らが何を思うか分かりますか? 初代国王はもういないのですから、一般国民が抱える怒りや不安は現在の王家へ向けられます。千年前のことを責めても仕方がないと頭では理解しながらも、王家が責任を取ることを望むでしょうし、現在の王家がきちんと国民を守ろうとしているのかを気にするはずです」
今後、魔族との戦争という大舞台が目前に迫る中、国内の混乱を抑えられるかどうかは王族の姿勢次第だろう。ジェイデンもそれは分かっており、だからこそ聖なる銀月として国民から慕われていて尚且つ半妖精人の特性を持つキリエへ表舞台へ立ってもらおうとしたのだろうが、それでは足りないのだ。
「僕だけでは、足りません。ジャスミンにも現時点で得ている情報をきちんと話し、彼女の意見も聞き、共に立ち上がってもらうべきです。可能であれば、ライアンにも」
「正気か? ライアンは僕たちを殺そうとした罪人なんだぞ」
「ですが、処分は保留になったままでしょう。王族から除名になったわけでもありません。……でしたら、一般国民の目から見ればライアンもまだ王族の一員です。罪を犯していたとしても、王族には変わりないのです」
ずっと王都で暮らしているような王族貴族には想像できないかもしれないが、田舎の国民にとっては王家などあまりにも遠すぎて現実味の無い存在である。ライアンが犯した罪についても「大変な出来事があったんだな」とは考えるものの、それ以上の感想は無い。そんなことよりも、日々の食糧確保のほうが大事なことだからだ。
マデリンのように幽閉されたと大々的に喧伝されていれば話は別だが、特にそういった情報が出回ってない以上、罪人とはいえ王族は王族と捉われる。
「千年前の責任を取るため、民を守るため、王族がどこまで結束して立ち向かうのか。それがいかに国民に伝わり、理解を得られるのか。……この国の皆が心を鎮めて真実を受け入れるために、『王家の意思』をきっちりとひとつに纏めるのは大切なことだと思うのです」
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