上 下
202 / 335
第3章

【3-49】重要性と優先度

しおりを挟む
 ◇


 子どもたちとの挨拶をひとしきり楽しんだキリエは、古ぼけた礼拝堂で簡単な祈りを捧げた後にデニス神父へ寄付金を渡し、早々にマルティヌス教会を発った。ルースの街へ立ち寄ることもなく、まっすぐに王都を目指す。ルースの領主へは旅立ちの挨拶をしない不義理を詫びた手紙を書き、デニスへ預けておいた。

「エドに負担を強いすぎているでしょうか」

 馬車に揺られつつ簡単な夕食をとりながら、キリエは心配そうに呟く。その隣で同じようにパンを食べていたリアムは、静かに首を振った。

「いや、大丈夫だろう。俺たちが森へ行っている間、教会で十分に休ませてもらっていたようだからな」
「休んだといっても、子どもたちと遊んでくれていたとのことなので、疲れたのではないかと……」
「エドは素直だから、疲れたら顔に出る。王都ではなかなか小さな子どもと交流する機会も無いし、あいつとしても楽しかったんじゃないか。上機嫌に笑っていたくらいだしな」
「それならいいのですが……。でも、急ぎの旅とはいえ、エドにもきちんと休憩してもらいながらにしましょう」
「ああ、そうだな」

 そこで会話は途切れ、二人は黙々と食事をする。パンをひとつ食べ終えたキリエは、与えられていたが手つかずになっているもうひとつのパンを、リアムの膝へそっと置いた。自身のナフキンの上に載せられたそれを見て、騎士は目を眇める。それは説教が始まる前の表情だと分かっているキリエは、その横顔を見上げながら、先手を打って謝罪した。

「ごめんなさい。もう食べられません。明日の朝ごはん用にしてください」
「……朝食用はきちんと用意してある。それとも、明朝はパンを三個食べる、と?」
「すみません、そんなに食べられないです……」

 リアムは深い溜息をつき、食事の手を止め、気落ちしているキリエの頭をぽんぽんと撫でる。気にしなくていい、という言葉の代わりの仕草だ。リアムはキリエの食育に熱心ではあるが、基本的には主君に甘い騎士である。

「まぁ、馬車で移動しながらという環境も、食事には良くない。仕方ないだろう。……体調は大丈夫か?」
「はい。ちょっと色々と考えてしまっているだけなので。僕は大丈夫ですから、リアムはしっかりとごはんを食べてください」
「どの口が言うんだか……。まぁ、御言葉に甘えて、さっさと済ませてしまおう」

 その言葉通り、リアムは黙々と、そして淡々と食事をしてゆく。キリエが残した分のパンは、丁寧にナフキンで包んでいた。おそらく、後でエドワードへ与えるのだろう。若きフットマンは大食いというわけではないが、与えられればいくらでも食べられる青年なのだ。

 食事を終えたリアムは手を組んで簡易的な祈りを捧げ、キリエも同時に同じようにする。建国時の逸話が偽りであり、神がいない可能性が高いと分かっていても、長年染みついた習慣はそう簡単に失われないものだった。

「さて。──食事が終わってすぐだが、少し話をしておきたい。気持ちの整理をしたほうが、お前も眠りやすいだろうからな」
「はい」

 食事を終えるやいなや真面目に話し始めたリアムへ、キリエも頷く。それに頷き返したリアムは、静かに問いかけてきた。

「キリエは、ジェイデン様へどこまで打ち明けるつもりだ?」

 何を、と訊き返さずとも、十分に分かる。プシュケやソスピタから聞いた話を、どこまでジェイデンへ伝えるつもりであるのか、擦り合わせをしておきたいということだ。
 キリエが話してもいいと思える範囲内のことだけ打ち明ければいいとリアムは考えているはずであり、キリエが伏せたいと願った部分に関しては彼は墓場どころか天国まででも秘密として持って行くだろう。

「……いずれは全て話したいとは思うのですが、まずは建国時の真実と、魔族との争いが勃発する可能性があることに重点を置きたいと考えています」
「緊急性のある情報から順に開示していきたい、と?」
「はい。……君もそうですが、ジェイデンもまた、僕に対して甘いというか……、心を砕きすぎる傾向にあります。それはとてもありがたいことですし、感謝してもいるのですが、懸念事項を同時にいくつも抱えるのはあまりよくないことだと思うのです」

 おそらく、ジェイデンに全てを一度に打ち明けてしまうと、彼はキリエの妖精人エルフとしての体質についての研究も、魔族との戦いが起きる危険性に関しても、同時に進めようとするだろう。彼が優秀な人物であるのは間違いないが、それでも、集中力を分散させるのは芳しくない。プシュケやソスピタの態度を考えてみれば、魔族との問題はそのくらい大きいものだと思われる。

「なるほどな。確かに、そうだろう。俺も異存はない。キリエが語らなかった部分に関しては、俺も黙しておこう」
「ありがとうございます。……すみません、君には負担ばかりかけてしまっていますね」
「謝らなくていい。お前の全てに付き従っているのは、俺が望んでいることだ。負担とも感じていない」
「……ありがとうございます」

 もどかしげな微笑を浮かべるキリエの髪を撫でてから、リアムは主君の身体を包むように毛布を掛けた。

「まだ眠れないかもしれないが、少し目を閉じて気を楽にしているといい。今日は、いろいろなことがあって、自分で思っている以上に疲れているはずだ」
「……君も、疲れているでしょう」
「俺もきちんと休む。心配するな」
「はい。……おやすみなさい」
「おやすみ。良い夢を」

 素直に瞼を下ろしたキリエを微笑ましそうに眺めて頭を撫でてから、リアムは窓の外へ鋭い視線を走らせる。
 ルーナたち隠密部隊はきちんと随行してきているし、危険な気配があるわけでもない。──だが、妙な胸騒ぎがする。嫌な予感をおぼえつつ、リアムは暗闇をじっと見据えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

カティア
ファンタジー
 疲れ切った現実から逃れるため、VRMMORPG「アナザーワールド・オンライン」に没頭する俺。自由度の高いこのゲームで憧れの料理人を選んだものの、気づけばゲーム内でも完全に負け組。戦闘職ではないこの料理人は、ゲームの中で目立つこともなく、ただ地味に日々を過ごしていた。  そんなある日、フレンドの誘いで参加したレベル上げ中に、運悪く出現したネームドモンスター「猛き猪」に遭遇。通常、戦うには3パーティ18人が必要な強敵で、俺たちのパーティはわずか6人。絶望的な状況で、肝心のアタッカーたちは早々に強制ログアウトし、残されたのは熊型獣人のタンク役クマサンとヒーラーのミコトさん、そして料理人の俺だけ。  逃げるよう促されるも、フレンドを見捨てられず、死を覚悟で猛き猪に包丁を振るうことに。すると、驚くべきことに料理スキルが猛き猪に通用し、しかも与えるダメージは並のアタッカーを遥かに超えていた。これを機に、負け組だった俺の新たな冒険が始まる。  猛き猪との戦いを経て、俺はクマサンとミコトさんと共にギルドを結成。さらに、ある出来事をきっかけにクマサンの正体を知り、その秘密に触れる。そして、クマサンとミコトさんと共にVチューバー活動を始めることになり、ゲーム内外で奇跡の連続が繰り広げられる。  リアルでは無職、ゲームでは負け組職業だった俺が、リアルでもゲームでも自らの力で奇跡を起こす――そんな物語がここに始まる。

Heroic〜龍の力を宿す者〜

Ruto
ファンタジー
少年は絶望と言う名の闇の中で希望と言う名の光を見た 光に魅せられた少年は手を伸ばす 大切な人を守るため、己が信念を貫くため、彼は力を手に入れる 友と競い、敵と戦い、遠い目標を目指し歩く 果たしてその進む道は 王道か、覇道か、修羅道か その身に宿した龍の力と圧倒的な才は、彼に何を成させるのか ここに綴られるは、とある英雄の軌跡 <旧タイトル:冒険者に助けられた少年は、やがて英雄になる> <この作品は「小説家になろう」にも掲載しています>

スキル【海】ってなんですか?

陰陽@2作品コミカライズと書籍化準備中
ファンタジー
スキル【海】ってなんですか?〜使えないユニークスキルを貰った筈が、海どころか他人のアイテムボックスにまでつながってたので、商人として成り上がるつもりが、勇者と聖女の鍵を握るスキルとして追われています〜 ※書籍化準備中。 ※情報の海が解禁してからがある意味本番です。  我が家は代々優秀な魔法使いを排出していた侯爵家。僕はそこの長男で、期待されて挑んだ鑑定。  だけど僕が貰ったスキルは、謎のユニークスキル──〈海〉だった。  期待ハズレとして、婚約も破棄され、弟が家を継ぐことになった。  家を継げる子ども以外は平民として放逐という、貴族の取り決めにより、僕は父さまの弟である、元冒険者の叔父さんの家で、平民として暮らすことになった。  ……まあ、そもそも貴族なんて向いてないと思っていたし、僕が好きだったのは、幼なじみで我が家のメイドの娘のミーニャだったから、むしろ有り難いかも。  それに〈海〉があれば、食べるのには困らないよね!僕のところは近くに海がない国だから、魚を売って暮らすのもいいな。  スキルで手に入れたものは、ちゃんと説明もしてくれるから、なんの魚だとか毒があるとか、そういうことも分かるしね!  だけどこのスキル、単純に海につながってたわけじゃなかった。  生命の海は思った通りの効果だったけど。  ──時空の海、って、なんだろう?  階段を降りると、光る扉と灰色の扉。  灰色の扉を開いたら、そこは最近亡くなったばかりの、僕のお祖父さまのアイテムボックスの中だった。  アイテムボックスは持ち主が死ぬと、中に入れたものが取り出せなくなると聞いていたけれど……。ここにつながってたなんて!?  灰色の扉はすべて死んだ人のアイテムボックスにつながっている。階段を降りれば降りるほど、大昔に死んだ人のアイテムボックスにつながる扉に通じる。  そうだ!この力を使って、僕は古物商を始めよう!だけど、えっと……、伝説の武器だとか、ドラゴンの素材って……。  おまけに精霊の宿るアイテムって……。  なんでこんなものまで入ってるの!?  失われし伝説の武器を手にした者が次世代の勇者って……。ムリムリムリ!  そっとしておこう……。  仲間と協力しながら、商人として成り上がってみせる!  そう思っていたんだけど……。  どうやら僕のスキルが、勇者と聖女が現れる鍵を握っているらしくて?  そんな時、スキルが新たに進化する。  ──情報の海って、なんなの!?  元婚約者も追いかけてきて、いったい僕、どうなっちゃうの?

ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~ 

ファンタジー
「詰んだ…」遠い眼をして呟いた4歳の夏、カイザーはここが乙女ゲーム『亡国のレガリアと王国の秘宝』の世界だと思い出す。ゲームの俺様攻略対象者と我儘悪役令嬢の兄として転生した『無能』なモブが、ブラコン&シスコンへと華麗なるジョブチェンジを遂げモブの壁を愛と努力でぶち破る!これは優雅な白鳥ならぬ黒鳥の皮を被った彼が、無自覚に周りを誑しこんだりしながら奮闘しつつ総愛され(慕われ)する物語。生まれ持った美貌と頭脳・身体能力に努力を重ね、財力・身分と全てを活かし悪役令嬢ルート阻止に励むカイザーだがある日謎の能力が覚醒して…?!更にはそのミステリアス超絶美形っぷりから隠しキャラ扱いされたり、様々な勘違いにも拍車がかかり…。鉄壁の微笑みの裏で心の中の独り言と突っ込みが炸裂する彼の日常。(一話は短め設定です)

工芸職人《クラフトマン》はセカンドライフを謳歌する

鈴木竜一
ファンタジー
旧題:工芸職人《クラフトマン》はセカンドライフを謳歌する~ブラック商会をクビになったので独立したら、なぜか超一流の常連さんたちが集まってきました~ 【お知らせ】 このたび、本作の書籍化が正式に決定いたしました。 発売は今月(6月)下旬! 詳細は近況ボードにて!  超絶ブラックな労働環境のバーネット商会に所属する工芸職人《クラフトマン》のウィルムは、過労死寸前のところで日本の社畜リーマンだった前世の記憶がよみがえる。その直後、ウィルムは商会の代表からクビを宣告され、石や木片という簡単な素材から付与効果付きの武器やアイテムを生みだせる彼のクラフトスキルを頼りにしてくれる常連の顧客(各分野における超一流たち)のすべてをバカ息子であるラストンに引き継がせると言いだした。どうせ逆らったところで無駄だと悟ったウィルムは、退職金代わりに隠し持っていた激レアアイテムを持ちだし、常連客たちへ退職報告と引き継ぎの挨拶を済ませてから、自由気ままに生きようと隣国であるメルキス王国へと旅立つ。  ウィルムはこれまでのコネクションを駆使し、田舎にある森の中で工房を開くと、そこで畑を耕したり、家畜を飼育したり、川で釣りをしたり、時には町へ行ってクラフトスキルを使って作ったアイテムを売ったりして静かに暮らそうと計画していたのだ。  一方、ウィルムの常連客たちは突然の退職が代表の私情で行われたことと、その後の不誠実な対応、さらには後任であるラストンの無能さに激怒。大貴族、Sランク冒険者パーティーのリーダー、秘境に暮らす希少獣人族集落の長、世界的に有名な鍛冶職人――などなど、有力な顧客はすべて商会との契約を打ち切り、ウィルムをサポートするため次々と森にある彼の工房へと集結する。やがて、そこには多くの人々が移住し、最強クラスの有名人たちが集う村が完成していったのだった。

異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!

明衣令央
ファンタジー
 糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。  一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。  だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。  そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。  この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。 2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。

追放された最強令嬢は、新たな人生を自由に生きる

灯乃
ファンタジー
旧題:魔眼の守護者 ~用なし令嬢は踊らない~ 幼い頃から、スウィングラー辺境伯家の後継者として厳しい教育を受けてきたアレクシア。だがある日、両親の離縁と再婚により、後継者の地位を腹違いの兄に奪われる。彼女は、たったひとりの従者とともに、追い出されるように家を出た。 「……っ、自由だーーーーーーっっ!!」 「そうですね、アレクシアさま。とりあえずあなたは、世間の一般常識を身につけるところからはじめましょうか」 最高の淑女教育と最強の兵士教育を施されたアレクシアと、そんな彼女の従者兼護衛として育てられたウィルフレッド。ふたりにとって、『学校』というのは思いもよらない刺激に満ちた場所のようで……?

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

処理中です...