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第3章

【3-40】精霊の加護

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 ソスピタが運んできた茶や菓子は全て木製の器に入れられており、どれもこれも初めての味ばかりだった。妖精人エルフたちはこの森から出ずに生活していることから、食料や飲料ばかりか、衣服や雑貨に至るまで、森で採れるものだけを材料にして、工夫しながらどうにかしているらしい。
 茶も菓子も自然の風味がして、美味しかった。瞳を輝かせて味わう孫の姿を見て、ソスピタは幸せそうに目を細める。

「さて。何から話すべきか。そなたも妖精人の血を半分受け継いでいるのだから、妖精人について詳しく知っておくべきだろう。それに、母親のことも気になっているであろうしな」
「はい。色々と伺いたいです。勿論、おじいさまがおはなしできる範囲内だけで構いませんので」
「心配せずとも、私は私が語れることしか語らぬ。……そう緊張せず、菓子を食べながら気楽に聞きなさい」
「はい、ありがとうございます」

 リアムといいジェイデンといい、サリバン邸の皆といい、キリエを餌付けしたがる者はそれなりにいるが、プシュケもまたその一人なのだろうか。勧められた通り、キリエが木の実と木苺の焼菓子へ手を伸ばすと、祖父母は満足気に頷いた。

「うむ、……そうだな。まずは、妖精人がもつ性質を話すとするか。妖精人は、皆が何かしらの精霊の加護を受けている。どの精霊の加護を受けられるかは個人差があるし、複数の精霊の加護を受ける者もいれば、ひとつの精霊からしか加護を受けられない者もいる」
「あの、そもそも精霊とは……?」
「あのね、この世界にはたくさんの精霊がいるのよぉ。風や水、土や花、川や海、山や森、目には見えない色々な精霊がこの世界の様々なものを作ったり守ったりしてくれているのよねぇ。同じ種類の精霊はたくさんいてね、例えば──私もプシュケも風の精霊の加護を受けているのだけど、私に付いてくれている風の精霊より、プシュケに付いている風の精霊のほうが多いの。だから、プシュケのほうが風の精霊の加護が強いということになるのよぉ。分かるかしら?」

 キリエとリアムは、ほぼ同時に頷いた。プシュケもソスピタも、妖精人についての知識が殆ど無いに等しい二人に対して、丁寧に説明してくれようとしている。それが伝わってくるからこそ、キリエもリアムも真剣に耳を傾けた。

「キリエは、我々が思っていたよりも妖精人の血が濃いようだ。そなたも、何らかの精霊の加護を感じたことがあるのではないか?」
「僕が……? うーん……、加護かどうかは分かりませんが、たまに変な風や雷を起こしていたのですよね? そのとき、僕の意識は無いのですが。ね、リアム?」

 キリエがリアムへと話を振ると、妖精人たちも騎士をじっと見つめる。三対の銀色の視線を受けて若干たじろぎながらも、リアムは冷静に発言した。

「キリエにその自覚は無いようですが、彼は何度か不思議な力を発現していました。おそらくは、強い怒りを感じたのがきっかけになっていたのではないかと思われます。瞳が深紅になって……、彼自身や味方を守るような風の盾を出し、そして敵と認識した者を風で威嚇したり、細い雷を落としたりしていました」

 妖精人たちへ最低限の礼節を見せるべく敬語を使いながらも、キリエの従者としてではなく家族として話したリアムに対し、祖父母は労うような頷きを見せる。

「キリエはおそらく、風と雷の精霊の加護を受けているのだろうな。しかし、制御ができていない状態のようだ。瞳の色が変化して、己の意志とは無関係に精霊の力を引き出してしまうのは、本来は赤子だけだ」
「仕方がないわよ、キリエは受霊の儀を受けていないのだからぁ」
「受霊の儀を行う前でも、普通は赤子から幼児になる頃には暴走しないものであろう」
「んー……、そうねぇ。でも、キリエは半分は人間ですもの。その影響かしらねぇ」
「あの、おじいさま、おばあさま。その儀式……? をすれば、あのよく分からない力を、僕も制御できるようになるのですか?」

 遠慮がちながらも、自身の訊きたいことを素直に尋ねてきた孫に対し、プシュケとソスピタは顔を見合わせてから、少々歯切れの悪い言葉を返してきた。

「そなたも受霊の儀を経たのであれば、おそらくは、自分の意志で精霊の力を使えるようになるであろうな」
「そうねぇ……、ただねぇ、けっこう負担が大きいのよぉ。キリエは人間たちと暮らすんでしょ? だったら、精霊の力を無理に使うこともないし、わざわざ辛い思いをして受霊の儀をしなくてもいいんじゃないかしらぁ」

 ソスピタに他意は無く、ただただ孫に辛い経験をさせたくないという想いからの発言なのだろう。しかし、キリエは小さく首を振った。

「でも……、僕は自分の力をきちんと使えるようになりたいのです。自分の意志で、間違った使い方をしないように、きちんと制御したい」

 ジェイデンと共にライアンに拉致されてしまったあのとき、キリエにはっきりとした記憶は無いが、おそらく精霊の力を発動していたのだろうと考えている。そして、リアムは決して何も言おうとはしないが、彼が負った傷のいくつかは、その力が暴走してしまった故のものであろうと予想している。──もう二度と、そんなことはしたくない。

「怒りで我を忘れて、立ち向かうべき相手と守るべき相手を間違えてしまうのは、嫌なんです」

 キリエの円い銀眼には、強い意志が宿っていた。
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