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第2章

【2-132】夜風が運ぶ静寂

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「ジェイデン様!」

 馬を止めるやいなや、マクシミリアンはジェイデンの元へと駆け寄って来る。リアムは親友へ場所を譲って立ち上がった。

「太腿を刺されたようだが、他に外傷は無い。意識が朦朧とされているが、止血をして安静にしていただければ大丈夫だろう」
「分かった」
「包帯などを持参しております。すぐに、止血いたします」

 リアムの説明を受けて小さな溜息を落としたマクシミリアンの横で、ブルーノが治療を申し出る。倒れているライアンを一瞥して苦しそうな表情を浮かべたものの、ブルーノはジェイデンの傍に屈みこんで手際よく傷の処置をし始めた。

「ありがとう、リアム。君がいち早く駆けつけてくれたから……」
「礼なら、キリエ様に伝えてさしあげてくれ。詳しくは後で話すが、ジェイデン様を庇おうとされていたのか、例の『特性』で随分と奮闘されていらっしゃったらしい。──この通り、俺もキリエ様に威嚇されてしまったほどだ。よっぽど、気を張り詰めて臨まれていたんだろうな」

 リアムが頬や手の傷を見せると、マクシミリアンは瞠目し、次に心配そうな面持ちになる。

「──キリエ様は、大丈夫なのかい?」
「ああ。今は眠るように意識を失っているし、負傷もされているが、ちゃんと御無事だ。……良かった」

 キリエの傍へ戻ろうとリアムが方向転換をした瞬間、アーサーが鋭く嘶いた。ハッとしたリアムが剣を抜きながら振り返ると、意識が戻ったらしいライアンが怪しげな赤い石を握った腕を上げている。起き上がるだけの力が彼には無いようだが、凄まじい憎悪を浮かべた顔をわずかに上げて一同を睨んでいた。

「滅べ……滅んでしまえ……!」

 ライアンが吐き出した呪詛に応じるが如く、謎の鉱石が禍々しい光を強めていく。リアムが地を蹴ると同時に、マクシミリアンの双剣の片方が投げられ、石を握るライアンの手を掠めた。

「ぐぁッ──!」

 衝撃と痛みで握力が弱まったライアンは、赤い石を落としてしまう。彼がそちらへ手を伸ばそうとしたとき、その首元へリアムの剣が宛がわれた。夜霧の騎士の背後には、冷ややかな眼差しの暁の騎士が立っている。どちらの騎士も、主君を傷めつけられた怒りを滾らせていた。

「ライアン様、御覚悟はよろしいですか?」
「よくも、我々の主を傷つけてくださいましたね。断じて赦せません。万が一、神様がお認めになられたとしても、私は貴方を赦せない……!」
「……」

 二人の騎士から憤りを向けられても、ライアンが恐怖を見せることはなかった。全てを諦めたように嘆息し、静かに瞼を下ろす。そんな元主君のことを、ブルーノはジェイデンの手当てをしつつも切なげに見つめていた。

「……待て、……待つ、のだよ」

 マクシミリアンが双剣のもう片方を構えてライアンへと向けると、ジェイデンが弱々しくも意志が籠った声を発する。マクシミリアンは、すぐに主へと駆け寄った。

「ジェイデン様……!」
「ライアンを、殺すな……」
「そんな……何故……!」
「訊きたいことが、山ほど、ある。……今、そいつを殺したら、……駄目、なのだよ」

 マクシミリアンは悔しげに唇を噛んでいたが、ジェイデンの横に膝をつき、金色の頭を撫でながら頷く。

「──承知いたしました。全て、貴方の仰せのままに」

 マクシミリアンから縄を投げられ、リアムはそれを使ってライアンを縛り上げた。そこへブルーノが来て、おずおずと伺いを立ててくる。

「……あの、……ライアン様の止血をしても、よろしいでしょうか」

 リアムは快諾しようと思っていたのだが、ライアンの声が割って入り拒否してきた。

「必要無い。──殺せ、ブルーノ」
「な……っ、何を仰られるのですか!」
「私はもう生きていたくない」
「なりません!」
「……ははっ。昔からずっと忠実だったというのに、ここにきて私に逆らい続けるとはな」

 ブルーノが頑なに首を振ると、ライアンは小さな苦笑を浮かべる。そして、ライアンは口腔内を蠢かせるような動きを見せたが、其処へすぐにブルーノの指が突っ込まれた。

「死なせません! 私が信じてきた貴方は、もっと誇り高かったはずだ!」
「……っ」
「貴方にはまだ果たすべき責任がおありでしょう、ライアン様!」

 何かが吹っ切れたかのように強気の姿勢を見せたブルーノは、ライアンが舌を噛み切らないように口の中へハンカチを詰め込み、黙々と応急手当てを始める。
 ライアンはブルーノへ任せても大丈夫だろうと判断したリアムは、念のために怪しげな赤い石を拾い上げてから、キリエの元へ向かった。

 キリエは相変わらず気を失っているが、気絶というよりは眠りに近い状態になっている。王都への道中で瞳が紅くなった後に意識を無くしたときと、よく似ていた。
 リアムが腰を下ろし、細く軽い身体をそっと抱き起こすと、アーサーが傍へ寄って来る。黒馬はキリエをしげしげと眺め、柔らかな頬を舐めた。心配しているのかもしれない。
 ベタベタになったキリエの頬をシャツの袖で拭いながら、リアムはアーサーを見上げる。

「大丈夫だ。ちゃんと元気になる。元気になって、春になったら、またこの森へ散歩に来ような」

 アーサーは鼻を鳴らし、黒いたてがみが夜風にたなびいた。
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