124 / 335
第2章
【2-106】意味深な気まぐれ
しおりを挟む
◆◆◆
墓参りから四日が過ぎ、強制休養中であったエドワードもお勤めに復帰した本日──、ジェイデンが唐突にサリバン邸を訪れた。
朝早くにジェイデンからの使者が来て本日のキリエとリアムの外出予定の有無を確認していき、昼前に再び使者が訪れ「午後に訪問するからよろしく」という伝言を置いていき、お茶の時間に合わせてジェイデンとマクシミリアンが訪問してきたのだ。
上機嫌にやって来た金髪の王子は、玄関に入るなり、開口一番とんでもないことを言い出した。
「こんにちは。キリエ、僕と側近を交換しよう!」
「こんにち──えっ、……えぇっ!?」
キリエは突っ立ったまま目を白黒させ、その隣に立つリアムはさりげなくマクシミリアンを睨みつけたが、暁の騎士は柔らかい苦笑を浮かべるだけである。
「ど、どうしたのですか、ジェイデン。マックスと喧嘩でもしたのですか?」
「いやいや、まさか! マックスは相変わらずだし、僕も相変わらず適当にあしらっているし、いつも通り何も問題ないのだよ」
「それが問題ないかどうかは置いておくとして……、いつも通りの関係なら、何故そんなことを望むのですか?」
「いや、なに。大した理由は無い。ただ、リアムはとても優秀な騎士だろう? マックスのようにやかましくないし、たまには静かな男に隣にいてほしいと思っただけなのだよ」
「そ、そんな……、マックスだって優秀な騎士でしょう?」
キリエがちらりとマクシミリアンを見ると、彼はにっこりと笑って銀の王子の前に進み出て跪き、手を握ってきた。
「嗚呼、キリエ様! 愛らしい銀の小鳥は、今日も変わらず慈悲深く優しい御心をお持ちですね。その唇が紡いでくださった誉を何倍にも織り上げて、お返しとして貴方の耳に囁きかけることをお許しいただけますか?」
「えっ……、そ、それはちょっと、ご遠慮したいです」
助けを求めるようにリアムを見上げると、彼はマクシミリアンの手からキリエの手を解放してくれる。しかし、次には意外なことを言い始めた。
「キリエ様。ジェイデン様のご提案に乗られてみるのも、よろしいのではないでしょうか」
「えっ……!? リ、リアムは僕の側近が嫌になってしまったのですか?」
「まさか! とんでもございません。私の全ては貴方のものです、我が君。──ですが、今後、特に次期国王選抜が過ぎてからは他の王国騎士たちとお話をなさる機会も増えていくでしょう。私ではない騎士がお隣にいる場合も生じてくると思われます。今から少しずつ慣れていただく必要があるとは、私も以前から考えておりました」
「そうなのですか……?」
リアムがそのようなことを懸念していたとは、キリエは全く知らない。むしろ、リアムのほうが他者にキリエを託すことを嫌がっているような気がしていたほどだ。
「キリエ。僕だって悪魔じゃない。君からリアムを取り上げたりはしないのだよ。ただ、ちょっとの間だけ、違う側近騎士というものを体験してみたかっただけだ。小一時間くらいでもいい。駄目かな?」
「いえ……、そういうことでしたら、僕も構いませんが……」
戸惑いながらもキリエが了承したことで、互いに側近を交換して茶を飲み交わすことになった。キリエとマクシミリアンはキリエの私室へ、ジェイデンとリアムはリアムの私室へ、それぞれ向かう。食堂と応接室でもよかったのだが、隣り合っている部屋のほうがいいだろうということで、そのようになった。
◇
「私の部屋に足を運んでいただく形になってしまい、申し訳ございません」
ジェイデンに給仕をしながらリアムが謝罪すると、金の王子はにやりと笑い、気さくに手を振る。
「いや、譲歩してもらったのはこちらのほうだからな。キリエに何かがあった際にすぐに傍へ飛んで行ける距離ではないと君が安心できないのは、十分に理解できる。──むしろ、こちらこそすまなかった。意に沿わない発言をさせてしまったな」
「……と、仰いますと?」
「キリエが他の騎士にも懐くべきだ、という趣旨の発言をしていただろう? 彼の隣に立つ権利を他の騎士に譲るつもりなど、一切ないくせに」
「私は騎士です。上から命じられれば、キリエ様の御傍を離れなくてはならないこともございましょう」
「よく言う。君をキリエから引き離そうとする人間がいるとしたら、それはただの自殺志願者なのだよ。──ということは、今の僕も命知らずなのかな?」
「さぁ……、仰っている意味を分かりかねます」
リアムは澄ました顔で茶と菓子を並べつつ、隣室のキリエの気配を探る。多少は緊張しているようだが、身の危険を感じている様子もなく、ほどよくリラックスしているようだ。
相手は腹黒いマクシミリアンではあるが、彼自身がキリエを気に入っているのだから、意地の悪いことを言ったりやったりはしないはずである。何より、キリエが傷つけられたと知ればリアムは必ず報復をしてくると理解している彼が、馬鹿な真似をするとは思えない。
可能な限りキリエの傍を離れたくないリアムが、わざわざジェイデンの「気まぐれ」に賛同したのには理由がある。というよりも、ジェイデンの「気まぐれ」にも理由があるのだ。それを察したからこそ、リアムはジェイデンと二人きりになる流れを作った。
そして、リアムがジェイデンの意図を承知しているのを分かっているからこそ、この王子は先ほど「意に沿わないことをさせてすまなかった」と謝意を伝えてきたのである。
「──さて。本題に入ろうか。僕がなぜ君と二人きりになりたかったのか、リアムは理解しているんだろう?」
「キリエ様に悟られないように、私の耳にだけ入れたい情報がおありなのでしょう? それも、文書のように形に残る手段ではなく、直接お伝えいただく必要のあることだと思われます」
「ご名答。流石だな。……というわけで、君も座ってくれたまえ」
失礼いたします、と言って一礼してから、リアムはジェイデンの正面の椅子へ腰を下ろす。間にテーブルを挟んではいるが、私室用の小さなものであるので、声を張らずとも会話は十分に可能だ。
「まずは、これを見てもらいたい」
ジェイデンは懐に忍ばせていた紙を広げ、リアムに差し出してくる。
「これは、パトリア地方のとある領地──、そう、かつてサリバン伯爵のものだった領地で徴収している税台帳の写しだ」
受け取った紙面へ目を走らせたリアムは息を呑み、次第に表情を険しくしていった。
墓参りから四日が過ぎ、強制休養中であったエドワードもお勤めに復帰した本日──、ジェイデンが唐突にサリバン邸を訪れた。
朝早くにジェイデンからの使者が来て本日のキリエとリアムの外出予定の有無を確認していき、昼前に再び使者が訪れ「午後に訪問するからよろしく」という伝言を置いていき、お茶の時間に合わせてジェイデンとマクシミリアンが訪問してきたのだ。
上機嫌にやって来た金髪の王子は、玄関に入るなり、開口一番とんでもないことを言い出した。
「こんにちは。キリエ、僕と側近を交換しよう!」
「こんにち──えっ、……えぇっ!?」
キリエは突っ立ったまま目を白黒させ、その隣に立つリアムはさりげなくマクシミリアンを睨みつけたが、暁の騎士は柔らかい苦笑を浮かべるだけである。
「ど、どうしたのですか、ジェイデン。マックスと喧嘩でもしたのですか?」
「いやいや、まさか! マックスは相変わらずだし、僕も相変わらず適当にあしらっているし、いつも通り何も問題ないのだよ」
「それが問題ないかどうかは置いておくとして……、いつも通りの関係なら、何故そんなことを望むのですか?」
「いや、なに。大した理由は無い。ただ、リアムはとても優秀な騎士だろう? マックスのようにやかましくないし、たまには静かな男に隣にいてほしいと思っただけなのだよ」
「そ、そんな……、マックスだって優秀な騎士でしょう?」
キリエがちらりとマクシミリアンを見ると、彼はにっこりと笑って銀の王子の前に進み出て跪き、手を握ってきた。
「嗚呼、キリエ様! 愛らしい銀の小鳥は、今日も変わらず慈悲深く優しい御心をお持ちですね。その唇が紡いでくださった誉を何倍にも織り上げて、お返しとして貴方の耳に囁きかけることをお許しいただけますか?」
「えっ……、そ、それはちょっと、ご遠慮したいです」
助けを求めるようにリアムを見上げると、彼はマクシミリアンの手からキリエの手を解放してくれる。しかし、次には意外なことを言い始めた。
「キリエ様。ジェイデン様のご提案に乗られてみるのも、よろしいのではないでしょうか」
「えっ……!? リ、リアムは僕の側近が嫌になってしまったのですか?」
「まさか! とんでもございません。私の全ては貴方のものです、我が君。──ですが、今後、特に次期国王選抜が過ぎてからは他の王国騎士たちとお話をなさる機会も増えていくでしょう。私ではない騎士がお隣にいる場合も生じてくると思われます。今から少しずつ慣れていただく必要があるとは、私も以前から考えておりました」
「そうなのですか……?」
リアムがそのようなことを懸念していたとは、キリエは全く知らない。むしろ、リアムのほうが他者にキリエを託すことを嫌がっているような気がしていたほどだ。
「キリエ。僕だって悪魔じゃない。君からリアムを取り上げたりはしないのだよ。ただ、ちょっとの間だけ、違う側近騎士というものを体験してみたかっただけだ。小一時間くらいでもいい。駄目かな?」
「いえ……、そういうことでしたら、僕も構いませんが……」
戸惑いながらもキリエが了承したことで、互いに側近を交換して茶を飲み交わすことになった。キリエとマクシミリアンはキリエの私室へ、ジェイデンとリアムはリアムの私室へ、それぞれ向かう。食堂と応接室でもよかったのだが、隣り合っている部屋のほうがいいだろうということで、そのようになった。
◇
「私の部屋に足を運んでいただく形になってしまい、申し訳ございません」
ジェイデンに給仕をしながらリアムが謝罪すると、金の王子はにやりと笑い、気さくに手を振る。
「いや、譲歩してもらったのはこちらのほうだからな。キリエに何かがあった際にすぐに傍へ飛んで行ける距離ではないと君が安心できないのは、十分に理解できる。──むしろ、こちらこそすまなかった。意に沿わない発言をさせてしまったな」
「……と、仰いますと?」
「キリエが他の騎士にも懐くべきだ、という趣旨の発言をしていただろう? 彼の隣に立つ権利を他の騎士に譲るつもりなど、一切ないくせに」
「私は騎士です。上から命じられれば、キリエ様の御傍を離れなくてはならないこともございましょう」
「よく言う。君をキリエから引き離そうとする人間がいるとしたら、それはただの自殺志願者なのだよ。──ということは、今の僕も命知らずなのかな?」
「さぁ……、仰っている意味を分かりかねます」
リアムは澄ました顔で茶と菓子を並べつつ、隣室のキリエの気配を探る。多少は緊張しているようだが、身の危険を感じている様子もなく、ほどよくリラックスしているようだ。
相手は腹黒いマクシミリアンではあるが、彼自身がキリエを気に入っているのだから、意地の悪いことを言ったりやったりはしないはずである。何より、キリエが傷つけられたと知ればリアムは必ず報復をしてくると理解している彼が、馬鹿な真似をするとは思えない。
可能な限りキリエの傍を離れたくないリアムが、わざわざジェイデンの「気まぐれ」に賛同したのには理由がある。というよりも、ジェイデンの「気まぐれ」にも理由があるのだ。それを察したからこそ、リアムはジェイデンと二人きりになる流れを作った。
そして、リアムがジェイデンの意図を承知しているのを分かっているからこそ、この王子は先ほど「意に沿わないことをさせてすまなかった」と謝意を伝えてきたのである。
「──さて。本題に入ろうか。僕がなぜ君と二人きりになりたかったのか、リアムは理解しているんだろう?」
「キリエ様に悟られないように、私の耳にだけ入れたい情報がおありなのでしょう? それも、文書のように形に残る手段ではなく、直接お伝えいただく必要のあることだと思われます」
「ご名答。流石だな。……というわけで、君も座ってくれたまえ」
失礼いたします、と言って一礼してから、リアムはジェイデンの正面の椅子へ腰を下ろす。間にテーブルを挟んではいるが、私室用の小さなものであるので、声を張らずとも会話は十分に可能だ。
「まずは、これを見てもらいたい」
ジェイデンは懐に忍ばせていた紙を広げ、リアムに差し出してくる。
「これは、パトリア地方のとある領地──、そう、かつてサリバン伯爵のものだった領地で徴収している税台帳の写しだ」
受け取った紙面へ目を走らせたリアムは息を呑み、次第に表情を険しくしていった。
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです
yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~
旧タイトルに、もどしました。
日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。
まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。
劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。
日々の衣食住にも困る。
幸せ?生まれてこのかた一度もない。
ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・
目覚めると、真っ白な世界。
目の前には神々しい人。
地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・
短編→長編に変更しました。
R4.6.20 完結しました。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。
【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています
空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。
『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。
「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」
「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」
そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。
◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)
さようなら、家族の皆さま~不要だと捨てられた妻は、精霊王の愛し子でした~
みなと
ファンタジー
目が覚めた私は、ぼんやりする頭で考えた。
生まれた息子は乳母と義母、父親である夫には懐いている。私のことは、無関心。むしろ馬鹿にする対象でしかない。
夫は、私の実家の資産にしか興味は無い。
なら、私は何に興味を持てばいいのかしら。
きっと、私が生きているのが邪魔な人がいるんでしょうね。
お生憎様、死んでやるつもりなんてないの。
やっと、私は『私』をやり直せる。
死の淵から舞い戻った私は、遅ればせながら『自分』をやり直して楽しく生きていきましょう。
異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!
明衣令央
ファンタジー
糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。
一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。
だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。
そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。
この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。
2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。
婚約破棄されて異世界トリップしたけど猫に囲まれてスローライフ満喫しています
葉柚
ファンタジー
婚約者の二股により婚約破棄をされた33才の真由は、突如異世界に飛ばされた。
そこはど田舎だった。
住む家と土地と可愛い3匹の猫をもらった真由は、猫たちに囲まれてストレスフリーなスローライフ生活を送る日常を送ることになった。
レコンティーニ王国は猫に優しい国です。
小説家になろう様にも掲載してます。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
Another Of Life Game~僕のもう一つの物語~
神城弥生
ファンタジー
なろう小説サイトにて「HJ文庫2018」一次審査突破しました!!
皆様のおかげでなろうサイトで120万pv達成しました!
ありがとうございます!
VRMMOを造った山下グループの最高傑作「Another Of Life Game」。
山下哲二が、死ぬ間際に完成させたこのゲームに込めた思いとは・・・?
それでは皆様、AOLの世界をお楽しみ下さい!
毎週土曜日更新(偶に休み)
3521回目の異世界転生 〜無双人生にも飽き飽きしてきたので目立たぬように生きていきます〜
I.G
ファンタジー
神様と名乗るおじいさんに転生させられること3521回。
レベル、ステータス、その他もろもろ
最強の力を身につけてきた服部隼人いう名の転生者がいた。
彼の役目は異世界の危機を救うこと。
異世界の危機を救っては、また別の異世界へと転生を繰り返す日々を送っていた。
彼はそんな人生で何よりも
人との別れの連続が辛かった。
だから彼は誰とも仲良くならないように、目立たない回復職で、ほそぼそと異世界を救おうと決意する。
しかし、彼は自分の強さを強すぎる
が故に、隠しきることができない。
そしてまた、この異世界でも、
服部隼人の強さが人々にばれていく
のだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる