122 / 335
第2章
【2-104】うさぎのおじさん
しおりを挟む
◇
王都から少し離れていて寂れた場所に、その墓地はあった。そこそこ広大な墓地であるが、ここに眠る死者たちは「ワケあり」の貴族ばかりとのことで、敷地のわりに墓石の数は少ない。キリエたちの他に来訪者の姿は見えず、ひたすらに静寂が満ちていた。
冬になったということもあり空気はだいぶ冷えているが、立ち込めている霧がますます肌寒く感じさせる。無言のまま先導していたリアムは、二つ並んだ墓石の前で立ち止まり、キリエを振り向いた。
「キリエ、ここが両親の墓だ」
周囲に誰もおらず、また、誰かが通りすがる可能性は限りなく低いと知っているからか、リアムは普段通りの口調で話しかけてくる。キリエは頷き、膝をついた。それを見て、さすがに慌てた様子のリアムが隣で膝をつき、顔を覗き込んでくる。
「キリエ、膝が汚れてしまう。それに、さすがに王子を跪かせるわけにはいかない」
「リアム。僕はキリエ=フォン=ウィスタリアとしてではなく、君の友人であるキリエとしてここにいます。それに、神の元へ召された魂に敬意を示すのは当然のこと。リアムのご両親なのですから、尚更そうです」
「キリエ……」
「リアムがこの世に生まれなければ、僕は君に出会えませんでした。君の命を大切に育んでくださったご両親に、心から感謝申し上げたいのです」
そう言って、キリエは両手を組み、頭を垂れた。初めましての挨拶と、自分が何者であるかということ、リアムにはとても世話になっており、彼との出会いに深く感謝していることなどを、熱心に胸の内で語りかける。二人の魂をどうか安らかに救ってあげてほしいと神に願うことも忘れない。
リアムもキリエの隣で、長く静かに祈りを捧げていた。──どれほど時間が経っただろうか。キリエとリアムは同時に瞼を上げ、祈りの手を解いた。
「ありがとう、キリエ。ここまで足を運んで、祈ってくれて。……両親も、きっと安心してくれただろうし、キリエと会えて喜んでいると思う」
「そうだといいのですが。……僕も、君のご両親にご挨拶が出来て嬉しいです。ここまで連れてきてくれて、ありがとうございます」
持参した白い花輪をそれぞれの墓石に掛け、最後にもう一度、短い祈りを捧げる。その頃には身体が冷えていて、キリエはつい小さなくしゃみをしてしまった。
「すっかり冷えてしまったな。キリエ、馬車へ戻ろう」
「でも、リアムはまだご両親の傍にいたいのでは……?」
「もう十分だ。気を遣っているわけではなく、心底から満足している。風邪をひいたら大変だ。もう戻ろう。トーマスも待たせているしな」
そんな言葉と共に、少しでもキリエの冷えを抑えるためか肩を抱いてきたリアムだが、すぐに身を離す。
「──誰か来る」
「えっ?」
リアムが少々警戒気味に、霧に覆われた前方を見据えているが、キリエには全く分からない。しかし、数秒後には静かな足音が聞こえてきた。
少し足を引きずっているような歩行音が大きくなるにつれ、霧の向こうから長身の影が近づいてくる。少々猫背のようだが、リアムと同程度の身長だろうか。
リアムは相手が誰なのか分かったらしく、警戒を解いて肩の力を抜いた。
「レオンさんだ」
「あ……、先ほど馬車で話してくれた霧雨の騎士ですね」
「ああ、そうだ。やはり、墓参りに来てくれたんだな。律儀な人だ」
リアムが小さく囁いている間に、レオン=メイクピースの全身がゆらりと霧を散らしながら現れる。目の下の隈がくっきりとしていて、肩を超す程度の長さの漆黒の髪を後ろでゆるく束ねているその男は、キリエの姿を見て驚いたように息を呑み、一度立ち止まって一礼してから、再びゆったりと歩み寄ってきた。
レオンの姿──特に、霧雨の中の木々のように深い緑色の瞳を正面から見ているうちに、キリエの脳内でひとつの記憶が呼び起こされる。思い出したことへの驚きを、キリエはそのまま声に出した。
「うさぎのおじさん……!」
「──は?」
あまりにも唐突なキリエの発言に対し、リアムは思わず素の反応をしてしまう。しかし、キリエはそんな側近の腕を興奮気味に掴みながら、同じ言葉を繰り返した。
「うさぎのおじさんです! 僕、あの方にお会いしたことがあります。彼は、うさぎのおじさんなのです!」
「……うさぎの、おじさん?」
レオンは二人の傍へ歩み寄ると、キリエの前へ跪く。そして、低音のくぐもった声で言った。
「お、お、お久しぶり、です。キ、キリエ様」
王都から少し離れていて寂れた場所に、その墓地はあった。そこそこ広大な墓地であるが、ここに眠る死者たちは「ワケあり」の貴族ばかりとのことで、敷地のわりに墓石の数は少ない。キリエたちの他に来訪者の姿は見えず、ひたすらに静寂が満ちていた。
冬になったということもあり空気はだいぶ冷えているが、立ち込めている霧がますます肌寒く感じさせる。無言のまま先導していたリアムは、二つ並んだ墓石の前で立ち止まり、キリエを振り向いた。
「キリエ、ここが両親の墓だ」
周囲に誰もおらず、また、誰かが通りすがる可能性は限りなく低いと知っているからか、リアムは普段通りの口調で話しかけてくる。キリエは頷き、膝をついた。それを見て、さすがに慌てた様子のリアムが隣で膝をつき、顔を覗き込んでくる。
「キリエ、膝が汚れてしまう。それに、さすがに王子を跪かせるわけにはいかない」
「リアム。僕はキリエ=フォン=ウィスタリアとしてではなく、君の友人であるキリエとしてここにいます。それに、神の元へ召された魂に敬意を示すのは当然のこと。リアムのご両親なのですから、尚更そうです」
「キリエ……」
「リアムがこの世に生まれなければ、僕は君に出会えませんでした。君の命を大切に育んでくださったご両親に、心から感謝申し上げたいのです」
そう言って、キリエは両手を組み、頭を垂れた。初めましての挨拶と、自分が何者であるかということ、リアムにはとても世話になっており、彼との出会いに深く感謝していることなどを、熱心に胸の内で語りかける。二人の魂をどうか安らかに救ってあげてほしいと神に願うことも忘れない。
リアムもキリエの隣で、長く静かに祈りを捧げていた。──どれほど時間が経っただろうか。キリエとリアムは同時に瞼を上げ、祈りの手を解いた。
「ありがとう、キリエ。ここまで足を運んで、祈ってくれて。……両親も、きっと安心してくれただろうし、キリエと会えて喜んでいると思う」
「そうだといいのですが。……僕も、君のご両親にご挨拶が出来て嬉しいです。ここまで連れてきてくれて、ありがとうございます」
持参した白い花輪をそれぞれの墓石に掛け、最後にもう一度、短い祈りを捧げる。その頃には身体が冷えていて、キリエはつい小さなくしゃみをしてしまった。
「すっかり冷えてしまったな。キリエ、馬車へ戻ろう」
「でも、リアムはまだご両親の傍にいたいのでは……?」
「もう十分だ。気を遣っているわけではなく、心底から満足している。風邪をひいたら大変だ。もう戻ろう。トーマスも待たせているしな」
そんな言葉と共に、少しでもキリエの冷えを抑えるためか肩を抱いてきたリアムだが、すぐに身を離す。
「──誰か来る」
「えっ?」
リアムが少々警戒気味に、霧に覆われた前方を見据えているが、キリエには全く分からない。しかし、数秒後には静かな足音が聞こえてきた。
少し足を引きずっているような歩行音が大きくなるにつれ、霧の向こうから長身の影が近づいてくる。少々猫背のようだが、リアムと同程度の身長だろうか。
リアムは相手が誰なのか分かったらしく、警戒を解いて肩の力を抜いた。
「レオンさんだ」
「あ……、先ほど馬車で話してくれた霧雨の騎士ですね」
「ああ、そうだ。やはり、墓参りに来てくれたんだな。律儀な人だ」
リアムが小さく囁いている間に、レオン=メイクピースの全身がゆらりと霧を散らしながら現れる。目の下の隈がくっきりとしていて、肩を超す程度の長さの漆黒の髪を後ろでゆるく束ねているその男は、キリエの姿を見て驚いたように息を呑み、一度立ち止まって一礼してから、再びゆったりと歩み寄ってきた。
レオンの姿──特に、霧雨の中の木々のように深い緑色の瞳を正面から見ているうちに、キリエの脳内でひとつの記憶が呼び起こされる。思い出したことへの驚きを、キリエはそのまま声に出した。
「うさぎのおじさん……!」
「──は?」
あまりにも唐突なキリエの発言に対し、リアムは思わず素の反応をしてしまう。しかし、キリエはそんな側近の腕を興奮気味に掴みながら、同じ言葉を繰り返した。
「うさぎのおじさんです! 僕、あの方にお会いしたことがあります。彼は、うさぎのおじさんなのです!」
「……うさぎの、おじさん?」
レオンは二人の傍へ歩み寄ると、キリエの前へ跪く。そして、低音のくぐもった声で言った。
「お、お、お久しぶり、です。キ、キリエ様」
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
灰色世界と空っぽの僕ら
榛葉 涼
ファンタジー
この世界には光がなかった。比喩的な表現ではない。
かつて世界中を照らしたという“太陽”がなかった。
かつて夜を彩ったという“月”が、“星”がなかった。
この世界には命がなかった。
動物が、虫が、自然が生きることは許されなくなった。
かつて世界中を支配したという人間はその姿を維持できなくなった。
※※※※※
あらゆる生命が息絶え闇に覆い尽くされた世界……通称“灰色世界”では、人間を模して造られた存在である“ホロウ”が生活を送っていた。
そんなホロウの1体である青年シヅキはある日、昔馴染みのソヨから新たなホロウの迎えを頼まれる。群衆でごった返した船着場でシヅキが出会ったのは、白銀の髪が印象的な女性、トウカだった。
何気ないはずだった彼女との出会いは、惰性で日々を送っていたシヅキの未来を大きく動かす。彼だけではない。灰色に染まりきった世界すら巻き込んでーー
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が子離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
ダンジョン探索者に転職しました
みたこ
ファンタジー
新卒から勤めていた会社を退職した朝霧悠斗(あさぎり・ゆうと)が、ダンジョンを探索する『探索者』に転職して、ダンジョン探索をしながら、おいしいご飯と酒を楽しむ話です。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
Another Of Life Game~僕のもう一つの物語~
神城弥生
ファンタジー
なろう小説サイトにて「HJ文庫2018」一次審査突破しました!!
皆様のおかげでなろうサイトで120万pv達成しました!
ありがとうございます!
VRMMOを造った山下グループの最高傑作「Another Of Life Game」。
山下哲二が、死ぬ間際に完成させたこのゲームに込めた思いとは・・・?
それでは皆様、AOLの世界をお楽しみ下さい!
毎週土曜日更新(偶に休み)
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
Heroic〜龍の力を宿す者〜
Ruto
ファンタジー
少年は絶望と言う名の闇の中で希望と言う名の光を見た
光に魅せられた少年は手を伸ばす
大切な人を守るため、己が信念を貫くため、彼は力を手に入れる
友と競い、敵と戦い、遠い目標を目指し歩く
果たしてその進む道は
王道か、覇道か、修羅道か
その身に宿した龍の力と圧倒的な才は、彼に何を成させるのか
ここに綴られるは、とある英雄の軌跡
<旧タイトル:冒険者に助けられた少年は、やがて英雄になる>
<この作品は「小説家になろう」にも掲載しています>
転生したら男性が希少な世界だった:オタク文化で並行世界に彩りを
なつのさんち
ファンタジー
前世から引き継いだ記憶を元に、男女比の狂った世界で娯楽文化を発展させつつお金儲けもしてハーレムも楽しむお話。
二十九歳、童貞。明日には魔法使いになってしまう。
勇気を出して風俗街へ、行く前に迷いを振り切る為にお酒を引っ掛ける。
思いのほか飲んでしまい、ふら付く身体でゴールデン街に渡る為の交差点で信号待ちをしていると、後ろから何者かに押されて道路に飛び出てしまい、二十九歳童貞はトラックに跳ねられてしまう。
そして気付けば赤ん坊に。
異世界へ、具体的に表現すると元いた世界にそっくりな並行世界へと転生していたのだった。
ヴァーチャル配信者としてスカウトを受け、その後世界初の男性顔出し配信者・起業投資家として世界を動かして行く事となる元二十九歳童貞男のお話。
★★★ ★★★ ★★★
本作はカクヨムに連載中の作品「Vから始める男女比一対三万世界の配信者生活:オタク文化で並行世界を制覇する!」のアルファポリス版となっております。
現在加筆修正を進めており、今後展開が変わる可能性もあるので、カクヨム版とアルファポリス版は別の世界線の別々の話であると思って頂ければと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる