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第2章

【2-104】うさぎのおじさん

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 ◇


 王都から少し離れていて寂れた場所に、その墓地はあった。そこそこ広大な墓地であるが、ここに眠る死者たちは「ワケあり」の貴族ばかりとのことで、敷地のわりに墓石の数は少ない。キリエたちの他に来訪者の姿は見えず、ひたすらに静寂が満ちていた。

 冬になったということもあり空気はだいぶ冷えているが、立ち込めている霧がますます肌寒く感じさせる。無言のまま先導していたリアムは、二つ並んだ墓石の前で立ち止まり、キリエを振り向いた。

「キリエ、ここが両親の墓だ」

 周囲に誰もおらず、また、誰かが通りすがる可能性は限りなく低いと知っているからか、リアムは普段通りの口調で話しかけてくる。キリエは頷き、膝をついた。それを見て、さすがに慌てた様子のリアムが隣で膝をつき、顔を覗き込んでくる。

「キリエ、膝が汚れてしまう。それに、さすがに王子を跪かせるわけにはいかない」
「リアム。僕はキリエ=フォン=ウィスタリアとしてではなく、君の友人であるキリエとしてここにいます。それに、神の元へ召された魂に敬意を示すのは当然のこと。リアムのご両親なのですから、尚更そうです」
「キリエ……」
「リアムがこの世に生まれなければ、僕は君に出会えませんでした。君の命を大切に育んでくださったご両親に、心から感謝申し上げたいのです」

 そう言って、キリエは両手を組み、頭を垂れた。初めましての挨拶と、自分が何者であるかということ、リアムにはとても世話になっており、彼との出会いに深く感謝していることなどを、熱心に胸の内で語りかける。二人の魂をどうか安らかに救ってあげてほしいと神に願うことも忘れない。
 リアムもキリエの隣で、長く静かに祈りを捧げていた。──どれほど時間が経っただろうか。キリエとリアムは同時に瞼を上げ、祈りの手を解いた。

「ありがとう、キリエ。ここまで足を運んで、祈ってくれて。……両親も、きっと安心してくれただろうし、キリエと会えて喜んでいると思う」
「そうだといいのですが。……僕も、君のご両親にご挨拶が出来て嬉しいです。ここまで連れてきてくれて、ありがとうございます」

 持参した白い花輪をそれぞれの墓石に掛け、最後にもう一度、短い祈りを捧げる。その頃には身体が冷えていて、キリエはつい小さなくしゃみをしてしまった。

「すっかり冷えてしまったな。キリエ、馬車へ戻ろう」
「でも、リアムはまだご両親の傍にいたいのでは……?」
「もう十分だ。気を遣っているわけではなく、心底から満足している。風邪をひいたら大変だ。もう戻ろう。トーマスも待たせているしな」

 そんな言葉と共に、少しでもキリエの冷えを抑えるためか肩を抱いてきたリアムだが、すぐに身を離す。

「──誰か来る」
「えっ?」

 リアムが少々警戒気味に、霧に覆われた前方を見据えているが、キリエには全く分からない。しかし、数秒後には静かな足音が聞こえてきた。
 少し足を引きずっているような歩行音が大きくなるにつれ、霧の向こうから長身の影が近づいてくる。少々猫背のようだが、リアムと同程度の身長だろうか。

 リアムは相手が誰なのか分かったらしく、警戒を解いて肩の力を抜いた。

「レオンさんだ」
「あ……、先ほど馬車で話してくれた霧雨の騎士ですね」
「ああ、そうだ。やはり、墓参りに来てくれたんだな。律儀な人だ」

 リアムが小さく囁いている間に、レオン=メイクピースの全身がゆらりと霧を散らしながら現れる。目の下の隈がくっきりとしていて、肩を超す程度の長さの漆黒の髪を後ろでゆるく束ねているその男は、キリエの姿を見て驚いたように息を呑み、一度立ち止まって一礼してから、再びゆったりと歩み寄ってきた。

 レオンの姿──特に、霧雨の中の木々のように深い緑色の瞳を正面から見ているうちに、キリエの脳内でひとつの記憶が呼び起こされる。思い出したことへの驚きを、キリエはそのまま声に出した。

「うさぎのおじさん……!」
「──は?」

 あまりにも唐突なキリエの発言に対し、リアムは思わず素の反応をしてしまう。しかし、キリエはそんな側近の腕を興奮気味に掴みながら、同じ言葉を繰り返した。

「うさぎのおじさんです! 僕、あの方にお会いしたことがあります。彼は、うさぎのおじさんなのです!」
「……うさぎの、おじさん?」

 レオンは二人の傍へ歩み寄ると、キリエの前へ跪く。そして、低音のくぐもった声で言った。

「お、お、お久しぶり、です。キ、キリエ様」
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