102 / 335
第2章
【2-84】家族になってくれた人
しおりを挟む
◇
中間討論会の対策など真面目な話し合いをして、夕食や入浴を済ませ、キリエはジェイデンと共に私室へ行き、リアムもマクシミリアンを伴って彼の部屋へ入って行った。
客室を用意しようかと何度か勧めたのだが、ジェイデンはキリエと共に寝ると言い張ったため、結局はそうなった。
「本当に僕と一緒の布団でいいのですか? ジェイデンにとっては狭いのではないかと思うのですが」
寝台に乗ったキリエが首を傾げて問いかけると、同じく布団へ乗って足を伸ばしたジェイデンは笑って首を振る。
「その狭さがいいんじゃないか! こういうのは、お泊まり会、というのか? 僕が子どもの頃に好きだった絵本で、主人公と親友がこうして一緒に布団に入って、眠る瞬間まで語り合うんだ。一度、やってみたかったのだよ」
「そうなのですね」
「キリエは嫌か?」
「いいえ、全然! ……懐かしいです。教会では、他の子たちと一緒の布団で寝ていたのですよ」
そう言って嬉しそうに笑いながら布団に寝転がるキリエの髪を撫で、ジェイデンは微笑ましげに目を細めた。
「……長年過ごした場所を離れて寂しかっただろうと思うが、王都での生活には慣れてきたか?」
「そうですね……、少しずつですが、慣れてきたのではないかと思います。リアムや、サリバン邸の皆さんのおかげで、寂しさもだいぶ薄れましたし。育った教会のこともしょっちゅう思い出しますが、そのときの胸の苦しさもあまり無くなりました」
「そうか……、キリエにとってリアムはもう家族同然なのかな?」
キリエはちらりとリアムの私室の方の壁を見て、小さく頷いてから答える。
「はい。僕にとって、リアムは大切な家族です」
「それは良かった。……そして、僕にもその感覚はとてもよく分かる。僕にとってのマックスも、家族だからな」
ジェイデンは首に下げていたロケットペンダントを唐突に外し、中を開いてキリエへ手渡してきた。ロケットの中には、穏やかな表情で寄り添う男女の肖像画が収められている。
「父上と母上だ」
「わぁ……、ジェイデンはお母様にそっくりなのですね。そして、この方がお父様……」
先代国王の肖像画は地方の田舎にまでは広まっておらず、崩御以降は王都内でも飾ることは控えられていたらしいため、キリエが父親の顔を把握したのは初めてだ。キリエが望めば肖像画を見ることは出来たのだろうが、それを申し出たい心境でもなかったため、その機会は無かった。
「父上の顔を見たのは初めてか? 幼い頃の父上は、現在のジャスミンとそっくりの顔立ちだったそうだ。……僕は、父上は愚かな王だったと思っている。でも、母上のことは尊敬していた。視野が広く、弱者の味方をする、心優しい素晴らしい人だった。……ただ、身体が弱くてな。十年前に亡くなってしまったのだよ」
キリエの手の中にあるロケットを、ジェイデンの指先が大切そうに撫でる。
「僕は、幼心に『しっかりしなくては』と思っていた。王子なのだから、この程度の個人的な不幸で嘆き悲しんではいけないと思っていたのだよ。父上が心を病んでいて『父親』として機能していない以上、僕にとって唯一の家族である母上がいなくなってしまったということで、気が張っていたのかもしれないな。──そんなとき、マックスと出会ったんだ」
「十年前……、マックスはもう騎士だったのですか?」
「ああ。マックスはリアムよりも少しだけ年上だしな、一応は既に王国騎士だった。何の功績も無かったがな。……そんな新米騎士が何を思ったか、王城の庭を眺めてぼんやりしていた僕に話しかけてきたのだよ。──ジェイデン王子、悲しみを堪えている貴方は皆が讃えるように確かに素晴らしくて美しいですが、全力で泣き喚いても良いのですよ。なんて、言ってきた」
当時を思い出したのか、ジェイデンは懐かしそうに微笑んだ。
「何を言っているんだ、って馬鹿にしてやるはずだった。……でも、僕は自分の思考とは反対に、それこそ全力で大泣きしていたのだよ。大声を上げて、鼻水を垂らして、それはそれはみっともない姿だったはずだ。それでも、マックスは、集まってきた人間たちの目から隠すように僕を抱き込んで、『お母様を偲んで泣き叫べる貴方は美しいですね』なんて言ってきた。──そのとき、自然に思ったのだよ。ああ、そうか。彼が新しい家族なのか、と」
マクシミリアンを家族にしたいと思った幼いジェイデンは、特に功績があるわけではない若い騎士を側近にすることに反対する者たちの意見を退けて、それからずっと側近騎士にしているらしい。わんぱくばかりしていたジェイデンは何度か命を危険に晒し、その度にマクシミリアンが助けてくれたそうだ。そして、それらの功績から、彼は数年前に暁の騎士の名誉称号を得たのだと云う。
「マックスは、決して優しいだけの男じゃない。腹黒い一面だってある。……でも、僕に寄り添ってくれている姿勢と気持ちにだけは、何の裏も無い。いっそ、何か見返りを期待してくれていればいいのに、と思うほどだ」
「あっ……、それ、僕も常々思っています」
「ははっ。僕たちの側近騎士は、どちらもあまりに欲が無さすぎて困ってしまうな」
「本当に。これでは、ずっと恩返しが出来ないのではないかと心配で……、心苦しいです」
「同感だ」
同じ気持ちを共有した二人の王子は、顔を見合わせ、声を上げて笑い合った。
中間討論会の対策など真面目な話し合いをして、夕食や入浴を済ませ、キリエはジェイデンと共に私室へ行き、リアムもマクシミリアンを伴って彼の部屋へ入って行った。
客室を用意しようかと何度か勧めたのだが、ジェイデンはキリエと共に寝ると言い張ったため、結局はそうなった。
「本当に僕と一緒の布団でいいのですか? ジェイデンにとっては狭いのではないかと思うのですが」
寝台に乗ったキリエが首を傾げて問いかけると、同じく布団へ乗って足を伸ばしたジェイデンは笑って首を振る。
「その狭さがいいんじゃないか! こういうのは、お泊まり会、というのか? 僕が子どもの頃に好きだった絵本で、主人公と親友がこうして一緒に布団に入って、眠る瞬間まで語り合うんだ。一度、やってみたかったのだよ」
「そうなのですね」
「キリエは嫌か?」
「いいえ、全然! ……懐かしいです。教会では、他の子たちと一緒の布団で寝ていたのですよ」
そう言って嬉しそうに笑いながら布団に寝転がるキリエの髪を撫で、ジェイデンは微笑ましげに目を細めた。
「……長年過ごした場所を離れて寂しかっただろうと思うが、王都での生活には慣れてきたか?」
「そうですね……、少しずつですが、慣れてきたのではないかと思います。リアムや、サリバン邸の皆さんのおかげで、寂しさもだいぶ薄れましたし。育った教会のこともしょっちゅう思い出しますが、そのときの胸の苦しさもあまり無くなりました」
「そうか……、キリエにとってリアムはもう家族同然なのかな?」
キリエはちらりとリアムの私室の方の壁を見て、小さく頷いてから答える。
「はい。僕にとって、リアムは大切な家族です」
「それは良かった。……そして、僕にもその感覚はとてもよく分かる。僕にとってのマックスも、家族だからな」
ジェイデンは首に下げていたロケットペンダントを唐突に外し、中を開いてキリエへ手渡してきた。ロケットの中には、穏やかな表情で寄り添う男女の肖像画が収められている。
「父上と母上だ」
「わぁ……、ジェイデンはお母様にそっくりなのですね。そして、この方がお父様……」
先代国王の肖像画は地方の田舎にまでは広まっておらず、崩御以降は王都内でも飾ることは控えられていたらしいため、キリエが父親の顔を把握したのは初めてだ。キリエが望めば肖像画を見ることは出来たのだろうが、それを申し出たい心境でもなかったため、その機会は無かった。
「父上の顔を見たのは初めてか? 幼い頃の父上は、現在のジャスミンとそっくりの顔立ちだったそうだ。……僕は、父上は愚かな王だったと思っている。でも、母上のことは尊敬していた。視野が広く、弱者の味方をする、心優しい素晴らしい人だった。……ただ、身体が弱くてな。十年前に亡くなってしまったのだよ」
キリエの手の中にあるロケットを、ジェイデンの指先が大切そうに撫でる。
「僕は、幼心に『しっかりしなくては』と思っていた。王子なのだから、この程度の個人的な不幸で嘆き悲しんではいけないと思っていたのだよ。父上が心を病んでいて『父親』として機能していない以上、僕にとって唯一の家族である母上がいなくなってしまったということで、気が張っていたのかもしれないな。──そんなとき、マックスと出会ったんだ」
「十年前……、マックスはもう騎士だったのですか?」
「ああ。マックスはリアムよりも少しだけ年上だしな、一応は既に王国騎士だった。何の功績も無かったがな。……そんな新米騎士が何を思ったか、王城の庭を眺めてぼんやりしていた僕に話しかけてきたのだよ。──ジェイデン王子、悲しみを堪えている貴方は皆が讃えるように確かに素晴らしくて美しいですが、全力で泣き喚いても良いのですよ。なんて、言ってきた」
当時を思い出したのか、ジェイデンは懐かしそうに微笑んだ。
「何を言っているんだ、って馬鹿にしてやるはずだった。……でも、僕は自分の思考とは反対に、それこそ全力で大泣きしていたのだよ。大声を上げて、鼻水を垂らして、それはそれはみっともない姿だったはずだ。それでも、マックスは、集まってきた人間たちの目から隠すように僕を抱き込んで、『お母様を偲んで泣き叫べる貴方は美しいですね』なんて言ってきた。──そのとき、自然に思ったのだよ。ああ、そうか。彼が新しい家族なのか、と」
マクシミリアンを家族にしたいと思った幼いジェイデンは、特に功績があるわけではない若い騎士を側近にすることに反対する者たちの意見を退けて、それからずっと側近騎士にしているらしい。わんぱくばかりしていたジェイデンは何度か命を危険に晒し、その度にマクシミリアンが助けてくれたそうだ。そして、それらの功績から、彼は数年前に暁の騎士の名誉称号を得たのだと云う。
「マックスは、決して優しいだけの男じゃない。腹黒い一面だってある。……でも、僕に寄り添ってくれている姿勢と気持ちにだけは、何の裏も無い。いっそ、何か見返りを期待してくれていればいいのに、と思うほどだ」
「あっ……、それ、僕も常々思っています」
「ははっ。僕たちの側近騎士は、どちらもあまりに欲が無さすぎて困ってしまうな」
「本当に。これでは、ずっと恩返しが出来ないのではないかと心配で……、心苦しいです」
「同感だ」
同じ気持ちを共有した二人の王子は、顔を見合わせ、声を上げて笑い合った。
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
【完結】おじいちゃんは元勇者
三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話…
親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。
エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~
名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。
旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
幼馴染み達が寝取られたが,別にどうでもいい。
みっちゃん
ファンタジー
私達は勇者様と結婚するわ!
そう言われたのが1年後に再会した幼馴染みと義姉と義妹だった。
「.....そうか,じゃあ婚約破棄は俺から両親達にいってくるよ。」
そう言って俺は彼女達と別れた。
しかし彼女達は知らない自分達が魅了にかかっていることを、主人公がそれに気づいていることも,そして,最初っから主人公は自分達をあまり好いていないことも。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる