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第2章

【2-84】家族になってくれた人

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 ◇


 中間討論会の対策など真面目な話し合いをして、夕食や入浴を済ませ、キリエはジェイデンと共に私室へ行き、リアムもマクシミリアンを伴って彼の部屋へ入って行った。
 客室を用意しようかと何度か勧めたのだが、ジェイデンはキリエと共に寝ると言い張ったため、結局はそうなった。

「本当に僕と一緒の布団でいいのですか? ジェイデンにとっては狭いのではないかと思うのですが」

 寝台に乗ったキリエが首を傾げて問いかけると、同じく布団へ乗って足を伸ばしたジェイデンは笑って首を振る。

「その狭さがいいんじゃないか! こういうのは、お泊まり会、というのか? 僕が子どもの頃に好きだった絵本で、主人公と親友がこうして一緒に布団に入って、眠る瞬間まで語り合うんだ。一度、やってみたかったのだよ」
「そうなのですね」
「キリエは嫌か?」
「いいえ、全然! ……懐かしいです。教会では、他の子たちと一緒の布団で寝ていたのですよ」

 そう言って嬉しそうに笑いながら布団に寝転がるキリエの髪を撫で、ジェイデンは微笑ましげに目を細めた。

「……長年過ごした場所を離れて寂しかっただろうと思うが、王都での生活には慣れてきたか?」
「そうですね……、少しずつですが、慣れてきたのではないかと思います。リアムや、サリバン邸の皆さんのおかげで、寂しさもだいぶ薄れましたし。育った教会のこともしょっちゅう思い出しますが、そのときの胸の苦しさもあまり無くなりました」
「そうか……、キリエにとってリアムはもう家族同然なのかな?」

 キリエはちらりとリアムの私室の方の壁を見て、小さく頷いてから答える。

「はい。僕にとって、リアムは大切な家族です」
「それは良かった。……そして、僕にもその感覚はとてもよく分かる。僕にとってのマックスも、家族だからな」

 ジェイデンは首に下げていたロケットペンダントを唐突に外し、中を開いてキリエへ手渡してきた。ロケットの中には、穏やかな表情で寄り添う男女の肖像画が収められている。

「父上と母上だ」
「わぁ……、ジェイデンはお母様にそっくりなのですね。そして、この方がお父様……」

 先代国王の肖像画は地方の田舎にまでは広まっておらず、崩御以降は王都内でも飾ることは控えられていたらしいため、キリエが父親の顔を把握したのは初めてだ。キリエが望めば肖像画を見ることは出来たのだろうが、それを申し出たい心境でもなかったため、その機会は無かった。

「父上の顔を見たのは初めてか? 幼い頃の父上は、現在のジャスミンとそっくりの顔立ちだったそうだ。……僕は、父上は愚かな王だったと思っている。でも、母上のことは尊敬していた。視野が広く、弱者の味方をする、心優しい素晴らしい人だった。……ただ、身体が弱くてな。十年前に亡くなってしまったのだよ」

 キリエの手の中にあるロケットを、ジェイデンの指先が大切そうに撫でる。

「僕は、幼心に『しっかりしなくては』と思っていた。王子なのだから、この程度の個人的な不幸で嘆き悲しんではいけないと思っていたのだよ。父上が心を病んでいて『父親』として機能していない以上、僕にとって唯一の家族である母上がいなくなってしまったということで、気が張っていたのかもしれないな。──そんなとき、マックスと出会ったんだ」
「十年前……、マックスはもう騎士だったのですか?」
「ああ。マックスはリアムよりも少しだけ年上だしな、一応は既に王国騎士だった。何の功績も無かったがな。……そんな新米騎士が何を思ったか、王城の庭を眺めてぼんやりしていた僕に話しかけてきたのだよ。──ジェイデン王子、悲しみを堪えている貴方は皆が讃えるように確かに素晴らしくて美しいですが、全力で泣き喚いても良いのですよ。なんて、言ってきた」

 当時を思い出したのか、ジェイデンは懐かしそうに微笑んだ。

「何を言っているんだ、って馬鹿にしてやるはずだった。……でも、僕は自分の思考とは反対に、それこそ全力で大泣きしていたのだよ。大声を上げて、鼻水を垂らして、それはそれはみっともない姿だったはずだ。それでも、マックスは、集まってきた人間たちの目から隠すように僕を抱き込んで、『お母様を偲んで泣き叫べる貴方は美しいですね』なんて言ってきた。──そのとき、自然に思ったのだよ。ああ、そうか。彼が新しい家族なのか、と」

 マクシミリアンを家族にしたいと思った幼いジェイデンは、特に功績があるわけではない若い騎士を側近にすることに反対する者たちの意見を退けて、それからずっと側近騎士にしているらしい。わんぱくばかりしていたジェイデンは何度か命を危険に晒し、その度にマクシミリアンが助けてくれたそうだ。そして、それらの功績から、彼は数年前に暁の騎士の名誉称号を得たのだと云う。

「マックスは、決して優しいだけの男じゃない。腹黒い一面だってある。……でも、僕に寄り添ってくれている姿勢と気持ちにだけは、何の裏も無い。いっそ、何か見返りを期待してくれていればいいのに、と思うほどだ」
「あっ……、それ、僕も常々思っています」
「ははっ。僕たちの側近騎士は、どちらもあまりに欲が無さすぎて困ってしまうな」
「本当に。これでは、ずっと恩返しが出来ないのではないかと心配で……、心苦しいです」
「同感だ」

 同じ気持ちを共有した二人の王子は、顔を見合わせ、声を上げて笑い合った。
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