上 下
72 / 335
第2章

【2-54】唯一無二の宝物

しおりを挟む
 ◆◆◆


「いいか、お前たち。くれぐれも……、本当に、くれぐれも、キリエのことをよろしく頼むぞ」

 悲痛にも見える面持ちで言うリアムを前に、サリバン邸の使用人たちも真剣に頷く。彼らのやり取りを見て、キリエは苦笑を浮かべた。

 御披露目の儀から数日が経ち、本日は名誉称号持ちの騎士たちに招集がかけられていて、リアムは王城へ行かねばならない。側近の仕事に主君が付き添うのもおかしな話であるため、キリエはサリバン邸に残ることになったのだが、リアムは傍を離れるのを不安に感じているようだ。

「リアム、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。お屋敷の外に出たりせず、おとなしくしていますから」
「……キリエは言いつけを守る人間だと分かっているが、でも、何があるか分からない」
「僕ひとりなら頼りないでしょうが、みんなが一緒にいてくれるんです。大丈夫ですよ」

 普段は御者役を務めることが多いエドワードを屋敷に残し、わざわざトーマスへ依頼をするという過保護ぶりである。ちなみに、キリエが王都へ来たときにも世話になったトーマスは、元々はリアムの父が召し抱えていた御者らしい。サリバン家が没落する数ヶ月前に現役を引退したそうだが、リアムから依頼があった際には仕事を引き受けてくれるとのことだ。

 リアムが敵わないというジョセフがいて、他にも短杖術を習得しているエレノアがいる時点で、キリエの身の安全は保障されているように思えるのだが、リアムの表情は浮かない。なかなか出発できない騎士を、ジョセフが柔らかく諭した。

「リアム様。もしも危険が迫りましたら、我が命に代えてもキリエ様をお守りしましょう」
「……ジョセフに死なれても困る」
「そう簡単には死にませんので、ご安心を。さぁ、リアム様、夜霧の騎士が遅刻をするわけにはいきますまい。そろそろご出発されなくては」
「ああ、そうだな。……キリエ、絶対にジョセフから離れないようにしてくれ。他の皆も、キリエを気にかけてあげるようにしてほしい。……キリエ、屋敷内とはいえ一人きりにならないようにするんだぞ」
「分かりました。気をつけるようにします。行ってらっしゃい、リアム。君も、道中お気をつけて」

 キリエが手を振ると、リアムは後ろ髪を引かれている顔のまま手を振り返し、ようやく出発して行く。使用人たちは綺麗に頭を下げて見送っていたが、扉が閉まると姿勢を正してキリエへ向き直った。

「さて。──それでは、キリエ様。リアム様が戻られるまで、私と少しお勉強をいたしましょうか。昨日おはなししていた地理についての続きなどはいかがでしょう?」
「ぜひ、お願いします。ジョセフのお勉強のおはなし、分かりやすくて面白くて大好きです!」
「ふふ、そう仰っていただけるのは光栄でございます。それでは、キリエ様の御部屋に参りましょうか。皆は、それぞれの仕事をこなすように」

 使用人たちは気持ちのいい返事をして、それぞれキリエに一声かけてから各々の作業場へと散って行く。キャサリンは、後で茶と菓子を届けると言ってくれた。皆の姿が見えなくなってから、ジョセフはキリエを伴って歩き始める。その穏やかな横顔を見上げながら、キリエは気になっていたことを尋ねてみた。

「さっきのリアム、随分と過保護でしたね。悪いことが起きるって本気で心配しているような……、もしかして、僕が知らないだけで、ここに脅迫状が届いてたりするのですか?」
「ふふっ。おやおや、お可愛らしいご心配ですね。大丈夫ですよ、そのような怪しげな書状は届いておりません」

 子供もしくは孫を見守る保護者のような眼差しで目を細めたジョセフだが、すぐに憂いの籠もった微笑を浮かべる。

「リアム様は、この屋敷を離れることをあまり好まれないのです。ルースまでキリエ様をお迎えに上がったときにも、出発間際まで随分とご心配なさっておりました。……遠征任務に出ている間にお父上やお母上の身に起きたことが、いまだに心の傷となっていらっしゃるのでしょう」

 その言葉を聞き、キリエは息をのんだ。──そうだった。リアムは五年前、家を留守にしている間に何もかもを奪われてしまったのだ。彼の境遇を忘れているわけではないが、そういったところにまで影響が出ているとまでは考えが至らなかった。

「それでも、ここ半年ほどは、半日程度の留守であれば何もお気になさらずに外出されていたのですが……、リアム様にとって、キリエ様は本当に特別な宝物なのですよ。勿論、私たち使用人一同もキリエ様をお慕いしておりますが、リアム様のお気持ちの大きさはその比ではないのです。だからこそ、もしも不在時に貴方を喪ってしまったらと思うと、恐ろしくなってしまわれるのでしょう」
「……僕は、彼の足枷になってしまっているのでしょうか」
「いいえ、それは違います」

 ジョセフは足を止めてキリエへ向き直り、両肩へ手を乗せながら顔を覗き込んでくる。灰茶色の瞳は、真摯な眼差しを向けてきた。

「リアム様にとってのキリエ様は、枷や錘ではなく大切な宝物なのです。あの御方がそういった唯一無二の宝物を手にする日はもう来ないのではないかと、ずっとお傍にいた私でさえそう思ってしまうほど、この数年間のリアム様は絶望に苛まれていらっしゃいました。けれど、キリエ様という希望の光を大切に守り慈しむことに、あの御方は再び生きる喜びを見出せたのです。──足枷なものですか。とんでもない御話です。大事な大事な宝物なのですよ」

 穏やかながらも熱い言葉を聞き、キリエの胸は苦しくなる。
 そんなにも大切にされるだけの価値が、自分にあるとは思えない。次期国王候補というキリエの立場に利益を見出しているという話のほうがまだ納得できそうなものだが、リアムはそうではない。リアムがいなければ何も出来ないようなキリエに、彼は無償の忠誠を誓ってくれているのだ。その気持ちの重さに見合うだけの存在になれていない自分が、歯がゆい。

 そんなキリエの気持ちを察したのか、ジョセフは優しく微笑んだ。

「キリエ様は、何かの見返りを求めてリアム様のご友人になられたわけではないでしょう? リアム様だって、それは同じことなのですよ」
「……僕だって、リアムのことがとても大切です。大事にしたいけれど、僕にはそう出来るだけの力が、まだまだ足りません」
「大事にされていらっしゃるではないですか。キリエ様は、リアム様の御心を大切に守ってくださっているのですよ」

 そう言って背中を撫でてくれるジョセフへ、キリエも小さな微笑を返した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

カティア
ファンタジー
 疲れ切った現実から逃れるため、VRMMORPG「アナザーワールド・オンライン」に没頭する俺。自由度の高いこのゲームで憧れの料理人を選んだものの、気づけばゲーム内でも完全に負け組。戦闘職ではないこの料理人は、ゲームの中で目立つこともなく、ただ地味に日々を過ごしていた。  そんなある日、フレンドの誘いで参加したレベル上げ中に、運悪く出現したネームドモンスター「猛き猪」に遭遇。通常、戦うには3パーティ18人が必要な強敵で、俺たちのパーティはわずか6人。絶望的な状況で、肝心のアタッカーたちは早々に強制ログアウトし、残されたのは熊型獣人のタンク役クマサンとヒーラーのミコトさん、そして料理人の俺だけ。  逃げるよう促されるも、フレンドを見捨てられず、死を覚悟で猛き猪に包丁を振るうことに。すると、驚くべきことに料理スキルが猛き猪に通用し、しかも与えるダメージは並のアタッカーを遥かに超えていた。これを機に、負け組だった俺の新たな冒険が始まる。  猛き猪との戦いを経て、俺はクマサンとミコトさんと共にギルドを結成。さらに、ある出来事をきっかけにクマサンの正体を知り、その秘密に触れる。そして、クマサンとミコトさんと共にVチューバー活動を始めることになり、ゲーム内外で奇跡の連続が繰り広げられる。  リアルでは無職、ゲームでは負け組職業だった俺が、リアルでもゲームでも自らの力で奇跡を起こす――そんな物語がここに始まる。

ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~ 

ファンタジー
「詰んだ…」遠い眼をして呟いた4歳の夏、カイザーはここが乙女ゲーム『亡国のレガリアと王国の秘宝』の世界だと思い出す。ゲームの俺様攻略対象者と我儘悪役令嬢の兄として転生した『無能』なモブが、ブラコン&シスコンへと華麗なるジョブチェンジを遂げモブの壁を愛と努力でぶち破る!これは優雅な白鳥ならぬ黒鳥の皮を被った彼が、無自覚に周りを誑しこんだりしながら奮闘しつつ総愛され(慕われ)する物語。生まれ持った美貌と頭脳・身体能力に努力を重ね、財力・身分と全てを活かし悪役令嬢ルート阻止に励むカイザーだがある日謎の能力が覚醒して…?!更にはそのミステリアス超絶美形っぷりから隠しキャラ扱いされたり、様々な勘違いにも拍車がかかり…。鉄壁の微笑みの裏で心の中の独り言と突っ込みが炸裂する彼の日常。(一話は短め設定です)

工芸職人《クラフトマン》はセカンドライフを謳歌する

鈴木竜一
ファンタジー
旧題:工芸職人《クラフトマン》はセカンドライフを謳歌する~ブラック商会をクビになったので独立したら、なぜか超一流の常連さんたちが集まってきました~ 【お知らせ】 このたび、本作の書籍化が正式に決定いたしました。 発売は今月(6月)下旬! 詳細は近況ボードにて!  超絶ブラックな労働環境のバーネット商会に所属する工芸職人《クラフトマン》のウィルムは、過労死寸前のところで日本の社畜リーマンだった前世の記憶がよみがえる。その直後、ウィルムは商会の代表からクビを宣告され、石や木片という簡単な素材から付与効果付きの武器やアイテムを生みだせる彼のクラフトスキルを頼りにしてくれる常連の顧客(各分野における超一流たち)のすべてをバカ息子であるラストンに引き継がせると言いだした。どうせ逆らったところで無駄だと悟ったウィルムは、退職金代わりに隠し持っていた激レアアイテムを持ちだし、常連客たちへ退職報告と引き継ぎの挨拶を済ませてから、自由気ままに生きようと隣国であるメルキス王国へと旅立つ。  ウィルムはこれまでのコネクションを駆使し、田舎にある森の中で工房を開くと、そこで畑を耕したり、家畜を飼育したり、川で釣りをしたり、時には町へ行ってクラフトスキルを使って作ったアイテムを売ったりして静かに暮らそうと計画していたのだ。  一方、ウィルムの常連客たちは突然の退職が代表の私情で行われたことと、その後の不誠実な対応、さらには後任であるラストンの無能さに激怒。大貴族、Sランク冒険者パーティーのリーダー、秘境に暮らす希少獣人族集落の長、世界的に有名な鍛冶職人――などなど、有力な顧客はすべて商会との契約を打ち切り、ウィルムをサポートするため次々と森にある彼の工房へと集結する。やがて、そこには多くの人々が移住し、最強クラスの有名人たちが集う村が完成していったのだった。

追放された最強令嬢は、新たな人生を自由に生きる

灯乃
ファンタジー
旧題:魔眼の守護者 ~用なし令嬢は踊らない~ 幼い頃から、スウィングラー辺境伯家の後継者として厳しい教育を受けてきたアレクシア。だがある日、両親の離縁と再婚により、後継者の地位を腹違いの兄に奪われる。彼女は、たったひとりの従者とともに、追い出されるように家を出た。 「……っ、自由だーーーーーーっっ!!」 「そうですね、アレクシアさま。とりあえずあなたは、世間の一般常識を身につけるところからはじめましょうか」 最高の淑女教育と最強の兵士教育を施されたアレクシアと、そんな彼女の従者兼護衛として育てられたウィルフレッド。ふたりにとって、『学校』というのは思いもよらない刺激に満ちた場所のようで……?

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が子離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

╣淫・呪・秘・転╠亡国の暗黒魔法師編

流転小石
ファンタジー
淫 欲の化身が身近で俺を監視している。 呪 い。持っているんだよねぇ俺。 秘 密? 沢山あるけど知りたいか? 転 生するみたいだね、最後には。 これは亡国の復興と平穏な暮らしを望むが女運の悪いダークエルフが転生するまでの物語で、運命の悪戯に翻弄される主人公が沢山の秘密と共に波瀾万丈の人生を綴るお話しです。気軽に、サラッと多少ドキドキしながらサクサクと進み、炭酸水の様にお読み頂ければ幸いです。 運命に流されるまま”悪意の化身である、いにしえのドラゴン”と決戦の為に魔族の勇者率いる"仲間"に参戦する俺はダークエルフだ。決戦前の休息時間にフッと過去を振り返る。なぜ俺はここにいるのかと。記憶を過去にさかのぼり、誕生秘話から現在に至るまでの女遍歴の物語を、知らないうちに自分の母親から呪いの呪文を二つも体内に宿す主人公が語ります。一休みした後、全員で扉を開けると新たな秘密と共に転生する主人公たち。 他サイトにも投稿していますが、編集し直す予定です。 誤字脱字があれば連絡ください。m( _ _ )m

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎
ファンタジー
憧れた世界で人をやめ、彼女と出会い、そして俺は初めてあたりまえの恋におちた。 見知らぬ少女を助け死んだ俺こと明石徹(アカシトオル)は、中二病をこじらせ意気揚々と異世界転生を果たしたものの、目覚めるとなんと一本の「剣」になっていた。 最初の持ち主に使いものにならないという理由であっさりと捨てられ、途方に暮れる俺の目の前に現れたのは……なんと幼女!? しかもこの幼女俺を復讐のために使うとか言ってるし、でもでも意思疎通ができるのは彼女だけで……一体この先どうなっちゃうの!? 剣になった少年と無口な幼女の冒険譚、ここに開幕

処理中です...