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第2章
【2-39】目指すべきもの
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◇
「うん、よく書けていると思う。頑張ったな、キリエ」
手合わせ後に着替えたリアムがキリエの部屋を訪れ、セシルが届けてくれた茶を飲みながら挨拶文へ目を通していた。一通り読み終えたリアムは、満足気に微笑んで褒めてくれる。
「キリエの人柄が伝わる、嘘が無くて正直な優しい文章だ。特に直すべきところも無いから、原文このままを俺が上位文字の文章に書き直して提出しよう。キリエはまだ単独文字の方が読みやすいだろうから、御披露目の儀で読み上げるときには、自分で書いたこの紙を読むといいだろう」
「ちょ、ちょっと待ってください。本当にこれで大丈夫なのですか?」
自分が考えた挨拶文に不安しかないキリエは、思わず制止の声を上げてしまった。
セシルも、そしてリアムも、随分あっさりと褒めてくれたが、そもそもキリエは長い文章というものを考えたことも書いたこともないのだ。手紙すら、殆ど書いたことがない。初対面の人への自己紹介のような感覚で書き綴っただけの文面で、出来がいいとは思えない。
「御披露目の儀には、色々と偉い立場の人も来るのですよね? それに、この文面を書き写して複数の街で掲示するという話も伺っていますし……、なんというか、あまりにも学が無い文章だと恥ずかしいのですが……」
「確かに、難しい言い回しは何ひとつ無いな。だが、だからこそ、どんな立場の人にでもまっすぐ届く言葉になっている。それが大切なんだ」
リアムは挨拶文の原稿を丁寧にテーブルへ置いてから、キリエをまっすぐに見つめてきた。
「王都へ来た初日、王城からの帰り道に話したことを覚えているか? 宰相閣下が俺をキリエの側近に勧めてきたのは、中途半端に発言力を持った者を傍に置くよりもキリエのためになると考えられたのではないか、という内容だ」
「はい、覚えています。詳しくは後日、と言われていたことですよね」
キリエが頷くと、リアムも同じように首肯で応える。
「そうだ。──次期国王選抜が実行されるのは冬の第三月に入ってからだが、先代国王陛下が崩御されてすぐの時期から既に有力貴族たちは動いている。どの候補者の支援に就くべきか、と考えながらな。つまり、現時点で、殆どの有力貴族はキリエ以外の候補者の後ろ盾になっている。何の発言力も持たないキリエが、彼らを味方につけるのは難しい。中途半端な発言力を持つ生家出身の騎士が側近になったとしても、大差は無い」
「信じられない最弱ザコには変わりないということですね。そして、それを覆せるだけの発言力を持っていて側近候補に成り得る騎士はもういない、と」
「……まぁ、そうだな」
大真面目に言いながら眉根を寄せているキリエを見て、リアムは苦笑した。そして、先を続ける。
「宰相閣下はキリエの考えを把握していたわけではないと思うが、もしもキリエが次期国王選抜に参戦する気満々だと仮定した場合にお前が支持を集めやすいであろう層は分かっていらっしゃったはずだ」
「僕が支持を集めやすい層……?」
「ああ。……それは、キリエが特に救いたいと望んでいるであろう貧困層の国民だ」
確かに、そうかもしれない。もしもキリエがマルティヌス教会に身を置いたままだとするならば、貧困層へ手を差し伸べるために尽力したいと言っている孤児上がりの候補者がいたら支持したくなっただろう。わずかな希望を胸に、応援したくなったはずだ。
しかし、どんなに応援の気持ちを持っていても貧民の願いは国政に反映されないということも、キリエは身をもって知っている。貧困層の支持があったからといって、言い方は悪いが「信じられないくらいの最弱ザコ」であることには変わりないだろう。
そんなキリエの疑問を読み取ったのか、リアムは柔らかな口調で説明を重ねてくれた。
「次期国王選抜は、特殊な位置づけなんだ。通常の国政には国民ひとりひとりの意見はほぼ反映されないが、次期国王選抜については、一応は成人した国民すべてが参加することになっている」
「そうなのですか?」
「ああ。教会票というものがあるんだ。平民たちは、誰に王になってほしいかという意見を所属している教会へ提出することになっている。教会はその意見をまとめて、管轄地域内で希望する声が最も多く上がっている候補者を推すという表明を王都へ提出する。──それが、教会票だ」
教会がそのような国政に関わることがあるとは、知らなかった。もし、キリエがあのままマルティヌス教会での暮らしを続けていたのなら、冬に差し掛かった頃に忙しくしていたのかもしれない。
「有力貴族の一票に比べれば、教会票が持つ力は弱い。だが、教会票の背後には、数多くの一般国民の意思がある。決して無視は出来ない票だ。そして、金や権力で囲い込めるわけではない数多の平民の支持を集めるためには、彼らの味方であることを明確に示さねばならない。よって、教会票を得やすいのは、一般国民の暮らしを向上させたいと願って動くキリエということになる」
「教会票を多く集める見込があるという立場は、次期国王への直談判に有効なのですか?」
「先程も言ったが、教会票の背後には数多の平民の意思がある。ウィスタリア王国民の大多数は平民なのだから、彼らの支持を受けたキリエの意見は決して無視は出来ない。希望を伝えやすくなるはずだ。キリエは次期国王を目指しているわけではないが、そもそも教会票だけで国王の座に就けるわけでもない。教会票の獲得を目指すことは、キリエの理念に沿いながら発言力を増やせる道だと思う」
リアムの話を聞き、キリエは十分に納得した。
キリエの目的が何であろうと、その活動を進めるためにまずすべきことは教会票を多く集められるようになることだとコンラッドは考えていた。だからこそ、リアムを側近に勧めてきたのだ。
リアム=サリバンの名を知らない平民でも、夜霧の騎士の存在は多くが知っている。そして、詳細は知らないとしても、彼が失墜したという事実を把握している者は多い。
孤児として育ってきた次期国王候補が、地位も名声も失った騎士を側近として傍に置いている。──なるほど、世間の興味や同情・共感を集めるには良い組み合わせだ。
そして、実際のリアムは非常に優秀な騎士であり、何も知らないキリエを教え導く側近としては勿体無いほどの実力を持った男なのだ。コンラッドの勧めは的確だったと云える。
そして、リアムが言うように、それは結果的にはキリエが望む方向へ進むためにも有効と思われる。
「僕たちは、少しでも発言力をつけるために、まずは教会票を得られるように動くべき。……そういうことなのですね?」
キリエの問い掛けに対し、リアムはしっかりと頷いた。
「そうだ。まずは、キリエが優しい王国の在り方を望んでいるということを、一般国民に実感してもらわなければならない。──そのために、広報活動が必要だ」
「うん、よく書けていると思う。頑張ったな、キリエ」
手合わせ後に着替えたリアムがキリエの部屋を訪れ、セシルが届けてくれた茶を飲みながら挨拶文へ目を通していた。一通り読み終えたリアムは、満足気に微笑んで褒めてくれる。
「キリエの人柄が伝わる、嘘が無くて正直な優しい文章だ。特に直すべきところも無いから、原文このままを俺が上位文字の文章に書き直して提出しよう。キリエはまだ単独文字の方が読みやすいだろうから、御披露目の儀で読み上げるときには、自分で書いたこの紙を読むといいだろう」
「ちょ、ちょっと待ってください。本当にこれで大丈夫なのですか?」
自分が考えた挨拶文に不安しかないキリエは、思わず制止の声を上げてしまった。
セシルも、そしてリアムも、随分あっさりと褒めてくれたが、そもそもキリエは長い文章というものを考えたことも書いたこともないのだ。手紙すら、殆ど書いたことがない。初対面の人への自己紹介のような感覚で書き綴っただけの文面で、出来がいいとは思えない。
「御披露目の儀には、色々と偉い立場の人も来るのですよね? それに、この文面を書き写して複数の街で掲示するという話も伺っていますし……、なんというか、あまりにも学が無い文章だと恥ずかしいのですが……」
「確かに、難しい言い回しは何ひとつ無いな。だが、だからこそ、どんな立場の人にでもまっすぐ届く言葉になっている。それが大切なんだ」
リアムは挨拶文の原稿を丁寧にテーブルへ置いてから、キリエをまっすぐに見つめてきた。
「王都へ来た初日、王城からの帰り道に話したことを覚えているか? 宰相閣下が俺をキリエの側近に勧めてきたのは、中途半端に発言力を持った者を傍に置くよりもキリエのためになると考えられたのではないか、という内容だ」
「はい、覚えています。詳しくは後日、と言われていたことですよね」
キリエが頷くと、リアムも同じように首肯で応える。
「そうだ。──次期国王選抜が実行されるのは冬の第三月に入ってからだが、先代国王陛下が崩御されてすぐの時期から既に有力貴族たちは動いている。どの候補者の支援に就くべきか、と考えながらな。つまり、現時点で、殆どの有力貴族はキリエ以外の候補者の後ろ盾になっている。何の発言力も持たないキリエが、彼らを味方につけるのは難しい。中途半端な発言力を持つ生家出身の騎士が側近になったとしても、大差は無い」
「信じられない最弱ザコには変わりないということですね。そして、それを覆せるだけの発言力を持っていて側近候補に成り得る騎士はもういない、と」
「……まぁ、そうだな」
大真面目に言いながら眉根を寄せているキリエを見て、リアムは苦笑した。そして、先を続ける。
「宰相閣下はキリエの考えを把握していたわけではないと思うが、もしもキリエが次期国王選抜に参戦する気満々だと仮定した場合にお前が支持を集めやすいであろう層は分かっていらっしゃったはずだ」
「僕が支持を集めやすい層……?」
「ああ。……それは、キリエが特に救いたいと望んでいるであろう貧困層の国民だ」
確かに、そうかもしれない。もしもキリエがマルティヌス教会に身を置いたままだとするならば、貧困層へ手を差し伸べるために尽力したいと言っている孤児上がりの候補者がいたら支持したくなっただろう。わずかな希望を胸に、応援したくなったはずだ。
しかし、どんなに応援の気持ちを持っていても貧民の願いは国政に反映されないということも、キリエは身をもって知っている。貧困層の支持があったからといって、言い方は悪いが「信じられないくらいの最弱ザコ」であることには変わりないだろう。
そんなキリエの疑問を読み取ったのか、リアムは柔らかな口調で説明を重ねてくれた。
「次期国王選抜は、特殊な位置づけなんだ。通常の国政には国民ひとりひとりの意見はほぼ反映されないが、次期国王選抜については、一応は成人した国民すべてが参加することになっている」
「そうなのですか?」
「ああ。教会票というものがあるんだ。平民たちは、誰に王になってほしいかという意見を所属している教会へ提出することになっている。教会はその意見をまとめて、管轄地域内で希望する声が最も多く上がっている候補者を推すという表明を王都へ提出する。──それが、教会票だ」
教会がそのような国政に関わることがあるとは、知らなかった。もし、キリエがあのままマルティヌス教会での暮らしを続けていたのなら、冬に差し掛かった頃に忙しくしていたのかもしれない。
「有力貴族の一票に比べれば、教会票が持つ力は弱い。だが、教会票の背後には、数多くの一般国民の意思がある。決して無視は出来ない票だ。そして、金や権力で囲い込めるわけではない数多の平民の支持を集めるためには、彼らの味方であることを明確に示さねばならない。よって、教会票を得やすいのは、一般国民の暮らしを向上させたいと願って動くキリエということになる」
「教会票を多く集める見込があるという立場は、次期国王への直談判に有効なのですか?」
「先程も言ったが、教会票の背後には数多の平民の意思がある。ウィスタリア王国民の大多数は平民なのだから、彼らの支持を受けたキリエの意見は決して無視は出来ない。希望を伝えやすくなるはずだ。キリエは次期国王を目指しているわけではないが、そもそも教会票だけで国王の座に就けるわけでもない。教会票の獲得を目指すことは、キリエの理念に沿いながら発言力を増やせる道だと思う」
リアムの話を聞き、キリエは十分に納得した。
キリエの目的が何であろうと、その活動を進めるためにまずすべきことは教会票を多く集められるようになることだとコンラッドは考えていた。だからこそ、リアムを側近に勧めてきたのだ。
リアム=サリバンの名を知らない平民でも、夜霧の騎士の存在は多くが知っている。そして、詳細は知らないとしても、彼が失墜したという事実を把握している者は多い。
孤児として育ってきた次期国王候補が、地位も名声も失った騎士を側近として傍に置いている。──なるほど、世間の興味や同情・共感を集めるには良い組み合わせだ。
そして、実際のリアムは非常に優秀な騎士であり、何も知らないキリエを教え導く側近としては勿体無いほどの実力を持った男なのだ。コンラッドの勧めは的確だったと云える。
そして、リアムが言うように、それは結果的にはキリエが望む方向へ進むためにも有効と思われる。
「僕たちは、少しでも発言力をつけるために、まずは教会票を得られるように動くべき。……そういうことなのですね?」
キリエの問い掛けに対し、リアムはしっかりと頷いた。
「そうだ。まずは、キリエが優しい王国の在り方を望んでいるということを、一般国民に実感してもらわなければならない。──そのために、広報活動が必要だ」
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