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第2章

【2-27】茶会への招待

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「キリエ、俺だ。入るぞ。──どうした? なんだか深刻そうな顔をしているが」

 現れたのはリアムで、彼は入室するなり怪訝そうに眉根を寄せてエドワードを見た。このままではエドワードが余計な叱責を受けてしまうのではと懸念したキリエは、慌てて首を振る。

「エドワードが僕の体調を心配してくれたので、その流れでちょっと真面目な話に付き合ってもらっていたんです」
「真面目な話? ……エドを相手に?」
「そ、そんな目で見ないでほしいっす! オレだってたまには真面目に考え事したりするんすから!」

 リアムの冷たい視線を受け、エドワードがいつもの調子で喚いた。彼のおかげで、漂っていた僅かな緊張感が霧散する。肩の力を抜いたキリエは、リアムに用件を尋ねた。

「リアムはどうしたのですか? 何かご用件があるのでは」
「ああ、そうだ。キリエに手紙が届いている。……差出人は、マデリン様だ」
「マデリンが……?」
「ああ。先ほど、マデリン様からの使者がこれを届けに来た。昼食の席で開封してみようかと思っていたんだが、なかなか一階へ降りてこないから様子を見に来たんだ」

 ウィスタリア王家の紋章が封蝋印となっており、封筒には金インクで繊細な模様が施されている。随分と立派な手紙だが、その差出人がマデリンというのが不安を掻き立てた。

「……とりあえず、食堂へ行きましょうか。キャシーとノアをお待たせしていると思いますので」
「うん、そうしよう。エド、俺がキリエを連れて行くから、お前は庭にいるセシルを手伝ってやってくれるか?」
「かしこまりました! それじゃあ、キリエ様、また後ほど! あと、さっきは素敵なおはなしをありがとうございました! オレ、嬉しかったっす!」

 気持ちのいい笑顔で一礼し、エドワードは庭を目指すべく部屋を飛び出して行った。それを見送りながら、リアムはキリエを見下ろして首を傾げる。

「エドに何を聞かせたんだ?」
「それは……、リアムには内緒です」

 具体的な内容を教えるのは憚られて、キリエは秘密ということにして誤魔化したのだった。


 ◇


 食堂で席に着くと、リアムは改めてマデリンの手紙を取り出した。

「今後のために、一応伝えさせてもらおう。キリエ宛の手紙が届いたとき、決して自分で開封しないこと。差出人や内容を問わず、これは必ず守ってほしい。たとえ恋文だったとしても、俺が開封する」
「分かりました。……でも、どうしてですか?」
「どんな罠が仕組まれているか分からないからだ。毒や刃物を仕込まれている場合もある。だから、事前に第三者が安全を確認してから手渡すという流れになるんだ」
「なるほど……、よく分かりました。ありがとうございます。だけど、リアムの身にも危険があったらと思うと心配です」
「ありがとう。だが、大丈夫だ。王国騎士団の者は皆、罠に掛からないよう手紙を開封する訓練を受けている」
「分かりました。でも、くれぐれもお気をつけて」

 キリエが納得したところで、リアムは傍で控えているジョセフへペーパーナイフを所望する。すぐに持参されたそれを使い、リアムは白手袋を嵌めた手で慎重に開封していった。中からは丁寧に折り畳まれた便箋が出てくる。それを広げ、異常が無いことを十分に確認したうえで、リアムはキリエへ伺いを立てた。

「流石に、何も仕込まれてはいなかった。──上位文字で綴られている。このまま読んでも構わないか?」
「はい、お願いします」

 ここ数日、リアムやジョセフから上位文字の読み書きを教えてもらってはいるが、まだ完全に習得しているわけではない。それに、秘密にしたいことも特に無い。キリエは二つ返事で了承した。
 リアムは紙面へ視線を走らせ、徐々に表情を渋くしてゆく。彼の顔色の変化を、キリエも、使用人たちも固唾を飲んで見守った。

「──何か、嫌な内容ですか?」

 思わず尋ねてしまったキリエに対し、リアムはゆっくりと首を振る。

「いや……、明日の午後、マデリン様のお屋敷で茶会が開かれるらしい。御兄弟と親睦を深める目的で、御兄弟の他は各側近が付き添うのみ。有力貴族等は一切招かない、という趣向の茶会だそうだ」

 新たに加わった兄弟であるキリエも交えて、皆で親睦を深めるための茶会。それは一見とても素晴らしい歓迎の催しであるように思えるが、主催者がマデリンというのがどうにも引っかかる。何故なら、彼女は兄弟の中で一番キリエを毛嫌いしているはずだからだ。

「キリエ、どうする? こちらからも返事を届けなければならない。……ちなみに、断ることも可能だ」
「断れるのですか?」
「ああ。キリエはもう、正式に次期国王候補だと認められている立場だ。先代国王陛下に正妻がいらっしゃらなかった以上、マデリン様もお前も立場は同じなんだ。当然、断ることも可能となる」
「なるほど。……なぜ、先代国王陛下は正妻をお決めにならなかったのでしょうね」
「……ん?」

 キリエの口から飛び出した唐突な疑問を受けて、流石のリアムも戸惑いの表情を見せる。

「話の腰を折ってしまって、ごめんなさい。ちょっと気になってしまって。……僕は先代国王陛下にお会いしたことがないですし、自分の父親だという感覚もないのですが、なぜ正妻を決めず四人も奥様を迎えられたのか、何故その他に僕の母親だった人とも関係をもたれていたのか、……少し、気になって」

 苦笑しながら素直な気持ちを曝け出すキリエを見て、リアムは物憂げに笑った。

「あまり公にはされていなかったが、先代国王オズワルド様は御心を病んでいらっしゃった。本当は許嫁候補の四名の中から御一人を選んで奥様として迎え入れるはずだったのに、その選抜中のある日、急に御気持ちを乱されて全員との御結婚を強行されたそうだ」
「ある日、急に……?」
「ああ。だが、オズワルド様は決して心が無い狂人などではなかった。常に何かを悲しんでおられるような、繊細な雰囲気の方だったよ。──そうだな、少し話が逸れてしまうが、お前も自分の父親がどんな人物だったのか気になるだろう。俺の知っている範囲でよければ、話してみようか?」

 話は聞きたいが、そのぶん食事が遅れてしまうのではないか。それが気がかりでキャサリンへ視線を向けたキリエだが、彼女は優しい微笑でどうぞと言うように手のひらで促してくれた。その気遣いへ会釈を返し、キリエはまっすぐに正面のリアムを見つめる。

「ぜひ、お聞きしたいです」

 リアムは頷き、静かに語り始めた。
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