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第2章
【2-24】恋とはどんなものですか
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採寸室は思っていたよりも狭く、男三人が立つといっぱいいっぱいという空間だった。キリエは女性並みの小柄さとはいえ、リアムは長身中肉で、マリウスはガタイがいい。二人から妙な圧迫感を受けているような気がしながらも、キリエはマリウスの指示通りに衣服を脱いでいった。
「ねェ、リアム坊ちゃん。ご覧の通り、ココはとっても狭いワケ。外部から侵入されるような場所でもないし、向こうでおとなしくエドちゃんと待ってたらドウ?」
「そういうわけにはいかない。俺は、キリエ様の御身の安全を守らねばならないからな」
「まったくモウ、坊ちゃんは昔からガンコなのよねェ……、そんなに警戒しなくても、坊ちゃんだってアタシが無害だって分かってるデショ?」
手際よくキリエの身体のあらゆる部分を測りながら、マリウスは呆れたように溜息をつく。すると、リアムの顔色が変わった。温厚な騎士の表情に、苛立ちが混じる。
「──無害? まさかお前、幼少期の俺に何をしたのか忘れたのか?」
「え? アタシってば、ナニかした?」
「……っ、俺の頬を舐めて、耳を甘噛みしてきただろうが!」
顔に青筋を浮かべながら、悲壮な声で吐き捨てるリアム。キリエは思わずそちらを振り向いてしまったが、マリウスの大きな手によって顔の向きを元通りに直される。
「ハァイ、キリエ様。動かないでくださいネ~」
「す、すみません」
「イイエ~。……っていうか、イヤねェ、坊ちゃん。そんな昔のことを根に持ってたノ? それって、坊ちゃんがヨチヨチ歩きしてた頃の話ジャナイ」
「あのときの俺は、六歳だった。ある程度しっかりした歩行は既に可能だったぞ!」
リアムはどこまでも真面目に反論した。そんな彼に対し、マリウスは爆笑する。
「ギャハハハ! やーねェ、坊ちゃんたら相変わらず天然で大真面目なんダカラ。つまり、天使みたいに可愛いちっちゃい子にイタズラしたくなっただけで、深い意味は無いってことヨ。それに、サスガのアタシだって、そんなこと畏れ多くてキリエ様には出来ないワ」
「マリウス……ッ」
「ハ~イハイ。思い出話に花咲かせちゃってる間に、採寸終わったわヨ。キリエ様、服を着ていただいて大丈夫デスヨ」
「あっ、はい、ありがとうございます」
マリウスにぽんぽんと肩を叩かれ、キリエは思わず一瞬だけ体を震わせたが、急いで服を着始めた。すると、リアムが近づいてきて、手を貸してくれる。
「まったくモウ、人を見境のない変態みたいに言わないでほしいわネ。アタシ、心に決めた本命の人がいるんダカラ」
キリエの着替えの様子をさりげなく見ているマリウスが、どこか愚痴めいた声音で呟いた。その言葉を聞き、キリエは好奇心と共に問い掛ける。
「心に決めた、本命の人?」
「そうヨ。恋する人間はキレイになるものダカラ、本命への愛に燃えている今のアタシは凄まじく美しいは・ず・ヨ」
「その台詞、今までに何度となく聞いているんだが。……人生で何十回目の本命なんだかな」
「やかましいわヨ、坊ちゃん! 回数の問題じゃないノ! いつだって本気の本命なんダカラ! そのときそのときの本気度の問題なのヨ!」
「はいはい。……キリエ様、ここのボタンが外れております」
「あっ……、すみません」
リアムにボタンを直されながら、キリエはちらりとマリウスを見上げる。目が合ったマリウスは、笑みと共に首を傾げた。
「恋って、良いものですか?」
「そりゃあ、モウ! とっても良いモノだと思いますヨ」
「そうなのですね……、僕は恋ってよく分からないのですし、そういった感情を抱いたこともないのですが、恋をしている人って確かにキラキラしているように見えるので、なんだか羨ましいなぁと思うことがあります」
キリエの発言を聞き、リアムとマリウスは驚いたように目を合わせる。キリエの年齢で初恋がまだというのを珍しく感じたのだろう。そういった反応をされるのはよくあることなので、キリエは慣れていた。
「やっぱり、十八にもなってそういう『好き』を知らないって変ですよね?」
「いえ、そんな……、しかし、その……失礼ながら、エステルはそういった対象ではなかったのですね?」
困惑しながらも繰り出されたリアムの質問に、キリエは平然と首を振る。
「違います。エステルのことは好きですが、恋の『好き』とは違うと思いますよ。僕の中では、エステルに対する『好き』と、リアムに対する『好き』は同じものですから」
「そう、ですか」
「はい。……恋って、どんなものなのでしょうね。僕もいつか、誰かを想い焦がれるのでしょうか」
「そう……、ですね。ただ、恋とは必ずしも良いものとは限りません。ですから、キリエ様の初恋が素晴らしいものであることを願っております」
リアムの口調は静かだが、その言葉には何か深い想いが宿っているように感じられた。マリウスは一瞬だけ痛ましそうな眼差しをリアムに向け、しかしすぐに明るい笑顔を浮かべて手を叩く。
「ハ~イハイ。採寸も終わったことだし、こんな狭いトコに籠ってないで、アッチに戻りまショ~」
わざとらしいほど陽気なマリウスの言葉が終わるか終わらないかというところで、エドワードの絶叫が聞こえてきた。
「ねェ、リアム坊ちゃん。ご覧の通り、ココはとっても狭いワケ。外部から侵入されるような場所でもないし、向こうでおとなしくエドちゃんと待ってたらドウ?」
「そういうわけにはいかない。俺は、キリエ様の御身の安全を守らねばならないからな」
「まったくモウ、坊ちゃんは昔からガンコなのよねェ……、そんなに警戒しなくても、坊ちゃんだってアタシが無害だって分かってるデショ?」
手際よくキリエの身体のあらゆる部分を測りながら、マリウスは呆れたように溜息をつく。すると、リアムの顔色が変わった。温厚な騎士の表情に、苛立ちが混じる。
「──無害? まさかお前、幼少期の俺に何をしたのか忘れたのか?」
「え? アタシってば、ナニかした?」
「……っ、俺の頬を舐めて、耳を甘噛みしてきただろうが!」
顔に青筋を浮かべながら、悲壮な声で吐き捨てるリアム。キリエは思わずそちらを振り向いてしまったが、マリウスの大きな手によって顔の向きを元通りに直される。
「ハァイ、キリエ様。動かないでくださいネ~」
「す、すみません」
「イイエ~。……っていうか、イヤねェ、坊ちゃん。そんな昔のことを根に持ってたノ? それって、坊ちゃんがヨチヨチ歩きしてた頃の話ジャナイ」
「あのときの俺は、六歳だった。ある程度しっかりした歩行は既に可能だったぞ!」
リアムはどこまでも真面目に反論した。そんな彼に対し、マリウスは爆笑する。
「ギャハハハ! やーねェ、坊ちゃんたら相変わらず天然で大真面目なんダカラ。つまり、天使みたいに可愛いちっちゃい子にイタズラしたくなっただけで、深い意味は無いってことヨ。それに、サスガのアタシだって、そんなこと畏れ多くてキリエ様には出来ないワ」
「マリウス……ッ」
「ハ~イハイ。思い出話に花咲かせちゃってる間に、採寸終わったわヨ。キリエ様、服を着ていただいて大丈夫デスヨ」
「あっ、はい、ありがとうございます」
マリウスにぽんぽんと肩を叩かれ、キリエは思わず一瞬だけ体を震わせたが、急いで服を着始めた。すると、リアムが近づいてきて、手を貸してくれる。
「まったくモウ、人を見境のない変態みたいに言わないでほしいわネ。アタシ、心に決めた本命の人がいるんダカラ」
キリエの着替えの様子をさりげなく見ているマリウスが、どこか愚痴めいた声音で呟いた。その言葉を聞き、キリエは好奇心と共に問い掛ける。
「心に決めた、本命の人?」
「そうヨ。恋する人間はキレイになるものダカラ、本命への愛に燃えている今のアタシは凄まじく美しいは・ず・ヨ」
「その台詞、今までに何度となく聞いているんだが。……人生で何十回目の本命なんだかな」
「やかましいわヨ、坊ちゃん! 回数の問題じゃないノ! いつだって本気の本命なんダカラ! そのときそのときの本気度の問題なのヨ!」
「はいはい。……キリエ様、ここのボタンが外れております」
「あっ……、すみません」
リアムにボタンを直されながら、キリエはちらりとマリウスを見上げる。目が合ったマリウスは、笑みと共に首を傾げた。
「恋って、良いものですか?」
「そりゃあ、モウ! とっても良いモノだと思いますヨ」
「そうなのですね……、僕は恋ってよく分からないのですし、そういった感情を抱いたこともないのですが、恋をしている人って確かにキラキラしているように見えるので、なんだか羨ましいなぁと思うことがあります」
キリエの発言を聞き、リアムとマリウスは驚いたように目を合わせる。キリエの年齢で初恋がまだというのを珍しく感じたのだろう。そういった反応をされるのはよくあることなので、キリエは慣れていた。
「やっぱり、十八にもなってそういう『好き』を知らないって変ですよね?」
「いえ、そんな……、しかし、その……失礼ながら、エステルはそういった対象ではなかったのですね?」
困惑しながらも繰り出されたリアムの質問に、キリエは平然と首を振る。
「違います。エステルのことは好きですが、恋の『好き』とは違うと思いますよ。僕の中では、エステルに対する『好き』と、リアムに対する『好き』は同じものですから」
「そう、ですか」
「はい。……恋って、どんなものなのでしょうね。僕もいつか、誰かを想い焦がれるのでしょうか」
「そう……、ですね。ただ、恋とは必ずしも良いものとは限りません。ですから、キリエ様の初恋が素晴らしいものであることを願っております」
リアムの口調は静かだが、その言葉には何か深い想いが宿っているように感じられた。マリウスは一瞬だけ痛ましそうな眼差しをリアムに向け、しかしすぐに明るい笑顔を浮かべて手を叩く。
「ハ~イハイ。採寸も終わったことだし、こんな狭いトコに籠ってないで、アッチに戻りまショ~」
わざとらしいほど陽気なマリウスの言葉が終わるか終わらないかというところで、エドワードの絶叫が聞こえてきた。
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