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第2章

【2-23】マリーのデザイン

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「ま、マリーちゃん! キリエ様が怖がっちゃうようなことはしないでほしいっす! い、いじめたいなら、オ、オレを、どうぞ……っ」

 涙目のエドワードが、マリウスの腕を引く。店主の意識をキリエから自分に逸らせることで、庇おうとしてくれたのだろう。先程のリアムの言いつけ通り、犠牲になろうとしたのかもしれない。ただ、キリエがマリウスの圧に怖気づいていたのは確かだが、いじめられていたわけでも何でもないのだ。
 マリウスは何秒かエドワードを見つめた後、愉快そうに爆笑した。

「チョットぉ、なぁに言ってんのカシラ! ギャハハハッ! エドちゃんてば、相変わらず黙ってりゃイイ男なのに口を開くとおバカな子犬ちゃんネェ!」
「オ、オレ、子犬じゃないっすぅ!」
「でも、エドちゃんは良い子ネ。そのまま素直に育ってチョーダイ。……さ、キリエ様。とりあえずは中へドウゾ。店の中は狭いケド、ここで立ち話を続けてたって衣装製作は何も進まないですカラ」
「は、はい、お邪魔します……」

 マリウスに促されるまま、キリエ一行はテーラー・マリウスの店内へと足を踏み入れた。
 店の中はそれなりの広さがあるものの、生地や裁縫道具、完成未完成を問わず様々な服がトルソーやハンガーに掛けられたものなど、とにかく雑多に散らかっている。ただ、応接のためにあると思われるソファーセットの辺りだけは綺麗に片付けられており、キリエたちはそこへ案内された。

「それで、正装と、その他に何着か衣装をお作りになりたいって話で合っているカシラ?」

 席に着くやいなや、マリウスが本題を口にする。独特な口調のままだが、職人らしい表情へと変化していた。リアムも真剣に頷き、生真面目な語り口で応じる。

「合っている。特に正装は、来月の第二週一日目に開催される御披露目の儀で必要になるものだから、急いでいる。──間に合うか?」
「アタシを誰だと思ってるの、坊ちゃん。当然、間に合うワ。その何チャラっていう儀式の三日前にはお屋敷に届けさせるわヨ。王子様の正装を手掛けるのは流石に初めてダカラ、腕が鳴るわネ。……ウゥン」

 マリウスはテーブルの上にスケッチブックを広げ、キリエを見ながら鉛筆を手に取った。そして彼は、キリエと紙面へ交互に視線をやりながら、素早く鉛筆を走らせてゆく。

「王家の正装は、白地に金の装飾。……キリエ様は、とても可愛くて、それでいて素朴なお顔立ち。髪と瞳の色がとても印象的ダカラ、そちらが活かせる落ち着いた衣装がイイワ。生地と糸にはこだわるけれど、ゴテゴテした装飾はいらないわネ。お顔回りにも余計なモノはいらない。タイは……、そうねェ、控えめなフリルタイ。全体的には燕尾型を基本にして、袖周りと裾にアクセントを入れて……」

 ブツブツと呟きながら、マリウスは手早くデザイン画を描き上げていった。余計な装飾は無く、かといって地味すぎるわけでもない、品が良く若々しい印象の正装のデザインが出来上がってゆく。
 キリエとエドワードは瞳を輝かせながらスケッチブックを凝視しており、リアムはそんな二人を微笑ましそうに見守りつつも満足げにデザインを眺めた。

「で、王家の正装といえば、伝統の金ボタンじゃナイ? 左胸のココに金ボタンをあしらって、フリルタイの留具装飾と細い金鎖で繋げて……、ハイ、ざっと思いついたデザインはこんな感じだけど、どうカシラ? こういう方向でいいナラ、あとは細かい部分を擦り合わせて完成形を決めていきますケド」
「キリエ様、いかがでしょうか?」
「えっ!?」

 リアムから問い掛けられ、キリエは動揺する。衣服のデザインの良し悪しなど、キリエには分からない。助けを求めるようにリアムを見ると、彼は穏やかな微笑を返してくる。

「正装をお召しになるのは、キリエ様です。お気に召さないものを身に纏われるのは、よろしくないでしょう。マリウスが仮の型として描いたデザインがお気に召されたか、お気に召されなかったか、確認させてください」
「あ……、その、とても素敵だと思います。僕は贅沢で華美な衣装というものに抵抗があるので、こういう落ち着いた雰囲気のものは有難いです。……ただ、大人っぽい感じもするので、自分に似合うかどうかが不安ではありますけど」

 キリエが素直な気持ちを告げると、マリウスが何度か頷きながら口を開いた。

「キリエ様は、ご自分の評価が低めの御方ナノネ。可愛らしいお顔で、あどけない純朴な感じもするケド、けっこう大人びた表情をされてると思うワ。だから、着こなしに関しては全然問題がないと思いますケド」
「私もマリウスと同意見です。お世辞ではなく、よくお似合いになると思います」
「オレもそう思うっすー! キリエ様がこれを着てるとこ、見てみたいなーってワクワクするっす!」

 マリウスの言葉に、リアムとエドワードも深い頷きと共に同調してくる。気恥ずかしくなったキリエは、頬を赤く染めて俯いた。

「あの……じゃあ、この素敵なデザインで進めていただくよう、お願いします」
「かしこまりマシタ、ありがとうございマス」

 上機嫌に笑ったマリウスはすっくと立ち上がり、キリエへと恭しく手を差し出してくる。おずおずと手を乗せてみると、案外優しい仕草で引かれ、その動きに促されるようにしてキリエは立ち上がった。

「じゃあ、採寸室へご案内いたしマス。細部を決める前に、採寸をしておきまショ。それが終わったら、お茶をお出しするワ」
「キリエ様が移動されるなら、俺も付き添う。マリウスと二人きりにさせるわけにはいかない」
「チョット、どういう意味ヨ! アタシだって、流石に王子様をつまみ食いしたりしないわヨ!」
「俺は側近だ。キリエ様の御身の安全を第一に考えて動く、それだけのこと。──エド、ここでいい子に、そして静かに待っているんだぞ」

 はぁい、と頼りない返事をするエドワードを残し、キリエ・リアム・マリウスは奥の採寸室へと移動した。
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