上 下
41 / 335
第2章

【2-23】マリーのデザイン

しおりを挟む
「ま、マリーちゃん! キリエ様が怖がっちゃうようなことはしないでほしいっす! い、いじめたいなら、オ、オレを、どうぞ……っ」

 涙目のエドワードが、マリウスの腕を引く。店主の意識をキリエから自分に逸らせることで、庇おうとしてくれたのだろう。先程のリアムの言いつけ通り、犠牲になろうとしたのかもしれない。ただ、キリエがマリウスの圧に怖気づいていたのは確かだが、いじめられていたわけでも何でもないのだ。
 マリウスは何秒かエドワードを見つめた後、愉快そうに爆笑した。

「チョットぉ、なぁに言ってんのカシラ! ギャハハハッ! エドちゃんてば、相変わらず黙ってりゃイイ男なのに口を開くとおバカな子犬ちゃんネェ!」
「オ、オレ、子犬じゃないっすぅ!」
「でも、エドちゃんは良い子ネ。そのまま素直に育ってチョーダイ。……さ、キリエ様。とりあえずは中へドウゾ。店の中は狭いケド、ここで立ち話を続けてたって衣装製作は何も進まないですカラ」
「は、はい、お邪魔します……」

 マリウスに促されるまま、キリエ一行はテーラー・マリウスの店内へと足を踏み入れた。
 店の中はそれなりの広さがあるものの、生地や裁縫道具、完成未完成を問わず様々な服がトルソーやハンガーに掛けられたものなど、とにかく雑多に散らかっている。ただ、応接のためにあると思われるソファーセットの辺りだけは綺麗に片付けられており、キリエたちはそこへ案内された。

「それで、正装と、その他に何着か衣装をお作りになりたいって話で合っているカシラ?」

 席に着くやいなや、マリウスが本題を口にする。独特な口調のままだが、職人らしい表情へと変化していた。リアムも真剣に頷き、生真面目な語り口で応じる。

「合っている。特に正装は、来月の第二週一日目に開催される御披露目の儀で必要になるものだから、急いでいる。──間に合うか?」
「アタシを誰だと思ってるの、坊ちゃん。当然、間に合うワ。その何チャラっていう儀式の三日前にはお屋敷に届けさせるわヨ。王子様の正装を手掛けるのは流石に初めてダカラ、腕が鳴るわネ。……ウゥン」

 マリウスはテーブルの上にスケッチブックを広げ、キリエを見ながら鉛筆を手に取った。そして彼は、キリエと紙面へ交互に視線をやりながら、素早く鉛筆を走らせてゆく。

「王家の正装は、白地に金の装飾。……キリエ様は、とても可愛くて、それでいて素朴なお顔立ち。髪と瞳の色がとても印象的ダカラ、そちらが活かせる落ち着いた衣装がイイワ。生地と糸にはこだわるけれど、ゴテゴテした装飾はいらないわネ。お顔回りにも余計なモノはいらない。タイは……、そうねェ、控えめなフリルタイ。全体的には燕尾型を基本にして、袖周りと裾にアクセントを入れて……」

 ブツブツと呟きながら、マリウスは手早くデザイン画を描き上げていった。余計な装飾は無く、かといって地味すぎるわけでもない、品が良く若々しい印象の正装のデザインが出来上がってゆく。
 キリエとエドワードは瞳を輝かせながらスケッチブックを凝視しており、リアムはそんな二人を微笑ましそうに見守りつつも満足げにデザインを眺めた。

「で、王家の正装といえば、伝統の金ボタンじゃナイ? 左胸のココに金ボタンをあしらって、フリルタイの留具装飾と細い金鎖で繋げて……、ハイ、ざっと思いついたデザインはこんな感じだけど、どうカシラ? こういう方向でいいナラ、あとは細かい部分を擦り合わせて完成形を決めていきますケド」
「キリエ様、いかがでしょうか?」
「えっ!?」

 リアムから問い掛けられ、キリエは動揺する。衣服のデザインの良し悪しなど、キリエには分からない。助けを求めるようにリアムを見ると、彼は穏やかな微笑を返してくる。

「正装をお召しになるのは、キリエ様です。お気に召さないものを身に纏われるのは、よろしくないでしょう。マリウスが仮の型として描いたデザインがお気に召されたか、お気に召されなかったか、確認させてください」
「あ……、その、とても素敵だと思います。僕は贅沢で華美な衣装というものに抵抗があるので、こういう落ち着いた雰囲気のものは有難いです。……ただ、大人っぽい感じもするので、自分に似合うかどうかが不安ではありますけど」

 キリエが素直な気持ちを告げると、マリウスが何度か頷きながら口を開いた。

「キリエ様は、ご自分の評価が低めの御方ナノネ。可愛らしいお顔で、あどけない純朴な感じもするケド、けっこう大人びた表情をされてると思うワ。だから、着こなしに関しては全然問題がないと思いますケド」
「私もマリウスと同意見です。お世辞ではなく、よくお似合いになると思います」
「オレもそう思うっすー! キリエ様がこれを着てるとこ、見てみたいなーってワクワクするっす!」

 マリウスの言葉に、リアムとエドワードも深い頷きと共に同調してくる。気恥ずかしくなったキリエは、頬を赤く染めて俯いた。

「あの……じゃあ、この素敵なデザインで進めていただくよう、お願いします」
「かしこまりマシタ、ありがとうございマス」

 上機嫌に笑ったマリウスはすっくと立ち上がり、キリエへと恭しく手を差し出してくる。おずおずと手を乗せてみると、案外優しい仕草で引かれ、その動きに促されるようにしてキリエは立ち上がった。

「じゃあ、採寸室へご案内いたしマス。細部を決める前に、採寸をしておきまショ。それが終わったら、お茶をお出しするワ」
「キリエ様が移動されるなら、俺も付き添う。マリウスと二人きりにさせるわけにはいかない」
「チョット、どういう意味ヨ! アタシだって、流石に王子様をつまみ食いしたりしないわヨ!」
「俺は側近だ。キリエ様の御身の安全を第一に考えて動く、それだけのこと。──エド、ここでいい子に、そして静かに待っているんだぞ」

 はぁい、と頼りない返事をするエドワードを残し、キリエ・リアム・マリウスは奥の採寸室へと移動した。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

処理中です...