上 下
28 / 335
第2章

【2-10】サリバン邸

しおりを挟む
 リアムはしきりに「うちの屋敷は狭い」と言っていたが、サリバン邸に到着したキリエは、その大きさに目を瞠った。豪奢な外観というわけではなく、素朴で落ち着いた雰囲気ではあるものの、立派な屋敷だ。敷地自体の広さも、マルティヌス教会の三倍はあるだろう。

「リアム……、君のお屋敷、十分に立派だと思います」
「そうか? 貴族たちには笑われてしまう程度のものなんだが、お前が気に入ってくれたなら何よりだ。今日からはキリエの家になるんだからな」
「いえいえ、ここはあくまでもリアムのお家です。僕は居候に過ぎないのですから」
「はいはい。じゃあ、今はそういうことにしておこう」

 微笑ましそうにリアムが言ったところで、馬車を停めたエドワードが元気よく叫びながら屋敷の方へと駆けて行く。帰還の旨を何度も繰り返している喚いているフットマンの声に苦笑しながら、リアムは先に降車してキリエへ手を貸してくれた。

 王都の中でも外れの方ということもあり、屋敷の周りには木が多く、大きな花壇もあることから春には見事な庭になるのだろうと予感させる。城周りよりも空気が美味しくて、気持ちがいい場所だ。

「キリエ様、参りましょうか。拙宅の使用人たちをご紹介します」
「あっ、はい」

 馬車を降りた途端に従者の顔になったリアムに促され、キリエはひとつ頷いて、彼の背を追って歩き出した。
 屋敷の玄関前には、使用人と思われる男女が五人並んで立っている。その中の一人はエドワードで、明るい笑顔で手を振っていた。
 リアムとキリエが目の前まで来ると、彼らは一斉に綺麗な姿勢で頭を下げる。

「おかえりなさいませ」

 見事に揃った声での出迎えの挨拶に対し、リアムは気さくに声をかけた。

「ただいま。皆、顔を上げてくれ。こちらにいらっしゃるのは、先代国王陛下の御子息であらせられるキリエ様だ。本日から俺は側近騎士の任を賜り、キリエ様には当家で共に過ごしていただくことになった。詳しい話は、とりあえず中で」
「承知いたしました。先に食堂で支度をしておきます。……キャシー、来てくれるか」
「かしこまりました」

 燕尾服を着ていた中年男性がにこやかに一礼してから立ち去り、彼の後を追って、金髪を綺麗なシニヨンにまとめたエプロンドレスの女性も一礼してから歩き去って行く。
 残された三人の中で、メイド服を着た人物がキリエの元へ歩み寄り、長いスカートを両手で軽く持ち上げながら一礼した。

「お初にお目にかかります、キリエ様。ボクはこちらのお屋敷でフットマンとしてお仕えしておりますセシルと申します。よろしくお願い申し上げます」
「よろしくお願いします、キリエです。……って、えっ? フットマン?」

 聞き間違えかと思ったが、メイド服の彼女──いや、彼は、笑顔で「はい」と頷いた。セシルは顔立ちが可愛らしく、声音も中性的で、背丈もキリエと変わらないため男性としてはかなり小柄だ。フットマンだと言われなければ、女性だと思い込んでいただろう。何と言えばいいのか分からず硬直するキリエの側へ、もう一人、燕尾服に身を包んだ人物が歩いてくる。
 ──しかし、その人物は燕尾の上着の上からでも胸の膨らみが把握できた。つまり、女性だ。燕尾服の女性は、艶のある黒髪をキリエよりも短い位置で切っているうえに、背も高い。

「お初にお目にかかります。サリバン家のメイドをしております、エレノアと申します」
「メイド……」
「はい。職種上の分類としては、自分はメイドです」

 エレノアの声もまた女性にしては低く中性的であるため、もし彼女が胸が小さい体型であったなら、名乗られなければ男性だと思ってしまったかもしれない。

「彼らについての詳しいご紹介は、中でさせていただきます。風が冷たい外に立ったままでは、お疲れになってしまうでしょうから」

 混乱しているキリエへ助け舟を出すように、リアムが割って入ってきた。セシルとエレノアは揃って「かしこまりました」と軽く一礼し、扉の左右に分かれて開けてくれる。キリエは若干緊張しながらも、屋敷の中へ足を踏み入れた。

 屋内もあたたかく落ち着いた雰囲気ながら、適度に調度品や花が飾られていて、没落したはいえ貴族の家なのだなと思える華やかさがある。かといって、過度に豪勢ということもなく、リアム本人が纏っている空気がそのまま反映された家のようにキリエは感じた。

「先に行った者が温かい飲み物を用意しているはずです。まずは食堂へ参りましょう。……セシル、ノア、お前たちもひとまず付いて来てくれるか。そして、改めてご紹介した後は、キリエ様の御部屋を用意してほしい。俺の隣の部屋を、整えてくれ」
「御意」
「かしこまりました、リアム様」

 エレノアとセシルが受諾すると、彼らの隣に立つエドワードが無垢な瞳をキラキラさせながら首を傾げる。

「リアム様、リアム様、オレも一緒に行っていいっすか? キリエ様とおはなししたいっす!」
「……まぁ、すぐに申し付けたい用事も無いし、エドは朝から外門前で頑張っていたようだしな。キリエ様、エドワードとは既に対面済みですが、ご紹介の席に居合わせてもよろしいでしょうか?」
「勿論です! 僕もエドともっとおはなししてみたいですし、何より彼にも休んでほしいです。あと、リアムにも。ずっと僕の付き添いで、君こそ疲れているでしょうから」
「お優しいお気遣い、痛み入ります」

 キリエの答えに、リアムが穏やかに微笑みながらも硬い口調で言葉を返す。エドワードは嬉しそうな笑顔で何度も頷き、キリエの隣で飛び跳ねた。

「ありがとうございます、キリエ様! あの、オレ、このお屋敷のことが大好きで、リアム様のことも、他のみんなのことも大好きで、キリエ様のことも大好きなので、キリエ様にもこのお屋敷を大好きになってもらえると嬉しいっす! キリエ様が住んでて良かったって思ってくださるような、ぽっかぽかな場所になるように、俺も頑張るので!」
「何を言っているんだ、エド。ほら、無駄な言動をしていないで、食堂までキリエ様をご案内しろ」
「かっしこまりましたー!」

 リアムは呆れたようにエドワードを窘めていたが、キリエの胸には温かいものが込み上げる。王都の中でも、ここは──サリバン邸は、安心していられる優しい場所だ。そう思えるような気がして、王城を出てからもキリエの中にわずかに燻っていた緊張感が消えていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ダンジョントランスポーター ~ 現代に現れたダンジョンに潜ったらレベル999の天使に憑依されて運び屋になってしまった

海道一人
ファンタジー
二十年前、地球の各地に突然異世界とつながるダンジョンが出現した。 ダンジョンから持って出られるのは無機物のみだったが、それらは地球上には存在しない人類の科学や技術を数世代進ませるほどのものばかりだった。 そして現在、一獲千金を求めた探索者が世界中でダンジョンに潜るようになっていて、彼らは自らを冒険者と呼称していた。 主人公、天城 翔琉《あまぎ かける》はよんどころない事情からお金を稼ぐためにダンジョンに潜ることを決意する。 ダンジョン探索を続ける中で翔琉は羽の生えた不思議な生き物に出会い、憑依されてしまう。 それはダンジョンの最深部九九九層からやってきたという天使で、憑依された事で翔は新たなジョブ《運び屋》を手に入れる。 ダンジョンで最強の力を持つ天使に憑依された翔琉は様々な事件に巻き込まれていくのだった。

ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~ 

ファンタジー
「詰んだ…」遠い眼をして呟いた4歳の夏、カイザーはここが乙女ゲーム『亡国のレガリアと王国の秘宝』の世界だと思い出す。ゲームの俺様攻略対象者と我儘悪役令嬢の兄として転生した『無能』なモブが、ブラコン&シスコンへと華麗なるジョブチェンジを遂げモブの壁を愛と努力でぶち破る!これは優雅な白鳥ならぬ黒鳥の皮を被った彼が、無自覚に周りを誑しこんだりしながら奮闘しつつ総愛され(慕われ)する物語。生まれ持った美貌と頭脳・身体能力に努力を重ね、財力・身分と全てを活かし悪役令嬢ルート阻止に励むカイザーだがある日謎の能力が覚醒して…?!更にはそのミステリアス超絶美形っぷりから隠しキャラ扱いされたり、様々な勘違いにも拍車がかかり…。鉄壁の微笑みの裏で心の中の独り言と突っ込みが炸裂する彼の日常。(一話は短め設定です)

当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!!

工芸職人《クラフトマン》はセカンドライフを謳歌する

鈴木竜一
ファンタジー
旧題:工芸職人《クラフトマン》はセカンドライフを謳歌する~ブラック商会をクビになったので独立したら、なぜか超一流の常連さんたちが集まってきました~ 【お知らせ】 このたび、本作の書籍化が正式に決定いたしました。 発売は今月(6月)下旬! 詳細は近況ボードにて!  超絶ブラックな労働環境のバーネット商会に所属する工芸職人《クラフトマン》のウィルムは、過労死寸前のところで日本の社畜リーマンだった前世の記憶がよみがえる。その直後、ウィルムは商会の代表からクビを宣告され、石や木片という簡単な素材から付与効果付きの武器やアイテムを生みだせる彼のクラフトスキルを頼りにしてくれる常連の顧客(各分野における超一流たち)のすべてをバカ息子であるラストンに引き継がせると言いだした。どうせ逆らったところで無駄だと悟ったウィルムは、退職金代わりに隠し持っていた激レアアイテムを持ちだし、常連客たちへ退職報告と引き継ぎの挨拶を済ませてから、自由気ままに生きようと隣国であるメルキス王国へと旅立つ。  ウィルムはこれまでのコネクションを駆使し、田舎にある森の中で工房を開くと、そこで畑を耕したり、家畜を飼育したり、川で釣りをしたり、時には町へ行ってクラフトスキルを使って作ったアイテムを売ったりして静かに暮らそうと計画していたのだ。  一方、ウィルムの常連客たちは突然の退職が代表の私情で行われたことと、その後の不誠実な対応、さらには後任であるラストンの無能さに激怒。大貴族、Sランク冒険者パーティーのリーダー、秘境に暮らす希少獣人族集落の長、世界的に有名な鍛冶職人――などなど、有力な顧客はすべて商会との契約を打ち切り、ウィルムをサポートするため次々と森にある彼の工房へと集結する。やがて、そこには多くの人々が移住し、最強クラスの有名人たちが集う村が完成していったのだった。

╣淫・呪・秘・転╠亡国の暗黒魔法師編

流転小石
ファンタジー
淫 欲の化身が身近で俺を監視している。 呪 い。持っているんだよねぇ俺。 秘 密? 沢山あるけど知りたいか? 転 生するみたいだね、最後には。 これは亡国の復興と平穏な暮らしを望むが女運の悪いダークエルフが転生するまでの物語で、運命の悪戯に翻弄される主人公が沢山の秘密と共に波瀾万丈の人生を綴るお話しです。気軽に、サラッと多少ドキドキしながらサクサクと進み、炭酸水の様にお読み頂ければ幸いです。 運命に流されるまま”悪意の化身である、いにしえのドラゴン”と決戦の為に魔族の勇者率いる"仲間"に参戦する俺はダークエルフだ。決戦前の休息時間にフッと過去を振り返る。なぜ俺はここにいるのかと。記憶を過去にさかのぼり、誕生秘話から現在に至るまでの女遍歴の物語を、知らないうちに自分の母親から呪いの呪文を二つも体内に宿す主人公が語ります。一休みした後、全員で扉を開けると新たな秘密と共に転生する主人公たち。 他サイトにも投稿していますが、編集し直す予定です。 誤字脱字があれば連絡ください。m( _ _ )m

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が子離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎
ファンタジー
憧れた世界で人をやめ、彼女と出会い、そして俺は初めてあたりまえの恋におちた。 見知らぬ少女を助け死んだ俺こと明石徹(アカシトオル)は、中二病をこじらせ意気揚々と異世界転生を果たしたものの、目覚めるとなんと一本の「剣」になっていた。 最初の持ち主に使いものにならないという理由であっさりと捨てられ、途方に暮れる俺の目の前に現れたのは……なんと幼女!? しかもこの幼女俺を復讐のために使うとか言ってるし、でもでも意思疎通ができるのは彼女だけで……一体この先どうなっちゃうの!? 剣になった少年と無口な幼女の冒険譚、ここに開幕

転生幼女の怠惰なため息

(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン… 紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢 座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!! もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。 全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。 作者は極度のとうふメンタルとなっております…

処理中です...